とある提督が鎮守府に着任しますた 作:へんたいかがくしゃ
一昨日とはまた違う理由で呼び出しをくらい、軍港でもある総括本部へと向かう最中のボートだった。
ただもう一つだけ違う点を挙げるとするなら、隣に秘書艦である響がいることだが。
「……どうして私も同行することになったんだい?」
こうして一切の説明もなく連れ出してしまった辺り、少しばかり先が思いやられる。
昨日今日と休みなくこの海域を行き来しているが、そろそろこの光景にも飽きてきてしまいそうだし。
加えて、昨日に加入した雷には、私がいるのに……と言われる始末なのだ。どうにかしてほしい。
「俺の監視役、みたいな感じなのかねぇ……」
冗談を言った積もりはなかったのだが、少し笑われながら。
「案外、そうかも知れないね」
いたずら好きの表情でそう言ったのだ。
ボーっと考え事をする気にもなれず、こうして響に付き添ってもらっているが。
そういえば響は、この船に乗るのは初めてなのか。
「なあひ――」
言葉が出なかった。
いや、時間の感覚そのものが凍り付いたかのようなにも思えてしまった。
陽光が照らしだした星屑のような銀髪と、彼女の悲しげな表情に、文字通りに言葉を失ったのだ。
そんな自分の様子を察してか、それとも自分の呼びかけに気づいたのか、
「どうかしたかい、司令?」
「いや、何でもないんだ」
「――?」
咄嗟に何でもない、と答えてしまったが、やはり疑われているだろう。
こういうときに冗談の一つでも言えれば申し分ないのだが、いかんせんそういった気遣いは上手くない。
それもこれも、自分から他人との接触を断った弊害なのかも知れないが。
そもそも、単に自分だけで精いっぱいな人間なのかも知れなかった。
そうして考え事をしている内、またもや港に到着していた。
総括本部のほうへ顔をだすのかと思えば溜息が出てくるが、どうせ余計な討論に巻き込まれはしないだろう。
そんな矢先にまさか、別の提督と鉢合わせすることになるとは思いもしなかったが。
「や、新入りかね?」
優しげな人だった。
包み込むような笑顔とでもいうのか、どうしてか言いようもない不安を覚えてしまったが。
少し視線が泳いだと思うが、とりあえずは、
「はっ、新任の神谷です……」
と、返答すると、気さくに笑いながら、固くなることはないよ、と肩を叩かれた。
随分と人が
そこで、秘書艦を同行させていないのかと、気づかれぬように視線を泳がせてみて。
言いようのない吐き気を催した。
「あ、あの……
かろうじて指をさし、そう尋ねてみれば。
ああ、と前置きをしながら、特に顔色の一つも変えることなく、
「ああ、これかい?
――狂ってやがる。
それが真っ先に思い浮かんだ感想だった。
その駆逐艦の名前は分からなかった。いや、見ることを躊躇ってしまったのかもしれない。
見た目は女子であるはずの駆逐艦に、奴隷のような麻服を着せ、首と手に錠をした姿を。
可愛らしい柔肌には数々の打撲や裂傷が見られ、見るも無残な姿になっていたのだ。
その目に光はなく――虚空をボーっと見つめているだけだった。
どこか助けを求めるように手が伸びてくるが、盲目であるかのように空を掴んでいた。
「……そう、ですか」
確かに、艦娘の取り扱いについては提督の自由意志で決まる。
それは艦娘本人達も分かっていることだし、総括している軍部も黙認していることだが。
血の滲みだすほどにまで拳を握りこみ、折れんばかりに歯を軋ませ、衝動を抑える。
もしあと一言呟かれれば、迷うことなくこの拳は彼を殴り飛ばしただろう。
これを可愛がるとでも呼ぶのなら、そうであるのかも知れない。
「ハハ、これも教育ですよ。次世代に光明を
――ああ、そうかい。
右の拳と頬に、暖かい何かがこびりついた感触があった。
いつの間にか隣にいた響は、自分を止めようとしていたが。
それでも拳は止まらず、歪にゆがんだ笑みを浮かべた顔に刻まれていった。
怒りから冷めた時には略式の処罰を受けていたが、その男はどうやらしぶとく生き延びたらしい。
被害を受けた側の提督は、重度の顔面骨折らしかったが。
軽い処罰で済んだのは不幸中の幸いとでも取るべきなのか。
はたまた、単なる偶然だったのかは、未だに分かっていない。