なし
※「黒き足立裁判」という位置付けで、「反省しない足立透」を描いています。
(後に、真逆の展開である「白き足立裁判」もアップ致します)
稲羽市連続殺人事件の裁判員を担当することになって早5年。
通常、裁判員裁判は大体一週間以内で終わる。
長くても一ヶ月程度だ。
それがここまで伸びているのは、事件に不可解な点が多過ぎる上、足立透被告の体調不良も重なってのことだ。
私以外の五人の裁判員は順次その役を降りていったが、私は最後まで続ける決心をした。
それは、この事件の真実を確めたい一心からだった。
そもそもこの事件は、久保美津雄受刑者の犯行として別途捜査が進められていた。
第一被害者の山野真由美、第二被害者の小西早紀、そして第三被害者の諸岡金四郎の三者について、久保受刑者は犯行を自供していたのだが、山野・小西の両者については供述も曖昧で、徐々に諸岡殺しのみに焦点が絞られていった。
そこへ降ってわいた足立被告の自首。
諸岡以外の二人の暴行致死、久保受刑者の殺人未遂、そして別の誘拐事件で起訴された生田目太郎氏への殺人教唆について、自らの犯行であると出頭してきたのだ。
* * * * *
私に裁判員名簿登録の通知が来たのは2011年の秋。
翌年、この連続殺人事件に対しての呼出状が来た時は、正直微妙だった。
世間は久保受刑者の犯行と頭を固めていただけに、現職の刑事が真犯人となるとかなり心労を伴う裁判になるだろう。
私にその重責が担えるのか?
しかし、確たる辞退事由もなく、幸か不幸かそのまま抽選に当たってしまった。
当初、翌週には初公判があるという通知だったのだが、事件の複雑性から公判前整理手続がかなり困難を極めたようで、結局選任されてから初公判まで一ヶ月の期間が空いた。
それでも、争点は明確には決められなかったようで、私たち裁判員の審議内容が通常より広義となったことは否めない。
そして初公判を控え、私たちは事件の概要を改めて説明された。
第一の事件は2011年4月12日。
被害者・山野真由美がとある住宅屋根のテレビアンテナに吊るされるようにして死亡していた。
死因は心臓麻痺の推定。
さしたる外傷はなかったが、その猟奇的な死に様に世間の注目度は高かった。
第二の事件は同年4月15日。
山野真由美の第一発見者である小西早紀が、その被害者だった。
こちらは電柱に吊るされるように死亡しており、死因は同じく心臓麻痺の推定。
状況が似ているだけに、同一犯の犯行として捜査が進められた。
この両件に関し、足立被告が自身の犯行と自供したのだ。
だが、その供述はあまりにも荒唐無稽だった。
二人に対しては直接死に至らしめる行為はしておらず、「ただテレビに入れただけ」と足立被告は話した。
「テレビに入れた」だって?
全くもって意味不明である。
そもそも文法的に理解し難い発言なので、六人の裁判員全員が当然のように唖然とした表情となった。
しかし、このテレビ発言は久保受刑者や生田目氏の供述とも一致しており、口裏を合わせたにしては筋が通り過ぎている。
ひとまず私たちは、足立被告の供述を詳しく教えてもらった。
「テレビに入れる」という動作は、正しく表現するなら「人の体格以上のテレビモニターを通して、この世界とは別の世界(空間)へと移動させる」ことらしい。
この時点で、モニターと人体が物理的かつ生物学的に同化若しくは細胞変化できるのか、この世界以外の別空間が存在するのかという二つの仮説を事実として受け入れる必要があり、ここで思考がストップしてしまうことがあってもそれは仕方がなかった。
事実、警察では調書は取ってあるものの、この観点から捜査しようとは微塵も思ってはいない。
だが、ここで止まっては民間から出向いた裁判員としての意味がない。
できるだけフラットな頭にして、全ての事実と供述を理解しなければならない。
足立被告によれば、それはある特殊能力であり、稲羽市へ赴任した後に自身に生まれ出たものだと言う。
そして、二人がテレビの中に落ちていった後のことは露知らず、自分が手を下して殺害したわけではないと言い切る。
しかし、テレビの中へ落とすことによって命を落とす危険性があることは認識していたため、自らの「暴行致死」であると供述しているのである。
山野真由美、小西早紀ともに、アンテナや電柱に逆さ吊りにされた状態で発見された。
しかし、それは足立被告の仕業ではないということになる。
では、直接手を下したもの、そしてアンテナや電柱に被害者を吊るした者が他にいると言うのか?
その点に関し、足立被告はこう推察している。
「テレビの中にはシャドウって化け物がいるからね。そいつらに殺られたんじゃないの?」
シャドウ?
何なんだシャドウって?
また新たな非科学的問題が勃発した。
もうこの時点で真剣に理解しようとする者は周囲にいなかったと記憶するが、私は再度脳内をリフレッシュさせて供述を受け入れた。
シャドウとは、人間の抑圧された願望・欲望から生み出される存在で、様々な怪物の姿となってテレビの中の世界を徘徊しているということだ。
足立被告によれば、山野・小西両者を殺害したのは恐らくそういったシャドウの類であり、命を失った人体は再びこの世界に引き戻されるため、テレビの発信元であるアンテナや電柱に「戻っていって」結果的に「吊るされた」ような状態になったのではないか、ということだった。
まるでSF小説である。
架空の物語としては筋が通っている。
しかし、こんな理屈が現実世界でまかり通るはずがない。
他の裁判員からは、足立被告の虚偽供述若しくは精神異常だと主張する声が次々と挙がった。
事実、留置所内にいる間に足立被告の精神鑑定は二度行われていた。
しかし、いずれの結果も「正常」だったのである。
ならば、この供述は真実か作り話かの二択となる。
場の空気は「作り話に決まってる」というものに支配され、ひとまず次の段階へ進むこととなった。
次は久保美津雄受刑者への殺人未遂である。
諸岡金四郎殺害の罪で現在も服役中の久保受刑者だが、その久保受刑者をも足立被告は「テレビに入れた」と供述している。
久保受刑者が出頭を受け入れたのが他ならぬ足立被告であり、取り調べの最中に警察署内のテレビに入れたと言う。
その動機というのがまた常軌を逸しており、裁判員たちの神経を逆撫でするには十分だった。
「署のテレビのある部屋に通して、部屋の電気をいきなり消して、動揺してる間に一気にやった」
「やる瞬間さえ見られてなきゃ、万一助かっても『向こう』での体験談なんて誰も信じない」
「でも、丁度警察が手柄に飢えてる頃合だったんで、もしマジで犯人なら事件解決ってオチになりかねない」
「それじゃあゲームが冷めちゃうんで、周りには『帰らせました』って言って、とっさの思いつきでテレビに入れたんだ」
供述からすると、殺意はあったということになる。
しかし、久保受刑者は自首から二週間ほど経ったところで再び警察に連行さることとなったため、足立被告とすればこれは「殺人未遂」であるという言い分だ。
その間、久保受刑者がどこにいたのかということが大きな問題となるが、久保受刑者、そして足立被告も一貫してテレビの中だと断言する。
当然、久保受刑者も精神鑑定を受けたのだが、結果はやはり「正常」だった。
それより、我々を憤らせたのは足立被告の「ゲームが冷める」という一言だった。
手口はどうあれ、殺人を「ゲーム」と言い切ってしまう刑事がいるという事実は、誰しもが不快感を覚えた。
そしてその「ゲーム感覚」が、もう一つの罪である生田目太郎氏への殺人教唆につながるのだ。
生田目太郎氏は、第一の被害者である山野真由美の不倫相手として一躍メディアで騒がれた元・議員だ。
同年11月に堂島菜々子という少女を誘拐した罪に問われていたが、一連のテレビ発言を中心に精神異常者と見なされ、一時病院へ収監されていた。
しかし、これまた「正常」と診断されたことで裁判が行われ、結果的に執行猶予となり現在に至っている。
この生田目氏の誘拐が、足立被告の教唆によるものだというのだ。
それも、堂島菜々子以外にも四人の誘拐を実行したと言う。
そして、その誘拐方法がやはり「テレビに入れる」という手口。
ここで半ば呆れ顔となっている裁判員たちの前に、少々スパイスの効いた事実が出現した。
『マヨナカテレビ』の存在である。
それは事件の起きた2011年に世間を騒がせた都市伝説で、「雨の日の深夜0時に一人で消えたテレビの画面を見つめていると、運命の人が見える」というものだ。
生田目氏は、そのマヨナカテレビに山野真由美、小西早紀が映ったことで「マヨナカテレビに映った人間は近々殺される」という考えに至った。
その仮説を生田目氏は警察に訴えたところ、対応したのがまたしても足立被告。
足立被告はここで、警察としては一笑に付しつつも、その後映った人たちを「安全な場所(テレビの中)にかくまってあげればいい」と生田目氏をそそのかす。
そこから生田目氏は、「救済」の名のもとにテレビに映った人たちを誘拐してはテレビの中に入れていたと言うのだ。
『マヨナカテレビ』の噂はもちろん皆知っていた。
実際、見られるものなのか確認した者も何人かいて、私もその一人だった。
私が見た時には何も映らなかったのだが、ある人は少年や少女の姿をおぼろげに見た経験があると言っていた。
しかし、そういう怪奇現象はとかく夢や幻と称して忘れたがるのが人間の性だ。
その見たという人も、今の今まで記憶の底にその事実を隠していたようなのだ。
ということは、『マヨナカテレビ』とは誰でもが見られるものではないのか?
そして、人によって見える内容が変わるものなのか?
その辺りのことも、足立被告は克明に供述書に記している。
足立被告によれば、「マヨナカテレビに映った人間は基本的にテレビに入れられていない限り画像が荒れた人影が映るのみだが、その人物がテレビに入れられると一転して画像が鮮明になり、その人物の影を司会者としたバラエティ風の番組が映し出される。また、その人物が殺される時は黒い何かに纏わりつかれてもがき苦しんだ後テレビから消滅してしまい、遺体となってこの世界に出てしまう」というもの。
しかし、実際にバラエティ風の番組が見えるのはその人物のことをある程度知っている人間のみであり、その実態は「人々の『見たい』という思いが集まり、その対象が見たいように映る『窓』」であるらしい。
ならば、見たという裁判員の一人が荒れた画像しか見られなかったのは、その少年や少女のことを知らなかったからだろうし、私が何も見られなかったのはそもそも『見たい』という思いがなかったからとも言える。
ここで問題になってくるのは、生田目氏が誘拐してテレビに入れた堂島菜々子以外の四人についてだ。
それは、足立被告が所持していた生田目氏の手帳から明らかになった。
天城雪子。
巽完二。
久慈川りせ。
白鐘直斗。
いずれも、当時八十神高校に在籍していた高校生である。
しかし、生田目氏の供述をまるで相手にしていなかった警察は、これまで彼らに聞き取り捜査することは一切なかったのだ。
いや、正確には生田目の手帳を足立被告が所持していたため、彼らの名が明らかになったのは足立被告出頭の後ということになる。
それでも、足立被告のテレビ発言を真っ当に受け入れていない以上、捜査の手が広がることはなかったのである。
私は、説明をしてくれている裁判所事務官の方に、この四人の証言を申し出てみては?と提案した。
しかし、現時点で検察・弁護側のどちらにもその考えはないとの返答だった。
私は納得できなかったが、公判が始まれば私自身の言葉で足立被告を問い詰めることができる。
ここはジッと堪えて、まずは全貌把握に努めることにした。
ただ、結局のところ足立被告の供述を受け入れるためには、「テレビの中に異世界がある」ことを事実として受け入れる必要があるのだ。
これはいくら何でも無理があるだろう。
事件の概要をひと通り聞いた後でも、やはり足立被告がどうやって山野真由美と小西早紀を殺害し、どうやってアンテナや電柱に吊るすことができたのか?ということが話し合われた。
曖昧なまま終わった公判前整理手続きでも、争点は足立被告が「有罪」か「無罪」か、そして有罪ならばその量刑は幾何か、ということになっていた。
だが、現状の証言と物的証拠から察するに、有罪の決め手などどこにもない。
せいぜい山野真由美と小西早紀の拉致罪を問えるかどうかというところだ。
一体、どんな公判となるのだろう?
掴みどころのない状態のまま、私たちは公判初日を迎えることとなった。
* * * * *
公判初日。
この日は被告と弁護側の陳述から最初の証拠調べまでが予定されいる。
まずは足立透被告の人定質問、そして起訴状読み上げ。
ここまでで早くも二時間が費やされ、端々に出てきた「テレビに入れる」云々の箇所では、その都度傍聴席から失笑が漏れていた。
そして黙秘権告知の後、被告人陳述として足立被告が口を開いた。
「起訴状の通りで、間違いありません」
基本的に、足立透被告は罪を償おうとしている。
起訴状にはテレビに入れた云々の証言も全て記載されていたが、果たして検察側は本当にそこを冒頭陳述の論点に持ってくるのか?
そして弁護人としては、足立被告のどの部分に情状酌量地を見出すのか?
足立被告の言葉に続いて、担当弁護士が注意点を述べた。
「被告人・足立透は、山野真由美と小西早紀両名に対し、殺害を実行したものではありません。裁判員の方々に注意していただきたい点は、彼がテレビの中の世界についてほぼ無知の状態で暴行を加えてしまった(テレビの中に入れた)ということです。従って、山野真由美、小西早紀の両名が命を落とすことはおろか、傷を負うことも確証しておりませんでした。浅はかであったとは思いますが、彼の精神状態もまた、限界を超えていたということだったのです。以上です」
私たち裁判員は、思わず数人で目を見合わせた。
もちろん傍聴席も既にザワついている。
まさかとは思ったが、担当弁護士が「テレビに入れた」ことを事実として陳述してしまったのだ。
これには、荒唐無稽な弁論に終始させ、最終的に再度の精神鑑定に持ち込む意図が見え隠れしていた。
引き続き、証拠調べへと移る。
まずは検察側の冒頭陳述だ。
「被告人・足立透は現職の刑事でありながら、その職権を濫用して山野真由美、及び小西早紀に対して執拗な尋問を繰り返した。その結果、ノイローゼ気味となった両名を順次拉致監禁し、ショック死させた後にアンテナや電柱に吊し上げるという猟奇的な行動に及んだ。実に残虐かつ身勝手な犯行であり、極刑に値する。さらに、警察官になったのも『合法的に銃を持てるから』などと述べており、市民を守るべき警察官としての立場を著しく冒涜しています。以上です」
検察側は、当然ながらテレビの中云々の陳述は避けてきた。
しかし、殺害実行の手口に物的証拠がない状態では、この切り口は弱すぎるのではないか?
或いは、それも見越して拉致罪の確定、さらには実行犯の炙り出しを狙っているのかもしれない。
そして当然の如く、裁判官から検察官への質問が飛んだ。
「犯行の手口について、起訴状と食い違う部分が多いように見受けられますが?」
「……起訴状はあくまで被告人の供述をもとにしています。テレビの中に入れたなど誰が信じられますか? そういうスラングを用いているだけで、実際は拉致した上で精神的拷問によって死に至らしめたのであります。その証拠に、山野真由美、小西早紀両名の衣服からは、足立透の指紋及び体液が検出されております」
そう言いながら、検察官は鑑識書類を机上に広げた。
これは新事実だ!
指紋はともかく、足立被告の体液が付着しているということは、それがテレビの外であれ中であれ、強姦罪の可能性も浮かび上がる。
足立被告の表情は!?
……変わらない。
足立被告は一切表情を変えず、真っ直ぐ前を見つめている。
裁判官が検察側の出した書類に目を通す。
「……分かりました。では、アンテナや電柱に吊るした際の証拠物品はあるのですか?」
「それは……、次回提出致します」
検察官が苦しい表情を見せる。
と、ここですかさず弁護士が口を開いた。
「そりゃあ無理ですよ。だって殺害したのもアンテナや電柱に吊るしたのも彼じゃないんですから」
再びザワつく傍聴席。
ここまでの陳述を聞いていると、まるで賽の河原の石積みのようで、ひどく滑稽な裁判となってしまっている。
果たしてこれでいいのだろうか?
結局、被告人への質問は次回に持ち越され、この日は閉廷した。
* * * * *
第2回公判は、実にそれから一ヶ月も経ってからであった。
検察側は新たな証拠が必要、弁護側は足立被告への意思確認に時間を費やし、第1回公判の幼稚さをメディアで叩かれたこともあって早急な開廷が事実上不可能だったのだ。
裁判員裁判としては異例の事態だけに、六人の裁判員の内三人がこの時点で交代した。
そして第2回公判。
この日は検察側から足立被告への質問を中心に進められた。
---被告は、山野真由美さんと以前より面識があったのですか?
「いいえ、ありません」
---天城屋旅館まで、山野真由美さんに会いに行った理由はなんですか?
「身辺保護ですよ。マスコミが既に嗅ぎつけていましたからねぇ」
---そこでどんな質問をしたんですか?
「ただの職務質問です」
---殺意は、あったのですか?
「(笑って)そ~んなものはありません。ただ、不倫の事実は許せませんでしたね。あ~、それを問い正したのかな」
---すると、山野さんは何と答えましたか?
「否定しませんでしたよ」
---だから、暴行を加えたのですか?
「少し痛い目を見た方がいいと思いましたんでね。だから、ロビーにあった大型テレビの中に……入れました」
室内がザワつく。
やはり足立被告は、テレビに入れたという事実を隠すつもりはないのだ。
---テレビに入れた、とはどういうことですか?
「言葉の通りですよ? 山野真由美の身体をこうやって……」
---意味が分かりません。テレビのモニターに頭をぶつけて気絶させたのですか?
「何言ってんの、アンタ。入れたって言ってるでしょ。テ・レ・ビ・の・な・か・に、か・ら・だ・を・入・れ・た・の!」
足立被告の言動がおかしい。
明らかに神妙だった初公判の時とは違う。
この一ヶ月で、何か心境の変化があったのか?
---前回の公判で、検察側から被告の体液が山野さんの衣服から検出された旨の書類が提出されましたが、それについてはいかがですか?
「ああ、そのことね。僕は純粋に罪を償いたかった。でも、テレビの中に人を入れただなんて誰も信じないの一点張りだったから、強姦罪にでも誘導できるようにって検察側にちょっと協力してやったんだよ。口裏合わせるだけかと思ったら、ちゃんと鑑識に回す書類作んなきゃいけないってんで、僕の精液が必要だって言うんだよね。……まあ、僕もちょっと欲求不満な時期だったからさあ、いいかなって思って検察官さんの指定した場所に行ったら、何と僕の弁護人さんとプレイ中だったワケ。いや~、これにはビックリしたね~。でも久々に面白いシチュエーションだったからさあ、思わず男三人でズッポンズッポンやっちゃったよ」
足立被告の言葉に騒然となる傍聴席。
そして、検察官と弁護人が真っ青になっている。
どうやら初公判の茶番劇は、双方がグルになって仕組んだものだったようだが、まさかこの場で暴露されて性癖までバラされてしまうとは思いもよらなかったのだろう。
これにはさすがに裁判官がキレた。
「検察官、弁護人、ともに後ほど処分を言い渡します。本日はこれにて閉廷!」
唐突に閉廷した第2回公判。
その時の足立被告の目は……、笑っていた。
* * * * *
第3回公判は、一週間後に行われた。
証拠品捏造の責を取る形で、検察官及び弁護人が交代。
異例なことだが、足立被告の荒唐無稽な話をまず聞いてみるという姿勢の二人が選出されたようである。
検察官、そして弁護人ともに若い女性であることが、何か不思議な空気を醸し出す。
そしてこの日も、引き続き検察側から足立被告への質問から始まった。
---前回の続きです。被告は山野さんをテレビの中に入れた後、どうしたのですか?
「お……、認めてくれんのね? テレビに入れたってこと」
---質問に答えなさい。その後、どうしましたか?
「どうもしないよ? ホントに入っちゃうんだ~って感じ?」
---テレビの中がどういう世界なのか、知らずに入れたのですか?
「そうだよ? ヤバそうなとこだな~とは思ってたけどね」
---では、4月12日に山野さんが遺体で見つかった時、あなたはどうしていましたか?
「まさにその捜査にあたっていましたよ」
---どんな気持ちでしたか?
「あ~、死んじゃったんだって感じかな。予測はしてたけど、まさかあんな残酷な死に方するとは思ってなかったんで、思わずもどしちゃったね」
---あくまで、あなたが殺したのではないと?
「僕はテレビに入れただけ。後のことは知らないよ」
---先程「予測はしてた」と言いましたね? あれはどういう意味ですか?
「ああ。だってどんなところか全く分からないとこだよ、テレビの中なんて。生きて帰れるわけないって思うのが普通でしょ」
---では、実際に殺害を実行したのは誰なのですか?
「……知らない」
---アンテナに吊るしたのは?
「知らないな」
検察側が何やら話し込む。
そして、再び質問へ。
---では、小西早紀について伺います。彼女に近付いたのは何故ですか?
「山野アナ殺しの第一発見者でしたからね。その職務質問ですよ」
---何を質問しましたか?
「彼女はね、生田目と遊んでたみたいなんで、それを問いただしたんですよ」
---生田目……というのは、山野さんの不倫相手だった生田目太郎氏のことですか?
「そう。ガキのくせに生意気だったんで、ちょっとお灸を据えてやったんだよ」
---どいうことですか?
「テレビに入れたってこと」
---どんな風に?
「う~ん、どうだったかな? 確か顔を掴んでこう一気に落としたって感じだったかな」
---あなたは入っていないのですね?
「もちろん。だから誰が殺したのなんて、分かんないよ?」
---質問を変えます。生田目太郎氏とは、面識があったのですか?
「ないない。向こうから電話してきたんだよ、小西早紀が遺体で発見された日の夜にね」
---どんな内容の電話でしたか?
「マヨナカテレビに映った人間が死ぬんだって、事もあろうに僕に教えてくれたんだよ」
---マヨナカテレビとは何ですか?
「え? 知らないの? って言うか、事前の調書に全部書いてあるでしょ? 説明すんのめんどくさいよ」
ここで、弁護人が代わってマヨナカテレビのことを改めて説明した。
この都市伝説は有名だったので、傍聴席も何か納得したような空気が流れていた。
---生田目氏は、あなたにどうしてほしいと言ってきたのですか?
「マヨナカテレビに映った人を保護してくれとさ。でもね、警察がそんな夢みたいな話に付き合うわけないって断ったよ」
---夢みたいな話と言いますが、テレビの中に人を入れるなんて、まさに夢物語だとは思わないのですか?
「だってホントに出来たんだから、仕方ないよ」
再び検察側が何やら話し込む。
そして、担当検察官が強い口調で一言。
---では、ここでやって見せてもらえませんか?
ザワつく傍聴席。
我々裁判員も、興味深く顔を見合わせる。
しかし、足立被告は涼しい顔で言ってのけた。
「どうかな~。多分、無理だと思うよ」
---何故無理なのですか?
「もう力がなくなってると思うからさ」
---いつ、力がなくなったのですか?
「分からないな~。でも、何となくそんな気がするんだ」
何か曖昧な様子の足立被告。
この様子は、誰かを庇っているのか?
もし本当にテレビに入れられるのなら、ここで実践してみるのが確かに最も手っ取り早い。
それが出来ない理由が、何かあるというのか?
---一旦、こちらからの質問を打ち切ります。
検察側が質問を中断した。
と、次は弁護側からの質問と相成った。
---被告に質問します。山野真由美、小西早紀ともに直接の殺害はしていないとのことでしたが、心当たりもありませんか?
「…………」
---質問を変えます。小西早紀が死んだ後、あなたは自らテレビの中に入ったりはしませんでしたか?
「…………」
---質問は以上です。
何だ、今の質問は?
足立被告は、この公判で初めて黙秘権を行使した。
黙秘したからと言って判決に不利に動くことはないが、黙秘の事実はその質問の重大性を意味する。
事前の資料によると、テレビの中にはシャドウという化け物がいて、その化け物が山野真由美と小西早紀を殺した可能性が示唆されていた。
足立被告がそのことを敢えて公判で話さないのは、何か理由があるのか?
と、その時、室内に大型テレビが運ばれてきた!
どうやら、検察側が実験用にと予め用意していたようだ。
鋭い目つきの女性検察官が、立ち上がって足立被告に詰め寄る。
---質問を再開します。足立被告、私を今ここでテレビの中に入れてもらえますか?
足立被告の顔色が変わる。
しかし、それはすぐに余裕の笑みに変わった。
「へ~。さすがに交代してきただけありますね、勇気あるわ。……でも、多分無理だと思うよ」
足立被告はそう言いながら大型テレビに近付き、そっとモニターに手を触れた。
しかし、指先はコツコツとモニターを叩くばかり。
「……ホラね。アイツらを落とせた時は、僕の身体もテレビにスゥーッと溶け込んでいってたんだ。だから僕が媒介になれば他人も落とせたんだろうね。でも今は無理だ」
女性検察官が黙って席に下がった。
そして、裁判官から他の質問の有無を問われた。
ここで被告にあの四人の高校生のことを問うてみるか?
しかし、もし何の関係もなかったら……。
その時の私には、まだ覚悟が足りなかった。
「それでは、本日はこれで閉廷とします」
* * * * *
その後、第4回公判までまた間が空き、裁判員は私ともう一人以外は総替えとなった。
第3回公判でのテレビに入る実験の際、足立被告は「やっぱりダメか……」という表情を浮かべていた。
曖昧な態度に見えたあの時の言動は、逆に足立被告の素の姿だったのだ。
留置場にテレビなどないわけなので、力がなくなったことを確認する術がなかったわけなのだろう。
ここまで公判を続けている内に、私は「テレビに入れる」という荒唐無稽な話を半ば信じ始めていた。
さすがに検察側も弁護側もストレートにそういう姿勢にはなっていなかったが、ここから第4回、第5回、第6回と、現実的な尋問と空想的な尋問が繰り返される妙な展開が続き、あっという間に2年の月日が流れた。
そして2015年の夏、足立被告が留置場を脱走した。
(続)