※この作品はR-18です。

超古代の星   作:サマエル

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巴里は燃えているか

凱旋門支部。

巴里の名所として知られるこの門の地下には、迫水支部長の指揮によって設計された作戦室があった。

シャノワールが破壊された今、この凱旋門支部が最後の砦になる。

一応の希望が見えたが、まだ安心は出来なかった。

 

「ノートルダム寺院を発生源とするオーク巨樹の進攻は、巴里の市街地の72%に広がりました!」

 

「オーク巨樹の根で道路も寸断されて、市民の多くが市内に取り残されています!」

 

オーク巨樹の進攻はとどまる所を知らず、凄まじい勢いで巴里を潰していく。

このままでは、日没までには完全に巴里の街は呑まれてしまうだろう。

 

「だが、方法はある。我々はオーク巨樹の特定の一部分に、妖力が極めて高い場所を特定した。おそらく心臓部と見ていいだろう。」

 

「じゃあ、その心臓部に侵入出来れば………!!」

 

「そうさ。オーク巨樹心臓部の強襲作戦。それが唯一無二のミッションだよ。」

 

大神の反応に頷き、グラン・マが言った。

確かにオーク巨樹は巴里全域を包む程巨大だ。

しかしその心臓部さえ破壊出来れば、オーク巨樹の活動を停止させられる。

だが、ここで疑問が残った。

 

「しかしエクレールフォルトでも、その心臓部までは到達できんぞ?」

 

それを口にしたのはグリシーヌだった。

ティガのバリアで無事だったとは言え、オーク巨樹の心臓部と見られる所まではかなりの距離がある。

それにまた根やカラミテの妨害があるかも分からない。

しかしグラン・マは、その疑問は一言で払拭した。

 

「そこで切り札の登場さ。コイツをご覧!」

 

そう言って、グラン・マが目の前にある簡易モニターを作動させた。

すると、大神達のいる凱旋門が写る。

そして、凱旋門の一部が展開し、中から巨大な銃にも似た兵器が登場した。

 

「こ、これは………!?」

 

「リボルバーカノン………。光武F2長距離輸送を目的に作られた、巨大射出兵器だ。」

 

迫水の説明に、大神は圧倒された。

帝都の空中戦艦ミカサに次ぐ大きさを持つこの兵器なら、オーク巨樹に飛び込む事くらいたやすい。

だが、迫水は厳しい表情でこう付け加えた。

 

「だが、それはリボルバーカノンが完成していたらの話だ。」

 

「じゃあ、まさか………!!」

 

「そうだ。照準システムは目視だし、射出カプセルも実験段階。距離の調整すら出来ない。」

 

その言葉に、隊員達の表情が僅かに強張る。

今回の作戦に、リボルバーカノンは不可欠。

可能性の薄い実験中の兵器で突入し、更にそのまま無数のカラミテがうごめくオーク巨樹内部を、心臓部目指して進まなければならないのだ。

 

「正に命懸けの作戦ですね………。」

 

大神も緊張を見せながら呟く。

すると、グラン・マは意外な事を口にした。

 

「命懸け?アンタ達、この戦いに生きて帰ろうなんて甘い気でいるんじゃないだろうね?」

 

「え………?」

 

その言葉に、隊員達の誰もが表情を変えた。

すると、迫水が畳み掛けるように続けた。

 

「巴里華撃団の戦いは、どんな犠牲を払っても負けてはならない。命を捨てても勝つ。それが巴里華撃団だ。」

 

「死んで巴里を歴史に残す。これが最後のミッションだよ。」

 

それはつまり、巴里華撃団への死刑宣告だった。

 

「さあムッシュ、命令を。」

 

グラン・マが大神に促した。

だが、大神はそれには従わなかった。

 

「………それは出来ません。」

 

「大神君!この期に及んで何を甘い事を!」

 

グラン・マの言葉を拒否した大神に、迫水の激が飛ぶ。

 

「君も軍人だろう!死んでこの街を守る事は、巴里華撃団隊長として名誉ある事のはずだ!」

 

「それは違います。俺は帝都で、生きる尊さと残される悲しみを嫌という程に味わいました。それは、この巴里でも同じはずです。」

 

もしグラン・マや迫水の言う通り命を捨てたとして、果たして巴里華撃団は任務を全うしたと言えるのか。

そんな事は絶対にないと、大神は断言できた。

エリカやダイゴが死ねばレノ神父が悲しむだろう。

コクリコが死ねばロランス卿が悲しむだろう。

グリシーヌや花火が死ねばタレブーが悲しむだろう。

ロベリアが死ねば、エビヤン警部が悲しむだろう。

そして、自分が死ねば帝都のみんなが悲しむだろう。

死ぬ事では何一つ守れない。

帝都における二度の大戦で、大神はそれを知りすぎる程に知っていた。

だからこそ、今の命令には従う訳にはいかなかった。

 

「俺達は生きて帰って来ます。平和を取り戻し、みんなで巴里の未来を歩むために!」

 

「ムッシュ………、あんた………。」

 

初めて命令を無視した大神に、呆気に取られるグラン・マ。

大神は後ろに控える六人に振り向き、ハッキリと告げた。

 

「いいな、みんな。必ず生きて帰って来るんだ!!命令なんかじゃない、それが俺の頼みだ!!」

 

必ず生きてみんなで帰る。

大神は命令としてではなく、頼みとして隊員達に伝えた。

すると、隊員達は力強く応えた。

 

「頼みとあらば聞くしかあるまい。貴公と共に、生きて帰ろう!」

 

「ボクも頑張る!イチローやみんなが一緒なら、怖くないよ!!」

 

「生きる尊さ………、この戦いで示しましょう!」

 

「また帰って来れるさ。………絶対に!!」

 

「みんなで帰って来ましょうね。約束ですよ!」

 

「それがいい。帰って来ないと、ボーナスもオジャンだしね。」

 

先程までの表情を打ち消し、決意を述べる六人。

その姿に、今度はグラン・マ達が驚く番だった。

 

「………分かったよ。ムッシュ、アンタには一本取られたね。」

 

そう肩を竦め、グラン・マは大神に言った。

 

「では、作戦を開始するよ。オペレーションネームは、『巴里は燃えているか』だ。」

 

その言葉に、大神は作戦開始の号令をかけた。

 

「『巴里は燃えているか』発動!!巴里の未来を取り戻すぞ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんな、行ったみたいだね。」

 

リボルバーカノン発射準備が進められる中、グラン・マが呟く。

すると、隣に立つ迫水が応えた。

 

「よろしかったのですか?失敗は許されませんよ?」

 

「あの子達の顔を見たろ?隊長を心から信頼していた顔だよ。アタシにも見せた事がないのにね………。」

 

副隊長のロベリアを始め、六人全員が大神を隊長としてだけでなく人として信頼していた。

今思えば、それが自分達にないものにグラン・マは思えた。

単に東洋人だからでも、隊長だからでもない。

大神には彼にしかない何かがあった。

 

「大神君はいつの間にか、我々を越えていたんですね………。」

 

「そうだね。生きて未来を作る………、いい言葉じゃないか。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろ出撃か………。」

 

一足早く用意を整えた大神は、凱旋門の外から巴里の街を眺めていた。

オーク巨樹によって、無残に破壊された街。

その姿を目の当たりにしただけで、震えんばかりの怒りが込み上げてくる。

 

「よう隊長。用意は終わったのか?」

 

ロベリアが現れたのは、その時だった。

 

「ロベリア。俺は完了したよ。君はどうだい?」

 

「別に。ただアンタの馬鹿面を拝んどこうと思ってね。」

 

いつものようにぶっきらぼうに答えるロベリア。

しかしその表情は、何時になく不安の色が見え隠れしている。

 

「ほら、そうすれば後腐れなくて済むだろ?」

 

「ロベリア………?俺達は生きて帰るんだ。そんな心配はいらない。」

 

まるでこの戦いで死ぬ事を前提に話すロベリアに、大神は元気づけるように言った。

この戦いで仲間を、ましてやロベリアを失う事など有り得ない。

すると、ロベリアは何時になく真剣な表情で答えた。

 

「悪いカンが来やがるんだよ………。何だか、アンタとは永遠に会えないようなね………。」

 

「大丈夫だロベリア。君は俺が絶対に守る。だから生きて帰ろう。」

 

大神がそう励ました時だった。

激しい震動が凱旋門を襲い、警報が鳴り響いたのである。

 

「緊急警報、緊急警報!オーク巨樹が凱旋門支部に接近しています!!」

 

「巴里華撃団は大至急、作戦室に急行して下さい!!」

 

「ロベリア、行くぞ!」

 

「だな。いっちょやってやるか!」

 

それまでの表情を捨て、二人は作戦室に急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうやら向こうも気付いたみたいだね。」

 

オーク巨樹はそれまでの進攻から一転して、凱旋門支部を攻撃し始めた。

おそらく先手を打ってこちらを潰すためだろう。

こうなると、最早時間差で攻め込むしかなかった。

 

「迫水支部長!ジャン班長!リボルバーカノンの準備を!!」

 

「了解した!!」

 

「任せときな!!」

 

大神達をオーク巨樹に到達させるべく、迫水とジャンは発射準備を急ぐ。

グラン・マは続けて、大神に命令を出した。

 

「大神隊長!出撃命令だ!」

 

「巴里華撃団・花組、出撃せよ!!これが最後の戦いだ!」

 

「「了解!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リボルバーカノン、リフトアップ!!」

 

グラン・マの命令で、リボルバーカノンが動き始めた。

六機の光武F2を収納した射出カプセルが、リボルバーカノンに装填される。

だが今正に発射しようという時、恐れていた事態が発生した。

 

「凱旋門支部より西方に妖力反応あり!」

 

「画像に写します!………こ、これは!!」

 

モニターに映し出された映像に、シーが思わず驚きの声を上げた。

何故ならその妖力の正体は、オーク巨樹の根よりたちの悪いものだったからだ。

 

「まさか………、昨日の機械人形か!」

 

そのまさかだった。

オーク巨樹から発射されたカラミテが次々と合体し、昨夜エクレールフォルトを襲った時より数倍巨大な機械人形に変化したのである。

 

「ダイゴ!時間がない。一刻も早く奴を食い止めて、リボルバーカノン発射の時間稼ぎをするんだよ!!」

 

「了解!!」

 

グラン・マの命令を受け、ダイゴはスパークレンスを掲げて叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「ティガーーーーッ!!」

 

 

 

 

 

 

「チャーッ!!」

 

凱旋門支部前に光の柱が現れ、中から鮮やかにティガが飛び出した。

ティガは空中を舞い、ゴブニュに飛び蹴りを喰らわせながら着地する。

 

「グオオオオッ!!」

 

「チャッ!!」

 

凄まじい咆哮を上げるゴブニュに、猛然と立ち向かうティガ。

凱旋門支部にて、巴里は燃えているか前哨戦が幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

巨大機械人形ゴブニュ。

パリシィの恨みを晴らさんと現れたこの強敵に、ティガが苦戦を強いられるのは当然の事であった。

エクレールフォルトの戦闘の時とは比較にならないパワフルな攻撃力と鉄壁の守備力は、ティガを圧倒するにあまりある力を見せ付けた。

 

「ハッ!」

 

ティガがパンチやキックで何とかゴブニュの進撃を妨害しようとする。

しかし、ゴブニュの固い身体には全く攻撃が通用しなかった。

 

「グオオオオッ!!」

 

「ジュワッ!?」

 

ゴブニュがティガの腕を掴み、後ろへ投げ飛ばした。

ティガの身体は紙屑のように放物線を描いて地面に落ちる。

 

「巨大機械人形、凱旋門支部に迫っています!」

 

「くっ………。」

 

芳しくない戦況にグラン・マの表情が険しくなる。

オーク巨樹の根が凱旋門支部をいつ攻撃するか分からない以上、直ちにリボルバーカノンを発射に持ち込まなければならない。

しかし、ゴブニュはそれを阻止するかのようにリボルバーカノンの正面から迫っている。

これでは発射しようにも大神達をオーク巨樹まで届ける事すら叶わないだろう。

しかし、ここで名乗りを上げる者がいた。

ジャン班長である。

 

「オーナー、まだ方法はある。俺に任せてくれねぇか?」

 

「ジャン………。どういう事だい?」

 

この状況で一体何をしようというのか。

怪訝な表情で聞き返すグラン・マに、ジャンは自信ありとばかりに笑って見せた。

 

「リボルバーカノン整備に併せて、ちょっと面白いモンを作ったんですよ。おい野郎共!アレを起動させろ!!」

 

ジャンが指令マイクで怒鳴った。

すると、地下の整備士達の返事と共に、凱旋門の頂上に一つの砲台が現れた。

 

「エクレールフォルトを改造した、『マキシマシューター』だ。コイツのマキシマ砲を使えば、機械人形も一撃って訳よ。」

 

モニターに写る改造兵器を満足げに説明するジャン。

リボルバーカノン整備の傍ら、線路がない事から今回活躍が見込めなかったエクレールフォルトを、ジャンは整備士の一部に命じて改造させたのである。

 

「でも、マキシマ砲で倒せる保障はあるのかい?」

 

「不要な部品は全て外して、マキシマ砲のエネルギーを極限まで高めてある。心配はいらねぇよ。」

 

マキシマシューターの開発には携わっていないが、ジャンには確信があった。

普段は根性がなく手の焼ける奴ばかりだが、彼らの腕は整備士として充分信頼できる。

だからこそ、ジャンはマキシマシューターを弟子に一任し、自分はリボルバーカノン整備に全力を注いだのである。

 

「ただし発射はエクレールフォルト全ての動力を圧縮して行う。………チャンスは一度っきりだ。」

 

「面白いじゃないか。アンタらシャノワール整備班の心意気、見せてもらうよ。」

 

ジャンの警告に、グラン・マは笑って快諾した。

最初からやり直しのきかない命懸けの作戦なのだ。

一か八かの賭けくらいで怖じけづいてはいられなかった。

 

「ダイゴ!そいつを凱旋門支部からマキシマ砲で狙い撃つ!動かねぇように押さえてくれ!!」

 

発射台を手に、ジャンが叫んだ。

すると、ゴブニュに必死にしがみついていたティガが頷いた。

 

「チャッ!!」

 

ティガはゴブニュを後ろから羽交い締めにし、凱旋門支部に曝す。

刹那、ジャンが発射台に手をかけた!!

 

「今だ!マキシマ砲、発射!!」

 

マキシマシューターから圧縮された凄まじいエネルギー弾が発射された。

エネルギー弾は一直線にゴブニュを直撃し、着弾箇所から炎が上がった。

 

「マキシマ砲………、ここまでとはね………!!」

 

ティガの攻撃すら毛程にも感じていなかったゴブニュの鉄壁のボディに深手を負わせたこの威力。

エクレールフォルトの時と比較にならないマキシマ砲の威力に、グラン・マは圧倒された。

だがこれで沈黙する程、ゴブニュは甘い相手ではなかった。

 

「グオオオオッ!!」

 

「ジュワッ!?」

 

何と、ゴブニュは弱った身体でティガを振り払い、凱旋門支部に殺到したのである。

 

「巨大機械人形の攻撃、来ます!!」

 

メルの報告が終わらない内に、凱旋門支部を凄まじい衝撃が襲った。

ゴブニュが勢いをそのままに体当たりを仕掛けて来たのである。

 

「くっ………!?」

 

そのあまりの衝撃に立っていられず、その場に倒れる。

しかし、グラン・マだけは違った。

 

「ムッシュ………、ダイゴ………、みんな………、後は頼んだよ………。」

 

ここで自分達がやられては、大神達の決意全てが無駄になる。

何としても彼らをオーク巨樹へ送り届けなくては。

グラン・マは痛む身体に鞭打ち、リボルバーカノンのトリガーに指をかけた。

 

「リボルバーカノン………、発射!!」

 

最後の力を振り絞り、グラン・マはリボルバーカノンのトリガーを引いた。

そして、巨大射出兵器から六つの弾丸が発射される。

 

「みんな………、巴里を………、守っておくれ………。」

 

オーク巨樹に猛スピードで迫る大神達の姿に母親のように語りかけ、グラン・マは崩れ落ちた。

 

「グオオオオッ!!」

 

凱旋門支部に体当たりを敢行したゴブニュは、そのままリボルバーカノンを叩き潰そうと拳を上げる。

だがその時、信じられない事が起こった。

何と沈黙したはずのマキシマシューターが、再びゴブニュ目掛けてマキシマ砲を発射したのである。

 

「グオオオオッ!?」

 

至近距離からマキシマ砲の直撃を受け、ゴブニュは胸から激しい火花を散らしながら後ずさる。

マキシマシューターを開発した整備士達は、ジャンも知らない独自の手法で、理論上一発しか発射出来ないマキシマシューターに二発目の発射を実現させたのである。

 

「チャッ!!」

 

そこに、再びティガが飛び掛かった。

先程とは違い、ゴブニュを激しい格闘技で追い詰めていく。

ゴブニュと言えども、二度のマキシマ砲で弱った今の状態でティガと互角に戦える程の力は残されてはいなかったのである。

 

「チャーッ!!」

 

何発目かのパンチを浴びせ、ティガはゴブニュの頭を掴んで地面にたたき付けた。

弱り切った身体に激しいラッシュを受けたゴブニュの身体は既に限界に達しており、全身から火花が散る。

 

「グオオオオッ!!」

 

それでも凱旋門支部を破壊しようと、ゴブニュは最後の咆哮を上げる。

ティガは両手を胸の前で合わせて左右に広げ、渾身のゼペリオン光線を発射した。

 

「ハッ!!」

 

L字に組まれた腕から光線が発射され、マキシマ砲を受けた箇所に直撃した。

たちまちゴブニュの全身を光が包む。

 

「グオオオオ………!!」

 

パリシィの恨みを代弁するかのような叫びと共に、ゴブニュは遂に大爆発を遂げた。

しかし、これで終わりではない。

オーク巨樹の進攻から、巴里の街を守らなければならないのだ。

 

「ンゥゥゥ………、ハッ!!」

 

ティガは額のクリスタルを発光させ、スカイタイプにチェンジする。

そして、目の前にそびえるオーク巨樹目指して飛び立った。

 

「チャァァァ………!!」

 

最高速度でオーク巨樹に突進するティガの身体を青い光が包み、ティガはオーク巨樹の中に消えて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………どうやら無事にオーク巨樹に着いたみたいだな。」

 

射出カプセルから出て来た大神は、目の前の景色にそう呟いた。

周囲を取り囲む悍ましい植物の壁。

そこはオーク巨樹の内部であった。

 

「そうだ、みんなは………。」

 

大神は周囲を見渡すが、自分の他に光武F2の反応がない。

リボルバーカノンが実験段階であったためにみんなとはバラバラになってしまったのだろう。

とりあえずは奥に突き進んで合流を試みるしかないようだ。

 

「よし、とりあえず心臓部を目指そう。」

 

目的地が同じなら、闇雲に歩き回るより目的地を目指した方が早い。

しかし、そう簡単に通してくれる程相手も甘くはなかった。

 

「くっ………!!」

 

真上からの殺気に気付いて後ろに避ける。

すると、大神のいた地点にカラミテが降りて来た。

 

「仕方ない………!」

 

なるべく霊力の消費は避けたいが、やられる訳にはいかない。

大神は二刀を抜き、猛然とカラミテに切り掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、巴里市街でも多くの人々が立ち上がっていた。

その筆頭は、警官隊を指揮するエビヤン警部だった。

 

「撃てぇっ!これ以上根の進攻を許すな!巴里の街を守るんだ!!」

 

エビヤン警部の号令と共に、警官隊が一斉に発砲する。

普通の鉛程度で根を倒せる訳はないが、それでも根を怯ませるだけの力はあった。

 

「頼んだぞ、巴里華撃団!ウルトラマンティガ!!お前達なら、きっとやってくれる!!」

 

自分達の力は彼らに対して微力でしかない。

しかし、それでも巴里という街を守るためなら、命懸けの戦いを躊躇う理由などなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エビヤン警部率いる警官隊が戦っている中、逃げ遅れた人々を助けに一人の人物が現れた。

ロランスである。

偶然にも巴里から離れていた彼は、コクリコへの土産に買って来た沢山のパンを逃げ遅れてお腹を空かせた人々に配っていたのである。

 

「この程度の事しか出来ませんが、私も巴里の力になりたいのです………。」

 

ロランスは巴里にそびえるオーク巨樹を見た。

 

「光の巨人ウルトラマンティガ………、巴里華撃団の皆さん………。あなた達の勇気が、巴里に希望を齎すはず。私はそう信じています。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大神の二刀が稲妻がほとばしり、たちまちにカラミテを消滅させる。

しかし、敵は次々と現れてキリがなかった。

 

「くそっ、数が多過ぎる!このままでは………!!」

 

このままではじり貧になり、心臓部どころか脱出も覚束ない。

必死に頭を働かせる大神の目に薄い根の膜が見えたのは、その時だった。

 

「これは………。」

 

奥の道か透けて見える。

これならカラミテの追撃を振り切って進撃できるかもしれない。

 

「狼虎滅却………

古今無双!!」

 

大神は周囲のカラミテ諸とも壁を切り付けた。

すると、たちまち壁に光武F2一体がやっと通れるくらいの穴が空く。

 

「よし、みんな無事でいてくれ………!!」

 

隊員達の無事を祈りながら、大神は走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆さん、しっかりして下さい。神様はきっと、私達を見守ってくれています。」

 

怪我をした人達を手厚く看護しながら、レノ神父が勇気付けた。

今自分達が希望を捨てる訳にはいかない。

何故なら、自分達のために命懸けで戦っている人達がいるのだから。

 

「エリカさん、ダイゴさん、巴里華撃団の皆さん………。どうか巴里をお守り下さい………。主よ、この巴里を見守って下さい………!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オーク巨樹の進攻によって無残に破壊された巴里。

しかし、その中に比較的被害のない家があった。

この巴里で最も名のある、グリシーヌ邸である。

各地で破壊が進む中、この屋敷だけは根の進攻が無いに等しい状況だった。

何故なら、屋敷を守る歴戦のメイドがいたからである。

 

「グリシーヌお嬢様………。お嬢様が戻られるまで、このお屋敷は必ずお守りするざます!!」

 

タレブーが決意と共に箒を振るった。

すると、その霊力に圧倒された根がたじろぐ。

タレブーはオーク巨樹の根を相手に、屋敷の玄関に仁王立ちになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、そのグリシーヌはオーク巨樹内部でカラミテ相手に奮戦していた。

その隣には大神の姿もある。

壁を開いて進んで来た大神は、自分と同様に無数のカラミテと戦うグリシーヌと合流したのである。

 

「よし、敵はいないみたいだな。先へ進もう。」

 

最後のカラミテを切り伏せ、大神が先に続く通路を見た。

未だレーダーに反応はない。

 

「みんな、無事でいてくれ………。」

 

自分達のようにカラミテの大群に襲われている可能性は高い。

隊員達の無事を祈る大神。

すると、グリシーヌが口を開いた。

 

「案ずるな隊長。皆は必ず生きている。私には分かるのだ。」

 

「どうしてだい?」

 

大神が尋ねると、グリシーヌは小さく笑って応えた。

 

「私も皆と同じく、隊長を信じているからだ。だから、必ず生きている。約束したのだからな。」

 

「そうだな………。みんなで生きて帰ると、約束したからな。」

 

グリシーヌの言葉に、大神は胸中の不安が僅かに消えた気がした。

みんなは自分達が来てくれる事を信じている。

ならば自分達は、みんなが無事でいる事を信じる。

それが何より大事な事を、大神は知っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

巴里華撃団とウルトラマンティガがオーク巨樹に突入してからしばらく。

衝撃の去った凱旋門支部で、グラン・マ達は大神達の戦況を不安げに見つめていた。

 

「大丈夫かなぁ、大神さん達………。」

 

不安げにシーが呟いた。

すると、メルが応えた。

 

「大丈夫よ、シー。大神さん達は絶対に帰って来るわ。約束してくれたもの。」

 

「メルさんの言う通りだ。大神君達を信じよう。」

 

メルに同意するように、迫水が口を開いた。

先程のゴブニュの体当たりで負傷したらしく、頭に包帯を巻いている。

 

「それにしてもジャン班長。あなたの整備士達は素晴らしい方達だ。」

 

迫水はジャンに向き直った。

おそらく二度目のマキシマ砲がなければ、リボルバーカノン発射は叶わなかっただろう。

今回の作戦における整備班の活躍は、充分なものだった。

 

「当たり前さ。何たって、俺の自慢の弟子共だからな。けっ、いっちょ前に成長しやがって………!!」

 

自分ですら一発が限界と言ったマキシマ砲に二発目を撃たせた力量は、既に自分を越えている。

ジャンは弟子に追い抜かれた事に、喜びと淋しさの入り混じった複雑な思いを抱いていた。

 

「それはムッシュも同じだよ。あの子はいつの間にかアタシ達をも越えていた。そのムッシュなら、絶対に負けはしないよ。」

 

グラン・マはハッキリと断言した。

生きて未来を作る。

自分に逆らってでも自らの決意を貫く大神の生き方は、かつてグラン・マと共に人生を歩んだライラック伯爵と同じものかあった。

 

「帰っておいでよ、大神隊長………!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、大神とグリシーヌはようやくコクリコと合流した。

射出カプセルが岩に埋まってしまって身動きがとれないコクリコを、岩を破壊して救出したのである。

 

「コクリコ、大丈夫か?」

 

「うん、ありがとう。ごめんね、心配したでしょ?」

 

瓦礫の化した岩の中から出て来るコクリコ。

すると、大神は優しく笑った。

 

「無事ならいいのさ。怪我がなくてよかった。」

 

「エヘッ、ありがとう。」

 

少し恥ずかしそうに笑うコクリコ。

すると、奥の方でグリシーヌの声がした。

 

「隊長!こちらにもいたぞ!」

 

「本当か!?………、花火くん!!」

 

そこには、グリシーヌに助け出された花火の姿があった。

 

「はい、平気です。しかし………、」

 

大神に無事である事を伝えながらも、花火は不安の表情を見せた。

 

「こんな巨大な敵を相手にして、生きて帰れるのでしょうか………?」

 

やはり、と大神は思った。

オーク巨樹の力は凄まじく、以前相対したオプスキュールさえ霞む程である。

そんな強敵に何の不安も感じない事は有り得なかった。

 

「心配いらないよ。今の花火くんには強い意志がある。何者にも負けない強い意志が。」

 

「………ありがとうございます。」

 

大神の言葉に自信を取り戻す花火。

その時、オーク巨樹内部が僅かに揺れた。

 

「これは………!根の進攻が進んでいるのか!?」

 

間もなく日没が近い。

このままでは心臓部を叩く前に巴里が壊滅してしまうだろう。

その時、花火が口を開いた。

 

「危険ではありますが………、オーク巨樹の幹を移動しては如何でしょうか?」

 

確かに危険だが有効な作戦ではあった。

オーク巨樹内部はかなり複雑に入り組んでいて、それこそ一日で心臓部に到達するのは至難の業だろう。

しかし、外側の幹を伝って降りれば話は別だ。

妖力の強さから判断して心臓部はオーク巨樹の最下層。

幹伝いなら壁に阻まれる事もなく、ノンストップで行ける。

しかし、外に通じるために落ちれば一巻の終わり。

有効ではあるが、かなりの危険を孕んだ作戦だった。

 

「いや、悩む暇はない。花火くんの提案でいこう。」

 

大神は迷う事なく即答した。

今は一刻も早くオーク巨樹の最下層に乗り込まなければならない。

そのためなら、多少のリスクなど関係なかった。

 

「ここから先はかなり危険な道のりになる。みんな、心してかかるんだ!」

 

「「了解!」」

 

三人の返事に頷き、大神は先陣をきって進み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オーク巨樹の幹は、幾重にも連なる根の螺旋だった。

眼下には巴里の風景が広がっていて、明らかに自分達が突入した時よりも根の進攻は進んでいた。

 

「花火くんの提案は正解だったな………。」

 

街の様子を見て、大神が呟く。

すると、隣に立つグリシーヌが斧を手にして言った。

 

「………そう簡単にも行かぬようだぞ………?」

 

見ると、幹には無数のカラミテが大神達を待ち構えていた。

その数ざっと20。

秒殺で突破するには些か数が多い。

しかし、そこに救いの天使が現れた。

 

「大神さ~ん!!」

 

その声に目を懲らすと、カラミテの中に一つ、赤い光武F2が見えた。

 

「エリカくん!!」

 

「愛の使者、エリカ・フォンティーヌ参上!!」

 

完全にヒーロー気分で宙を舞い、颯爽と降り立つエリカ。

………が、

 

「あ、あれ………?」

 

着地点を間違えたか、エリカはカラミテのど真ん中に孤立してしまった。

これでは四方八方から袋だたきにされてしまう。

 

「エリカくん、相変わらずだな………。みんな、急いでエリカくんを助けるんだ。」

 

「「………了解。」」

 

苦笑いを浮かべつつ、四機の光武F2は飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オーク巨樹心臓部。

生きとし生けるもの全てが立ち入る事を許さないような神々しさを持つそこは、さながら聖域としての様相を見せた。

その奥に、サリュの姿かあった。

 

「フフフ………、やはり来たね。」

 

「黙れ!いつまでも我々が貴様に惑わされると思うたか!!」

 

目の前に現れたサリュにバトルアクスを突き付け、グリシーヌが叫ぶ。

その目には、生来の闘志がたぎっていた。

 

「所詮君達はパリシィに過ぎない………。怪人達と同じさ………。」

 

「ボク達はパリシィだ。でもお前とは違う!!」

 

尚もパリシィと言う言葉を並べるサリュに、今度はコクリコが言い返した。

 

「君達は勝てない。それが運命だから………。」

 

「運命は受け入れるものではありません。この手で開くものです!」

 

かつてのか弱い自分と決別し、毅然と言い放つ花火。

 

「忘れたのかい?君達パリシィとティガの悲しい過去を。」

 

「私達は過去には生きません。未来を作るために戦うんです!」

 

パリシィとティガに纏わる悲しい過去。

しかし、それが未来を潰す理由とはならない。

エリカも、グリシーヌも、コクリコも、花火も、サリュの言葉にはもう惑わされなかった。

 

「そこまで心を決めたのなら………、言葉は無意味だね………。」

 

それを理解したらしく、サリュも表情を変える。

 

「君達の出した答えを見せておくれ。来るがいい、蒸気獣オバド!!」

 

サリュが右手を上げた。

すると、その手に無数の光が集まり、巨大な昆虫を模した蒸気獣が現れた。

昆虫型蒸気獣、オバドである。

言葉が駄目なら力で捩じ伏せる。

サリュはそう考えたのだ。

 

「みんな、行くぞ!攻撃目標、巨大蒸気獣!!」

 

「「了解!!」」

 

オーク巨樹心臓部におけるサリュとの戦闘。

巴里華撃団はサリュの操る蒸気獣オバドの能力の前に、苦戦を強いられる事となった。

昆虫の中でも蠅をモチーフにしているらしく、オバドは空中を自在に飛び回って中々攻撃が命中しない。

更に無数の小型兵器に分裂し、四方八方から攻撃を仕掛けて来るのだ。

これではこちらが先にやられてしまう。

 

「パリシィの子供達よ………憎しみを讃えよ!ル・ルワ・ディ・ムーシュ!!」

 

無数に分裂したオバドが、一斉に攻撃を放ってきた。

 

四方八方から耳をつんざくスクリームが放射され、大神達を苦しめる。

だが、ここで反撃に転じる者がいた。

花火である。

防音性に優れる花火の光武F2だけは、サリュのスクリームが効かなかったのだ。

 

「北大路花火、二の舞………御覚悟!落花啼鳥!!」

 

渾身の一矢が、オバド本体の羽根を貫いた。

たちまち飛行能力を失い、地に足を着くオバド。

そこに、グリシーヌが追い撃ちをかけた。

 

「大いなる荒波の守護者よ。今こそ、目を覚ませ!!フュリー・ネプチューン!!」

 

バトルアクスから凄まじい大津波が発生し、オバドを飲み込む。

しかし、巴里華撃団の連携は更に続いた。

 

「ネコネコ子ネコ!この子に決まり!マジーク・プティ・シャ!!」

 

召喚されたネコ達が、一斉にオバドを引っ掻き回す。

その瞬間、大神が叫んだ。

 

「エリカくん!」

 

「レッツゴー!」

 

大神がオバドに殺到すると同時に、エリカがマシンガンをぶっ放す。

そしてその攻撃で怯んだオバド目掛けて、大神が二刀を振るった。

 

「狼虎滅却………

紫電一閃!!」

 

大神の二刀が稲妻を放ち、オバドの頭をかち割った。

たちまちにオバドの全身が火花を散らす。

すると、サリュはニヤリと笑って見せた。

 

「これでいい………。我が魂を以って、オーク巨樹は満たされる………。」

 

「何………?ま、まさか………!!」

 

サリュの言葉に、大神はハッとした。

オーク巨樹の活動源は、怪人の魂………。

つまり、言い換えればパリシィの魂である。

そしてサリュはパリシィの意志を伝える超古代の存在。

と言う事は………、

 

「今さら遅い………。我が魂を以って、オーク巨樹の核たるデルニエが目覚める………。君達は終わりだよ………。」

 

その言葉を最期に、オバドは壮絶なる大爆発を遂げた。

刹那、オバドの奥にある巨大なオブジェのようなものに光が集まった。

 

「な、なんだ!?」

 

その光量に、思わず後ずさる大神達。

すると、オブジェに足が生え、オーク巨樹の核、デルニエが覚醒した。

頭には花の花弁のような葉っぱをつけ、昆虫のような身体で這うように大神達に迫る。

 

「あれを目覚めさせるのが、サリュの目的だったんですね………。」

 

「ならば、奴を倒せばオーク巨樹は活動を停止するはずだ。」

 

花火の言葉に、大神は二刀を握る力を込めた。

オーク巨樹心臓部に位置する核。

それを破壊出来れば、いかに巨大なオーク巨樹と言えども滅びるはずである。

 

「大神さん、やりましょう!私達で未来を作るんです!!」

 

エリカが決意と共に叫んだ。

他の隊員達も、同様に武器を手に立ち上がる。

 

「よし、行くぞ!この戦い、絶対に勝つ!!」

 

「「了解!!」」

 

大神の号令で、一斉にデルニエに攻撃を仕掛ける花組。

しかしその時、デルニエが足を地面にたたき付けた。

刹那、激しい震動が伝わる。

 

「くっ………!?」

 

その激しさに足が止まる。

すると、今度はデルニエの頭の葉が回転しながら襲い掛かって来た。

 

「こんなものっ!!」

 

踏み止まったグリシーヌがバトルアクスで真っ二つに叩き斬る。

二つになった葉は左右の地面に突き刺さった。

これ程の切れ味、直撃では一たまりもない。

しかし、デルニエの追撃は続いた。

左右の六つの目から閃光と共に衝撃波が発生し、大神達を吹き飛ばす。

 

「くっ………!!みんな、大丈夫か!?」

 

何とか踏み止まり、大神が叫ぶ。

 

「何という強さだ………、我々がまるで玩具ではないか………!!」

 

バトルアクスを杖代わりに、グリシーヌが答えた。

オーク巨樹の心臓だけあり、その妖力は半端なものではない。

かつて相対したオプスキュールすら、歯牙にもかけない程だ。

その時、コクリコが何かに気付いて叫んだ。

 

「イチロー!あ………、あれ………!!」

 

「何?………あれは!!」

 

コクリコの指差した方に視線を移した大神は、驚きに目を見張った。

何故なら………。

 

「ロベリアの………、射出カプセル………。」

 

それは、合流するであろう最期のメンバー、ロベリアが入っていたはずの射出カプセルだった。

かなりの衝撃を受けたためか、カプセルは大きくひしゃげ、原形を留めていない。

そして、近くにあるはずのロベリアの光武F2の反応が何処にもない。

と言う事は………。

 

「ま、まさか………、ロベリアが………。」

 

その考えに至った時、大神の脳裏に凱旋門でロベリアが口にした言葉が蘇った。

 

「悪いカンが来やがるんだよ………。何だか、アンタとは永遠に会えないようなね………。」

 

その一瞬、大神の中の世界が止まった。

 

「嘘だろう………?ロベリア………。」

 

力無く片膝が地面に着く。

そこに、デルニエの妖力が無数の弾丸となって襲い掛かった。

 

「みんな、伏せて!!」

 

コクリコが叫ぶ中、大神は一人動かなかった。

ロベリアの死を受け、現実を受け入れられないのだ。

 

「大神さん、危ない!!」

 

エリカの叫び声も、大神には届かない。

そして、妖力の弾丸が大神に牙を剥いた。

 

 

 

 

 

 

だがその瞬間、大神の前に飛来した一つの影が、その爪で妖力弾を叩き落とした。

 

「!!」

 

その姿に、大神はまたも目を見張った。

そこにいたのは、たった今存在が絶望視された、巴里華撃団副隊長の姿だった。

 

「待ったかい、相棒?」

 

ぶっきらぼうな口調で鈎爪を構えるその姿、見間違いでは決してなかった。

 

「ロベリア!無事だったんだな!!」

 

「憎まれっ子世に憚るってね。こんな間抜けにやられるロベリア様じゃないよ。それに………。」

 

歓喜に震える大神に当たり前のように返すと、ロベリアは続けた。

 

「アンタ、言ってくれたろう?生きて未来を作れって。惚れたアンタの頼みなら守るさ!」

 

「ありがとう、ロベリア………!共に未来を掴もう!!」

 

二刀を手に、ロベリアの隣に立つ大神。

しかし、援軍はロベリアだけではなかった。

突如心臓部の壁の一部が崩壊し、差し込む光と共に一人の巨人が現れたのである。

 

「ウルトラマンティガ!!」

 

それは、巴里華撃団と並ぶ今一つの光の巨人、ウルトラマンティガだった。

 

「チャーッ!!」

 

デルニエにスカイキックを浴びせ、ティガは地面に降り立つ。

巴里を照らす七つの光が今、一つに揃ったのだ。

 

「大神さん、ゴブニュは片付けた。僕も戦うよ!!」

 

「アタシらを敵に回した事、後悔させてやるぜ。なあ隊長!」

 

ダイゴとロベリアの言葉に頷き、大神は叫んだ。

 

「もちろんだ!みんな、全員揃った巴里華撃団の力を見せてやれ!!」

 

「「了解!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

副隊長のロベリアと、光の巨人ウルトラマンティガ。

二人の合流により、戦況は逆転した。

元々植物であるオーク巨樹にとって、ロベリアの炎は正しく天敵であるし、ティガがデルニエの攻撃を一手に引き受けているため、大神達はチームワークを最大限に活かして戦えるのだ。

 

「ジュッ!!」

 

ティガがエネルギーを集中し、ランバルト光弾を放った。

青白い光の矢はデルニエの顔面に突き刺さる。

そこに、ロベリアが追い撃ちをかけた。

 

「地獄より来たれ、災いの使徒………朽ち果てろ!!デモン・ファルチェ!!」

 

霊力を具現化した死神が、血塗られた鎌を一閃させた。

その軌道に沿って炎が舞い踊り、デルニエの傷が広がる。

ティガは更に、胸のカラータイマーに手を当てて、ティガフリーザーを発射した。

フリーザーはデルニエの頭上に炸裂し、たちまちに凍り付かせる。

 

「ンゥゥゥ………、ハッ!」

 

その隙にティガは額のクリスタルを発光させ、パワータイプにチェンジした。

そして、間髪入れずに両手を外側から回転させてエネルギーを集中する。

 

「ハァァァ………!!」

 

「グオオオオッ!」

 

そのティガを見て、デルニエも反撃に転じようとする。

しかし、それに気付いた大神が叫んだ。

 

「みんな、奴に隙を与えるな。ティガを援護するんだ!」

 

「了解!!」

 

大神の指示を受け、隊員達は一斉にデルニエに対し猛攻を仕掛けた。

口火を切ったのはコクリコだった。

 

「ネコネコ子ネコ!この子に決まり!マジーク・プティ・シャ!!」

 

無数のネコが現れ、デルニエを引っ掻き回す。

動かなくなった的に、今度はエリカのマシンガンが火を噴いた。

 

「よろしく!」

 

「任せろ!」

 

エリカの声に答えながら、グリシーヌが振りかぶったバトルアクスを渾身の力でたたき付ける。

その刃と弾丸がデルニエの左右の節足を破壊したのは同時だった。

 

「グオオオオッ!」

 

苦悶の叫びを上げながらデルニエの六つの目が光る。

しかし、その目から衝撃波を放つ事は叶わなかった。

何故ならその六つの目全てに、瞬速とも言うべき速さで矢が突き立てられたからである。

 

「大神さん、ロベリアさん、今です!!」

 

「よし、行くぞロベリア!!」

 

「ハラワタまで焼き付くしてやるぜ!!」

 

花火の合図に、二人がデルニエの正面に踊り出る。

そして、それぞれの獲物に炎が宿る。

 

「コンブスティオーネ!!」

 

炎を纏った大神の二刀とロベリアの鈎爪が、デルニエの傷をなぞるように切り付けた。

そこに、ティガのデラシウム光流が炸裂する。

 

「ダァッ!!」

 

極限まで圧縮されたエネルギーがデルニエを包み、凄まじい大爆発を引き起こす。

 

「やったか………!?」

 

爆煙に勝利を確信する大神。

しかしその時、爆煙の奥から声が聞こえて来た。

 

「無駄だ………。」

 

「何!?サリュッ!!」

 

爆煙の中から聞こえるその声は、明らかにサリュだった。

サリュは魂をオーク巨樹に捧げ、デルニエと一体化していたのである。

 

「大いなるパリシィの意志は誰にも阻めない………。パリシィの裁きを受けるがいい!!」

 

爆煙の奥で六つの目が光った。

すると、激しい震動が心臓部を襲った。

 

「こ、これは………!?」

 

何が起こったのか理解する間もなく床が崩れ、大神達とティガはオーク巨樹の最下層へ真っ逆さまに落ちて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこは、見た事もない不思議な空間だった。

幻か、それともオーク巨樹の妖力が生み出した超空間なのか。

上下左右何もない空間に浮かぶ巨大な魔法陣の上に、大神達はいた。

 

「こ、ここは一体………?」

 

不思議そうに周囲を見渡す大神達。

すると、目の前にもう一つ魔法陣が現れ、中からデルニエが現れた。

昆虫のような核ともう一つ。

それを支えるような怪物の姿があった。

四本ある腕の内二本で核を支え、下半身が巨大な手のようになっているその姿は、悍ましい以外の何者でもない。

 

「こ、これがデルニエの真の姿なのか………!?」

 

その身の毛もよだつ姿に、思わず背筋が凍り付く大神。

すると、デルニエからサリュの声が聞こえて来た。

 

「パリシィの子供達よ………、死して我が糧となれ………!!」

 

閉じられていたデルニエの目が開いた。

金色に光る左目と、不気味な青い右目。

怪物の姿によく似合う、冷たい殺意の篭った目でこちらを見下ろしている。

だが、そんなものに物おじする巴里華撃団ではなかった。

 

「みんな、絶対に諦めるな!奴を倒して巴里に平和を取り戻すんだ!!」

 

「「了解!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何故だ………。

何度この言葉を心の中で繰り返しただろう。

自分は超古代からパリシィの意志を伝える存在だった。

そして今また、自分はパリシィの無念を晴らすため、巴里に裁きを与えようとしている。

しかし、目の前のパリシィの子供達は、自分の言葉を聞くどころか逆に襲い掛かって来る。

 

「何故パリシィの意志に逆らう………?お前達の同族を殺して来た奴らを、何故庇う………?」

 

それは、巴里華撃団と共に自分に対峙する巨人にも同じ事が言えた。

超古代からパリシィを守り続けて来た存在、ウルトラマンティガ。

遥か3000年の昔、自らの命を危険に曝してまでパリシィを守ったはずの彼までが、何故パリシィに逆らうのか。

いくら自問しても、答えは帰って来ない。

 

「この………、裏切り者共めがぁぁぁ………!!」

 

デルニエは怒りを露に妖力を爆発させた。

核の六つの目からそれぞれ妖力の塊を取り出し、下半身の手に掴む。

 

「魂を我に………、ル・クレピスキュル・デ・ディウー!!」

 

魔法陣を覆い尽くさんばかりの妖力の塊が、大神達目掛けてたたき付けられる。

………だが、

 

「ハッ!!」

 

ティガが胸の前で両手を合わせ、左右に広げた。

すると、淡い光の膜が展開し、デルニエの妖力を包み込んだ。

そして、ティガはその膜の上からデラシウム光流を圧縮して見せた。

 

「ハァァァ………!!」

 

凄まじいまでのエネルギーが圧縮され、まばゆい閃光を放つ。

そして、ティガはそのエネルギーを大きく振りかぶり、裂帛の気合いと共にデルニエに投げ返した。

 

「チャァァァッ!!」

 

先程とは比較にならない大爆発が起こった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その凄まじい衝撃で、デルニエは後ろの壁にたたき付けられた。

するとその拍子に幻が解け、周りの景色はオーク巨樹の最下層に姿を変える。

 

「ば、馬鹿な………!!このデルニエの力を以ってしても………!?」

 

そこまで口にした時、デルニエの視界に信じられないものが写った。

消え失せた魔法陣から降りて来る大神達の背中に、天使と見間違えんばかりに美しい、純白の翼が見えたのである。

更にその奥に立つ黄金の巨人を、デルニエは見た。

 

「あ、あれは………!?」

 

全身を黄金の光に包まれた、伝説の光の巨人。

その名、グリッターティガという。

巴里に災いを齎す闇を討つ、伝説の光。

目の前に立つ黄金の巨人は、正にその巨人だった。

 

「どういう事だ………!!何故裏切り者の貴様に、その光が………!?」

 

信じられない現実を目の当たりにして、デルニエが叫ぶ。

すると、ティガは厳かな口調で答えた。

 

「全ては、この巴里に溢れる愛の光だ。」

 

かつて東方の光の勇者が残した問いの答え。

それは、ウルトラマンは守護者ではなく、この星に住む全ての命と互いに愛し守り合う存在であるという事だった。

大神やエリカ、巴里華撃団のメンバーや巴里に生きる全ての人々の想いが、グリッターティガを覚醒させたのである。

 

「サリュ………、パリシィの復讐を謡った所で、貴様も巴里の平和を脅かす悪に過ぎない。今こそ裁きを受ける時だ!!」

 

その言葉と共に、大神が二刀を手に飛び出した。

 

「正義!」

 

「友情!」

 

「勝利!」

 

「平和!」

 

「未来!」

 

「そして、愛!!」

 

口々に叫ぶ仲間達。

すると、大神の光武F2がまばゆい光に包まれる。

 

「消え失せろ!巴里に仇なす敵よ!!」

 

大神の二刀が、デルニエの頭を十字に切り裂いた。

その直後、後ろのティガが両手をL字に組んで、黄金色に光るまばゆい光線を発射した。

グリッターゼペリオン光線………全身を包む黄金の光の力をゼペリオン光線と共に発射するグリッターティガの必殺技で、その破壊力はゼペリオン光線の比ではない。

黄金色の光線は一直線に、大神に切り裂かれたデルニエの顔面を直撃した。

 

「ば………馬鹿な………!!」

 

閃光に包まれる中、サリュが呆然とした表情で呟いた。

 

「私は………、巴里に………、神の意志に背いたというのか………!?」

 

認めたくはないが、目の前の現実が全てを示していた。

遥か3000年の超古代から巴里を見守り続け、パリシィの代弁者として正義の裁きを与えようとしたピエロは、皮肉にも巴里に仇なす悪魔として、光の前に滅ぶ事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

核であるデルニエと、その支配者であったサリュの消滅によって、巴里を蹂躙していたオーク巨樹は跡形もなく消え去った。

その跡には出現地点であるノートルダム寺院を中心に、たくさんの緑が広がっていた。

まるでパリシィの怨念を静め、浄化させるかのように。

 

「なるほど。パリシィの怒りは、ティガの想いによって封じられた訳だね。」

 

その報告を聞き、グラン・マは一人納得した表情を浮かべた。

怪人達の正体は、超古代の予言書にある闇ではなく、光であったパリシィが闇に墜ちた姿というべきだろう。

そして、ティガはパリシィではなく巴里という街そのものを護る存在だったと、グラン・マは結論づけた。

 

「さて、帰って来たみたいだよ。あの子達がさ………。」

 

そう言って、グラン・マは前に広がるシャンゼリゼ通りに目を向けた。

そこには、巴里に奇跡を起こした七つの光の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

巴里華撃団とウルトラマンティガの凱旋から、一ヶ月が過ぎた。

オーク巨樹の進攻で破壊された巴里も復興作業が進み、ようやく以前の姿を取り戻していた。

以前と変わらぬ穏やかな夜。

その寝静まった街中を、二つの影が寄り添うように歩いていた。

 

「………もう夜か。時が経つのは早いモンだ。」

 

「君に会ってからの半年もあっという間だったよ。」

 

ふと呟くロベリアに、大神が返事を返した。

大神が巴里華撃団隊長としてフランスに来てから、僅か半年。

その短い間に、様々な事があった。

エリカやダイゴを始め、たくさんの人と知り合い、ロベリアと出会った。

その思い出に浸る中、大神はその全てが泡沫の夢のように思えた。

 

「半年があっという間なら………、二年や三年くらいたいしたことないだろうね。」

 

「え………?」

 

ロベリアが声のトーンを少し下げた。

言葉の意味が分からず、大神がロベリアに目を向ける。

すると、ロベリアははぐらかすように言った。

 

「何でもないよ。………隊長、今からアンタの部屋に行ってもいいかな?」

 

「俺の部屋に………?」

 

「いいだろ?」

 

いつもの誘惑するような眼差しとは違う、ロベリアの願い。

それを断る理由は、大神にはなかった。

 

「いいよ、行こうか。」

 

そう答えて微笑むと、ロベリアも微笑みで返した。

 

 

 

 

 

 

 

もうすっかりお馴染みになった大神のアパルトメント。

明かりも付けず、二人は背中合わせでベッドに腰掛け、まどろんでいた。

 

「アタシってさ………、昔っから誰かに大切にされた事なんて一度もなかった。」

 

ふと、ロベリアが口を開いた。

 

「それで悪さをするようになって、今度は周りの奴らがアタシを避けるようになった。」

 

今まで決して語られる事がなかったロベリアの過去。

幼少の時から両親を失い、齢十にも満たない少女がこの巴里を生きるためには、盗む事しか残されていなかった。

気が付けば、周りからは巴里の悪魔と呼ばれ、ロベリアはそのまま闇に生きる事を余儀なくされていた。

そんな彼女に光を届けたのが、大神という存在だった。

 

「でも、隊長………。アンタだけは違ったね。このアタシに本気でぶつかって来てくれた。」

 

一生孤独の闇に生きると思っていたロベリアにとって、それがどれだけ嬉しかったか。

悪巧みをすれば必死に止めようとしてくれたし、戦いの時は真っ先に自分を心配してくれた。

そんな大神にロベリアが特別な感情を抱くのは、ある意味当然の成り行きだったかもしれない。

 

「ロベリア………。人は誰でも、誰かを愛する事が出来るんだ。」

 

背中越しに、大神の優しい声が聞こえて来た。

 

「そういうアンタのために、アタシも決心したんだよ。」

 

「決心?」

 

「何でもない………。それより、見てごらん。いい月が出ているよ。」

 

怪訝な表情の大神にそうはぐらかし、ロベリアは窓の外に広がる夜空を見上げた。

見事なまでに美しい満月。

いつも月明かりに悪事を働いて来たロベリアですら、その美しい輝きを知らずにいた。

 

「隊長………、アンタは太陽みたいな奴だ。側にいるだけで、自然に胸が暖かくなる………。」

 

「それならロベリアは、あの満月みたいだな。」

 

「アタシが?」

 

大神の言葉を意外に思い、ロベリアが振り返った。

そこには、太陽のように眩しい大神の笑顔があった。

 

「そう。あの満月の柔らかい輝きは、君によく似ている。」

 

「………でも、それじゃあいつまで経っても一つにはなれないよ。太陽と月ならね………。」

 

まるで帝都に戻る大神と引き裂かれる運命を呪うように、ロベリアは呟いた。

 

「このまま、時が止まればいい………。そうすれば、ずっと、こうしていられるのに………。」

 

「ロベリア………。」

 

「なあ隊長、そう思わないか………?」

 

哀愁をたたえて微笑むロベリア。

そのロベリアを抱きしめようとした時だった。

 

「………誰だ?」

 

不意に扉をノックする音が聞こえた。

こんな深夜に一体誰が来たというのか。

 

「アタシの客さ………。」

 

ロベリアが無気力に呟いた。

その途端、扉が強引に蹴破られ、たくさんの警官達が部屋になだれ込んで来た。

その奥に、エビヤン警部の姿があった。

 

「………ロベリア・カルリーニだな。」

 

「ああ。」

 

何時になく緊迫した様子で言葉を交わす。

すると次の瞬間、エビヤン警部は決定的な一言を口にした。

 

「自首する旨の電話があったが………、間違いないな?」

 

「ど、どういう事だ、ロベリア!?」

 

目の前で起こっている内容が分からず、大神が問いただす。

すると、ロベリアは当たり前のように答えた。

 

「キレイな体になりたくなったのさ。………誰かさんのおかげでね。」

 

「………連行しろ。」

 

エビヤン警部の命令で、警官がロベリアを部屋から連れ出す。

無意識に追い掛けようとする大神の手を、エビヤン警部が掴んだ。

 

「大神君、彼女自身が決めた事だ………。」

 

「くっ………!!」

 

その言葉に一瞬躊躇った大神だが、次の瞬間には手を振りほどいて部屋を飛び出した。

 

「ロベリア!!」

 

大神が外に出たのは、ロベリアが護送車に乗せられた時だった。

その腕の手錠には、冷たい鎖が繋がれてある。

 

「ロベリア!」

 

大神は護送車の扉越しに、ロベリアに呼び掛けた。

 

「俺は待っているぞ!………君が戻って来るまで、待ってるからな!!」

 

止めてはいけない。

ロベリア自身の決めた事だ。

だからせめて、ロベリアが罪を償い、戻って来る日を待っていよう。

大神に出来るのは、その思いを叫ぶ事だけだった。

その時………。

 

「………ありがとう………。」

 

ロベリアの口からたった一言、言葉が漏れた。

大神の言葉か、今までの日々か、それとも自分を変えてくれた事への感謝か。

少なくともそこにいたのは、人々が恐れる悪魔などでは決してなかった。

 

「ロベリアァァァ………!!」

 

走り去る護送車。

狼にも似た大神の悲しい叫びは、けたたましいサイレンに掻き消されていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

その翌日。

休日にも関わらず、大神の姿はシャノワールにあった。

昨夜グラン・マから、緊急で呼び出しを受けたのである。

 

「支配人、お話とは………?」

 

昨夜の一件で心の傷が癒えぬまま、大神はグラン・マに尋ねる。

すると、グラン・マは何時になく厳しい表情で大神に告げた。

 

 

 

 

 

「落ち着いてお聞き。実は、ムッシュを帝国華撃団に戻すよう命令が来たんだよ。」

 

 

 

 

 

「ほ、本当ですか!?」

 

あまりの衝撃に、大神は足が震えた。

帝都に帰る。

それは当然、巴里を去るという事だ。

長い夢が覚める時が、来たのである。

 

「詳しい話は分からないけど、東京でムッシュが必要らしいんだ。」

 

巴里華撃団のバックアップもしてくれた帝国華撃団。

エリカ達も憧れていた彼女達が自分を必要になるなど、一体どうしたというのか。

もしや、また強大な闇が帝都を襲っているというのか。

そんな不安に駆られる大神に追い撃ちをかける一言を、グラン・マは口にした。

 

「出発は一週間後。………済まないね。火急の要件らしいんだよ。」

 

「一週間後………。」

 

大神は、力無く残された日数を口にした。

昨夜ロベリアが出所するまで待つと、約束したばかりなのに。

 

「みんなにはまだ伝えてない。アンタの口から別れを言っておきな。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あまりに突然突き付けられた別れ。

自分ですらショックを隠しきれないのに、みんなはどんな反応を返すだろうか。

みんなの心を傷付ける罪悪感に苛まれながら、大神はフラフラとシャノワールを出た。

 

「おや、大神君ではないですか。」

 

ふと、市場の方から声がした。

そこにいたのは、ロランスだった。

 

「どうされました?目の輝きが薄らいでいますよ?」

 

心配そうに尋ねてくれるロランス。

大神は表情を変えられないまま答えた。

 

「実は一週間後、東京に帰る事になりまして………。」

 

「そうですか………。巴里も寂しくなりますね………。」

 

ロランスは、大神の表情に納得したように頷いた。

 

「ところで、コクリコはこの事を………。」

 

そこまで口にして、ロランスは止めた。

 

「いや、心配はないでしょう。コクリコは、巴里に愛された子ですから。」

 

もう自分が親代わりに心配する必要はない。

コクリコを強く偽らない子にしてくれたのは、外ならぬ大神なのだから。

 

「大神君。東京でも頑張って下さい。」

 

「ありがとうございます、ロランスさん………。」

 

励ましの言葉をかけてくれるロランスに礼を述べ、大神はその場を立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大神が次に足を運んだのは、グリシーヌの屋敷だった。

気丈な彼女ならショックも少ないかも知れない。

そう期待した事もある。

 

「どうした、隊長?深刻な顔をして。世間話ではあるまい。」

 

何も知らないグリシーヌが尋ねる。

大神は、躊躇いながらも告げた。

 

「実は………、一週間後に東京に戻る事になった………。」

 

「………真か?」

 

俄かにグリシーヌの表情が強張った。

それでも態度に表さないのは有り難い事だが。

 

「その話、いつ聞いた?」

 

「俺も、今聞かされたばかりだ………。」

 

すると、グリシーヌは荒々しく扉を開けた。

気が付けばその手には、愛用の斧が握られている。

 

「グリシーヌ!何処に行く気だ!?」

 

大神が慌ててグリシーヌの手を掴む。

すると、グリシーヌは叫んだ。

 

「グラン・マに直談判して来る。貴公は巴里華撃団の隊長だ。帝都になど行かせん!」

 

それは、今までにないくらい激しい気迫だった。

だが、今度ばかりはその気迫と斧を以ってしても、大神を守る事は叶わなかった。

 

「グリシーヌ………、帝国華撃団に俺が必要なら、俺は行かなければならないんだ。」

 

「何を言う!貴公は巴里を去る事が苦しくないのか!?」

 

「分かってくれ!俺だって辛いんだ!!」

 

喚くグリシーヌに、大神は叫び返した。

すると、グリシーヌは斧を下ろした。

 

「………出て行け………。」

 

短い一言。

いや、おそらくそれが精一杯なのだろう。

グリシーヌの肩は、小さく震えていた。

 

「済まない、グリシーヌ………。」

 

一言だけ詫びて、大神は部屋を後にした。

後にグリシーヌの部屋を訪れたメイドは、部屋の中で取り乱して号泣するグリシーヌを目の当たりにする事になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おやオオガミ、今日はどうしたざますか?」

 

傷心の想いで玄関に出た大神に、タレブーが声をかけた。

大神は、辛い表情を必死に押し殺して答えた。

 

「実は一週間後に東京に帰る事になりまして………。別れを伝えに………。」

 

「そうざますか………。」

 

タレブーは、箒を置いて大神をしっかり見て口を開いた。

 

「わたくし、オオガミの事を認めていたざます。」

 

「え………?」

 

「オオガミが来てから、お嬢様も人の気持ちが分かるように成長なされて、この屋敷のメイド達にも笑顔が増えたざます。オオガミのおかげざます。」

 

やはり歳をとると涙腺は緩むのだろうか。

タレブーは目尻の涙を拭った。

 

「東京に戻っても、ブルーメール邸で働いた事を誇りとして、頑張るのですよ………。」

 

「はい。タレブーさんも、お体に気をつけて。」

 

その言葉に、タレブーは年甲斐もなく泣き崩れた。

 

「ヨヨヨ………オオガミ、達者で暮らすざますよ………。」

 

ブルーメール邸でメイドとして働いた日々。

あの時は恥ずかしくて仕方なかったが、今思えば他では分からない良い思い出になった。

大神は、自然とそう思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おやおや、粗野で粗雑で粗暴な日本人が、東の果てに帰るのかい?」

 

ブルーメール邸を後にした大神に、声をかける者がいた。

いつかの高慢貴族、ダニエルである。

 

「お前か………、何の用だ?」

 

不快感を露にして、大神がダニエルを睨んだ。

しかし、ダニエルはそれに怯む事なく言った。

 

「これで花の都、巴里の格式も戻るという訳だ。………最後に言わせてもらう。」

 

生憎ここはパーティー会場でも何でもないただの道端だ。

何か減らず口でも叩こうものなら、構わず殴り倒す。

そう考えていた大神だが、ダニエルが口にしたのは減らず口などではなかった。

 

「Au revoir.en,Mercy beaucoop.」

 

「え………?」

 

『ありがとう、そしてさようなら。』

 

聞き間違いでなければ、ダニエルは確かにそう言った。

悪い印象しかなかったダニエルからそんな事を言われるとは思わず、大神はしばし呆然としていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………これは大神さん、如何されましたか、ハイ。」

 

エリカとダイゴに会いに教会を訪れた大神は、レノ神父にばったり出会った。

 

「実は………、一週間後に東京に帰る事になりまして………。」

 

「そうですか………。大神さんにはお世話になりっぱなしでしたのに………。」

 

大神の言葉に、悲しみの表情を見せるレノ神父。

しかし、レノ神父は大神を励ますために話題を明るいものに変えた。

 

「ああ、そうでした。エリカさんの事で、聞いていただきたい事があるのです。」

 

「エリカくんの?」

 

まさかまた大失敗の話だろうか。

しかし、レノ神父の話は大神の予想と異なるものだった。

 

「実は神父として、大神さんの人を信じる心に打たれましたです。そこで、もう一度エリカさんを信じる事にしたのです。」

 

「それじゃあ、エリカくんを………!!」

 

「はい、エリカさんには見習いシスターとして、帰って来て貰おうと思います。」

 

パリシィ怪人の一人、イーヴィルの策略で教会を追放されていたエリカ。

その過ちに気付き、ダイゴとエリカが深い愛情で結ばれた事を知ったレノ神父は、エリカを信じる事にしたのである。

かつて、大神がそうだったように。

 

「それでは大神さん、私はエリカさんにこの事を伝えて来ますので………。」

 

「はい。レノ神父も体に気をつけて。」

 

そう言って教会を後にしるレノ神父を見送る大神。

すると、ふと教会の鐘が鳴り響いた。

まるで、この教会に戻って来る一人の天使を祝福しているかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、大神さん。どうかなさいましたか?」

 

「いや、花火くんはここにいると思って………。」

 

大神の予想通り、花火はフィリップの墓前にいた。

屋敷にいないなら大概こちらにいる。

いつしか完成していたこの方程式は、別れを告げるこの時も外れなかった。

 

「大神さんも、フィリップの墓参りに?」

 

「え?………ああ、まあ………。」

 

花火に言われ、大神は曖昧な返事を返した。

おそらく花火は、大神がここに来た真の目的を夢にも思っていないだろう。

最も、知る由もない事だが。

 

「フィリップ。私は、強くなれました。」

 

花火は目を閉じて、天国にいるフィリップに語りかけた。

 

「安心して下さい。花火は、もう泣いたりしませんからね。」

 

過去の悲しみを断ち切った花火。

その彼女に、自分はまた新たな悲しみを押し付けるのか。

そう思うと、大神は何も出来ない自分が悔しくて仕方なかった。

 

「花火くん………。」

 

「?どうされました、大神さん?」

 

不意に名前を呼ばれ、首を傾げる花火。

大神は、胸が引き裂かれる思いで真実を口にした。

 

「実は俺………、東京に戻る事になった………。」

 

「ええっ………!い、いつですか………?」

 

「一週間後だ。帝都で、何か大変な事が起こったらしい。」

 

その言葉に、花火の顔から先程までの微笑みが消えた。

 

「そうですか………。」

 

「済まない、花火くん。俺にはどうする事も………。」

 

やはりショックを隠しきれない花火を前に、大神が口を開く。

しかし、花火の反応はグリシーヌより冷静だった。

 

「大丈夫です。一番辛いのは大神さんのはず。それに………。」

 

悲しみを必死に堪え、花火は続けた。

 

「泣かないって、決めましたから………。」

 

「花火くん………、ありがとう………。」

 

辛い状況にいて尚自分を気遣かってくれた事に感謝し、大神は足早に墓地を去った。

泣かないと言ってくれても、それには限界がある。

せめて一人にしてあげる。

これが、今の大神に出来る唯一の心遣いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、大神さん!!」

 

公園まで歩いた大神は、名前を呼ばれた方に振り返った。

そこには子供達に混じってサッカーを楽しむエリカがこちらに手を振っていた。

 

「ちょうど良かった!再来週子供達とサッカーの試合があるんですけど、大神さんも来てくれますよね!?」

 

来る事を前提で尋ねるエリカ。

だが、その試合の日に大神は巴里にはいない。

何故なら………

 

「済まないが、試合には出られない。………実は俺、一週間後に東京に帰るんだ。」

 

「もう大神さん!嘘ついても駄目ですよ?」

 

「………。」

 

信じていない、と言うより信じたくないのだろうか。

一瞬笑顔が引き攣るのを、大神は見逃さなかった。

 

「ねぇ大神さん。帰るなんて嘘でしょ?エリカには分かりますよ?」

 

「済まないが本当だ。俺が今まで、そんな笑えない嘘をついた事があったか?」

 

あくまで嘘というエリカに、大神はキッパリと言った。

信じたくないのは分かる。

大神だって、嘘だと思いたい。

しかし、これは事実だ。

一週間後、大神は巴里を発たなければならないのだ。

 

「嘘って、言って下さいよ………。嘘つきは嫌われちゃいますよ、大神さん………。」

 

「エリカくん………。」

 

突き付けられた真実を受け入れられず、震えながら懇願するエリカ。

だが、大神は沈黙を以ってそれを突き放した。

すると、たまり兼ねたエリカは叫んだ。

 

「嘘つき………。大神さんの嘘つき!!」

 

大声と共に大神に平手打ちを食らわして、エリカは走り去った。

 

「嘘つき………か………。」

 

エリカの背中に、大神は力無く呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やあ、大神君。」

 

運河の橋の上にいた迫水が、大神に声をかけた。

 

「グラン・マから聞いたよ。東京に戻るそうだね。」

 

「はい。迫水大使には、自分の口から伝えようと思っていたのですが………。」

 

「来たまえ、大神君。少し、話をしよう。」

 

そう言って、迫水は話し始めた。

 

「大神君。僕は君から、多くの事を学んだよ。」

 

巴里華撃団。

かつて政治界で鉄壁の異名を馳せた自分に相応の任務と思って、迫水は着任した。

しかし、彼は政治特有の欠点に気付かないでいた。

人を信用し、みんなで助け合い、共に笑う事。

平和を願いながら、他人を敵、或いは道具としてしか見ない自分。

その過ちに気付けたのは、大神のおかげだった。

 

「犠牲の上にある勝利は、勝利ではない。君は、それを教えてくれた。」

 

「迫水大使………。」

 

「これから、巴里は変わるよ。平和と愛の満ちた街に。」

 

あの時、大神達が帰って来なければ、たとえ勝利を手にしていても後悔していただろう。

迫水は、大神に真の正義を見た。

 

「さあ、行きたまえ。まだ、別れを言ってない人がいるんだろう?」

 

「はい………。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、イチロー!どうしたの?」

 

サーカスの動物小屋に、コクリコの姿があった。

何やら小道具が散らかっている所を見ると、何か新しい手品を考案中なのだろうか。

 

「実は、コクリコに話があるんだ………。」

 

「話?一体何のお話なの?」

 

楽しい話を想像したのか、ワクワクした様子で尋ねるコクリコ。

大神は意を決して告げた。

 

「実は俺、一週間後に東京に帰る事になった………。」

 

「え?何で?」

 

理由が分からず、コクリコが尋ねる。

悲しいというより、驚いた様子が強い。

 

「さっき支配人に言われた。帝都で、何か重大な事件が起こったらしい。」

 

これまでみんな傷付いたからか、目を背ける大神。

しかし、コクリコは意外な反応を見せた。

 

「ふ、ふーん、そうなんだ………。行ってらっしゃい、イチロー。」

 

「コクリコ………。」

 

それは、我慢強さを持つコクリコだからこそ言える言葉だった。

悲しみを表に出さず、逆にこちらをを気遣う優しさに一瞬、大神は自分が泣きそうになった。

 

「また………、会おうね。」

 

「ああ。いつかきっと………。」

 

涙を堪えるコクリコに、大神はしっかり頷いた。

これが今生の別れであってなるものか。

大神はコクリコの優しさに、心の底から感謝した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大神は、次にエビヤン警部のいる警察署に向かった。

ロベリアがそこにいない事は分かっているが、せめてエビヤン警部に自分が帝都に帰る事を言付けてもらうためだ。

 

「大神君、よく来てくれたね。」

 

守衛から話を聞くや、エビヤン警部は入口に立つ大神を出迎えてくれた。

 

「君とロベリアが知り合いだったとはね。しかも、シャノワール全員で匿っていたとは知らなかったよ。」

 

「すみませんでした………。俺達には、ロベリアが必要だったんです。」

 

「いや、忘れてくれ。今のはケチな警官のグチさ。」

 

超法規的処置とはいえ、犯罪者を匿う事は法で許されない。

しかし、エビヤン警部は笑って流してこう言った。

 

「大神君、信じられるかね?独房に入るロベリアが、こう言ったんだ。」

 

 

 

『惚れた男と未来を作るために、キレイな身体になる』

 

 

 

「巴里の悪魔と呼ばれたロベリアを変えてくれたのは君だ。ありがとう、大神君。」

 

「いえ、ロベリアは根っからの悪人じゃなかったんです。」

 

握手を受けながら、謙遜を口にする大神。

すると、エビヤン警部は真顔で言った。

 

「それにしても、大神君達だったんだね。巴里を救ってくれたのは………。」

 

リボルバーカノンでオーク巨樹に突入し、ウルトラマンティガと共にパリシィの怨念を沈めた巴里華撃団。

その正体が、今回の戦いを受けて警察にも極秘情報として共有される事になった。

当然大神達の正体も知られ、巴里華撃団は警察と連携して巴里の平和を守る事になる。

 

「だが、あの事件は極秘扱いになってしまって、感謝状すら出せない。だから、私達の気持ちを受け取って貰えるかな。」

 

そう言った時、周りにいた警官達が一斉にに並んだ。

 

「全員整列!大神一郎隊長に敬礼!!」

 

エビヤン警部の号令に合わせ、警官達が大神に精一杯の感謝を表した。

 

「大神君。巴里は我々に任せて、安心して行って来なさい。」

 

「エビヤン警部、ありがとうございます………。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

街をあらかた一周した大神は、シャノワールに戻った。

メルとシーにジャン班長。

別れを言っていない人はまだいる。

 

「あ、大神さん!いい所に!」

 

ロビーに戻った大神に、シーが声をかけて来た。

 

「ケーキ焼いたんです。食べて行って下さい。」

 

そう言って、シーは有無を言わさず大神を売店に引っ張り込んだ。

 

「さあどうぞ。これは自信作ですよぅ!」

 

いつにも増して上機嫌に、シーがケーキを置いた。

デコレーションもこれといって特徴のないケーキだが、シーの作るお菓子は味が絶品とエリカに聞いた事がある。

 

「………うん、美味しいよ。お店に出せるんじゃないか?」

 

その話に漏れない味に、絶賛する大神。

すると、シーは満面の笑みを見せた。

 

「ほら、ほっぺにクリームがついてますよぅ?大神さん、子供みたい………。」

 

そう言って、クリームをすくい取るシー。

その瞬間、大神はシーの目に光るものを見つけた。

 

「シーくん………。」

 

「あれ………、このクリームしょっぱい………。何でかなぁ………?」

 

しょっぱいのは当たり前だ。

大神が来る直前まで、ずっと泣いていたのだから。

 

「シーくん、知ってると思うけど………。」

 

「ううん、言わないで下さい………。」

 

言いかけた大神を、シーが止めた。

その目には、溢れんばかりの涙が溜まっている。

 

「………分かったよ。シーくん、ありがとう。」

 

「大神さん………。」

 

シーの思いを汲み取り、大神は告げずにその場を離れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「何だムッシュじゃないか。みんなに挨拶は済んだのかい?」

 

不意に支配人室に戻って来た大神に、グラン・マは意外そうな顔をした。

すると、大神は僅かに表情を引き締めて答えた。

 

「いえ、支配人にもきちんと挨拶をと思いまして。」

 

「よく気付いたね。それでこそ紳士というものだよ。」

 

「え?」

 

「言ったろ?ムッシュを紳士にするのも、アタシの仕事だってさ。………大きくなったね、ムッシュ。」

 

グラン・マの言葉に、大神は胸が熱くなった。

坊やだなんだと扱いは悪かったが、それでも自分に母親のように接してくれた。

それは、グラン・マも同じだった。

 

「ムッシュ。このシャノワールに、いつか帰っておいで。アタシらは、ずっと待ってるからね。」

 

「はい、支配人。ありがとうございます。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、メルくんはいないのかな………?」

 

グラン・マとの挨拶を済ませ、大神はメルのいる秘書室に戻った。

しかし、メルの姿はない。

 

「ん?」

 

ふと、大神はメルの机を見た。

そこには、一ヶ月前にカルマールとの決戦に勝利した時の写真がある。

いや、よく見ると配置がおかしい。

あの時大神の隣には、エリカがいたはずだ。

しかし、どういう訳がこの写真ではメルが隣に写っている。

大神は写真を手に取って見て、ようやく謎が解けた。

メルは写真を切り貼りして、自分が大神の隣に来るようにしたのだ。

しかも、大神とメルのツーショットになっている。

 

「………大神さん、勝手に写真を見るのは良くありませんよ?」

 

「いいっ!?メルくん!」

 

不意に後ろの声に振り向くと、メルがやれやれと言った様子で大神を見ていた。

 

「す、済まない。目に写ったものだからつい………。」

 

「もういいです。内緒にしようと思ってたのに。」

 

「え?」

 

意味深なメルの発言に、目を丸くする大神。

すると、メルは僅かに赤い顔で言った。

 

「分かったでしょう?大神さんが、どれだけ巴里に愛されているか。」

 

今まで街を歩いた中で、大神との別れに悲しまなかったものはいない。

それは、大神がそれだけ巴里の人々に好かれている事を示していた。

 

「だから、私達との思い出、忘れないで下さいね。」

 

「ありがとう、メルくん。巴里華撃団での思い出は、俺の一生の宝物だよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「よう隊長さん、待ってたぜ。」

 

格納庫に来た大神を、ジャンが笑顔で迎えた。

その奥では若い整備士達が慌ただしく、共に巴里を守った光武F2を整備している。

 

「グラン・マに聞いたぜ。帝都に戻るんだってな。」

 

「はい。今まで裏で支えてくれて、ありがとうございました。」

 

「いいって事よ。おっとそうだ、隊長さんに渡してぇモンがあるんだ。」

 

律儀に礼を述べる大神に笑って応えると、ジャンは隅の工具箱をガサゴソとあさくった。

 

「ほら、コイツを持っていきな。俺の発明家の先祖様が使ってた、自慢のレンチだ。」

 

それは、年代物にも関わらずピカピカに磨かれたレンチだった。

よく見ると、持ち手の部分に名前が彫ってある。

 

「これは………、ジャン班長の名前………。」

 

「ああ。俺と同じ名前の先祖様だ。何でも19世紀辺り、15くらいの年で飛行機を作ったそうだ。」

 

その言葉に、大神は驚いた。

今の蒸気の力ですら、飛行機を飛ばすのは難しい。

それを19世紀に、しかもエリカやダイゴくらいの年齢で成功させるとは、驚くべき天才である。

 

「そんな大事なもの………、本当にいいんですか?」

 

そんな天才の先祖の形見なら、ジャンが持つべきもののはず。

しかし、ジャンはキッパリと言った。

 

「もらって欲しいんだ。たくさんの夢を叶えて来た道具だ。大切にしてやってくれ。」

 

「ありがとうございます、ジャン班長。」

 

そう言って、大神はレンチを有り難く受け取った。

100近く昔から誰かの夢を叶えて来ただけあって、そのレンチには温もりと重みがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大神さん、ここにいたんだね?」

 

グラン・マ達との別れを済ませ、シャノワールから出て来た大神の前にダイゴが現れた。

 

「ダイゴ。俺も君を探してたんだ。」

 

「分かってる。エリカさんから聞いたよ………。」

 

少し悲しそうな表情を見せるダイゴ。

その表情に、大神はエリカにぶたれた頬に手をやった。

大して痛くはない。

寧ろ、心が痛かった。

 

「エリカさん、『ごめんなさい』って言ってた。だから、責めないでね。」

 

「ああ、分かってるさ。ぶたれるのも道理だ。」

 

あくまで自分が悪いと言う大神。

その様子に、ダイゴは僅かに微笑んだ。

 

「それならいいよ。それに………、本当に謝りたいのは僕だから。」

 

「何故だ?ダイゴは何もしていないじゃないか。」

 

ダイゴが自分に謝る理由が分からず、首を傾げる大神。

すると、ダイゴは首を振った。

 

「僕はね、大神さん………。ずっと貴方に嫉妬してたんだ。」

 

「嫉妬?」

 

「うん。エリカさんを取られるんじゃないかってね。」

 

ダイゴにとって、エリカは自分を孤独という闇から救い出してくれた光とも言うべき存在。

そのエリカが自分の前からいなくなるというのは、則ち闇に逆戻りする事を示していた。

大神とてそんなつもりは塵程にもないが、元々エリカか日本に興味を持っていた事や、巴里華撃団に属するという共通点などが重なり、エリカは一時期大神に強い憧れを抱く事になった。

当然ダイゴにとってそれは面白くない訳で、特にあのサッカーの時はエリカをも傷つけてしまった。

 

「僕は、ずっと怖がってたんだ。エリカさんがいなくなれば、また闇に落ちるって。でも、それは違うんだ。」

 

そう言って、ダイゴは光の証、スパークレンスを取り出した。

 

「エリカさんは僕を嫌いにならないって、信じれば良かったんだ。そしてそれを大神さん、貴方が教えてくれた。」

 

いつかエリカが言った、大神が巴里の全ての人々に愛されているという事。

現在にいたり、ダイゴはようやくそれを理解した。

 

「だからこそ言える。大神さん、貴方は巴里の人々全てから愛されてる。………僕も含めてね。」

 

「ダイゴ………、ありがとう。」

 

その一瞬、大神にはダイゴが逞しく見えた。

光を連想させる姿は、あの東の地の勇者と同じものだろうか。

 

「大神さん。何かあったら、僕達はいつでも、何処へでも助けに行くからね。」

 

「ああ。ダイゴ、エリカくんを頼んだぞ。」

 

どちらからともなく、二人は熱い握手を交わした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして一週間が過ぎ、いよいよ大神が帝都に戻る日がやって来た。

人々で賑わう駅には、ダイゴを含めた巴里華撃団のメンバーが揃って見送りに来ている。

 

「さあ、みんな。ムッシュにお別れを言いな。」

 

グラン・マに言われ、一同は別れの言葉を口にした。

 

「うっ、うっ………、大神さん、さようなら。巴里に着いたらお手紙下さいね。」

 

涙混じりに言葉まで間違えているエリカ。

 

「元気でな、隊長。東京での武運を祈っているぞ。」

 

散々泣き晴らしたためか、エリカより吹っ切れた様子で別れを述べるグリシーヌ。

 

「イチロー、ボク、大きくなったら絶対東京に行くからね。」

 

悲しくても泣かない、それでも無理に笑わなくなったコクリコ。

 

「大神さん、もう一度巴里に来て下さいね………、ぽっ。」

 

希望をもった言葉で大神との再会を信じる花火。

 

「大神さん。どんなに離れていても、僕らは一つだからね。」

 

大神に代わって巴里を守る事を誓った、『光を継ぐ者』、ダイゴ。

 

「大神さんのモギリ服、ずっと置いておきますから。いつか帰って来て下さいね。」

 

「大神さん、東京の美味しいお菓子、送って下さいね。」

 

仕事で、時には戦闘で大神を支えてくれたメルとシー。

 

「隊長さんよ、あっちには俺がいねぇんだからさ、光武を壊すんじゃねぇぞ。」

 

完璧な整備で大神達の戦いに貢献してくれたジャン。

 

「大神君、帝都でもしっかり頑張るんだぞ。」

 

大神を巴里華撃団と巡り会わせてくれた迫水大使。

 

「本当はあと一人、ロベリアがいるはずだったんだけどね。」

 

各々の別れが済んだ所で、グラン・マが唯一の欠員の名前を口にした。

巴里華撃団副隊長として、大神のパートナーとして巴里を守ってくれたロベリア。

彼女は今、冷たい牢獄で残りの刑期を満たすべく服役中だった。

 

「支配人、巴里を救った功績でも懲役1000年は無くせなかったんですか?」

 

「ああ、2年だけ残っちまってね。」

 

大神が尋ねると、グラン・マはやや残念そうに頷いた。

 

「ただ、それも副隊長の特別恩赦てチャラに出来たのにさ。ロベリアの奴、拒否したんだよ。キレイな身体になってやり直したいってね………。」

 

「そうだったんですか………。別れの挨拶だけはしたかったのに………。」

 

残念そうに俯く大神。

だがその時、驚くべき声が聞こえて来た。

 

「何だい、シケた面して。いい男が台なしだよ?」

 

「ロベリア!!」

 

何と、ホームの影からエビヤン警部に連れられたロベリアが現れた。

エビヤン警部の計らいで、大神の見送りに間一髪で駆け付ける事が出来たのである。

 

「なあ隊長、アタシ達に別れの言葉は似合わないだろ?だから………。」

 

そう言って、ロベリアは大神の肩に手を回した。

 

「柄にもなく手紙なんか書いちまってよ。まあ、汽車の中ででも読んでくれよな。」

 

「ロベリア………、心配しなくても読むよ。」

 

やたら密着してくるロベリアに驚きつつ、手紙を受け取る大神。

その時、汽車の汽笛が鳴った。

 

「発車みたいだね。行っといで、東京に。」

 

「はい。みんな、元気でな。」

 

そう言って汽車に乗り込む大神。

すると、ロベリアが声をかけた。

 

「じゃあな、隊長。」

 

「ああ、ロベリア。」

 

短い言葉のやり取り。

しかし、二人にはこれで十分だった。

そして、汽車がゆっくりと走り出す。

 

「(またな………、隊長。)」

 

四人はたまらず追いかけるが、ロベリアだけはその場で大神を見送った。

そして、汽車は大神を乗せ、巴里の街を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ロベリア………、手紙には何て書いてくれたのかな………?」

 

少し緊張しながら、大神は封を切った。

中には、こう書かれていた。

 

 

 

『愛すべき相棒へ

 

世の中は分からないもんだね。

 

隊長みたいな男に惚れるなんてな。

 

最初は何だコイツって思ってたけど、気がつけばアタシが参っちまった。

 

アンタ、前に言ったよな?

 

人は誰かを愛する事が出来るって。

 

アンタに惚れてからアタシも世の中を見る目が変わったよ。

 

アタシが悪党になったのは、みんな世の中のせいだって思ってたけど、そいつは違った。

 

アンタに会ってから、世の中も何か悪くないって思ったんだ。

 

大神一郎。アンタはアタシ以上に天才の泥棒だ。

 

何たって、アタシの心を盗んじまったんだからね………

 

覚悟してろよ?

 

今度はアタシが、アンタを東京の女から盗んでやるからな?

 

 

ロベリア・カルリーニより、愛を込めて

 

』

 




~緊急告知~

時は大正十六年………。

帝都最大の危機を前に、四年の月日を経てあの男が帰ってきた。

管理人処女作でもあった桜舞う星最終章。

ここに、最後の浪漫を贈ります。

「桜舞う星~フィナーレ~」

お楽しみに
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