第八話「ドールプレイ・前」
晴れ間が覗く雨上がりの午後。
先まで降り頻っていた雨が残す小さな水面は陽の光で煌き、縁側に腰を据える少女の視野を眩ませる。
「せっかく晴れたってのに、アイツはどこに行っちゃったんだか……」
トレードマークの大きな赤いリボンを手で整えながらボヤいていると、視界の端に思い掛けない光景を捉えていることに気付く。
「虹か……綺麗ね」
リボンに添えている手を止めて微笑を浮かべる。それは穏やかな午後に相応しい、とても柔らかいものである。
しかし次の瞬間、その表情に薄雲が漂う。
「一緒に見たかったな」
胸中に抱いた淋しさを言葉にして吐露すると、少女は再び手を動かしてリボンを整え始めた。
ひと気のない森の奥深く。道に迷ってしまった玉男がフラついた足取りのまま闇雲に進んでいると、一軒の木造屋が目に留まる。
簡素な造りの外観ながらそれなりに立派な一軒家であり、急に降り出して来た雨を凌ごうと考えている彼にとってはこれ以上にない程の好機である。
「取り敢えず雨宿りをさせてもらおう」
ややせり出している屋根の下に駆け入ろうとした玉男だったが、その間際、目に入ってきた光景に驚き足を止めてしまう。
四角い木の枠組みが施される窓の向こう側、外観通りのシンプルな内装の部屋の奥。金髪の少女が座った態勢のまま、ベッドの上で両方の細い色白の足を大きく開き、上半身を反らせながら小刻みに身体を震わさせているのだ。
「こ、これって……」
よく目を凝らして見ると、開脚させた股の間に小さな人形と思しき後ろ姿が確認できる。
人形の小さな身体が前後する度に少女は大仰な動きを伴いながら腰を浮かせる。その姿は痙攣しているようにも見える。
『も、もっと、来てぇっ』
食い入るように部屋を覗き見ていた玉男はいつの間にか窓に近付いてしまっていたようで、少女の上げる艶っぽい喘ぎ声が窓を貫通して耳に聞こえ届いていた。
生唾を飲み込み喉が音を鳴らすのとほぼ同時に、玉男は真横から何かの気配を感じ取る。
窓から一歩引くような形で身体を半回転させて向きを変えると、目の焦点は一体の人形を捉える。人形が無機質な黒い瞳を向けてくると、二人の間を穏やかでない静寂が支配し始める。
「いや、違うんだ――」
先に沈黙を破った玉男は自分の声が耳に返ってきた後、乱暴に開かれる扉が上げる悲鳴を聞く。
「誰っ?」
悲鳴の方へ目をやるとそこには、頬を赤らめる先程の少女の向けてくる複雑な色味が浮かんでいる両目が見える。微かに潤んで見える瞳の青色が一瞬だけ姿を隠すと、今度は少女の方へ向き直りながら玉男は頭を下げる。
「ごめん。盗み見るつもりはなかったんだ……ただちょっと、雨宿りをさせてもらおうと……」
すると、少女は予想に反する動きを見せる。
「その、お願いがあるの……」
玉男の腕を掴んだ少女は顔を伏せながら消え入りそうな声と共にそう告げるのだった。