ちょっと出てくる。
その日は珍しく霊夢の方がそう言い残して神社を後にしていた。取り残された玉男は縁側に腰を落とし、先刻霊夢が飛び立って行った空を眺める。いつもとは逆の立場に立っているからなのか、その表情はどこか不思議そうに見える。
「いつも霊夢はこんな風にしてたのか……しばらくは散歩するの、やめとくか」
そう呟きながら掻いている頭の中で寂しさの感情が掠めたのか、玉男は自身と霊夢との立場を入れ替えて思い耽る。
散歩に行ってくる――いつもそう言って彼女の元を後にしていた。そして、帰って来ては「ごめん」と。
勝手が過ぎた所業にも程があるではないか。玉男は改めて自分への責を正し、それを正面に見据えた。これはそれ故の言葉である。
「それにしても、霊夢も居なけりゃ魔理沙も来てないここってこんな静かだったんだな……」
風の音が聴こえる、と玉男は心の内で呟く。
しかし、実際に彼が聴いたのは風の音ではない。風が揺らしざわつかせた枝葉の擦れ合う音、もしくはそれ自体が軋む音だったりと。所謂、比喩の類だ。
悲しいかな。風情に浸る一時がそれまた一人だった際、男ならば特にそうなのだが。人間は誰でも格好を付けたがる節があるのかもしれない。
自然という、目に見えていても広義にして不確定で大形な代物にほんの些細でも触れることができた、という自己満足に浸る玉男が頷きながら組んだ腕を解こうとした刹那――それは石畳の階段を駆け上がって来たのだ。
「おっはよーございますっ! わたし東風谷早苗はピチピチの現役女子高生巫女として、今日こそ幻想郷イチの巫女の座を掛けて霊夢さんを打倒しに馳せ参じました――」
最後の一段を思い切り踏み込んで跳躍して見せたのは、深緑の長髪が否応にも目に付く少女だった。
石畳に降り立った直後から右手で敬礼のポージングを決め込んでいた東風谷早苗は、言葉尻を言い切ると同時に敬礼していた右手の人差し指だけを縁側に座って惚ける玉男へ向ける。
「て、あなた誰でしょう……もしかして男装した霊夢さんですか?」
ようやくそこで至ったのだろう。
無駄と形容して問題のない凛とした立ち姿だった早苗はやはり、小首どころか大仰なまでに首を傾けると尋ねてきたのである。
二言目の突飛さに苦笑を覚えたものの、玉男は平喘と返す。
「いや、俺は霊夢の彼氏だよ」
「カレシ?」
一回転するのでは、等と馬鹿げた想像すら危うくしてしまいそうになる程に首を傾げた早苗が復唱する。
そして何かを思い付いたように手を打ち鳴らし、満面の笑みで一言。
「ああ、おでんとかに着いてくる――」
「カラシじゃなくてカレシ。ボーイフレンドだよ」
瞬間、笑顔が凍り付いた。
「そんな……霊夢さんに彼氏? 女として、巫女として大きく差が開いてしまったんですか?」
次いで機敏な動きで膝から崩れ落ちる。
糸が切れたようにとはこのことか、と、危うんだ玉男が駆け寄る。
「いきなりどうしたんだよ、大丈夫か?」
「は、ははは……霊夢さんとはその、どこら辺までお進みなっているんですか?」
「お進みに、て……ま、まあ一通り――」
「がはっ」
「お、おいっ?!」
吐血――は伴わなかったものの、ガクリ、と支えている玉男の腕の中で首の力が抜け切った早苗の顔が天を仰ぐ。しかも心なしか――いや、確実に白目を向いている。
「……どうするか」
家主である霊夢が不在である中、それも相手は初対面の少女。扱いについての慎重さは元より、少しでも誤った選択肢を掴んでしまえば大事へと発展するのは明白。
しかし玉男は失念していた――自分の能力について。