「………エリカさんが?」
コンコルド広場の一件からしばらくが経ち、巴里が梅雨の時期に差し掛かった頃、ダイゴはレノ神父の話に驚きを見せた。
エリカが屋敷へメイドの仕事に行った………。
ダイゴの耳が正しければ、レノ神父はそう言ったはずだ。
「ハイ………。何でも大神さんがブルーメール家のメイドをしていると言うので手伝いにと………。」
「メイド………?大神さんってそんな趣味だったのかな?」
あの真面目を絵に描いたような男が女装趣味とは、流石にダイゴも考えづらい。
エリカの情報だけにやや信憑性に欠けるが、もし事実なら大神も随分恐ろしい趣味だ。
「しかし、大神さんは真面目で誠実な方ですから………。何か事情がおありかも知れません、ハイ。」
確かにレノ神父の言う通りだった。
エリカは嘘はつかないが、内容に大事な事が抜けている事が多い。
大神も趣味と言うより、何か理由があったと考える方が自然だ。
特にエリカが向かったのはグリシーヌの屋敷という。
もしかしたらお人よしの大神の事、メイドを手伝うように言われて断れなかったのかもしれない。
「ダイゴさん。気になるなら行かれてみては如何ですか?今日のボランティアは、構いませんから。」
「………そうだね。ありがとう、神父様。」
レノ神父に礼を述べつつ、ダイゴはグリシーヌ邸に向かって歩きだした。
ブルーメール家は、巴里の貴族の中でも名門中の名門だ。
世界の歴史の中でも名高いノルマンディの血を引く事に由来する。
これに唯一肩を並べられる存在が、シャドーブリアン家であった。
武のブルーメールと、商のシャドーブリアン。
この二つが、巴里の双璧を成す名門貴族だった。
当然、その名門の息女たるグリシーヌの屋敷は豪勢な訳で。
「お、大きい………。」
何度か遠目に見た事があるとはいえ、その巨大な威圧感に圧倒されるダイゴ。
そのダイゴの耳に声が届いたのは、その時だった。
「ダイゴさ~ん!!」
その声と共に、エリカが煙を上げて走って来た。
「やっぱり来てくれたんですね!エリカ信じてました!」
「え?あ、そうなの………。」
とりあえず自分が来た事を喜んでくれたらしく、ダイゴも笑顔を返す。
すると、エリカがダイゴの腕を掴んだ。
「ほら、何突っ立てるんですか?早く来て下さい!」
「へ?ち、ちょっとエリカさん!?」
訳の分からないまま、屋敷の中に連れ込まれるダイゴ。
そして、屋敷につくや否やエリカはエントランスで大声を張り上げた。
「タレブーさ~ん!」
その声を聞いて現れたのは、グリシーヌ邸でも最もキャリアの長いメイドのタレブーだった。
かなり年を召されてはいるものの、その仕事の手際のよさは誰にも負けない、現役バリバリのメイドだ。
「何ざますかエリカ、騒々しい。」
指示棒を手に階段を降りてきたタレブーは、ダイゴの姿に目を丸くした。
「まあエリカ!本当に連れて来たざますね!?」
「はい!ダイゴさんはこういう時、必ず駆け付けてくれる人ですから!」
何やら自慢げに胸を張るエリカ。
どうやら自分がここに来ると、タレブーに宣言していたらしい。
「それではダイゴ、貴方も早速着替えて来るざます。」
そう言って、タレブーはダイゴに一着のメイド服を渡した。
「………へ?」
「当屋敷で働くからには、所定のメイド服を着用してもらうざます。」
「そ、それじゃあ………。」
まさかと思ってダイゴはエリカに目を向ける。
すると、エリカは張り切った表情で言った。
「はい!これからダイゴさんも、私達と一緒にがんばりましょうね!!」
やはりそうか、とダイゴは思った。
来た時から薄々と予感していた。
恐らくエリカの事、自分にもメイドをやらせるつもりだろうと。
そして、幸か不幸かダイゴの予感は的中した。
「………男用はないの?」
タレブーから渡されたメイド服は、何処からどう見ても女用だ。
どう考えても、自分には合わなさ過ぎる。
しかし、タレブーは首を横に振った。
「それはないざます。ブルーメール家は代々、メイドは女の仕事ざます。」
「あ、そうなの………。」
「そもそもオオガミも、お嬢様との決闘に負けてここにいるざます。オオガミもダイゴも、この名誉ある仕事に携われるのは、例外中の例外ざます。」
「………決闘?」
やはり趣味ではなく事情だったとしても、まさか決闘をしていたとは思わず、ダイゴは驚いた。
「さあ、早く着替えて仕事ざます。ダイゴはエリカと二人で、庭の掃除ざますよ。」
「………やっぱり、こうなるのか………。」
有無を言わせぬ状況に、ダイゴはため息をつくしかなかった。
何故大神がメイドをやる事になったのか。
そのいきさつは、隣にいるエリカが作業しながらかい摘まんで説明してくれた。
何でも今朝、大神はみんなを集めてこんな事を言ったらしい。
「今日は思い切ってみんなで遊ぼう。」
何でも日本の遊びを教えると言う事だったらしい。
そして、エリカ、コクリコ、グリシーヌの四人で遊んでいたのだが、グリシーヌは乗り気でなかったせいか怒りだしたという。
しかし、コクリコに羽つきで負けて墨を塗られそうになったと聞き、ダイゴは思わず納得した。
顔に墨を塗られるという事は則ち、羽つきに負けたという事。
グリシーヌにとってそれは、コクリコが相手だった事も含めて堪え難い屈辱だったのだろう。
「………それで、大神さんと決闘なんて言い出したんだね?」
芝刈り機を動かしながらダイゴが言うと、エリカは石床を箒で掃きながら答えた。
「そうなんです。それで大神さんも受けて立つなんて言い出して………。」
どういう訳か、グリシーヌ邸の隣の湖には何隻もの船がある。
決闘はそのマストで行われた。
互いに命綱を足につけ、最も得意とする武器で相手を倒した方が勝ちというものだ。
大神もグリシーヌも斧を使って戦い、最初は大神が優勢だったらしいのだが、一瞬躊躇った隙にグリシーヌに負けてしまったらしい。
何とも大神らしい事だと、ダイゴは思った。
そして、大神一人に働かせては可哀相だからと、エリカとコクリコも手伝う事にしたらしい。
「よく手伝う気になったね。得する事なんてないのにさ。」
決闘に負けた大神は自業自得として、エリカもコクリコも何故手伝う気になったのか、ダイゴは不思議でたまらなかった。
すると、エリカはさも当然の如く言ってのけた。
「だって私もコクリコも、大神さんの役に立ちたかったですから………。」
「………。」
その一瞬、ダイゴの口元が引き攣った。
恐らく大神の笑顔でも想像したのだろう。
エリカの顔は赤く染まっていた。
「………そんなにあの人が好きなんだ。」
「はい。………ダイゴさんは、大神さんの事嫌いですか?」
探るようにエリカが尋ねた。
「別に。ただ、やたら女受けするなと思って。」
初めて会った時から、ダイゴは大神に対してあまり良い感情を持ってはいなかった。
加えて、大神がどの女性にも目につく程に優しい点が、拍車をかけていた。
フェミニストとは違うのだろうが、それでもどの女性にも優しくしている様子は、男から見て気分の良いものではない。
「女性だけじゃないですよ。大神さんは巴里のみんなに愛されてます。」
「みんな?あの人が?」
「ダイゴさんだって、大神さんのために来てくれたじゃないですか。」
そう言って、エリカはダイゴの手を両手で優しく包んだ。
その両手の暖かさに、ダイゴは思わずエリカから目を逸らす。
「ダイゴさん………、貴方はきっと、まだ気づいていないだけなんです。大神さんの素晴らしさに………。」
「………。」
ダイゴは答えようとしなかった。
人々を分け隔てなく笑顔にできるのは、確かに大神の魅力だろう。
しかし、ダイゴは認めたくなかった。
それを認めれば、エリカが自分を離れて大神の下へ行ってしまうような、そんな気がしたからだ。
「(そんなにアイツがいいのか?僕よりも………。)」
ダイゴが口には出せない言葉を心で訴えた時、俄かに玄関が騒がしくなった。
「………何があったの?」
「さあ?私もよく分かりませんけど………。」
ダイゴに尋ねられて首を傾げるエリカ。
すると、その後ろから声が聞こえてきた。
「あれはリッシュ伯爵。巴里の中でも五本の指に入る名門貴族の一人だ。」
「あ、グリシーヌさん。」
そこに立っていたのはグリシーヌだった。
何か考え事でもしていたのか、いつにも増して表情が険しい。
そしてその表情は、ダイゴを見て更に険しくなった。
「………やはりお前も来ていたのか。」
「………。」
明らかに快い歓迎とは違う言葉に、ダイゴは無言でグリシーヌを見返した。
どちらも顔見知りではあるものの、仲良しという訳ではない。
グリシーヌはあからさまにダイゴを避けているし、ダイゴも大して気にしていなかった。
「まあ良い。ほら、さっさと行け。隊長とコクリコにばかり働かせるな。」
「は~い。行きましょ、ダイゴさん。」
「………うん。」
グリシーヌに言われ、ダイゴはエリカについて行く形でその場を後にした。
大広間の前の扉の前には、既に大神とコクリコの姿があった。
「あれ、ダイゴ!ダイゴも来てたの?」
二人を見つけるや、コクリコが驚いた。
まさかダイゴが来ていたとは、夢にも思わなかったのだろう。
見ると、大神も意外そうな顔をしていた。
「そうなんです!ダイゴさんも大神さんを助けるために駆け付けてくれたんです!」
得意そうに胸を張るエリカ。
どうやらみんなにダイゴが来ると宣言していたようだ。
「エリカくんの言う通りだったな。ダイゴ、ありがとう。」
エリカの言葉を真に受けたのか、礼を述べる大神。
ダイゴはそれには答えず、コクリコに尋ねた。
「二人は、ここで何してるの?」
「うん。さっきリッシュ伯爵って人が来たんだ。それで広間に通したんだけど………。」
すると、エリカが興味深そうに尋ねた。
「ねぇコクリコ。そのリッシュ伯爵って、どんな人だった?」
「え?別に普通だったけど………。」
コクリコが答えた時だった。
エリカが広間の扉に手をかけたのである。
「ち、ちょっとエリカさん!?」
「駄目だよエリカ!怒られちゃうよ!」
慌てて止めようとするコクリコとダイゴ。
一応自分達は今グリシーヌ邸のメイドなのだ。
そのメイドが客を盗み見るのはマナー違反も甚だしい。
しかし、エリカは二人の説得を聞かなかった。
「大丈夫です。ほら、何事もまずは調べる事が大事って言うでしょ?」
そんな言葉は聞いた事もないが、ともかく扉を開くエリカ。
しかし、ここでもエリカの天才的ドジが発揮された。
何とエリカは扉の前で躓き、派手に扉にダイブしてしまったのだ。
当然扉はけたたましい音と共に全開になる訳で………。
「あ………。」
異口同音の声と共に三人の顔を冷や汗が伝う。
「まあ、あなたたち!のぞき見はマナー違反ざますよ!」
「す、すみません!」
すかさずタレブーに一喝されて頭を下げる大神。
すると、奥のテーブルから笑い声が聞こえてきた。
「ハッハッハッ、構いませんよ。この私の姿に見とれての事でしょうから。」
それは、グリシーヌにも劣らない豪華な装飾品で着飾った男だった。
恐らくは彼がリッシュ伯爵だろう。
そんな事を考えていると、リッシュ伯爵はタレブーに尋ねた。
「………随分むさ苦しい輩共ですな。マダム、こちらはグリシーヌ嬢のペットですかな?」
「いいえリッシュ伯爵様。お嬢様のお戯れにございます。」
律儀にそう答えると、タレブーは四人を叱り付けた。
「客人に失礼を働く事は、以っての外ざます!四人共お仕置きざます!」
しかし、ここで止める声が上がった。
リッシュ伯爵である。
「その必要はございませんよマダム。こういう時は叱るより………。」
そう言いつつ一番近いコクリコの方に歩み寄るリッシュ伯爵。
刹那、ダイゴはリッシュ伯爵からただならぬ殺気を感じた。
「身体に覚えさせるべきです!!」
「コクリコっ、危ない!!」
大神が叫んでコクリコとリッシュ伯爵の間に割って入る。
その直後、リッシュ伯爵の拳が深々と大神の鳩尾に減り込んだ。
「ぐふっ………!」
「イチロー!?」
目の前でうずくまる大神に驚くコクリコ。
しかし、リッシュ伯爵はその大神の頭を掴み上げ、顔面を膝にたたき付けた。
「!!」
声にならない叫びと共に床に倒れる大神。
更にその腹を蹴りつけようとしたリッシュ伯爵だったが、間一髪の所でダイゴが止めた。
「………言葉より先に暴力に訴えるとは、貴族の名折れだね。」
「それを貴族というんだよ少年。君もその生ゴミのようにされたくなかったら、その汚い手を退けて貰おうか?」
そう言いつつリッシュ伯爵はダイゴを殴ろうとするが、その前にタレブーがその場を諌めた。
「この屋敷内の乱闘は固くお断りするざます。」
「………仕方ない。確かにマダムの言う通りですな。」
タレブーに諌められ、リッシュ伯爵は拳を降ろした。
「そもそもこの私が、このようなクズに触れる等、あってはなりません。さあ、早くその生ゴミを片付けてくれたまえ。」
顎で三人に命令するリッシュ伯爵。
その言葉にコクリコは言い返そうとしたが、ダイゴに止められた。
今ここで騒ぎを大きくしては、グリシーヌにも迷惑がかかるからだ。
ともかく気を失った大神を運ぼうとした時、別の声がかかった。
「あの………。」
振り返った三人の目に飛び込んできたのは、自分達に近い年齢の少女だった。
短く切り揃えられた黒い髪と黒い服が特徴的な、大和撫子を絵にしたような姿。
三人はその清楚な佇まいに、一瞬見とれてしまった。
「よろしければ、私の部屋で休ませませんか?ここから近いですし………。」
端正な顔で優しく微笑み、少女が言った。
「あ、うん。そうだね………。」
その声で我に還ったダイゴが答え、三人は大神を抱えて少女の後を追った。
少女に案内された部屋は、落ち着きのある日本風の和室だった。
豪勢な屋敷とは対照的に、畳や屏風などで心の休まる空間になっている。
「ありがとう。おかげで助かったよ。」
ダイゴが礼を言うと、少女は恥ずかしげに頬を染めた。
「大した事ではありませんよ。」
「………そういえば、自己紹介がまだだったよね?僕はダイゴ モロボシ。さっきの二人は、エリカとコクリコって言うんだ。」
今はその場にいない二人を含めて、ダイゴは簡単に自己紹介をした。
エリカもコクリコも、今は部屋にいない。
というのも、先程の騒ぎのお仕置きとしてすぐに仕事が割り当てられてしまったからだ。
よって今この部屋には、少女の他はダイゴと寝ている大神しかいなかった。
「やはり日本の方だったのですね。私は、北大路花火と申します。」
「花火さんって言うんだ………。よろしくね。」
同じ日本人だからか笑顔で言うダイゴに、花火も笑顔を見せた。
「うふふ、やっぱりグリシーヌに聞いた通りの方ですね。」
「グリシーヌに?」
「はい。年の割に鋭い方と聞いていますわ。」
その言葉に、ダイゴのグリシーヌに対する印象は、少なからず変化した。
グリシーヌはいつも、事ある毎に自分を威嚇するように睨みを効かせてくる。
そんな彼女が、まさか自分をそう評価していたとは思いもよらなかった。
「ダイゴさんは、何時から巴里に?」
ふと、花火が尋ねた。
「生まれてすぐだよ。物心ついた時から、僕は巴里にいた。」
「まあ、私と同じなのですね。」
ダイゴが巴里育ちと思わなかったのか、花火は意外そうに驚いた。
「それではダイゴさんも、留学か何かで?」
「いや………、そんなのじゃない。」
忘れかけたあの雨の日を思い出し、ダイゴは表情を暗くした。
すると、花火は聞いてはならない事を察して謝った。
「あ、すみません………。余計な事を………。」
「いや、いいよ………。」
花火に悪気がない事は分かっている。
ダイゴは、別の話で雰囲気を紛らわせる事にした。
「それじゃあ、花火さんも巴里育ちなの?」
「はい。家の意向で、古くから親交のあったブルーメール家に居候させていただいてます。」
北大路家は、日本でも有名な男爵家の一つだ。
しかしその仕事柄日本を離れる事が多く、花火は幼い頃からフランスで生活していた。
その為まだ知らない故郷に思いを馳せ、日本について様々な事を学んでいた。
そんな中、寄宿舎で出会ったのがグリシーヌだった。
「グリシーヌとは、両家の親交もあってすぐに打ち解けて、すぐに親友になりました。」
「へぇ~、じゃあグリシーヌとは長い付き合いなんだ。」
元々親交の深かったブルーメールと北大路。
その両家の令嬢ならば、同様に仲良しなのは自然な事だ。
それにグリシーヌが勇猛な性格なのに対し、花火は物静かな性格でぶつかり合う所がない。
恐らく衝突の少ない二人の性格も、親友になった要因だろうと、ダイゴは納得した。
「でも、グリシーヌは私にも話さない事もあります。」
「例えば?」
「自分の誇りについてとか………。グリシーヌは、人に弱みを見せない性格ですから。」
その言葉に、ダイゴはまたも納得した。
グリシーヌは貴族としてのプライドを非常に大事にしている。
それを揺らぐ事を決して許さず、斧を振り回して黙らせる事もあった。
そんな彼女の事、自分の弱みを見せる以前に、弱みがあってはならないと考えていたのかもしれない。
「グリシーヌはこうも言ってましたわ。完全無欠の花婿を見つけると。」
「完全無欠………。」
何ともグリシーヌらしい考えだと、ダイゴは思った。
「でも、そんな人っているのかな………?」
完全無欠。全てにおいて非の打ち所が存在しない人間。
しかし人間である以上、何処かに必ず欠点はある。
そんな中で完全無欠など、ある意味気の長い話だ。
実際の所、花火も似た考えだった。
「さあ………。彼女の理想というだけですから。実際に今日来られたリッシュ伯爵も、縁談目的だったようですし。」
「………あの男と?」
リッシュ伯爵という名前に、ダイゴはあからさまに不快感を示した。
コクリコのようにか弱い少女に平気で暴力を振るい、大神をゴミ扱いするあの名ばかり貴族。
ダイゴの考えからすれば、最も完全無欠とは掛け離れた人物である。
「先の一件を見る限り、私も縁談に賛成しかねます。しかし………。」
やはりリッシュ伯爵の行いを目の当たりにしていたために、花火も縁談に不服の表情を見せる。
「貴族社会には、やはり地位や身分を尊重して、軽はずみな行動が取れません。もしかしたらグリシーヌも………。」
確かにそうだ。
プライドが高いとはいえ、グリシーヌは目下のものを見下すような事をしない。
そんな彼女がリッシュ伯爵の本性を知れば、すぐにでも斧を突き付けるだろう。
しかし、貴族社会では簡単にはいかなかった。
貴族というのは、古くから伝わる家のしきたりや風習を重視し、地位や身分を末永く後世に伝えなければならない。
そのため、不用意な行いで先代の者が築いた栄光に泥を塗る事は貴族社会からの抹殺を意味する。
リッシュ伯爵は、ブルーメール家より下とはいえ、巴里でも五本の指に入る名門貴族だ。
たとえブルーメール家といえども、そんな名門中の名門との縁談を断れば、リッシュ伯爵に恥をかかせる事になってしまう。
それはブルーメール家の今後にも深く関わるために、強く言い出せないのが現状だった。
「………この人、お願いね。」
そう言いつつ、ダイゴは思い立ったように立ち上がった。
「ダイゴさん、どちらへ?」
「ちょっと用事が出来てね。」
花火にそう答え、ダイゴは部屋を後にした。
屋敷の前に広がる庭。
その隅にあるテラスに、グリシーヌの姿はあった。
「ここにいたんだ。」
「………そなたか。」
いつもと違い、明らかに無気力な返事が返って来た。
何かに悩み疲れているような、そんな様子だ。
「………ダイゴ。」
背中を向けたまま、グリシーヌが語り始めた。
「鋭いそなたの事、私の言わんとしている事が分かるであろう?」
「リッシュ伯爵との縁談………だね?」
「そうだ。………正直な所、迷っている。」
表情は見えないが、暗い顔である事は容易に想像できる。
背中を向けるのも、その表情を見られたくないためだろうか。
「先の件、そなたが正しいと思う。だが、ブルーメール家を危うくする訳にはいかん。………だが、それが本当に名誉ある事かと問われると、解らぬ。」
「どういう事?」
「ブルーメール家は、今でこそ貴族を名乗っているが、元々はバイキングだったのだ。荒れ狂う海と戦い、家族を守る。そうして生き抜いた時代を思うと、今の地位や名誉を守る事が虚しくてな………。」
あながち驚くような話ではなかった。
グリシーヌは麗しい外見と裏腹に勇猛な強さを持つ。
それがかつてのバイキング時代の先祖の名残と考えれば、納得がいく。
「結局は私も、家の一部に過ぎんのだ。」
「………そうかなぁ?」
ここに至り、ようやくダイゴが口を開いた。
「地位や名誉が虚しいって分かってるなら、断ればいい事じゃない?」
「そなた、話を聞いていたのか?私はブルーメール家の一部なのだぞ?」
「そんな事言って、本当は自分の意志を貫くのが怖いだけじゃないの?」
ダイゴのその言葉に、グリシーヌは肩を震わせた。
そして、いつものように斧を取り、ダイゴに突き付けた。
「貴様………、もう一度言ってみろ!この私が怖いだと?」
「だったら地位とか名誉とか気にしないで、断ればいいじゃない。あの人完全無欠に見えるの?」
気の弱い者なら逃げ出しそうな形相のグリシーヌに、面と向かって言い返すダイゴ。
すると、グリシーヌは頭をふった。
「ええい黙れ!貴様のような平民に何が分かる!?」
「うん、分からない。」
「………何?」
思いも寄らない言葉に、グリシーヌは一瞬怒りを忘れた。
その彼女に、ダイゴはハッキリと告げた。
「地位とか家とか誇りとか言って逃げるような人の気持ちなんて、分かりたくもないよ。」
「なっ………!!」
怒りのあまり固まるグリシーヌを冷ややかに見て、ダイゴは歩きだした。
「待てダイゴ!!この私を愚弄するつもりか!?」
「悔しかったら考えて見れば?今のグリシーヌは、愚弄されて当然だと思うよ。」
平然と言ってのけ、ダイゴはテラスを立ち去った。
「………。」
その後ろ姿を、グリシーヌは無言で睨みつけていた。
「………。」
テラスを離れた後、ダイゴはふと玄関前で足を止めた。
理由は簡単。
いつものようにポケットのスパークレンスが、光り始めたからだ。
シゾーとピトンの事例を踏まえると、近くに怪人の潜む可能性が高い。
「………隠れてないで出て来たら?」
確証はないが、ダイゴは試しにかまをかけてみた。
予想が正しければ、敵は姿形を変えてこの屋敷に来る程の周到さを持っている。
もしかしたらこんな場所では正体を現さないのかもしれない。
まあダイゴにしてみれば、その方がすぐに襲われない分都合が良いのだが。
「………やはり貴様か。」
ダイゴの言葉に答えるようにして現れたのは、何とリッシュ伯爵だった。
その姿は表情こそそのままだが、こちらに向けられた殺気は並々ならぬものがある。
「それはこっちの台詞だよ。暴力なんて、まともな人間のする事じゃないもんね。」
「フッ、貴様こそよく言う。この私が人間に何故躊躇わねばならん?」
明らかに人間という種族を下に見た物言いに、ダイゴは目の前の男があの怪人と同種である事を確信した。
最も、相手も隠すつもりなどないのだろうが。
「一つ聞きたい。貴族を狙う理由は?」
「簡単な事だ。人間に上下などない。あるのは愚かという事実だけだ。」
「そんな奴らは、みんな自分の下に生きろと………?」
探るようにダイゴが言うと、リッシュ伯爵は不敵に笑った。
「そういう事だ。人間に味方する貴様には一生分からんだろうがな。」
その時、屋敷の方から声が聞こえて来た。
「ダイゴ!ダイゴ!何処ざますか!?」
「どうやら今回の話はこれまでのようだな。」
タレブーの声に、リッシュ伯爵はニヤリと笑った。
確かにここで下手に遅れては、自分まで怪しまれてしまう。
ダイゴは薄笑いを浮かべたリッシュ伯爵をその場に残し、屋敷に戻って行った。
「………時が経つのは早いざます。オオガミ、エリカ、ダイゴ、コクリコ。あなたたちの仕事も終わりざます。」
四人を玄関に集め、タレブーが言った。
グリシーヌが大神に要求したのは、一日メイドとして働く事。
その長いようで短い一日が、ようやく終わったのだ。
「あなたたちがこのブルーメール家で得た技術は、末永くあなたたちの糧になるざます。」
「ねぇダイゴさん。タレブーさんって、意外といい人でしたね。」
「それを生かし、これからは礼儀と気品を身につけるざますよ!」
「………やっぱり嫌な人じゃない?」
ヒソヒソ話をする二人に気づかず、タレブーは感慨深げに一人頷いた。
「それでは四人共、よく頑張ったざます。元気に頑張るざますよ。」
翌日、大神達はグラン・マの召集を受けて作戦司令室に集まっていた。
「………集まったみたいだね。」
周囲を見渡し、グラン・マが言った。
今回、グリシーヌはいない。
昨日同様、リッシュ伯爵が来ているからだ。
「司令、話とは………?」
「ああ、まずはこの写真を見とくれ。」
開口一番に尋ねる大神にそう答えると、グラン・マは机の上に写真を並べた。
それに写っていたのは、巴里でも指折りの貴族達だった。
着飾った装飾品や高貴な服装から、かなりの上流貴族と分かる。
「実は最近、上流階級の貴族が失踪する事件が相次いでね。これはその貴族達なんだよ。」
フランスの首都である巴里には、沢山の貴族がいる。
しかし最近になって、その貴族が次々と行方をくらませていた。
写真はざっと十数枚。
つまり、その数の貴族が行方不明になっている事になる。
その時、写真を見ていたコクリコが何かに気付いた様子で一枚の写真を手に取った。
「イチロー!この写真!」
「どうした、コクリコ?………こ、これは!!」
コクリコに渡された写真を見て、大神も驚きの声を上げた。
何故ならその写真の人物は、自分達も知る人物だったからだ。
「こいつは昨日グリシーヌの屋敷にいた、リッシュ伯爵じゃないか!」
「そいつは妙だね。リッシュ伯爵は一週間前から行方不明になっていたはずだよ?」
大神の言葉に、グラン・マが眉をひそめた。
一週間前から行方が分からないはずのリッシュ伯爵が、昨日グリシーヌの屋敷に現れた。
グラン・マの話が嘘でなければ、これは矛盾している。
「じゃああのリッシュ伯爵は………!」
昨日現れたリッシュ伯爵が本人である可能性は薄い。
だとすれば、昨日の暴力的な態度も納得がいく。
「大神さん、もしかしたらグリシーヌさんが………!」
大神も予想した不安を、エリカが口にした。
もし大神の予想が当たっていれば、リッシュ伯爵は偽者で、尚且つ一連の貴族失踪事件に関与している可能性が高い。
だとすれば、次に危ないのは巴里屈指の名門貴族であるグリシーヌだった。
「しかしまだ証拠がない。ムッシュ、下手に動くんじゃないよ。」
今にもグリシーヌ邸に急行しようとした花組に、グラン・マが釘をさした。怪しいとはいえ、リッシュ伯爵が犯人である決定的な証拠が手元にない以上、軽はずみな行動はとれない。
場合によっては、ブルーメール家に悪い印象を与えてしまい、立場を悪くしてしまうからだ。
大神はわずかに考えたのち、決断した。
「………よし、ここは俺が一人で行く。大人数より単独の方がやりやすい。」
大人数で乗り込んで騒いでは、逆にこちらが悪者扱いされてしまう。
それに、大神には一つの考えがあった。
「よし、決まりだ。あたしらは何処に貴族が捕まっているか調べるから、ムッシュはグリシーヌを頼んだよ!」
「了解!」
力強い返事を返し、大神は作戦司令室を飛び出した。
「グリシーヌ!」
屋敷につくや否や、大神は中庭に駆け付けた。
そこには、驚いた様子のグリシーヌと、邪魔された様子のリッシュ伯爵の姿がある。
「どうした?屋敷内で騒ぐなど珍しい………。」
「グリシーヌ!奴から離れろ!そいつは………!」
訝しむグリシーヌに構わず、大神はリッシュ伯爵を指差した。
「私が何だ?言ってみなさい。」
自信があるのか、余裕の表情を見せるリッシュ伯爵。
大神はその表情を一点に見据え、言い放った。
「リッシュ伯爵!貴方に決闘を申し込む!貴方も誇りある貴族として、断れないはずだ。」
証拠はないが、リッシュ伯爵は限りなく黒だ。
大神は証拠云々に関係なく、決闘で白黒をハッキリさせる事にした。
そうすれば自尊心の固まりであるリッシュ伯爵は断れないし、更に自分が勝てば、東洋人に負けた事でブルーメール家から縁談を断られる。
リッシュ伯爵が決闘を受けて自分が勝たなければならないが、大神に勝算はあった。
「………いいでしょう。誇りを賭けてその挑戦、受けてあげますよ。」
案の定決闘に応じたリッシュ伯爵に笑みを見せ、大神はグリシーヌを見た。
「グリシーヌ。君は俺が絶対に守ってやるからな。」
「………隊長………。」
その言葉に、グリシーヌは少なからず驚いた。
以前大神に、リッシュ伯爵と望まない縁談を相談していたが、まさか大神が断れない自分を助けに来てくれるとは、思いもしない事だった。
「決闘はブルーメール家の伝統に従う。異存はないな!?」
「いいでしょう。」
大神とリッシュ伯爵の決闘の舞台は、以前グリシーヌとの決闘に使用した船のマストの上だった。
昨日と同じように足に命綱を巻き、各々武器を手にする二人。
しかし、グリシーヌは昨日と全く違う何かに気付いた。
「あの抜き身の太刀のように鋭い姿勢………。間違いない、あれが隊長の真の姿か………。」
斧を使っていた前回と異なり、大神はその手に愛用の太刀を握っていた。
「随分と珍妙な武器ですね。まあ、一分で終わらせてもらいましょう!」
先に動いたのはリッシュ伯爵だった。
細身のレイピアを突きの体勢に構え、大神の心臓目掛けて突き出して来る。
その速さはグリシーヌをも越えるほどのものだったが、大神は最小限の動きで難無くかわして見せた。
「………あのスピードを見切るだと………!」
以前とはまるで動きが違う。
もし今の大神と勝負をしようものなら、自分は瞬殺されていただろう。
大神の華麗なる太刀さばきに、グリシーヌはそう思わずにいられなかった。
そして、それに驚いたのはグリシーヌだけではなかった。
「む………。私の突きを避けるとは、中々やり手のようだ。」
言いながら、更にリッシュ伯爵は攻撃を仕掛けて来た。
「これはかわせまい!」
右から左への払い。
確かに狭いマストの上では避けようがないが、大神にして見れば大した問題ではなかった。
「これしき!」
大神は横から来る刃を避ける事なく、真上に弾き返した。
「なっ………!?」
「もらった!!」
レイピアはリッシュ伯爵の手を離れて宙を舞う。
大神はすかさず、リッシュ伯爵に切り掛かった。
「ぐおおっ………!」
右肩を浅く斬られ、リッシュ伯爵が片膝をつく。
それと同時に、レイピアがグリシーヌの足元に突き刺さった。
「………これは………!」
それを見たグリシーヌは、またも驚いた。
レイピアは根本の辺りで、真っ二つになっていたのだ。
大神はあの一閃で、レイピアを斬っていたのだ。
「これが………、隊長の真の力なのか………。」
昨日とは別人のような雰囲気を漂わせる大神。
その姿に、グリシーヌは真に完全無欠を見た。
「リッシュ伯爵!貴方の負けだ!」
リッシュ伯爵に、大神が鋭い声で叫んだ。
すると、リッシュ伯爵は自分が負けたという事実が信じられない様子で、ワナワナと震え始めた。
「馬鹿な………!この私が負けただと………!!」
刹那、大神はリッシュ伯爵の周囲に凄まじい妖気の集まりを感じ、後ろへ下がった。
すると、それまで大神のいた場所が、突然爆発を起こした。
「認めん!断じて認めんぞ!」
「くっ………!」
煙の奥から聞こえるリッシュ伯爵の声に、大神は煙を挟んだ向こう側のリッシュ伯爵に目をこらす。
しかし、そこにいたのはリッシュ伯爵ではなかった。
百獣の王、ライオンを思わせる鬣と牙。そして金色に光る獰猛な肉食獣の眼。
そこにいたのは、シゾーやピトンのように、巴里の平和を脅かす怪人だった。
「そ、そんな………!リッシュ伯爵が………!!」
「貴様、やはり怪人だったのか!!」
刀を突き付ける大神。
すると、怪人は本性を現したように言った。
「そうだ。私の名はレオン。貴様ら人間を支配する、真に高貴なる者だ!」
「そうか、貴族達を誘拐したのはお前だな!?」
その言葉に、大神は確信した。
やはり一連の貴族失踪事件は、このレオンと名乗る怪人の仕業だったのだ。
「覚えていろ、大神一郎とやら!この屈辱は倍にして返してやる!!」
そう捨て台詞を吐き捨てると、レオンは煙を上げて消え失せてしまった。
「くそっ、逃げられたか………。」
大神は急いでロープをほどき、下に降りた。
予想通りリッシュ伯爵の正体が怪人レオンと分かった以上、早急にグラン・マに報告しなければならない。
しかし、それを止める者がいた。
グリシーヌである。
「待て、隊長!一体どういうつもりだ!?」
「………何の事だ?」
「貴公、私が女だからと手加減をしただろう!」
今の決闘を見る限り、自分と大神の力量の差は歴然としている。
もし大神が今のような力を出せば、自分は一瞬でやられていた。
そもそも大神は昨日わざわざ太刀ではなく斧を選んでいる。
これが手加減と言わずして何と言うのか。
しかし、大神は首を横に振った。
「残念だが、俺はそんな理由で手加減はしない。」
「では、私を守るためにわざと負けたというのか!?」
「それも違う。」
「なら何故だ!答えろ!!」
そう叫んで、グリシーヌは大神の目の前に斧を突き付けた。
だが、大神はその切っ先を眼前にして、微動だにしなかった。
「………強いな。その太刀を抜くかと思ったが。」
鞘に納められたままの太刀を見て、グリシーヌが言った。
すると、大神はゆっくりと口を開いた。
「俺は自分の誇りのために相手を傷つける刀は持たない。リッシュ伯爵に決闘を申し込んだのも、君を助けるためだ。」
「あくまで護るために戦うのか………。それが貴公の………、サムライの誇りなのだな………。」
思えば、大神はグリシーヌに決闘を申し込まれて受けたのであって、自分から言い出した事ではない。
それに今まで、大神は何かを守るために戦いこそすれ、自分から争いを始める事は全くなかった。
あの決闘でグリシーヌに手加減したのも、勝つ理由がなかったからだ。
その佇まいは、見かけばかりを大事にする輩より余程気品に溢れていると、グリシーヌは思った。
「さあグリシーヌ、シャノワールに戻って司令に報告だ。」
「了解した!」
バスティーユ牢獄。
かつてフランス革命の際に最初の戦場となった、外界と断ち切られた世界。
その巨大な入り口に、ダイゴの姿はあった。
その手には、淡い光を放つスパークレンスが握られている。
「やはりここか………。」
リッシュ伯爵に化けた怪人はここにいる。
それを指し示すように光るスパークレンスの光が俄かに強まった。
「クックックッ………。やはり来たか。」
突如真後ろから聞こえた不敵な笑い声。
それに振り向いたダイゴの目に、一人の怪人の姿が移った。
「しかしここまでだ。このレオンが、貴様を地獄に突き落としてやる。」
そう笑い、レオンは片手を高々と上げた。
「いでよ我がしもべ!我等に盾突く裏切り者を押し潰せ!」
すると、牢獄の近くの地面が割れ、中から一匹の怪獣が姿を現した。
全身黄土色の皮膚に、髑髏のような顔。
そして今までにないほどの強い闘争本能に、ダイゴは震えた。
「貴様ごとき私の出る幕はない。行け、髑髏怪獣レッドキング!!」
言うや、レオンは煙と共に姿をくらました。
一方、レッドキングは獲物を見つけたように咆哮を上げる。
「ガオオオオッ!!」
地面が揺れるほどの声に我に還り、ダイゴはスパークレンスを掲げて叫んだ。
「ティガーーーーーッ!!」
「………ここか。」
暗く下水の流れるバスティーユ牢獄の地下に、巴里華撃団の姿はあった。
あれから作戦司令室に、ティガが怪獣とバスティーユ牢獄前で戦っているとの連絡が入り、大神はレオンが貴族をここに幽閉したと判断して、今回の出撃に至った。
「ここに貴族の人達が閉じ込められてるんだね………。」
「可哀相………、大神さん、早く助けてあげましょう!」
下水の流れる牢獄内は、悪臭などはないが、衛生的に悪い事は間違いない。
幽閉された貴族達が弱っていない事を祈りつつ、大神は指示を出した。
「よし、ティガが怪獣を足止めしてくれている間に、貴族を救助するぞ。」
「「了解!」」
巴里華撃団が牢獄内に侵入した頃、ティガはレッドキングと激しい肉弾戦を繰り広げていた。
「ガオオオオオ!」
「チャッ!」
二つの巨体が激しくぶつかり合い、大地を揺るがす。
しかし、腕力に限定すればレッドキングの方が上だった。
「ジュワッ!?」
まるで紙屑のように放り投げられるティガ。
すると、ティガは両腕を額のクリスタルの前で交差させた。
「ンゥゥゥ………、ハッ!!」
そしてクリスタルが発光し、ティガの体が赤と銀に変わる。
コンコルド広場でゲオザーグを倒した、パワータイプである。
「ガオオオオオー!!」
闘争本能のままに襲い掛かってくるレッドキング。
しかし、パワータイプにチェンジしたティガは、先程のようにはいかなかった。
「ハッ!」
レッドキングの剛腕を捕まえ、ティガはレッドキングを高々と抱えて地面にたたき付けた。
更に倒れたレッドキングの尻尾を掴み、ジャイアントスイングの要領で投げ飛ばす。
「チャーッ!!」
頭から再び地面に激突するレッドキング。
ティガは両手を胸のカラータイマーで重ねて真下に下ろし、ゆっくりと外回りに回転させた。
パワータイプの必殺技、デラシウム光流だ。
「ハァァァ………!」
圧縮されたエネルギーがボールになって、ティガの両手に包まれる。
しかしその光のボールをレッドキング目掛けて投げつけようとした時、思わぬカウンターが返ってきた。
「ガオオオオオッ!!」
何とレッドキングは、起き上がると同時に巨大な岩石をティガに向かってぶん投げたのである。
「ジュワッ!?」
その反動で光流が暴発し、ティガは後方へ吹き飛ばされる。
そこに、レッドキングは更に巨大な岩石でラッシュを掛けてきた。
「ガオオオオオ!」
「チャッ………!!」
両手で何とか岩石を押し返そうとするティガだが、いかんせんレッドキングは力が強く、パワータイプでもひけをとってしまう。
「(それなら………!)」
形成不利と見たティガのクリスタルが輝きを放った。
「ンゥゥゥ………、ハッ!」
それと同時に、ティガの体が赤と紫と銀に戻る。
パワー、スピード、バイタルのバランスがとれた基本形態、マルチタイプである。
そして、ティガはマルチタイプに戻ると同時に胸のカラータイマーを発光させた。
「チャッ!!」
タイマーフラッシュ………カラータイマーを発光させて敵を威嚇する、マルチタイプの技の一つだ。
「ガオオッ!?」
そのまばゆい閃光に、レッドキングが一瞬怯む。
その隙にティガはバク転で距離を置き、両手を胸の前に突き出した。
そして両手をそのまま左右に広げると、その軌道に沿って光の筋が現れる。
ゼペリオン光線………膨大な光エネルギーを集約し、L字に組んだ腕から放つ、マルチタイプの必殺技だ。
「ハッ!!」
白い光線が、一直線にレッドキングの胸を直撃した。
「ガオオオオオ………!!」
レッドキングは最期の咆哮と共に仰向けに倒れ、大爆発した。
「よし………、後はレオンだ………。」
既に牢獄内部から剣戟や銃声が聞こえている。
おそらく例の巴里華撃団だろう。
ティガは両腕を胸の前で合わせ、エネルギーを集中した。
「ンゥゥゥ………!」
すると、ティガの体が無数の光の粒に変わり、牢獄内部へとテレポーテーションしていった。
その頃、巴里華撃団は牢獄内に徘徊していたポーンを全滅させ、貴族達が捕われているであろう牢獄内部へ移動を開始していた。
しかし、グリシーヌの青い光武Fだけは、入り口で立ち止まっていた。
万一レオンが先に戻って来れば、自分達まで閉じ込められる可能性があるからだ。
そこで大神は、メンバーの中で取り分け戦闘力の高いグリシーヌに見張りを頼んだのだ。
「………やはり下水など、躊躇いもしないか。」
大神達の姿が見えなくなり、グリシーヌはふと呟いた。
この牢獄の下水道は深く、光武Fでも半身が沈んでしまう。
そうなると、蒸気を排出する機関部や、下手をするとコックピットにまで下水が流れ込む事になる。
衛生的に良くないために自分は思わず躊躇してしまったが、大神はそれがどうしたと言わんばかりに突き進む。
正義のためなら、自分の身体など二の次と言う事だろう。
グリシーヌは大神の侍気質に感心すると同時に、一瞬でも下水に入る事を躊躇した自分を恥じた。
「貴族達を救おうと決意しながら、躊躇いを感じるとは………。」
その時だった。
グリシーヌは背後から、強烈な殺気を感じ取った。
「な、何だ!?」
振り返った一瞬、グリシーヌは左からの衝撃を受け、壁にたたき付けられた。
その勢いに、悲鳴も出ない。
すると、グリシーヌの耳に殺気の主の声が聞こえてきた。
「フン、たわいのない。飛んで火に入る夏の虫とはこの事だな。」
それは、巨大な獅子の形をした蒸気獣に乗ったレオンだった。
ティガをレッドキングに戦わせ、自分は巴里華撃団を迎え撃つために牢獄内に戻って来たのだ。
「さあ、貴族共々閉じ込めてくれる。」
言うや、レオンは右手を翳して魔力を集中した。
すると、大神達が入って行った下水道の門が下がり始めたではないか。
「(まさか、下水道の門に封印を………!!)」
そんな事をさせる訳にはいかない。
気がつけばグリシーヌは、不意打ちで傷付いた身体のまま下水道に飛び込み、下がりかけた鉄格子の門を両手で持ち上げていた。
「ほう、まだ立ち上がる力があったか。」
仕留めたと思った光武Fの抵抗に、レオンが意外そうな顔をした。
「だが、その体では長くももつまい。」
確かにレオンの言う通りだった。
先程左の脇腹に受けた一撃は決して軽いものではなく、加えて1トンにもなる鉄の塊を支えるのは無謀な行為。
おそらく今の状態では10分ももたないだろう。
しかし、グリシーヌは苦しい表情を我慢して、弱みを見せなかった。
「フン、貴族を名乗っても所詮は獣か。この程度で勝ったつもりか!?」
すると、レオンは余裕の表情から一転し、怒りを見せた。
「小賢しい!ならばこれでどうだ!!」
そう言ってレオンは、身動きの取れないグリシーヌに激しい攻撃を浴びせ始めた。
「くっ、………ううっ!!」
「クックックッ、どうした?しっかりせねば門が閉まるぞ?」
たちまち苦悶の表情を見せるグリシーヌを楽しむように、レオンは一層攻撃を激しくした。
反撃の一つでも出来ればいいが、両手で門を押さえているこの状況ではそれも不可能だ。
「どうだ。貴族のお前には薄汚れた下水は耐えられまい。」
勝ち誇った様子でレオンが言った。
しかし、グリシーヌは決してそれを認めなかった。
「下水がどうした。そんな事で仲間を見捨てる私ではない!あの男が、それを教えてくれたのだ。」
自分を傷つける事になっても、自らの意志を貫く。
ダイゴが指し示し、大神が身を以って教えてくれた事だ。
その仲間を助けるために下水に汚れる事など、何を躊躇うというのか。
「強がりはよせ。命ごいをすれば、助けてやらん事もないぞ?」
「貴様ごときに屈する私ではない。………吠えていろ!」
レオンの言葉を軽く突っぱねるグリシーヌ。
すると、レオンの殺気が俄かに高まった。
「そうか………、ならば望み通り死ね!!」
炎が宿った拳が眼前に迫る。
しかし、その一撃がグリシーヌに届く事はなかった。
何故なら、二人の間に割って入った巨大な影が、その一撃を受け止めたからである。
「な、何!?」
「………ティガ………。」
その姿に、レオンもグリシーヌも驚きを隠せなかった。
グリシーヌを庇うようにレオンの攻撃を押さえていたのは、これまで二度自分達を助けてくれた光の巨人、ウルトラマンティガだったからだ。
「ハッ!」
ティガは押さえていたレオンの拳を振り払い、その腹部に蹴りこんだ。
「グオッ!?」
その反撃で、レオンの蒸気獣は大きく後ろに倒れる。
しかし、これで状況が好転したとは言い難い。
何故なら、今の一撃と同時にティガのカラータイマーが赤く点滅を始めたからだ。
何せレッドキングとの激戦の直後にテレポーテーションを使ったのだ。
エネルギーの消費は半端なものではない。
「チャッ!」
しかし、ティガは真後ろの鉄格子にハンドスラッシュを放ち、鉄格子そのものを破壊した。
その姿にグリシーヌは、大神に見たものと同じ強さをティガに見た。
「ティガ………、そなたもか………。」
おそらくティガは、グリシーヌを助けるために自分の身体など二の次なのだろう。
その姿に、グリシーヌは胸が熱くなった。
「ティガ………、この私を守ってくれるのか………?」
すると、ティガはグリシーヌに振り向き、しっかりと頷いた。
「小賢しい!弱った貴様など、この蒸気獣マルシュで捻り潰してくれる!!」
「チャッ!!」
再び襲い掛かるマルシュに、ティガは真正面からぶつかった。
激しい衝撃が、牢獄内を揺るがす。
「ティガ!」
グリシーヌは援護しようとしたが、レオンに痛め付けられたダメージからか、光武Fは動いてくれない。
その間にも、ティガとレオンは激しい格闘戦を展開していた。
「ハッ!」
ティガが渾身の右ストレートを打ち込む。
しかし、それはマルシュの左手に軽く止められてしまった。
「どうした、この程度で私と張り合うつもりか?」
「チャッ………!」
ティガの基本形態であるマルチタイプは、パワー、スピード、バイタルのバランスに優れた隙のない点が長所だ。
しかしそれに伴い、差し当たって抜きん出た特徴がなく、レオンのように力が強い相手には、押し負けてしまう弱点があった。
本来こういう相手にはパワータイプにチェンジするべきなのだが、今度ばかりはそうはいかない。
パワータイプはマルチタイプ以上に、エネルギーを激しく消費してしまうからだ。
ただでさえカラータイマーが点滅しているこの状況でチェンジすれば、たちまちエネルギーが尽きてしまう。
そうなれば、自分だけでなくグリシーヌもやられてしまうだろう。
しかし、ティガの戦いも長くは続かなかった。
「悪いが貴様とはこれ以上遊んでおれん。そろそろ終わらせてもらうぞ。」
そう言って、マルシュがティガを殴り飛ばした。
「ジュワッ!?」
その勢いで後ろに下がるティガ。
そこに、レオンが必殺技を放って来た。
「血に飢えし千の獣よ、我に従え!!ロイヤルラージュ!!」
ライオンを象った炎がティガに襲い掛かる。
もはやこれまでか………。
しかし、またしてもそれを食い止めるものがいた。
巴里華撃団である。
「グリシーヌ、ティガ、大丈夫か!?」
マルシュの攻撃を二刀で防ぎながら、大神が叫ぶ。
「ふっ、遅いぞ隊長。」
エリカに治療してもらいながら、グリシーヌが言った。
その隣には、コクリコの姿もある。
大神達は貴族達を無事に救出し、間一髪で戻って来たのだ。
「おのれ巴里華撃団!こうなればまとめて始末してくれるわ!」
計画を台なしにされ、怒りに震えるレオン。
すると、グリシーヌがすかさず言い返した。
「ほざけ!正々堂々と戦う事の出来ぬ輩に負ける巴里華撃団ではないわ!」
言うや、グリシーヌは斧を構えてマルシュに切り込んだ。
怒りで周りが見えなくなったからか、レオンは一瞬反応が遅れ、グリシーヌの一撃を真正面から受けてしまう。
「グオッ!?」
斧を叩き込まれたマルシュの左腕が宙を舞い、石床に転がった。
そこに、グリシーヌの霊力を集中した更なる一撃が見舞われた。
「大いなる荒波の力を我が手に!
グロース・ヴァーグ」
凄まじい高波がマルシュを包み、真後ろの壁に勢い良くたたき付けた。
先程までボロボロだった者の攻撃とは思えない程に強烈な一撃。
その一撃が致命傷になったのか、マルシュは全身から煙を上げ始める。
「ティガ、今だ!」
グリシーヌの言葉に頷き、ティガは一連の動作で腕をL字に組み、マルシュ目掛けてゼペリオン光線を撃ち込んだ。
「ば、馬鹿な!?私は認めんぞ!私こそ………、私こそ真の貴族なのだぁぁ………!!」
最期まで己を貴族と信じ続け、マルシュは轟音と共に大爆発した。
「………フッ………。」
「どうした、グリシーヌ?」
戦いを終えて微笑むグリシーヌに、大神が尋ねた。
すると、グリシーヌは何処か吹っ切れた様子で答えた。
「隊長。貴公のサムライの誇りというもの、学ぶ所が多い。これからもよろしく頼むぞ?」
「………ああ、よろしくな!」
以前の彼女ならまず口にしなかっただろう言葉。
グリシーヌが心を開いてくれた事に感謝し、大神は笑顔で答えた。
すると、グリシーヌは更に意外な言葉を口にした。
「では、いつものをやるとしよう。みな、遅れるでないぞ!」
何と、前回まで嫌がっていた決めポーズを自分からやると言い出したのだ。
その変わり様に、大神を含めて三人は互いに顔を見合わせる。
「グリシーヌ、どうしたのかな?」
「何かいい事でもあったんじゃないですか?」
「まあいいじゃないか。それより、俺達もやるぞ?」
「勝利のポーズ、決め!」
次の日、ダイゴの姿は近くの公園にあった。
何でもまた大神がみんなで遊ぼうと言い出したらしく、起きるや否やエリカに連れ出されたのだ。
「あ、イチロー!エリカが来たよ~!」
最初に気付いたコクリコが、二人に手を振った。
手に羽子板を持っている事から、羽つきをしていたと分かる。
「やあ、エリカくん。ダイゴも来てくれたのか。」
「はい!大人数の方が楽しいですから!」
「ハハハ………。」
完全にペースに呑まれ、力無く笑うダイゴ。
すると、グリシーヌが声をかけて来た。
「ちょうど良い。ダイゴ、私と勝負だ。」
見ると、コクリコと羽つきをしていたのか、顔に墨が塗られている。
「負ければ奴と同じく、またメイドを手伝ってもらうぞ?」
「え………!?」
「グ、グリシーヌ………。」
意地悪そうに笑うグリシーヌに異を唱えようとする大神。
すると、グリシーヌは突然真顔に戻って言った。
「………冗談だ。」
その一言に、またも四人は固まった。
まさかあのグリシーヌが冗談を口にするとは、思いもしなかったからだ。
「本当にどうしちゃったのかな、グリシーヌ。」
「今までと全然違いますよね?」
「よかったじゃないか。前より明るくなったし。」
後ろで三人がそう言っている事にも気付かず、グリシーヌはダイゴに羽子板を突き付ける。
「その顔を真っ黒に塗り潰してくれる!勝負だ!」
「やれやれ………。」
ぼやきつつも羽子板を構えるダイゴ。
この勝負の行方がどうなったかは彼らしか知らないが、ただ一つ言えるのは勝負の後、二人とも真っ黒な顔で笑っていたという事であった。
<続く>
《次回予告》
窃盗、傷害、強盗………。
課された懲役は巴里最長の1000年。
そのアタシに、平和のために戦えだ?
次回、サクラ大戦3。
《闇よりの使者》
愛の御旗のもとに………
ハラワタまで、焼き尽くしてやる………!