我々が一緒に暮らせる理由
"raison d'être" 《存在理由》
寺岡さんと小島さんがどのようにして仲直りして、共に生きることになったか…の物語。
BGM:『YELLOW』、もしくは、木村カエラならなんでも
『僕を止めてください』スピンオフ第2弾
*ご注意:激しくネタバレなので、『僕を止めてください』を最新更新分(2章『ヴァニタス・ヴァニタートゥム・二十七話 交点』)まで読まれた方のみご賞味ください。お願いします!
*あめふらし画伯の挿絵実装!
書きたかったのです。なぜ木村カエラなのか不明だが。寺岡さんの『恥辱刑』を書くまでは、別に木村カエラのファンだったわけでもない。TREE CLIMBERSはいい曲だってずっと思ってた、ただそれだけだった。
でもそうなんだ、寺岡さんは木村カエラのファンなのだきっと。寺岡さんのシトロエン(なんですよ。いいませんでしたっけ?)のCDボックスの中には木村カエラのアルバムが全部詰まってるのです。決して椎名林檎ではく。そう、寺岡秀明は凌辱されて泣きながら帰ってきた道すがら木村カエラを聴ける男なのです。“I am lady!”とか言われても、ほら違和感ないでしょ。
というわけで、寺岡さんの乙女心全開のストーリーになった。小島さんは、なんだか幸せだなって口には出さないけど思ってて、悔しいから言わないんですよ。
『レゾンデートル』 短編、駆け足の二人の年月。『僕を止めてください』スピンオフ第2弾!
子供のいない夫婦が猫を買うと上手く行くというが、我々の場合、それは岡本裕という離れて暮らしてる変人の“我が子”のことを指す。朝食を摂りながら、朝のニュースで「マヤ文明のミイラ展が国立博物館で開催されています」などと聞こえると「ああ、これ絶対裕に教えなきゃ」などと言って二人でプッと噴く。東北の国立大の医学部に合格した裕に、合格祝いをしようとか言って、遠慮する裕をようやく引っ張り出し、3人で大きな都心のブックセンターに行ったのが裕と会った最後で、以来うちの息子は盆暮れ正月に顔も出すことはない。
でもそれは、実家のも同じなようで、たまにお母さんに電話すると、裕は服を買ってくれと言う時しか連絡を寄越さないと愚痴って私に裕の様子を聞いた。親不孝な息子だ。それでもたまに電話すると、相変わらず丁寧な敬語で可愛げのない受け答えをする。まぁそれは中学生の時からの通常運転だから、それを聞くと変わりなくやってるんだろうと思うことにしている。
私は小島隆と一緒になれた経緯を、「子連れ再婚」と冗談半分本気半分で言っている。もちろんそれは小島隆が子連れだったからだ。
裕が自分の戸籍を見て自分の親が義理の両親だと知って以来、我々とあまり会わなくなった。自分の学力で国立の医学部を狙うには、高1から死にものぐるいで勉強しなければ実現しないと、裕も私も思ってはいたが、それにしても、接触を避けているかと思うほど、裕は隆とも私ともほとんど逢わなくなった。その理由は私にはほぼ想像はついたけれど。
会えなくなってからの、裕が原因の誰にも言えない小島隆の悩みのハケ口は、マズいことに医者から禁止されていた飲酒の再開となって現れた。ある日の真夜中、酔っ払って意識がぶっ飛んだ隆から掛かってきた電話をキッカケに、酒をやめろ、やめない、というケンカ話の行きがかりというかもののはずみで彼の家に私が押しかけ、泥酔した隆に殴られながら犯された。残酷な形で願いは叶い、私は辞めたはずの酒を飲み始めてしまった隆のことを思うと、初めて抱かれたことなんかどうでもいいほど悲しくて死にそうになった。
だがそれ以来、付き合うとも言わないのに隆は酔うとうちのマンションに押しかけ、私をことあるごとに殴って犯すようになった。酒をやめろと言っても一切聞かず、怒って更に殴る蹴るの暴力が待っていた。ドSのセックスで傷だらけになって、そのアザも取れないうちに数日経ってまた殴られて犯された。それはただの八つ当たりにしか思えなかった。ある時、これを裕にもやっていたのかと聞くと、そうだ、と答えた。私はそこで初めて隆を殴った。もちろん平手だけど。
殴った10倍返しでまた殴られて、また犯されたが、小島隆は私を犯しながら泣いた。ずっとそれを後悔してたんだろうと、その時思った。いや、それだけじゃない。全て…裕と過ごした時間のほとんどすべてを隆は後悔していた。どの時間を、日々を取り出して見せても、無理矢理犯し、無理矢理付き合わせ、無理矢理私に抱かせ、無理矢理心中未遂し、挙句の果てに無理矢理戸籍を確認させて、無理矢理自分の出自を見せつけられた…残酷な無理矢理の年月しか俺は裕に与えてこなかった、と。
私を犯しながら、隆はそんなことを言った。犯されながら私はそれにこう答えた。それでもいいじゃないか、と。裕は君のこと、感謝してる。あの子はバカじゃないし、ただ小島君の言いなりだったわけでもない。裕はいつも私が言うように、君を追い詰めたのは自分だって、今でも頑なに思ってる。だから今はそっとしておいてあげてくれ、と。それより酒をやめろ。君が壊れたら、裕も壊れるから…それ以外に私に何が言えるだろう。無理矢理の片棒を担いだこの私が。
その日から、隆は酒を飲むのをやめた。私は飲みたくなったら止めてやるからうちに来い、と言った。言ってはみたものの、それではいはいと言って来るような気さくなヤツなどではないとわかっていたし、そう思って期待など全くしないでいた。しかし現実は裏腹なもので、なぜか小島隆はシラフでもフラッと私の部屋にやってくるようになった。隆は酒も飲まず殴りもせずに私を抱いた。殴らなくても勃つんだ、と嫌味を言ったら、私を小馬鹿にした顔で、自分が相手の歳に関係なく勃つのを確かめてるんだと返してきた。
でもそれでいいと、私は思った。それは悲しいセックスじゃなかったから。
ケンカもしょっちゅうしたが、それでも裕が言うように5日くらい経つと謝ってきた。たまにスイッチが入ると暴力的になったが、それで私が感じてしまうのだからしょうがない。決して上手いセックスではなくて、フランス人の元カレなんかとは比べようもなかったけど、私が死ぬほど好きだからなにをされても感じた。案外料理が出来る男で、自衛隊自込みの軍隊カレーをうちのキッチンでたまに作ってくれたりすることもあった。二人で食べると美味いな、となぜかしみじみ言われた。そういえば裕は、食べることにも興味がなくて、年頃の食べ盛りの男の子と美味いものを食べに行くような楽しみは一切なかったのだと気づいた。隆が私を誘って日帰りで温泉に行ったりすることもあった。口数が少ない割に、そういうことにさりげなく誘うのは、意外にも私ではなく隆だった。
こんなことを隆はきっと、裕としてみたかったに違いない。あまりにも違いすぎる生き方の中で、隆はそれでも裕と時と場所を共有した。色々してあげたかったことのほとんどを出来ないままで。
裕が大学に合格し、北へ旅立った日の夜、隆は「いつか一緒に暮らさないか」と私に言った。私が心の底から欲しくて、隆に遠い未来、自分から要求するはずだったその言葉が、こんなに早く隆の口から出てきた時には、ポカンと口を開けたまま、呆然と彼の顔を眺めた。なんだ、嫌なのか、と訊かれ、私は首を横に振った。言葉が出てこなかった。隆が私のことをそこまで受け入れていたことに驚いた。一瞬で胸が一杯になった。隆を見つめたまま、無言でひとりでに泣いていた。それに隆がうろたえていたのが泣きながら可笑しかった。
同性愛者にとって同棲は人生の難関中の難関だといえる。我々の関係をどこまで知られてOKなのか、とか、仕事での不都合はあるのか、とか、考えて実行に移さなければならないことが山積みになる。だが、そういう戦略は出来ることは前倒しで布石を打つものだ。私の購入したこの部屋は例の精神科の医者の元カレの飲み友達の不動産屋から紹介してもらった。オーナーが金持ちのゲイのカップルで、二人は最上階に住んでいる。つまりマンション住民からのツッコミはまず入らない。いわゆるゲイ・フレンドリーな(それ以上の)住環境は確保してある。
知り合いのゲイ夫婦にノウハウを聞く必要があるな、とか、隆がどこまで現状を把握しているのか、とか、その日以来私の頭の中は、現実的な戦略を立てることでいっぱいになった。それは多分、至福感というものだと私は思った。
好きだとか愛してるなんて言葉は、裕の発作実験と対策の日に私が隆に自分の気持を暴露して以来、一言も言っていないし、隆も私に言ったことはない。それでも不安になるかということがあるかというと、それを感じることは殆ど無いと言っていい。あの小島隆が、好きでもない男を抱けるわけがないし、嫌いな人間に逢いに来ることもあろうはずがない。不器用と実直が取り柄の男だからこそ、一旦見損なわれた私がこんな風に受け入れられていることに驚嘆と奇跡を感じて日々暮らしている。昔の男に、「愛してるの? 私のことホントに好きなの?」などと訊かずにいられなかった私はどこへ行ったのだろうかと笑えてくる。だからといって隆が私の気持ちを確かめたいと思っているのかどうかはわからない。それとも私と同じように、あの日のあの最悪な告白の言葉だけで、今も私が死ぬほど小島隆を愛しているということを疑わないのだろうか。それは私にはわからなかった。
「ねぇ、もいっかい上乗っていい?」
「…勃てばな」
「勃たす…どうせ勃つもん」
「好きだな、お前はほんと」
「うるさい」
股間に顔を埋めて知り尽くした隆の性感帯に舌を伸ばす。ベッドの上でビクンと腰が跳ねて、息を呑む音が聞こえる。大きな手が私の頭を押さえつける。息が苦しい。窒息しそうなその快感に酔いしれる。自分の性器が急にいきり立って、腰が勝手にくねる。
「う…ん…ん…」
気持よくて声が漏れると、その声で隆のモノが急に大きくなった。詰まる息の中で舌を使うと更にそれが硬さを増し、それがたまらなくて両手で隆の腰にすがりついた。
「い…挿れていい?」
「早く乗れよ」
「ん……あはぁ!」
挿れた瞬間に隆の手が私の腰を掴み、下から突き上げられる。
「あっ…あっ…いい…そこ…すご…」
自分のアナルが勝手に痙攣して締め付けている感覚が自分を扇情する。死ぬほど好きな人のモノが自分の中で固く大きくなっていると思うと、それだけでイキそうになる。それはいつもだ。耐え切れなくて自分の固いモノを自分で掴むと、やんわりとその手を解かれて、隆の手がそれを握りしめた。
「はうっ」
「イケよ…出したいだろ」
「あああっ…も…出る…でるっ!」
「早ぇーな」
「だって…だって!」
好きなんだ。好きすぎて困るんだよ、隆。
「イクぅぅっ!!」
私の精液が隆の手の中で溢れた。その手を拭いもせずに、また私の腰を両手で掴む。今度は隆の番だ。グチュグチュとイヤらしい音が耳を犯す。中で前立腺に当たって、痺れが下腹部全体に広がっていく。それに悶えて締め付けると、一気に隆のモノが膨れ上がった。
「あ…出る…!」
「出してっ! 中にしてっ!」
身体の奥に彼の体液が注ぎ込まれていく。いくら入れられても足りない。ガクガクしながら身体が倒れて、隆の身体の上に重なる。入れたまま抱きしめられる。
「勃ったでしょ…」
「ああ…勃ったな」
「スキモノ」
「うるさい」
二人でシャワーを浴びて、ベッドの中でまた裸で布団に入った。後ろから横抱きに隆が腕を絡めてくる。それだけで幸せになれる。簡単な人間だ。
「裕君…どうしてるかな…慣れたかな」
こんなふうに抱いていたそこに私が代わりにいるんだな、と思いながら、口をついてそんな言葉が出た。
「新しい職場、前より合ってるらしいけどな」
「そっか。ならいいや」
「『ご心配要りませんよ、もう子供でもないんで』とか言いやがって、あの野郎」
「ああ、目に浮かぶわぁ…あいつ子供じゃないじゃん。子供の頃から」
「所轄の警部補に支持されてるとか言ってたわ。まだ入って3ヶ月なのにな」
「裕は優秀ですからねぇ…ねぇ、おとーさん?」
「ああ、俺の子だからな」
フフっと苦笑して、そのまま隆はあくびした。明日も早い。隆は仕事場ではずいぶん前から現場の主任になっているので、給料はいいが仕事は多い。一緒に住んでいるからこうする時間がある。私が早く帰れる時は、簡単な晩御飯を作って待っている。互いに歳を取ってくると、外食もけっこう辛いものがある。とは言えまだ隆はギリ30代だが。
いつの間にか寝息を立てて隆は寝てしまっていた。そっと腕枕を外す。
あんなに嫉妬していながら、自分がなぜ裕を憎まずにいられたか、ほんとに不思議だ。会うまでは、殺してやりたいとさえ思ったこともある。私は嫉妬深い。それは生来のものだから仕方ない。それでも、初めて裕を抱いた日から、その感情がもっと緊張感のある、高揚感に似たなにかに変わってしまったのは事実だ。それを人は狂気とでも言うのかも知れない。その感覚は今でも少し残っている。でもその感覚は嫌いではない。自分すら投げ出して、崖から飛び降りるような感じと言っても良いのかも知れない。はっきりとした名前はつけられないそれは、自分が予測できる戦略的な未来を一旦否定して生まれる何かだと、私は思う。
それは先の見えない人生を生きているという不確定さを、初めて積極的に受け入れた、私のスタート地点だったのかも知れない。なんにせよ、様々な事態をコントロール出来てしまう知能と行動力に溢れた私が、唯一敗北したのが自分の隆に対する恋情だったのだ。
裕がいなければ、私と隆は関係の可能性すらありえなかった。子はかすがいというが、本当だな、とこの血のつながらない我々3人の関係を見ていてそう思う。そう言えば、お前のこと、前に裕はお母さんみたいだって言ってたぞ、とあるとき隆が教えてくれたことがある。私はそれを聞いて爆笑した。お腹を抱えたまましばらく笑いが止まらなかった。慕われてたのか、と。爆笑しながら私はあれが母性というやつだったのかと、あとから気づいた。あの時の狂気の内訳の20%くらい、私は母性という名の大いなる贈り物に目覚めてたってわけだ。
母性は凶悪だ。子供を守るためなら、敵を皆殺しにすら出来る。君はいろいろと私にくれるよね…裕。大丈夫。おとーさんは私が守ってあげるから。心配するなよ。
でも君は…
裕がまだ自分を死神だと思っているのだろうな、と、その時切ない気持ちになった。いつかその呪縛が溶ける時、君が本当に世界を受け入れることが出来るようになる時、君はどんな人間として我々と再会するのだろうか。
その時は君から会いに来てほしいな、裕。
同じことをきっと心配して、時に胸を痛めているだろう、隣で寝ている裕の父親の寝顔を眺めた。でもさ、君がいるから、我々は幸せなんだよ。それにしても、なんで血のつながらない赤の他人の子供がゲイのカップルにこんな効果を生んでいるのか、私は文化人類学者として、少々データを取ってみたくなった。
それも学者の悪い癖だろう。データを取るまでもない。結局人間なんて、およそ変わらない。愛が変わらないのだからね。
そう、我々は変れるはずもないのだ。愛のもとに。それが人類のレゾンデートル《存在理由》というものなのだと。
− fin −
《あとがき》
以前、スピンオフの第1弾『恥辱刑』を書いた時に、寺岡さんが車の中でやけくそで木村カエラを大音量にして聴きながら通勤する、というシチュエーションが浮かんできていて、それが『TREE CLIMBERS』だったんですが、最近また木村カエラが聴きたくなって、『TREE CLIMBERS』聞いてたら、その次に『YELLOW』が流れてきて、なんとなく寺岡さんと小島さんの話を書きたくなりました。
「ねぇ、もっかい上乗っていい?」「勃てばな」「勃たす」的な。で、終わって裸でベッドの中で「裕君、どうしてるかな…」とか言ったりすんの。「新しい職場、合ってるみたいだけどな」。結局二人で息子の話です。親バカ。
結局、半端に書いたその部分をついつい書き足しちゃって、新作のボタン押しちゃったのが運の尽きでした。止まんないのね…寺岡さん視点だと書きやすくって。まぁ、小島さんがこういうこと語る人じゃないんで、もっぱら広報部員は寺岡さんなんですが。おかげで物凄い寝不足です。寺岡秀明、責任取れ! いや、木村カエラ、お前がそもそも悪い!!
そう言えば、寺岡さんはきっと「隆〜♪」とかって小島さんのこと呼んでるんだろうけど、小島さんは寺岡さんのことなんて呼んでるんだろうか。書くの忘れた。「寺岡…」とか最初は呼んでたけど、寺岡さんがぐずって「苗字で呼ぶのやめてよ」とかベッドの中で言ったに違いないのだ。それで「なんて呼べばいいんだよ」とか言われて、「秀明…って言ってよ」なんて照れながら言ったけど、結局高校生の友達みたいに「おい、ヒデ」とかになってる…はず。リア充爆発していいよ。俺が許す。
というわけで、スピンオフ第2弾、捏造完成です。またなにか書いたりするかも知れませんが、その時はまたよろしくお願い申し上げます…いや…あの…生卵投げないで…
2015.5.18
架空線 拝