※この作品はR-18です。

超古代の星   作:サマエル

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光を継ぐ者

<大正元年・フランス、巴里 某所>

 

その日は黒雲が空を覆い、滝のような雨が激しい勢いもそのままに降り注いでいた。

その雨の中を、一人の男がひた走っていた。

両手に何らかの荷物を抱えている事から、何か大事な物を運んでいるらしい。

やがてその人物は一軒の小さな教会を見つけると、急いでいるのか少々乱暴に扉を叩いた。

 

「………ハイ、いかがなさいましたか?」

 

ややあって、教会の神父が出て来た。

すると、男性は周囲に人の気配がない事を確認し、神父に言った。

 

「すまない、実は人に命を狙われている。危険が去るまで私の息子を保護していただけないか?」

 

「な、何ですって!?それは大変です、ハイ。」

 

神父がそう答えると、男性は両手に抱えていたものを、神父に手渡した。

それは、毛布に包まれた生後間もない赤ん坊だった。

 

「生きて危険をやり過ごせたら、必ず息子を迎えに来る。では私はこれで………。」

 

男性はそう言って、雨の中に消えて行った。

 

「………人が人のたった一つの命を奪う………何と罪深い事でしょう、ハイ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大正元年、フランスは巴里某所で、一人の男性が惨死している姿が発見された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

✿

 

 

 

 

 

 

 

 

 

物心ついた時、僕は一人だと気づいた。

 

親なんていない。

いつも一人ぼっち。

 

周りには集まって遊んでる子供達………。

みんな、僕と違って青い目をしてる。

 

 

 

………。

 

 

 

………………違う。

みんな普通だ。

青い目をしているのは普通なんだ。

 

 

じゃあ僕は?

 

普通じゃないの?

 

この黄色い肌も………

 

この黒い髪も………

 

おかしいの………?

 

 

 

 

 

だから………

 

 

僕は一人なの?

 

 

一緒に遊べる友達も、

 

一緒に暮らす親も、

 

僕にはないの?

 

 

 

レノ神父に聞いても、神父は答えてくれなかった。

 

 

 

レノ神父も、僕の事嫌い?

 

 

 

ある日、金髪のスーツの男が言った。

 

 

「神父殿、こちらの教会に猿が紛れ込んでいるようですよ。」

 

 

そしたら、レノ神父はいつもより強い口調で言った。

 

 

「彼は立派な人間です。髪や肌の色の違いなど、関係ありません。」

 

 

………そうか。

 

 

猿って、僕の事だったんだ。

 

 

僕は普通じゃない。

だって、猿にしか見られないんだから。

 

 

怒ればいいのか、泣けばいいのか………?

 

 

僕にはわからなかった。

 

 

 

 

 

ただ、

 

 

 

 

僕を産んだ親が、憎くて仕方なかった。

 

こんなガラクタ一つ残して死んだ親が。

 

 

 

 

ああ、主よ………。

 

 

願わくば、

 

 

この憐れなる猿に、安らかな未来があらん事を………。

 

 

 

気がつけば、僕はいつの間にか、神父のまね事をしていた。

 

 

 

 

 

でも、そんなある日………

 

 

 

僕は突然声をかけられた。

 

 

 

「あの~、こんな所で何してるんですか?」

 

 

 

初めてだった。

神父の他に、僕に話し掛けてきたのは。

 

 

 

「………。」

 

 

驚いた。

 

 

驚いてしばらくその人を見ていた。

 

 

女の人だった。

僕よりちょっと年上で、赤い修道服を着ていた。

 

 

「………君は………驚かないの?」

 

 

尋ねてみた。

 

 

この黒い髪も、この黄色い肌も、不思議じゃないのだろうか。

 

 

すると、

 

「どうしてですか?」

 

当たり前のようにそう言った。

 

 

「だって、僕は髪の色も肌の色もみんなと違う。みんな、気味悪がって近付かなかった。君は、気味悪がらないの?」

 

 

「何言ってるんですか!黒い髪って初めて見ますけど、カッコイイですよ!」

 

 

「………え?」

 

 

カッコイイ?

みんな嫌がったこの黒い髪が?

 

 

自分を褒めてもらった事なんて、今までなかった。

 

 

「私、エリカ=フォンティーヌっていいます。貴方は?」

 

 

初めてだった。

僕に自分から名前を教えてくれた人は………。

 

 

「僕………、ダイゴ モロボシっていいます。」

 

 

「へぇ~。ダイゴさんですか。強そうで素敵な名前ですね!」

 

 

「あ、ありがとう………。」

 

 

思わずお礼を言った。

 

 

嬉しかった。

 

 

僕に話し掛けてくれた事、

 

僕を褒めてくれた事、

 

僕に名前を教えてくれた事、

 

 

 

 

そして………、

 

 

 

僕に笑いかけてくれた事。

 

 

 

エリカさん。

彼女は、僕に笑顔をくれた。

 

 

嬉しかった。

 

幸せだった。

 

いつの間にか、エリカさんは僕にとって、神父以上に大切な人になった。

 

 

 

エリカさんがいるだけで、僕の心は明るいものになった。

 

 

これからもそうなると、僕は信じて疑わなかった。

 

 

 

 

 

そう………

 

 

 

 

 

 

あの男がくるまでは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

✿

 

 

 

 

 

 

 

 

いつもの澄み切った青空が、巴里の上に浮かんでいた。

 

「………遅いなぁ~。」

 

周りで同年輩の子供達が遊んでいる中、ダイゴの姿は修道院の中にあった。

とは言っても、今までのように暗い顔ではない。

誰かに会う事を楽しみにしている時の、そんな顔だ。

 

「おやダイゴさん、まだこちらにおられたのですか?」

 

「あ、レノ神父様。」

 

レノが修道院に戻って来たのは、その時だった。

しかしダイゴが待っていた人とは違い、ダイゴは少しがっかりした表情になった。

 

「天気の良い日は、外へ出た方が良いですよ?」

 

「うん………。人を待ってるから………。」

 

レノ神父の勧めを、ダイゴは遠慮がちに断った。

誰かと待ち合わせをしている時は、片方が相手に見つけてもらうまで待っているのが鉄則である。

両方が動き回っていると、中々見つけられないからだ。

 

「そうですか………。………あの、ダイゴさん?」

 

「何?」

 

「もしかしてその待っている人と言うのは………、エリカさんではないですか?」

 

「うん。そうだけど、どうかしたの?」

 

「いえ………、聞いてみただけです、ハイ。」

 

一瞬心配そうな表情を見せるレノに尋ねるダイゴだが、何か言えない理由があるのか、レノははぐらかすように言うと、修道院の奥に行ってしまった。

すると、外の方から何かが派手にぶつかる音と同時に、悲鳴が聞こえて来た。

 

「いった~い!!」

 

 

「あ………、やっと来た。」

 

待ち焦がれた声に笑顔を浮かべ、ダイゴは外に飛び出した。

そこには、赤い修道服を着た一人のシスターが、道の往来でひっくり返っていた。

 

「大丈夫?エリカさん。」

 

そう言って手を差し延べる。

すると、エリカはダイゴの存在に気付いた。

 

「あ、ダイゴさん………。」

 

差し出された手を掴んで立ち上がると、エリカは服についた汚れをはたき落とした。

 

「エヘヘ、恥ずかしい所見られちゃいましたね。」

 

そう言って、エリカは照れた表情でおどけて見せた。

このエリカという人物、超がつく程の天然かつそそっかしさで、普段からやたらと道端の看板にぶつかるわ、何もない所で転ぶわ、騒がしいシスターだった。

しかし、ダイゴにして見ればそんな所もエリカの愛嬌で、その様子についつい微笑んでしまうのだ。

 

「あ~、ダイゴさん何笑ってるんですか~!?」

 

その微笑みを笑われたと思ったのか、エリカがむくれた。

その表情も可愛いと思いながら、ダイゴは弁解した。

 

「違うよ。ただ、可愛いなって………。」

 

「え………?もう、ダイゴさんったら………。」

 

面と向かって可愛いと言われた事が嬉しかったのか、エリカは恥ずかしそうな表情で両手の人差し指を合わせた。

 

「………あ、そうだ!エリカ大事な事を忘れてました。」

 

「大事な事?」

 

おうむ返しにダイゴが尋ねると、エリカは無駄に力強く頷いた。

 

「そうです!スッゴく大事な事なんです!」

 

「………で?」

 

「はい!」

 

「その大事な事って何な訳ですか?」

 

思い出した事が大事という事ばかり強調して、いつまで経っても本題に入らないエリカに、ダイゴが尋ねた。

すると、エリカは勿体振るように話し始めた。

 

「実はさっき、凄い人に会ったんです!」

 

「うん。で、どこが凄い人なの?」

 

「まあまあ焦らないで。夜になったら分かりますよ。」

 

「夜に………?」

 

ますます分からないダイゴは首を捻る。

すると、それに気付いているのかいないのか、エリカはうっとりした様子で言った。

 

「ああ~、エリカもう感激です~。正に夢みたいな出会いでした!」

 

「え………?」

 

その言葉に、ダイゴは一瞬不機嫌な顔を見せた。

何者か知らないが、エリカの表情はやたらと嬉しそうだ。

よく見ると、頬も僅かに紅潮している。

少なくとも、自分には見せた事のない表情だ。

 

「エリカさん。それって一体誰なの?」

 

怪訝な表情で尋ねるダイゴ。

するとエリカは、勿体振るように言った。

 

「今夜、レビューを見に来て下さい。そうすれば分かります。」

 

そう言って、エリカは何かに気付いたように立ち上がった。

 

「あ、困っている人発見!それじゃダイゴさん、また後で!」

 

言うや、エリカはバタバタと走って行ってしまった。

 

「………。」

 

その背中を無言で見つめるダイゴ。

結局わかったのは、エリカが何か凄い人に会って、少なからず好意を抱いているという事だ。

 

「誰なんだ………、一体………?」

 

顔も名前も知らないが、その凄い人というのに対して、ダイゴはいい感情を持てなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ハックション!!」

 

同時刻、日本大使館にて帝国海軍中尉、大神一郎は盛大なくしゃみをかました。

 

「ハハハ、大神君風邪かい?それとも、誰か君の噂をしているのかな?」

 

その様子に、思わず机に座った男が笑った。

鼻の下に立派に整えた髭を蓄え、真っ黒な髪を綺麗に分けている。

彼は迫水典通。

フランス在住の日本大使で、かつては政治の世界にその名ありと謳われた、『鉄壁の迫水』その人である。

そして、今くしゃみをした人物こそ帝国海軍中尉にして、帝国華撃団隊長、大神一郎中尉である。

彼は二度に渡る帝都防衛を果たした功績を買われ、特別留学生として、このフランスにやって来たのだ。

最も、他に本当の目的があるのだが、彼がそれを知るのは次の日の事である。

 

「………お、もうこんな時間か。大神君、今日はこの位にしよう。」

 

「はい、分かりました!」

 

そう言って、書類を片付け始める二人。

すると、ふと迫水が口を開いた。

 

「そうだ、大神君。君に紹介したい所があるんだ。少し、時間をもらえるかい?」

 

「はい。どちらに行かれるんですか?」

 

「フフ、それは行ってのお楽しみさ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パリには、昼と夜で二つの顔がある。

昼は太陽の明かりのもと、美しい建造物の数々が姿を見せ、夜になればカジノやショーなど、昼とは別の魅力が現れる。

昼夜を問わず華やかな街。

それがパリなのである。

そのパリの真ん中に位置する所に、『テアトル・シャノワール』はあった。

シャノワール。

日本語にすると、黒猫という意味である。

それを示すように、入口のネオンには洒落たスーツとハットを身に纏った黒猫が描かれている。

シャノワールは、客に料理を振る舞いながらダンサー達のレビューを見てもらうという、ダンスレビューの正統派を貫いたスタンスで、パリでも屈指の人気を誇る店なのだ。

 

「………ここか。」

 

そのパリ屈指の名店の前に、ダイゴの姿があった。

 

「ようダイゴ。またエリカさんのレビュー見に来たのか?」

 

「あ、ドミニクさん。」

 

ダイゴの姿に気付いた一人の青年が、声をかけて来た。

金髪と蝶ネクタイが特徴的な、とても若い青年だ。

すると、ダイゴも顔見知りらしく、笑顔で答えた。

 

「うん。エリカさんに来るように言われたんだ。」

 

「へぇー、お前専用のダンスでもやるのかね?」

 

「ううん。何でも凄い人に会わせるって。」

 

そう言うと、ドミニクは考え込むように顎に手をやった。

 

「凄い人………?もしかして、さっきの日本人じゃないか?」

 

「どういう事?」

 

ダイゴが尋ねると、青年はキョロキョロと辺りを見渡して耳打ちした。

 

「実はさっきな、迫水大使が見慣れない日本人連れて来てたんだよ。ほら、エリカさんって日本人に凄い興味あったろ?」

 

そう言われ、ダイゴはエリカと出会って間もない頃を思い出した。

確かにエリカは、どういう訳か日本に興味を持っていて、ダイゴも一度何故丁髷をしていないのかと問い詰められた事もある。

 

「なるほど………、流石ドミニクさん。何でも知ってるんだね。」

 

「へっ、まあな。このドミニクにかかれば、軽く解決さ。」

 

ダイゴに褒められたドミニクが気をよくする。

すると、店の入口から鋭い声が飛んで来た。

 

「こらドミニク!仕事サボるんじゃなぁい!」

 

「わひっ!」

 

「あ、シーさん。」

 

見ると、メイドっぽい服を着た女性がドミニクを睨みつけていた。

彼女はシーと言って、レビューの司会と売店の売り子を兼任している。

因みにドミニクの仕事は入口での客案内である。仕事の内容上シーの方が上の立場であり、ドミニクもシーに頭が上がらなかった。

 

「あらぁ、ダイゴ君じゃなぁい。またエリカさんのレビュー見に来たのぉ?」

 

ダイゴの姿を見るや、シーが笑顔に早変わりした。

この二人を始め、何度かシャノワールに出入りしているダイゴは、みんなの顔なじみになっていた。

ダイゴもまた、ドミニクやシー達を兄や姉のように慕っていた。

 

「ううん。エリカさんから凄い日本人に会わせてあげるって言われたんだ。」

 

「そうだ!なあシー、お前、迫水大使の連れに接待したろ?何か知らねぇか?」

 

ドミニクが思い付いたように尋ねた。

確かにシーの仕事は司会と売り子。

もしかしたら、その人物と話をしたかもしれない。

ドミニクの予想は、ズバリ的中した。

 

「ああ、大神さんの事?かっこよかったわよ~!正にサムライって感じでぇ~!」

 

「………何か、話したの?」

 

恐る恐る尋ねるダイゴ。

すると、シーはうっとりした表情で答えた。

 

「ええ。売店にも顔出してくれたわよ?エリカさんのブロマイド買ってくれたしぃ~!」

 

「………ブロマイド………?」

 

その言葉に、ダイゴの表情が俄かに曇った。

確かシャノワールで売られているブロマイドは一枚50フランと高額で、ダイゴも中々金がなくて買えない程だった。

それを買うという事は、その大神という人物もエリカの事を少なからず気に入っているという事だ。

 

「………。」

 

ダイゴは、まるで自分とエリカの間に距離が生まれたような気がした。

エリカが自分を捨てて、その大神とかいう日本人のもとに行くんじゃないか。

そんな不安にかられた。

 

「………その人、今何処にいるか分からない?」

 

「え?んっと~、確か楽屋に行ったと思うけど………。」

 

シーの口から楽屋という言葉が出るや、ダイゴは店内に突っ込んだ。

 

「あ!ダイゴ君!?関係者以外立入禁止よ!?」

 

「………どうしちまったんだ?ダイゴの奴………。」

 

入口に残されたシーとドミニクの二人は、呆然とダイゴの背中を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダイゴはシャノワールの中をなりふり構わず走り回った。

その大神とかいう日本人を見つけるために。

見つけてどうするのかは全く考えていないが、とにかくダイゴはじっとしていられなかった。

そうしないと、エリカがいなくなるような気がしてならないのだ。

そんな事を考えながら走っていたからか、ダイゴは目の前に立つ人影に気付かなかった。

 

「わあっ!?」

 

止まりきれずに人影と派手にぶつかるダイゴ。途端に周囲の目がダイゴを向く。

 

「あいたたた………、君、大丈夫かい?」

 

頭を押さえて起き上がるダイゴに、声がかけられた。

 

「うん、僕は大丈夫………。」

 

そう答えて目を開くと、ダイゴは思わず固まった。

何故なら、そこにいたのは………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あの………?」

 

「………。」

 

大神は焦っていた。

目の前には自分と同じ黒髪の少年が、頭を押さえてこちらを睨んでいる。

何か自分に敵意を示すような、そんな表情だ。

 

「だ、大丈夫かい?」

 

「………。」

 

もう一度尋ねてみるも、帰ってきたのはやはり沈黙。

どうしたものかと悩んでいる大神のもとに救いの手が差し延べられたのは、その時だった。

 

「あ、大神さん見~つけた!」

 

「エリカくんか………。」

 

見ると、レビューを終わらせて修道服に着替えたエリカの姿があった。

 

「どうしたんだい?やけに慌てているみたいだけど………。」

 

エリカと知り合ったのは今日が初めてだが、初対面の時はまだ落ち着きがあった。

何を騒々しく騒いでいるのか尋ねると、エリカはロビーを指差して言った。

 

「ロビーで迫水大使が待ってましたよ?怒ってたから呼びに来たんです!」

 

「ハッ!しまった!もうこんな時間じゃないか!」

 

大神は青い顔をして、一目散にロビーへ走って行った。

迫水から30分にロビーに来るように言われていた事を思い出したのである。

 

「………エリカさん。」

 

「へ?………あ、ダイゴさん!いつからそこに?」

 

「さっきからいたよ………。」

 

今更気付いたエリカにため息をつき、ダイゴはエリカに問いただした。

 

「エリカさん、昼間言ってた凄い人って………。」

 

「はい!大神さんがどうかしましたか?」

 

「いや、別に………。」

 

真顔で答えるエリカにそうはぐらかし、ダイゴは背中を向けた。

 

心が洗われるはずのエリカの笑顔を見ると、何故か無性に悲しくなったのだ。

おそらくは、あの大神という男のせいで。

 

「そうだ!ダイゴさん!大神さんの事どう思いました?」

 

「………ビックリしたよ。」

 

「やっぱり!ダイゴさんもそう言ってくれると思ってましたよ。」

 

良い意味に受け取ったのか、笑顔を浮かべるエリカだが、ダイゴはそんな意味で答えた訳ではなかった。

 

「(大神………。何なんだあの人は!?)」

 

いきなり現れたかと思えば、瞬く間に周囲に溶け込んでいるあの青年に、ダイゴは驚きと共に言い知れぬ怒りを覚えた。

 

「(冗談じゃない………!エリカさんを、あんないきなり現れた奴に奪われるなんて………!)」

 

14年間生きて来て、エリカは唯一心を許した存在なのだ。

シャノワールの人達も好きだが、エリカとは違う。

その大切な人が、いきなり現れた日本人に奪われるなど、到底納得できるものではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウ~ッサッサッサ!」

 

静かな沈黙に包まれた夜の巴里を、一つの影が歩いていた。

ウサギを連想させる独特な笑い声に混じり、刃物が擦り合う音が聞こえる。

 

「感じる!感じるピョン!あの力が、この近くにあるピョン!」

 

それは、人の姿をしたウサギの怪物だった。

シルクハットとサングラスで着飾る様子は巴里らしくお洒落だが、その顔から滲み出る残虐性は隠しきれない。

 

「何としても見つけ出すピョン!オイラ達に刃向かったあの男のように、このシゾー様がズタズタに切り裂くピョン!!」

 

シゾーと名乗った怪物は、そう言って両手の巨大なハサミを動かした。

 

「切るピョン、そいつもラビッと切るピョン!グチャグチャに切り刻んでやるんだピョーン!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

✿

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、大神の姿はシャノワールからさほど遠くないカフェにあった。

昨夜、アパルトメントに送ってくれた迫水から昼頃大使館に来るように言われたため、腹ごしらえをする事にしたのだ。

 

「ここにするか………。すみません、注文をお願いします。」

 

よさ気な席に座り、ギャルソンに声をかける大神。

しかし、ギャルソンは遠目でこちらを見るばかりで反応しない。

 

「困ったな………、無視してるのかな………。」

 

ありえない話ではなかった。

日本人は、肌や髪の色が西洋人と全く違う。

その事から、得体の知れない人種と敬遠されるのは、この戦前の時代では仕方ない事だった。

とはいえ、これでは腹ごしらえも何もあったものではない。

どうしたものかと考えていた大神の耳に、聞き覚えのある声が聞こえて来たのは、その時だった。

 

「あいたっ!!」

 

何かがぶつかるような音と共にその声を聞いた大神が後ろを振り向くと、そこには見覚えのあるシスターがフラフラと歩く姿が見えた。

 

「エリカくん………。そうだ、彼女に頼めば………。」

 

東洋人という事で来ないなら、フランス人のエリカに頼めばいい。

大神はそう考え、エリカの名前を呼んだ。

 

「お~い、エリカくん!」

 

「はい。………あれ?誰か呼んだと思ったけど………。」

 

呼ばれて返事はしたものの、それが分からず辺りをキョロキョロと見渡すエリカ。

大神は何とか気付いてもらおうと、両手を大きく広げて目立つようにアピールする。

すると、ようやくエリカが大神に気付いた。

 

「あ、大神さん!こんな所で会うなんて、これはもう運命ですね!!」

 

運命と呼ぶべきか偶然と呼ぶべきかはさておき、エリカはトコトコと大神の所へやって来た。

 

「何もないテーブルで何してるんです?もしかして日本の儀式ですか?」

 

「いや………注文を取りに来てくれなくて………。」

 

何故そんな発想に繋がるのかと不思議に思いながら大神が答える。

すると、それを指し示すように腹の虫が鳴いた。

 

「じゃあ、私も何か食べます!すみませ~ん!!」

 

そう言って手を振ると、ギャルソンはさっきまでの対応が嘘のようにやって来た。

 

「私はパン・オ・ショコラとホットチョコレート!大神さんは?」

 

「じゃあ、あの人と同じものを。」

 

期待通りに注文を取る機会をくれたエリカに感謝しつつ、大神は奥のテーブルに座った老紳士を指差して言った。

大神は巴里に来るのは初めてだ。

日本とは少なからず食事の習慣も違うだろうし、実際メニューを見ても大神には初めて見る名前ばかりでちんぷんかんぷんだった。

こういう場合は、無理に考えずに周囲の人が食べる物と同じ物を頼むのが正解だ。

特に現地の人なら、その時間に最も適した注文をするため、俗に言うゲテモノを避ける事にも繋がる。

無論エリカと同じものを頼んでもいいのだが、パンも飲み物も甘いのは遠慮したい。

 

「クロワッサンにコーヒーですね。すぐにお持ちいたします。」

 

そう言って、ギャルソンは足早に店内に戻る。

 

「ふう、エリカくんのおかげで、やっと朝食にありつけるよ。」

 

「巴里の人って気難しいですから、外国人には敬遠するのかもしれないですね。」

 

安堵のため息をつく大神に、エリカが答えた。

ヨーロッパ、特にフランスとなると、革命で民主主義を勝ち取った名残から自分達を誇らしく考える所がある。

何処の馬の骨とも知れない東洋人に気安く接する事は、誇りあるフランス人のする事ではないと考えたのかもしれない。

最も、本当は初めて見る外国人に敬遠する食わず嫌いなだけであるが。

 

「お待たせしました。ごゆっくりどうぞ。」

 

程なくして、ギャルソンが注文の品を持って来た。

 

「それじゃあ大神さん。早速いただきましょう!」

 

余程腹が減っていたのか、エリカは素早くカップを手に取った。

 

「うん、美味しい!………でも、ちょっと苦いかな………?」

 

一口味わって首を傾げるエリカ。

苦いのも当たり前だ。

何故ならそれは………。

 

「エリカくん………、それホットチョコレートじゃなくて俺のコーヒー………。」

 

「えっ………!?あ、あの………私、頼んで来ます!」

 

やってしまったという顔で立ち上がるエリカ。

しかしその時、エリカは後ろを歩くギャルソンにぶつかってしまった。

 

「あらっ!?」

 

その拍子でバランスを崩し、エリカは前のテーブルに倒れ込む。

すると、その時に掴んだパラソルがへし折れて奥のそれを薙ぎ倒し、テーブルは全て将棋倒しになってしまった。

 

「エリカくん!」

 

その余りに悲惨な状況に、大神は思わずエリカに駆け寄る。

その時、別の鋭い声が飛んだ。

 

「………いつにも増して騒がしい事だな、エリカ。」

 

「あ、グリシーヌさん。」

 

その声の主に顔を向け、エリカが言った。

長く美しい金髪を右肩に流し、深海を思わせる青い服と瞳が特徴的な、エリカと同年輩の少女がそこにいた。

 

「………エリカ、この男は?」

 

グリシーヌと呼ばれた少女は、目線だけを大神に向けて尋ねた。

 

「大神一郎さんです。日本からいらしたそうです。」

 

「日本人………、ふん、またか………。」

 

以前にも日本人に会ったような口ぶりで、グリシーヌは露骨に嫌悪な表情を見せた。

 

「まあいい、エリカの知り合いなら名乗っておいてやろう。私はグリシーヌ・ブルーメール。ノルマンディの血を引く、誇り高い貴族だ。」

 

「あ、自分は大神一郎………。日本大使館でお世話になっています。」

 

その容姿からは想像できない威圧感に圧倒されながらも、大神は自己紹介をする。

 

「高が東洋の分際で、巴里観光か?」

 

「いえ………留学生として………。」

 

随分上からの物言いに圧倒されつつ返事をする大神。

すると、エリカがフォローするように口を挟んだ。

 

「ほら、グリシーヌさん。例の一件をまだ気にしてるんですか?だから日本やダイゴさんの事………。」

 

「エリカ!余計な事は一切しゃべるな。………大神一郎とやら、巴里の街を見る事は構わんが、見苦しい真似はするな。」

 

他言無用の事なのか、グリシーヌはエリカに釘を刺し、大神にそう吐き捨ててカフェを後にした。

 

「………あ、あの人は?」

 

「グリシーヌさんですか?私の先輩みたいな人で、ちょっと怖い所が………。」

 

エリカがそう言いかけた時だった。

その怖い先輩がいつのまにか戻っていたのである。

 

「………エリカ、呼んだか?」

 

「な、なんでもありませ~ん!」

 

「そうか………。」

 

そう言って、グリシーヌは今度こそその場を後にした。

 

「朝ごはん、もう一度頼みましょうか。すみませ~ん!」

 

何とかその場を取り繕うエリカ。

しかし忘れてはいけない。

外のテーブルを全て薙ぎ倒している事を。

当然迷惑千万のギャルソンの怒りは頂点な訳で………。

 

「あの………、もしかして怒ってます?」

 

「………。」

 

更に逆なでするような一言に、ギャルソンの拳がワナワナと震えた。

つまり、怒っているという事だ。

 

「あ~ん、ごめんなさぁ~い!!」

 

「エ、エリカくん!?」

 

一目散に走り出すエリカを、大神は慌てて追い掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夢を見た。

久しぶりに、あの日の夢だった。

降りしきる雨の中、教会に預けられたあの日。

戻って来ると約束しておきながら、戻って来なかった父親。

 

「また………あの夢か。」

 

それだけではなかった。

見た事もない太古の遺跡に自分はいて、目の前に立つ巨大な石像が語りかけて来たのだ。

………光を継げと。

 

「どういう事なんだ………?」

 

ポケットにしまっている彫刻を取り出して見る。

錆びた青銅で出来た、今にも壊れそうな彫刻。

しかし、ダイゴにしてみれば両親との繋がりを示す、たった一つの遺品だった。

エリカと出会うまで、ダイゴはこんな夢ばかり見ていた。

それをまた見るようになった事は、ダイゴにエリカがいなくなる事を暗示するように思えた。

 

「エリカさん………。」

 

ダイゴは窓の外に降る雨を見て、今日も会う約束をした人の名前を呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方そのエリカは、テルトル広場にて大神と雨宿りをしていた。

カフェを飛び出して広場まで来た所を雨に降られ、こうして建物のしたで雨上がりを待っているのだ。

 

「雨………早く止まないかな………。」

 

ふと、エリカが呟いた。

 

「どうしたんだい、エリカくん。急にしんみりして………。」

 

さっきまでの快活さが嘘のように寂しそうな表情のエリカを気遣い、大神が優しく声をかける。

すると、エリカはポツリポツリと話し始めた。

 

「雨を見ると………、私が修道院に入れられた時を思い出して………。」

 

悲しい思い出なのか、エリカは辛い表情で一旦止めた。

 

「昔から、私の周りでは色々な奇跡が起こったんです。」

 

「奇跡?」

 

「人の病気が治ったり………。荒れ地に涌き水が出たり………。」

 

その言葉に、大神は昨日初めてエリカに会った時の事を思い出した。

暴走した自動車に乗っていたケガ人を一瞬で治癒させた力。

大神の予想が正しければ、それは霊力によるものだった。

 

「始めはみんな、喜んでくれたんです。………でも、その内にみんな私を気味悪がって………。」

 

「それで………、修道院に入れられたんだね?」

 

大神が言うと、エリカは微かに頷いた。

 

「………大神さんも、私の事、変だと思いますよね………?」

 

「いや、素晴らしいと思うよ。」

 

「え?………素晴らしい………?」

 

即答した大神に、エリカは目を丸くした。

 

「そうさ。気にする事はないよ。」

 

「大神さん………、ありがとうございます………。」

 

大神の言葉に、エリカは思わず目頭が熱くなった。

今までこの事を話して、距離を置かなかった者はいない。

しかし、この大神は違った。

誰もが驚く事を、まるで以前も見た事があるかのように、理解を示してくれたのだ。

 

「エリカくん、聞いてくれ。実は、俺のいた日本にも、君のように不思議な力を持つ女の子達がいた。」

 

不思議な力を持つ女の子達。

大神は名前こそ口に出さなかったが、それは間違いなく帝国華撃団花組だった。

 

「………私も、その人達みたいになれますか………?」

 

「なれるさ。きっとなれるよ。」

 

まるでそれを保障するように言う大神。

その様子に、エリカはようやく笑顔を取り戻した。

 

「ありがとうございます!これで私も………ちゃんと戦えると思います。」

 

「戦う………?一体何と?」

 

「え!?あ、いや………な、何でもありません!」

 

やはり口外出来ない事なのか、エリカは慌ててはぐらかした。

すると、それと時を同じくして雨音が止んだ。

 

「そうかい?………あ、雨も止んだみたいだよ?」

 

「本当だ………。へへ、私、雨上がりの匂いって大好きなんです。」

 

見ると、雨を降らせていた雲の隙間から、眩しい日差しが差し込んで来た。

まるで、エリカの心に陽がさしたように。

その時、教会の鐘の音が響いた。

 

「あっ!私教会にダイゴさんを待たせてたんです!大神さん!先に失礼しますね!!」

 

そう言うと、エリカは勢い良く広場を飛び出した。

 

「いった~い!」

 

しっかり看板にぶつかって。

 

「エリカくん………。ぶつかる位なら走らなければいいのに………。」

 

最もな事をぼやきつつ、大神も仕事のために大使館へ歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、何と!ダイゴさん、それは本当なんですか、ハイ。」

 

ダイゴから夢の話を聞いたレノ神父は、驚きの表情を浮かべた。

いつもとやや様子の違うレノ神父に驚きつつも、ダイゴは頷いた。

 

「うん。昨日も見たんだ。神父様、何か知ってるの?」

 

ダイゴが尋ねると、レノ神父は神妙な面持ちで話し始めた。

 

「実は、ダイゴさんのお父上より、伝言を授かりましたです、ハイ。」

 

「伝言?」

 

「ハイ。貴方がそのような夢を見るようになったら、伝えるように言われてましたです。」

 

そう言って、レノ神父はダイゴの父が残したという伝言を伝え始めた。

 

「もしも夢で巨人の導きがあれば、その導きに従うようにと………。」

 

「巨人の導き?それって夢に出て来た、あの………。」

 

「正しくそれです、ハイ。」

 

重々しく頷き、レノ神父は続けた。

 

「そして、導きに従った後、巴里に災いを齎す者を討つ光が現れると………。」

 

「光………?」

 

やや抽象的な表現に首を傾げるダイゴ。

すると、レノ神父は一枚の紙切れを取り出した。

 

「これは………?」

 

「その時が来たら貴方に渡すように言われていた地図です。カタコンベは分かりますか?」

 

「うん。知ってるけど………。」

 

カタコンベは、古代の巴里の建造物を残した地下の都市で、言わばもう一つの巴里だ。

確かにそこなら、まだまだ未発見の隠し部屋等が沢山あってもおかしくない。

 

「そこに………、父さんが残した何かがあるんだね?」

 

「ハイ。何かは分かりませんが、間違いありませんです、ハイ。」

 

「それじゃあ、エリカさんとは会えないな………。」

 

ダイゴが残念そうに呟いたその時、教会の扉が突然開かれ、話題の人物が顔を出した。

 

「ダイゴさ~ん、お待たせしました~!」

 

「あ、エリカさん………。」

 

エリカの姿に少しだけ笑顔になるダイゴ。

すると、エリカは開口一番ダイゴに謝罪した。

 

「ごめんなさい、ダイゴさん。待たせちゃって………。」

 

「ううん、いいよ。それに………。」

 

気遣かってくれたエリカに感謝しつつ、ダイゴは申し訳なさそうに答えた。

 

「ごめんね、エリカさん。今日、ちょっと用事が出来たから………。」

 

「用事?………もしかして、こっそり美味しいプリンでも食べに行くんですか!?」

 

「いや………、ちょっと探し物を………。」

 

何故プリンに話が飛ぶのか不思議に思いつつ、ダイゴは探し物と答えた。

父は今までレノ神父にも口止めしていたのだ。

カタコンベに何があるのかは分からないが、余り人に知られるべきものではない事は確かだ。

それに、カタコンベの秘密が父の死に関係している事も十分考えられる。

もしそうなら、何かしらの危険を伴う事になるだろう。

そんな危険な調査に、エリカを巻き込みたくはなかった。

 

「それじゃあ神父様、行って来ます。」

 

そう言って出発しようとするダイゴ。

しかし、ここで待ったの声がかかった。

エリカである。

 

「ちょっと待って下さい!探し物ならエリカも手伝います!」

 

「えっ!?いや、でも………。」

 

「遠慮しないで!困ってる人を救うのが、シスターの勤めです!」

 

「いや、まあ、そうなんだけど………。」

 

突然の申し出に驚くダイゴ。

確かにエリカと二人になれるのは願ってもないが、流石に危険が伴うとなると話は別だ。

すると、ここでエリカがトドメの一言を口にした。

 

「………ダイゴさん、エリカがいちゃ迷惑ですか?」

 

「ええっ!?いや、そんな事は全然………!!」

 

悲しそうなエリカの表情に、慌てて弁解するダイゴ。

すると、その言葉でエリカは元の笑顔に戻った。

 

「やっぱり!ダイゴさんならそう言ってくれると信じてましたよ!」

 

「………ハハハ………。」

 

すっかり乗り気なエリカの後ろで、ダイゴの渇いた笑いが漏れた。

 

「ダイゴさん………、お気をつけて………。」

 

その後ろ姿に、レノ神父は声をかけて見送る事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

✿

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダイゴとエリカは地図を頼りに、カタコンベの奥に入り込んだ。

 

「なんだか暗くて、気味悪いですね。」

 

ダイゴの後ろで、エリカが怖ず怖ずと呟いた。

カタコンベはパリの観光名所の一つだ。

道に迷わないように、順路に沿って明かりはついているが、地図が示す道のりはその順路から大きく外れている。

当然そんな道に明かりなどなく、二人は暗闇に包まれた道を、懐中電灯の明かりと地図だけを頼りに進んでいた。

 

「カタコンベの中にこんな通路があったなんて………、エリカ全然知りませんでした。」

 

初めて通る隠し通路を進む中、背中のエリカが呟いた。

 

「僕も初めてだよ。まさか父さんがこんなものを………。」

 

厳密には、おそらく父より以前の代から守られていたのであろう。

この通路からは、想像もつかない長い年月を感じた。

 

「………ダイゴさん、あれ!?」

 

ふと、後ろのエリカが上の方を指差した。

 

「………あれは!!」

 

その方向に光を向け、ダイゴは驚いた。

そこにいたのは、エッフェル塔と見間違わんばかりに巨大な、一体の巨人の石像だった。

日本でいう仏のような風貌は、正しく光を連想させる。

 

「………これが、父さんの残した………。」

 

石像の神々しさに目を奪われるダイゴとエリカ。

 

その時、真上の地上から突然の悲鳴が聞こえて来た。

 

「キャーーーーッ!!」

 

「悲鳴!?一体何処から……?」

 

「上です!待ってて下さい!今行きますからね!」

 

人助けしたいというシスターの血が騒ぐのか、エリカは一目散に走り出した。

 

「ああっ、ちょっと!エリカさん!!」

 

たちまち姿の見えなくなったエリカを慌てて追い掛けようとするダイゴ。

その時、真後ろで何かが光った。

 

「!?」

 

その光に振り返ったダイゴは、思わず絶句した。

光を放っていたのは、あの石像だったのだ。

まるで長い眠りから目覚めたような輝きを放つ石像に魅入られ、指一本動かせないダイゴ。

そのダイゴの耳に、何者かの声が聞こえて来た。

 

「………来たか………光を継ぐ者………。」

 

「え………?」

 

それは、目の前の石像だった。

どういう訳か知らないが、石像は意思を持ち、ダイゴに語りかけているのだ。

 

「貴方は………一体………?」

 

「古代に封じられし………災いを討つ者………。」

 

その言葉に、ダイゴはレノ神父の言葉を思い出してハッとした。

 

(そして、導きに従った後、巴里に災いを齎す者を討つ光が現れると………。)

 

「(まさか………、さっきの悲鳴はその災い………!?)」

 

レノ神父の言葉が真実だとしたら、このパリに災いが起きようとしている事になる。

 

「目覚めの時は来た………。光を継ぐ者よ、今こそ封じられし力を目覚めさせる時だ。」

 

石像がそう言った時、まばゆい閃光が走った。

その眩しさに思わず目を閉じるダイゴ。

そして数秒経って目を開くと、ダイゴはまたしても驚いた。

 

「………石像が………!!」

 

何と、目の前にあった石像が忽然と姿を消していたのだ。

ついさっきまで目の前にあったのに。

 

「………災い………光………。」

 

ダイゴは無意識の内に、石像の言葉とレノ神父の言葉を繰り返した。

災いを討つ光。そして石像は、自分が光を継ぐ者と言った。

という事は………、

 

「………まさか………、僕がその光を継ぐって言うのか………。」

 

という事は、自分が光となってパリを災いから守るという事になる。

守れるのか?自分にパリが。

そう自問した時、ダイゴの脳裏にエリカが浮かんだ。

 

「エリカさん………、そうだ!エリカさんが!!」

 

先程の悲鳴がもし災いであるなら、エリカも巻き込まれた可能性が高い。

エリカの無事を祈りながら、ダイゴは走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここで、時間は災いが起きる少し前に遡る事になる。

 

「ここが舞踏会の会場か。流石に立派だな………。」

 

青空の下、豪華な屋敷の庭に広がる会場の隅に、大神の姿があった。

この日、大神は急な用事の入った迫水に変わってライラック伯爵夫人の主催する舞踏会に大使代理として参加したのだ。

一応の正装はしているが、それでも目の前にいる貴族達の華やかさに比べれば月とスッポンである。

その時、気まずさを感じる大神の肩に手が置かれた。

 

「………見ない顔だね。警察だが、少しいいかな?」

 

「いいっ!?じ、自分は迫水大使の代理として………。」

 

振り返って見ると、やや太った警官が、怪しげにこちらを見ていた。

大神は慌てて弁解しようとするが、それより先に別の声がした。

 

「仕事熱心だねぇ警部。その人はあたしの客だよ?」

 

その聞き覚えのある声にまさかと思い、大神は振り返った。

すると、そこにはこのパーティーの主催者が、二人の秘書を連れていた。

 

「ようこそ、ムッシュ大神。あたしのパーティーに来てくれるとは、嬉しいねぇ。」

 

「グ、グラン・マ!?じゃあライラック伯爵夫人とは………。」

 

大神はあからさまに驚いた。

目の前にいるライラック伯爵夫人は、昨夜シャノワールで会ったオーナーのグラン・マその人だったからだ。

 

「そうさムッシュ。女はいくつもの顔を持ってるんだからね。」

 

大神の驚く表情に満足しながら、グラン・マは隣に立つ警官に手を向けた。

 

「紹介するよムッシュ。このパーティーの警備の指揮を取っているエビヤン警部さ。」

 

「夫人の客人でしたか………、これは失敬。巴里市警のジム・エビヤンです。」

 

「はじめまして、エビヤン警部。日本大使館の大神一郎です。」

 

誤解してしまった事を詫びながら、挨拶として握手を求めるエビヤン。

大神もそれに気づき、お辞儀ではなく握手を返す。

 

「さあ、パーティーを楽しんでおくれ。メル、シー、ムッシュをもてなして。」

 

グラン・マがそう言うと、後ろに控えていた二人の秘書が前に進み出た。

 

「ウィ、マダム。ムッシュ大神、どうぞこちらに。」

 

「冷たいものを用意してますから。」

 

「ワインでよろしいですか?ミネラルウォーターもございますが………。」

 

「あ、すみません。ワインをいただきます。」

 

青く短い髪のメルに尋ねられた大神は、一瞬考えた後前者を答えた。

理由は簡単。目の前にはワインしかないからである。

ミネラルウォーターもあるのだろうが、取りに行かせるのは少々忍びない。

そんな事を考えていた大神の目に、見覚えのある人物の姿が写った。

 

「あれは………、グリシーヌか?」

 

長い金髪と青い服。間違いない。

すると、ワインを差し出したメルが驚きの表情を見せた。

 

「グリシーヌ様とお会いになられていたのですか?」

 

「グリシーヌ様は、ノルマンディ公の血を引く、ブルーメール家の御息女なんですよぅ。」

 

シーも同じように、驚いた表情を見せる。

グリシーヌはこのパリで名門中の名門。

悪い意味ではないが、大神が知り合う機会があったとは考えにくい。

それに大神も、会ったとは言え良い印象を持たれたようではなかった。

 

「でも、何だかこっちを睨んでいるようだけど………。」

 

大神がシーにそう言った時、後ろから声が聞こえた。

 

「それは、君が珍しいからですよ。黄色い東洋の猿がねぇ。」

 

それは、一人の貴族だった。

名前はダニエルというのだろうか。

右手の指輪の外側にそう名前が彫ってある。

 

「まあ、ここはミー達のような上流階級が集まる社交場ですから。君のような不釣り合いな動物には来て欲しくないと、まあそういう事ですよ。」

 

「何………!」

 

「ほう?何か言いたい事でも?」

 

ぬけぬけと挑発するダニエル。

しかし、大神は睨むだけで怒鳴ったり殴ったりはしなかった。

そんな事をすれば、自分を代理に任命した迫水や、パーティーを主催したグラン・マに迷惑がかかるからだ。

ダニエルも、それで大神は手が出せないと思い、すき放題言っているのだ。

 

「ムッシュ………サムライ………。」

 

じっと耐え忍ぶ大神を助けられず、シーは残念そうな顔で大神を見つめる。

一方のダニエルは、更に大神を煽って来た。

 

「おや、どうしました?黄色い猿が、怒って赤くなりましたね。」

 

「………。」

 

怒りを堪えてダニエルを睨む大神。

すると、グリシーヌが騒ぎを聞いて歩み寄って来た。

 

「ほら見たまえ。グリシーヌ様も君が目障りなようだ。」

 

自分の代わりに大神を追い出してくれるに違いない。

そう考えていたダニエルだが、グリシーヌの怒りの矛先は大神ではなかった。

 

「目障りなのは貴公の方だ。今すぐ失せろ。」

 

「へっ?」

 

「失せろ!二度と顔を見せるな!!」

 

「ひぇ~!!」

 

グリシーヌに威嚇されたダニエルは、情けない悲鳴を上げてパーティー会場から逃げ去った。

他者を愚弄するダニエルの言動が、グリシーヌの気に障ったのだ。

 

「貴公も貴公だ。愚弄されて何故戦わん!」

 

続いてグリシーヌは、大神を指差して問いただした。

ダニエルの言葉は人種差別もいい所である。怒らないはずがない。

にも関わらず言い返す事もしない大神の態度も、グリシーヌは気に入らなかった。

 

「それとも、何か理由があるのか?」

 

「………別に。相手にする程の奴じゃない。」

 

本当はグラン・マと迫水に迷惑をかけたくないのが理由だが、おそらくグリシーヌは納得しないと考え、大神は敢えて嘘ぶいた。

すると、グリシーヌは納得しながらも、大神に忠告した。

 

「………確かに、奴はつまらん小物だな。だが、人は誇りによって生きるものだ。貴公がそれでは、来たる戦いに勝利等有り得ん!」

 

「戦い………?何の事だ?」

 

エリカに続いてグリシーヌも口にした言葉の意味が分からず、大神が尋ねる。

しかしその直後、大神はその戦いの意味を身を以って知る事になる。

 

「キャーーーーッ!!」

 

突然の爆発が、パーティー会場を襲った。

優雅な笑い声が、たちまち悲鳴に変わる。

 

「爆発!?何が起こったんだ!?」

 

見ると、無数の野ウサギが現れ、会場を荒らしていた。

その中心に、大神は奇怪な影を見た。

 

「な、何だあれは!ウサギか?」

 

顔はウサギだが身体は人間なみに大きく、巨大なハサミをシャキシャキと鳴らしている。

平たく言えば、ウサギ人間といった所だろうか。

 

「この近くに間違いないピョン!さあ、ケガしたくなかったら、このシゾー様に光の証を渡すピョン!」

 

人々が逃げ惑う中、シゾーと名乗るウサギはハサミを鳴らした。

そこに、立ちはだかる人物がいた。

グリシーヌだ。

 

「待て、そこのウサギ!」

 

「お前に用はないピョン。オイラが探しているのは光の証を持つ者だピョン!」

 

「下らぬざれ言を………、成敗してくれる!!」

 

言うや、グリシーヌは何処からともなく巨大な戦斧を取り出し、シゾーに斬り掛かった。

 

「え~い、邪魔をするなピョン!こうなったらお前から先に刻んでやるピョン!」

 

シゾーも負けじとハサミを繰り出す。

激しくぶつかり合う二つの刃。

すると、程なくしてグリシーヌの動きが鈍り始めた。

やはり相手は人間でないために、生身では限界があるのだ。

 

「こやつ………、やるではないか!こうなったら差し違えても………。」

 

「無理をするなグリシーヌ!相手をよく見ろ!生身で勝ち目はない!」

 

そう言う大神だが、グリシーヌは尚もシゾーに攻撃を仕掛ける。

その時、横から無数の弾丸がシゾー目掛けて撃ち込まれた。

 

「そこのウサギさん!好き勝手にはさせないわよ!!」

 

それは、何とエリカだった。

悲鳴を頼りにカタコンベの地下通路を抜けたエリカは、たまたまパーティー会場の近くの地上に出て来たのである。

 

「エリカ………、この男がそうだ。」

 

「えっ!?それじゃあ日本から来る人って、大神さんだったんですか!?」

 

「私もさっきグラン・マから聞いたばかりだが、間違いない。」

 

「それじゃあ、一旦本部に戻って………。」

 

「なんだ?どういう事なんだ?」

 

勝手に話がまとまりつつある中、一人状況を飲み込めない大神が尋ねる。

戦いだのなんだの、訳が分からない。

すると、そこへエビヤン警部が部下の警官隊を連れてやって来た。

 

「あのウサギを狙え!撃てぇ!!」

 

エビヤン警部の号令で、警官隊は一斉にシゾーに発砲する。

 

「くっ、こんな時に光武があれば………!」

 

悔しげに大神が呟いた時、エリカが答えた。

 

「あります!!光武なら………霊子甲冑ならあります!!」

 

「何っ!?霊子甲冑があるだと!!」

 

「ついて来い、大神一郎!!」

 

そう言って走り出す二人を、大神は慌てて追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エリカさん!………こ、これは………!?」

 

ダイゴがカタコンベから地上に出て来たのは、丁度大神達が見えなくなった辺りだった。

 

「ウサッ!見つけたピョン!!」

 

すると、ダイゴに何かを感じたシゾーがダイゴの前に立ちはだかった。

 

「お前!光の証を渡すピョン!」

 

「わあっ!?な、何でウサギが!」

 

「ウサギって言うなピョン!さあ、刻まれたくなかったら、大人しく光の証を渡すピョン!」

 

「光の証?何の事だよ!?」

 

初めて耳にするものを渡せと言われても渡しようがない。

すると、シゾーはハサミを構えた。

 

「仕方ないピョン!ならば殺して奪うまでだピョン!」

 

「わ、………うわああああっ!!」

 

ハサミで威嚇されたダイゴは、一目散に逃げ出した。

 

「逃がさないピョン!光の証を渡すピョン!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

✿

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

霊子甲冑があると聞いて大神が案内された所。

それは、何と昨日迫水に招待されたシャノワールだった。

 

「シャノワール………?こんな所に霊子甲冑があるのか?」

 

「いいから早く!!」

 

訝しむ大神だが、エリカに急かされて中に入る。

 

「さあ、私の後について来て下さい!」

 

 

 

 

 

「遅い!もう、全員集合しているぞ!」

 

「大神さん、きちんと着替えられましたか?」

 

「あ、ああ。でも、その格好は一体………?」

 

いつもと違い、色違いの戦闘服を身に纏った二人に驚きを隠せない大神。

あのシャノワールの地下に、こんな設備があったなど、思いも寄らない事だった。

そこへ、更に驚くべき人物が現れた。

 

「………全てを明らかにする時が、来たようだな。」

 

「迫水大使!」

 

「大神君………、いや、大神中尉。君は留学のためだけに巴里に来たのではない。新たに結成された、『巴里華撃団花組』の隊長として、この巴里に配属されたんだ。」

 

「巴里華撃団………。」

 

想像もしなかった事実に、驚きを隠せない大神。

当たり前だ。

何せ大神は今まで、巴里には留学と聞かされていたからだ。

 

「そして、巴里華撃団の総司令が………。」

 

そう言って、迫水は後ろに座る人物に目をやった。

そこには、大神のよく知る人物が座っていた。

 

「ようこそ、ムッシュ大神。巴里華撃団は、貴方を歓迎するわ。」

 

「ライラック伯爵夫人!!まさか、貴女が………!!」

 

そのまさかだった。

ライラック伯爵夫人はシャノワールのオーナーグラン・マにして、巴里華撃団花組の総司令だったのである。

 

「そうさ。そして、隊員はこの二名。エリカ・フォンティーヌと、グリシーヌ・ブルーメールだよ。」

 

「隠してた訳じゃないんです。大神さんが隊長とは思わなくて………。」

 

「………よろしく頼む。」

 

改めて大神に挨拶を述べる二人。

すると、グラン・マが口を開いた。

 

「さてムッシュ。色々聞きたい事があるんじゃないかい?」

 

「いえ!今は一刻も早く出撃準備を!」

 

大神は迷わず即答した。

今は緊急事態である。

気になる事はあるが、説明は敵を倒してからで十分だった。

 

「よし、じゃあムッシュの見たいものを見せてあげるよ。」

 

そう言って、グラン・マは徐に立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウダウダしている奴ぁ、セーヌ河に叩き込むぞ!さっさとやりやがれ!!」

 

地下の格納庫。

そこには、帝劇を想起させるような空間が広がっていた。

その空間内で、作業着を着た人達が慌ただしく動いている。

おそらくは、光武の整備に追われているのだろう。

 

「威勢がいいね、ジャン班長。いつ見ても惚れ惚れするよ。」

 

「オーナー、出撃準備中は立入禁止ですよ。」

 

ジャンと呼ばれた男が、やれやれという口調でため息をついた。

どうやら彼が、巴里華撃団の整備担当らしい。

 

「つれないねぇ。ムッシュ大神、霊子甲冑の面倒を見てくれるジャン整備班長だよ。」

 

「アンタが隊長さんか!整備班長のジャン・レオだ。」

 

「は、はい。ジャン班長、よろしくお願いします!」

 

熱い握手を交わす二人。

すると、ジャンは大神を格納庫の奥に案内した。

 

「ほら、こいつが隊長さんの乗る『光武F』だ。」

 

「凄い………、これが俺の光武なのか!」

 

かつて帝国華撃団時代に扱っていたそれと遜色ない完成度に、感嘆の声を上げる大神。

白に青いラインが入ったシリウネス鋼を用いた強固な装甲と、二刀の大太刀。

シャノワール整備班と神崎重工の科学の結晶が、そこにはあった。

 

「それだけじゃねぇ。俺の可愛いもう一人の子供を見せてやるよ。」

 

そう言って、ジャンは大神を更に奥へ連れてきた。

 

「これは………、地下列車ですか!?」

 

そこには、帝劇の轟雷号とタメを張るスケールの、巨大列車があった。

 

「ああ、エクレールって言うんだ。こいつで隊長さん達を、巴里の何処でも届けてやるよ。」

 

ジャンが胸を張って自慢したその時、メルから通信が入った。

 

「オーナー!敵怪人に動きがありました!作戦司令室にお戻り下さい!」

 

「さあ、仕事の時間だ。ムッシュ、準備はいいね?」

 

 

 

 

 

「………敵は警官隊を制圧。シャンゼリゼ通りを凱旋門方面に進撃中ですぅ!」

 

「さあムッシュ、この状況、どう判断する?」

 

シーの報告に頷き、グラン・マが問い掛けた。

すると、大神は数秒考えたのち答えた。

 

「まずは敵の蒸気獣を全滅させましょう。その後、怪人を撃破します。」

 

「いい答えだ。ムッシュ、後は任せたよ!」

 

期待通りの答えに安心して、グラン・マは大神に全ての権限を委ねた。

 

「よし、エリカくん、グリシーヌ、準備はいいか?」

 

「はい!いつでも大丈夫です!バシッと行きましょう!!」

 

「このグリシーヌ、覚悟は常に出来ている!心配は無用だ。」

 

二人の返事に頷き、大神は出撃命令を出した。

 

「巴里華撃団・花組、出撃せよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっ、退却だ!!」

 

銃撃が全く通用しない相手に、エビヤン警部は遂に退却命令を出した。

たちまちに逃げ出す警官隊の車を、巨大な鉄の固まりが押し潰す。

シゾーの操る蒸気獣、『ポーン』である。

ざっと数えて十体弱のポーンが、凱旋門前を練り歩いていた。

 

「ウーッサッサッサ!いいザマだピョン!」

 

退却する警官隊を、ポーンの奥にいるシゾーが笑った。

 

「さあ、隠れてないで出て来るピョン!!」

 

邪魔物を蹴散らし、ダイゴの姿を探すシゾー。

その時、上の方から声が響いた。

 

 

 

「そこまでです!!」

 

 

 

「何っ………!?」

 

突然の声に驚くシゾー。

すると、ポーンの前に赤、白、青の三つの光武Fが姿を現した。

 

「巴里華撃団、参上!!」

 

それは、巴里に現れた魔を討つ、人類の希望だった。

 

「貴様、一体何者だ!何故ウサギが人を襲う!」

 

「ウサギさん、貴方は本当は悪いウサギさんじゃないはずです!」

 

「ウサギウサギ言うなピョン!!シゾーという名前があるピョン!」

 

やはりウサギと呼ばれるのは嫌なのか、シゾーは地団駄を踏む。

すると、今度はグリシーヌが追い撃ちをかけた。

 

「ウサギに名前など要らぬ。貴様の悪事もそこまでだ!」

 

「まだ言うピョンか!ポーンども、奴らを潰すピョン!!」

 

そう叫んで、シゾーは姿を消した。

それに伴い、命令を受けたポーン達が一斉に三人に迫る。

 

「目標、敵蒸気獣の撃破!みんな、行くぞ!!」

 

「「了解!」」

 

二人の確かな返事に頷き、大神は二刀を構えて飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

初めての戦いにも関わらず、巴里華撃団はさしたる苦戦もなくポーンを全滅させた。

初陣で士気が高まっていた事もあったが、大神の指揮の上手さも大きかった。

巴里華撃団はそれぞれ使用する武器が異なる。

大神は二刀、エリカはマシンガン、グリシーヌは巨大な斧といった具合だ。

大神はエリカを中央に置いて敵を掃射させ、グリシーヌと二人で左右か、ポーンに攻撃を仕掛けたのだ。

この作戦が功を成し、ポーンは瞬く間に沈黙した。

これに一人苛立っているのが、外ならぬシゾーだった。

 

「お、おのれ巴里華撃団………、許してやらないピョン!!」

 

「なんですか、このウサギさんは。見かけばかりで全然弱いじゃないですか。」

 

すると、そこに一人の男が顔を出した。

先程パーティーで大神を馬鹿にした貴族、ダニエルである。

 

「こらこら、そこのウサギさん。おいたは駄目ですよ、おいたは。このダニエル様がお仕置きを………。」

 

「こうなったら………、出て来るピョン!蒸気獣『プレリュード』!」

 

シゾーがそう叫んだ時だった。

凱旋門を飛び越えて、巨大なウサギの姿をした蒸気獣が現れたのである。

 

「うわあっ!な、何だ!話が違うじゃないか!」

 

先程の強気な態度から一転し、ダニエルは尻餅をついた。

 

「ぱ、巴里華撃団とやら!ミーを守らせてやる!早く助けろ!!」

 

ダニエルがそう言うより早く、大神の光武Fが飛び出した。

それと同時にプレリュードの両腕からガトリング砲が連射される。

 

「くっ………。」

 

「な、何をするんだ!服に砂煙をかけるとは………!」

 

「ここは危険です!早く安全な所へ!」

 

「ミーに命令するな!この役立たずの身の程知らずめ!!」

 

助けた礼一つなく侮蔑の言葉を吐き捨て、ダニエルは逃げ出した。

そして、ようやくシゾーの攻撃が一段落し、大神は二刀を構え直した。

 

「よし、みんな行くぞ!」

 

「待て。どういうつもりだ!」

 

プレリュードに攻撃しようとした大神に、グリシーヌの声が飛んだ。

 

「貴公は日本人だ。巴里に来て間もないのに、何故巴里の人間を?ましてや、先程の者の愚弄に何故怒らぬ?」

 

グリシーヌは、斧を突き付けて問い詰めた。

 

「貴公には日本人としての………、男としての誇りというものがないのか!?」

 

すると、大神はハッキリと告げた。

 

「日本だろうが巴里だろうが、そんなものは関係ない!」

 

「何………!?」

 

「全ての人々の幸せを守るために戦う。それが俺の誇りだ!」

 

この世界における全ての人々が笑っている事。

それが大神の願いであり、それを守る事が、大神の誇りだった。

帝劇時代に共に戦った、あの光の勇士のように………。

 

「大神さん………!!」

 

「ほう………!」

 

大神の言葉に、エリカは感銘を受け、グリシーヌも意外な顔をする。

そして、大神は二刀を翳した。

 

「目標、巨大蒸気獣の撃破!みんな、行くぞ!」

 

「「了解!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウサギ姿の蒸気獣プレリュードは、三対一の状況にも関わらず、花組を苦戦させた。

凱旋門に現れた時の、ウサギ特有のジャンプ力を使い、包囲されても簡単に脱出してしまうからだ。

 

「くそっ!ちょこまかと素早い………!!」

 

自慢の斧による一撃が中々加えられず、グリシーヌが悔しげにぼやく。

一方の大神は、冷静にプレリュードの動きを読み取っていた。

 

「………、よし!エリカくん!奴の両足を狙撃してくれ!!」

 

「了解!!」

 

大神に言われ、エリカのマシンガンが火を噴いた。

 

「し、しまったピョン!!」

 

シゾーが気づいた時には遅かった。

既にエリカのマシンガンで無数の弾丸を一度に浴びたプレリュードの両足は、小さい爆発とともに黒い煙を上げ始めたのだ。

 

「これでジャンプは使えないぞ!シゾー、覚悟しろ!」

 

二刀を構えて叫ぶ大神。

しかし、シゾーの隠し玉はプレリュードだけではなかった。

 

「これで勝ったと思うなピョン!来るピョン!超古代怪獣メルバ!!」

 

シゾーがそう叫んだ時だった。

遥か上空で咆哮が聞こえたかと思うと、一体の竜にも似た怪獣が現れたのだ。

全身に無数の穴を持ち、大きな翼を広げて凱旋門に降り立つメルバ。

そのスケールに、花組は戦慄した。

 

「ば、馬鹿な………。こんな化け物を使役しているというのか………。」

 

流石のグリシーヌも、驚きを隠せない。

メルバは凱旋門よりは小さいとはいえ、光武Fの5倍の高さがある。

とてもではないが、初戦で相手に出来るレベルではない。

一方、劣勢だったシゾーは状況が好転したと笑った。

 

「ウーッサッサッサ!巴里華撃団!覚悟するピョン!メルバ、あいつらを踏み潰すピョン!」

 

「ガアアアアッ!!」

 

メルバは甲高い咆哮を上げると、目から赤い光線を放った。

 

………しかし………、

 

「………あれ………?」

 

いつまで経っても攻撃が来ない事を不思議に思って見てみると、メルバは何やらやってしまったという顔で固まっている。

見ると、プレリュードが全身から煙を上げていた。

どういう訳か、メルバは間違えてプレリュードを狙撃してしまったのである。

 

「ま………まさか自分の怪獣にトドメを刺されるとは………。」

 

息も絶え絶えに、シゾーは無念の叫びを上げた。

 

 

 

「納得出来ないピョーン!!」

 

 

 

その言葉とともに、プレリュードは大爆発した。

しかし、大神達は喜ぶ訳にはいかなかった。

何故なら、目の前には超古代怪獣メルバが立ちはだかっているからだ。

 

「ガアアアアッ!!」

 

メルバの咆哮が凱旋門を中心に鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれが………災いなのか………?」

 

凱旋門の影に隠れて一部始終を見守っていたダイゴは、驚きと恐怖の入り混じった表情でメルバを見ていた。

目の前の三体の光武Fは懸命に立ち向かっているが、あの大きさでの攻撃は雀の涙でしかない。

 

「………巴里華撃団………。」

 

それでも必死に立ち向かう花組を見て、ダイゴは巨人の言葉を思い出した。

 

(光を継ぐ者よ、今こそ封じられし力を目覚めさせる時だ。)

 

「………僕も………。」

 

巴里華撃団。

彼らは恐らく巴里のため、命がけの戦いに身を投じている。

自分にも………、光を継いだ自分にも何かやれる事があるはずだ。

そう思った時だった。

ダイゴの服のポケットが、急に光を放ったのだ。

 

「え………?」

 

それは、両親の形見の彫刻、『スパークレンス』を入れたポケットだった。

試しにスパークレンスを取り出したダイゴは、驚きで目を見張った。

何故なら古びた青銅のスパークレンスが、光り輝く金と銀の彫刻に変わっていたからである。

まるで、光に目覚めたかのように。

 

「………光………。」

 

静かにそう呟いた時、メルバの咆哮が耳に届いた。

 

「!!」

 

それと同時に目の前で上がる火柱。

もはや、怖がっている場合ではなかった。

 

「父さん………母さん………、エリカさん………。」

 

スパークレンスを握り締め、大切な人の名前を呼ぶ。

すると、仄かにスパークレンスの光が強まった。

 

「僕に………、勇気を授けてくれ!!」

 

そう叫び、ダイゴはスパークレンスを高々と空に掲げた。

すると、スパークレンスの先端が翼のように二つに割れ、中のクリスタルがまばゆい光を放った。

光は柱となってダイゴを包み、その体を光へと変えた。

災いを討つ、希望の光へと………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは突然現れた。

凱旋門に出現した光の柱。

その輝きに、その場にいた誰もが一瞬目を奪われる。

そして光の柱が消え、その中から現れた存在に、誰もが驚愕した。

 

「………光の………巨人………?」

 

凝視したまま、大神が呟いた。

赤と紫と銀の体色。胸に輝く青いカラータイマー。

そこにいたのは、間違いなく光の巨人。

ウルトラマンだった。

 

「チャッ!」

 

ウルトラマンはメルバを見ると、徐に構えを取った。

すると、メルバもウルトラマンに狙いを定め、襲い掛かって来た。

 

「ジュッ!!」

 

「ガアアアアッ!」

 

互いにぶつかり合い、激しい衝撃が生まれる。

そのまま押し合っていた状況が数秒続いたのち、ウルトラマンは一瞬の隙を突いてメルバを投げ飛ばした。

 

「チャーッ!!」

 

けたたましい轟音と共に地面に激突するメルバ。

そこに、ウルトラマンが馬乗りになって追撃した。

 

「ハッ!ハッ!デュアッ!」

 

仰向けに倒れたメルバに、激しいパンチのラッシュを見舞う。

しかし、敵もさるもので、メルバはその状態からウルトラマンに目の光線を撃った。

 

「ジュワッ!?」

 

不意を突かれた攻撃を至近距離で喰らい、ウルトラマンは後ろに倒れる。

その隙に、メルバは立ち上がって翼を広げた。

 

「ハッ!」

 

ウルトラマンはすかさず起き上がって飛び掛かるが、メルバはその寸前に空高く舞い上がった。

 

「ガアアアアッ!」

 

そして、物凄いスピードで空を疾駆し、ウルトラマンに体当たりしたのだ。

 

「ジュワッ!?」

 

その衝撃で倒れるウルトラマン。

しかし、メルバは間髪入れずに再び目の光線を発射して来た。

 

「ジュワッ!?」

 

倒れるウルトラマンに、再び体当たりが見舞われる。

その時、ウルトラマンの胸のカラータイマーが、赤く点滅を始めた。

 

「………まずい!早く勝負を決めないと………!!」

 

思わず大神が叫ぶ。

しかしメルバは、逃がさないとばかりに光線を発射した。

 

「チャッ!」

 

それを前転で避けると、ウルトラマンは立ち上がり、両腕を額のクリスタルの前で交差させた。

 

「ンウゥゥ………、ハッ!!」

 

そして勢い良く両腕を降ろした瞬間、ウルトラマンの体色が紫と銀に変化した。

空中戦を得意とする、スピードのスカイタイプである。

 

「ガアアアアッ!」

 

トドメとばかりに光線を撃つメルバ。

しかし、ウルトラマンは驚くべき速さで飛び上がり、蹴りの体勢でメルバに突っ込んだ。

スカイキック………、目にも止まらぬ速さで敵に空中からキックを見舞う、スカイタイプの技の一つだ。

 

「ガアッ!?」

 

思わぬ反撃に遭ったメルバは、そのまま地面に落ちる。

すると、ウルトラマンは空中で両腕を左右に水平に広げ、頭上で合わせた。

 

「ハァァァ………!」

 

ランバルト光弾………、頭上で合わせた手にエネルギーを集中させ、光の矢にして敵に撃ち込むスカイタイプの必殺技だ。

 

「ジュッ!!」

 

頭上で合わせた両手を左腰に下げ、右手を突き出す。

すると、エネルギーを具現化した光の矢が放たれ、メルバの胸に深々と突き刺さった。

 

「ガアアアアア………!!」

 

断末魔の悲鳴を上げたのち、メルバはゆっくりと仰向けに倒れ、大爆発した。

 

「チャッ!」

 

それを確認して、ウルトラマンは空高く飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………終わりましたね………。」

 

ウルトラマンが去ったのち、エリカが呟いた。

 

「ああ、エリカくんもグリシーヌも、初戦ながらよく頑張った。」

 

シゾーの撃破には至らなかったものの、ポーンを倒す過程は十分なものがあった。

その事から、大神は二人に労いの言葉をかけた。

 

「はい!ありがとうございます、大神さん!」

 

「………まあ、最後はあの巨人に奪われてしまったがな。」

 

「ウルトラマンの事かい?」

 

「えっ?大神さん、さっきの巨人を知ってるんですか?」

 

驚いた様子で尋ねるエリカ。

すると、大神は笑って答えた。

 

「ああ。本人じゃないけどね。」

 

そう言って、大神は話を変えた。

 

「………ところで、日本の帝国華撃団には、戦いに勝利した後で必ず行う約束事があるんだ。今から手本を見せるから、二人とも俺に続いてやってみてくれ。」

 

「は、はい!」

 

何を思ったのか、緊張して応えるエリカ。

しかし、これから二人は信じられないものを目撃する事になる。

 

「それでは………、勝利のポーズ、決めっ!!」

 

「………何だそれは………。」

 

「大神さん………、どうしちゃったんですか………?」

 

呆れた表情のグリシーヌと、驚いて固まっているエリカ。

それを見て、大神は思わず慌てた。

 

「お、おい!二人ともやれよ~!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜、花組は初陣の勝利を祝ってエッフェル塔前にきていた。

何でも、花火を見るのだそうだ。

 

「ところで大神さん。あのウルトラマンって………、一体どんな人なんですか?」

 

ふと、大神の隣に立つエリカが尋ねた。

 

「そうだな………、俺達がピンチになると、何処からともなく現れて助けてくれる正義の味方………、かな?」

 

帝国華撃団時代に助けてくれた勇士を思い出し、大神が応える。

すると、不意にグリシーヌが横槍を入れて来た。

 

「どうだかな。所詮は得体の知れぬ奴。そんな者に巴里の平和を委ねる訳にはいかん。」

 

それだけ言って、グリシーヌはその場を立ち去る。

その後ろ姿を見ながら、エリカは呟いた。

 

「………私には、得体の知れない人には見えなかったけどな………。」

 

「どういう事なんだい?」

 

大神が尋ねると、エリカは考え込むように答えた。

 

「初めて見たはずなんですけど………、何でだろう。初めて会った気がしないんです。まるでずっと前から知っていたような………、そんな気がするんです………。」

 

エリカのこの感覚は正しい。

何故なら、ウルトラマンの正体はダイゴなのだから。

最も、この時点で二人がその事実を察する余地はないが。

そのダイゴの声が聞こえて来たのは、その時だった。

 

「エリカさ~ん!!」

 

「え?………ああっ!!ダイゴさんの事すっかり忘れてました!!」

 

「ダイゴ………?もしかして、彼が………?」

 

手を振りながらこちらに走って来るダイゴを指差し、大神がエリカに尋ねた。

シャノワールでぶつかった時はすぐ迫水に会いに行ったので、知り合うチャンスがなかったのだ。

 

「あら、大神さんダイゴさんの事知らなかったんですか?」

 

意外そうな顔で驚き、エリカはダイゴを前に連れてきた。

 

「それじゃ、彼がダイゴさんです。覚えてあげて下さいね。」

 

「ああ。ダイゴ、よろしく。」

 

「………うん。よろしく………。」

 

渋々ながらも、ダイゴは差し出された大神の手を握った。

 

「ごめんなさい、ダイゴさん………。ほったらかしにして………。」

 

「もういいんだよ、エリカさん………。無事で良かったよ………。」

 

「うふふ………、ありがとう。」

 

とびきりの笑顔を見せるエリカに、ダイゴも大神も、心が洗われる気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………光の巨人か………。」

 

作戦司令室にてグラン・・マは一人、巴里華撃団初陣の映像を見ていた。

 

「始まったんだね………、巴里の災いが………。」

 

そう呟き、机の上に広がる本に目を落とした。

 

「伝説の巨人………ティガの復活………だね。」

 

グラン・マの口から出たティガという言葉。

それは、机の上の本の見出しに書かれた言葉と同じであった。




《次回予告》

皆さ~ん、こんにちは!

マジカルエンジェル・コクリコのマジックショーへようこそ!

ボク、頑張るから、皆さん笑顔になってね!

次回、サクラ大戦3!

《笑顔の仮面》

愛の御旗のもとに………

ボク………幸せだよ………
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