巴里の街は、全てが華やかという訳ではない。
この花屋の近くにも、そういう場所があった。
墓地。
このフランスで生涯を終えた魂達が、静かに眠る場所。
その一番奥に、彼女はいた。
「フィリップ………、貴方の好きな花を持って来ました。」
漆黒の喪服に身を包み、静かに微笑みながら、彼女は花束を墓の前に置く。
その墓標には、「フィリップ・マールブランシュ」と彫ってある。
おそらくフィリップという人物の墓参りだろう。
喪服の少女は、静かに微笑んでいた。
「今日も二人で、楽しく過ごしましょうね………。」
「はぁ………、身体がだるい………。」
教会の掃除をしながら、ダイゴが呟いた。
何せ前回は蠍怪獣アンタレスに毒針を刺されるという深手を負ったのだ。
背中の痛みは無くなったが、今だに身体を動かすとだるさを感じてしまう。
今日も教会の前を箒で掃くだけなのに、すぐにこうして疲れが出てしまった。
「ダイゴ、大丈夫かい?少し休んだ方が………。」
「いや、大丈夫だよ………。」
心配そうに言うピエールに空元気な返事を返し、ダイゴはため息をついた。
疲れているのは事実だが、怪獣にやられたとは口が裂けても言えない。
訝しげにこちらを見る親友の痛い視線を浴びながら掃除を再開するダイゴに声がかけられたのは、その時だった。
「やあ、ダイゴじゃないか。」
「………ああ。」
それは、モギリ服姿の大神だった。
大方エリカ狙いだろう。
そう判断するや、ダイゴの顔は反射的に険しくなる。
一方、大神とは初対面のピエールは珍しげな表情で口を開いた。
「ダイゴ、この人は知り合いなの?」
「ああ、紹介するよ。大神一郎さん。僕と同じ日本人なんだ。」
「へぇ~、日本人か。ボンジュール、ムッシュ大神。僕はピエール・タバルニエ。よろしくね。」
渋々ながらも紹介するダイゴと対照的に、笑顔で右手を差し出すピエール。
すると、大神もいつものようににこやかな笑顔でピエールの手を握り返した。
「俺は大神一郎。シャノワールでモギリをしているんだ。よろしく、ピエール。」
自己紹介も済んだ所で、大神は辺りをキョロキョロしながらダイゴに尋ねた。
「ところでダイゴ、エリカくんを見てないかい?」
「………ここにはいないよ。」
やはりそうか。
ダイゴはあからさまに不快な表情で言った。
「そうか………。ん?」
ダイゴに言われて立ち去ろうとした時、大神は何かに気付いたように立ち止まった。
そして、何やら不思議な形をした機械を取り出した。
「………?」
「済まないダイゴ。ちょっといいかな?」
そう言って、大神は不思議な機械をダイゴに向けた。
すると、何やら音がして機械の下にあるカウンターが動いた。
「………何それ?」
訳の分からない機械を突き付けられ、不快感を更に募らせるダイゴ。
一方、大神は難しい顔でカウンターの針を見ていた。
「あ、いや、済まない。もういいよ。」
そう言ってダイゴから機械を退ける大神。
すると、ピエールが物珍しそうに尋ねた。
「ムッシュ大神、それは何かの道具?」
「ああ、そんな大したものじゃないよ。」
そう曖昧に返し、大神は機械をしまいかける。
しかしまた何かに気付いた様子で、しまいかけた機械を今度はピエールに向けた。
「………?」
「………う~ん、やっぱり違うか。」
そう言って機械をしまい、今度こそその場を後にする大神。
その様子に、ピエールは穏やかに笑った。
「何だか変わった人だね?」
「うん。僕もよく分からない人だよ………。」
大神が何故あんな不思議な機械を持って街をうろついていたか。
それは、約一時間前に遡る。
「ふう、少し休憩にするか………。」
大神はそう呟いて、目を通していた書類を机の上に置いた。
それは、巴里華撃団最後の隊員の候補を載せた極秘リストだった。
巴里華撃団の隊員数は、賢人機関の決定によりあと一人となった。
つまり、今いるエリカ、グリシーヌ、コクリコ、ロベリアに一人を加えた五人が、巴里華撃団最終メンバーという事になる。
秘密部隊としてはちょうど良い人数だ。
そこで、候補に上がった人物のリストを一枚ずつ見ているのだが、めぼしい人物は未だに見つからなかった。
確かに一般人の中では霊力に秀でた人物が集まっているが、霊力ばかりが隊員を決めるのではない。
過酷な戦いに挑むゆるぎない覚悟と、巴里を守りたいという想いが揃って初めて隊員と呼べると、大神は考えている。
残念ながら、それに該当する人物はない。
「よう隊長さん。新隊員選考は順調かい?」
そこに、ジャン班長が顔を出した。
「あ、ジャン班長。残念ながら、これと言える人物はありません。」
「だろうな。そこでよ隊長さん、さっき地下で面白いモン作ったんだ。」
「面白いもの?」
「おうよ。こいつを見てみな。」
おうむ返しに聞く大神の前に、ジャンは地下で作った道具を見せた。
見た目は蓄音機に近い構造だが、中心にカウンターがついていたり、端からアンテナが伸びていたりと、何やら複雑な道具に見える。
「こいつはアンテナを向けた相手の霊力を計る霊測機だ。」
「霊測機?じゃあ、これを持って街を歩けば………。」
「そう。誰が高い霊力を持っているか一目瞭然だ。後はそいつが相応しいが隊長さんが判断すればいい。」
ジャンにとっても自信作らしく、満足げに頷いている。
そして、大神は意気揚々と隊員探しに繰り出した訳だが………。
「やっぱり簡単には見つからないか………。」
花屋の前を通りかかり、大神はため息をついた。
意気揚々と巴里市内を歩き回って一時間。
霊力のある人物は数人見かけたが、いずれも光武Fを扱える程ではないし、隊員にするにはイマイチ足りない気がした。
今のところ、カウンターに計測されるだけの霊力を持つのは三人。
グリシーヌ邸で掃除をしていたタレブーと、教会にいたピエール。
そして、同じくダイゴである。
しかし、タレブーの霊力は掃除をしていた時にしかカウンターに計測されなかったし、ピエールとダイゴも光武Fを扱えるかはやや怪しい。
その時、視界の隅に見覚えのある人物が写った。
「あれは………、花火くんか?」
あの黒い喪服からして間違いない。
花束を手に、花火は墓地へ向かっているようだ。
「(お墓参りでもするのかな………?)」
個人的に人のプライベートを覗くのは趣味ではないが、どうも様子が違う花火が気になった大神は不本意ながらも花火の後を追いかけた。
墓地は花屋の隣に位置していた。
大抵の人は花屋で購入した花を墓に手向けるため、位置的には都合が良い。
見ると、花火はその墓の一つに寄り添っていた。
「………。」
花火の様子に大神は声をかけようとして、やめた。
墓参りに来ているはずの花火が、やけに幸せそうな表情でいる事に訝しさを感じたからだ。
「(………仕方ない。一度シャノワールに戻ろう。)」
流石に後ろめたさを感じて立ち上がる大神。
すると、花火が大神の存在に気付いた。
「あ、大神さん………。」
こちらに歩いて来る花火。
その表情も、やはりいつもより幸せそうに見える。
「どうなされたんですか?こんな所で。」
「いや………、それより花火くんは、誰かのお墓参りかい?」
痛い所を聞かれ、大神は上手くはぐらかした。
流石に目の前で尾けて来ましたとは言えない。
幸い、花火は疑いもせずに言葉を返した。
「私ですか?私はただ、人に会いに来ていただけです。」
「え………?」
人と言っても、ここには自分と花火の二人しかいない。
自分な訳はないし、一体誰と会うというのか。
「それでは、失礼します。」
眉をひそめる大神をよそに、花火は一礼してその場を後にした。
「………ここがお参りしていた墓か。」
花火が見えなくなると、大神は彼女がお参りした墓の前に立った。
先程の花火の様子は何処かおかしい。
墓参りなのに人に会いに来たと言うし、顔を赤くしている。
常識的に考えて、墓参りに来た人の顔らしくなかった。
「フィリップ・ディ・マールブランシュ………。」
おそらく花火の知り合いだろうか。
名前の下には、『フィリップは花火のために生きた』と彫ってある。
「ん?これは………。」
大神は手向けられた花束の影に何かを見つけた。
拾って見ると、それは一枚の写真だった。
おそらく花束を置いた時に落としたのだろう。
「もしかして、この人がフィリップか………?」
写真には、花火と一人の金髪の青年が微笑ましげに写っていた。
写真の花火は喪服を着ていない事を除いて今と変わらない。
つまりこの写真は最近のもので、この青年がフィリップなら、彼はかなり若くして命を落とした事になる。
「………とりあえず、花火くんに返そう。」
フィリップは花火にとって、少なからず大切な人物のはず。
ならばこの写真は、花火が持っているべきだった。
大神は、花火を追いかけて墓地を後にした。
「………遅いなぁ………。」
そうぼやきつつ辺り見渡すダイゴ。
エリカが教会に活ける花を買いに行ったきり戻って来ないので、心配になって探しに来たのだ。
案の定花屋はとっくに後にしたらしく、ダイゴはだるい身体で歩き回る事になった。
「それじゃ、また遊ぼうね~!」
その捜し求めた声が耳に届いたのは、ちょうど公園の辺りを歩いていた時だった。
「あ、エリカさん………。」
疲れと喜びの入り混じった、陰りのある笑顔でダイゴはエリカを見た。
すると、エリカもこちらに気がついた。
「あ、ダイゴさん!どうしたんですか?缶蹴りならもう終わっちゃいましたよ?」
「いや、別に缶蹴りがしたい訳じゃないから………。」
見ると小さな子供達が向こうへ走り去って行く様子が見える。
おそらく今まで、あの子供達と缶蹴りをして遊んでいたのだろう。
やれやれとため息をつくダイゴ。
その時、エリカの右膝から血が出ている事に気がついた。
「エリカさん、怪我してるよ!」
「ああ、それなら平気です。さっき大神さんが治してくれましたから。」
「………え?」
エリカの口から出た『大神』という言葉に、手当てを始めようとしたダイゴは固まった。
その顔は、遠目から見ても分かる程に引き攣っている。
しかし、肝心のエリカはダイゴの表情に全く気づかず、更なる追い撃ちをかけた。
「大神さんって優しいんですよ~!痛いのを抑えるおまじないしてくれて。エリカますます大神さんが好きになっちゃいました!」
ダイゴは答えなかった。
いや、答えられなかった。
大好きなエリカから目の前で他の男を好きと言われたのだ。無理もない。
「それじゃ、私は先に教会に戻りますね。」
やはりダイゴの様子に気づく事なく、エリカはさも嬉しそうにスキップして公園を後にした。
「………。」
残されたダイゴはしばらくの間、身体のだるさも忘れて立ち尽くしていた。
「えっと………、見失ったかな………。」
辺りを見渡して、大神が呟いた。
花火を追いかけて来たはいいものの怪我をしたエリカに捕まってしまい、適当におまじないでごまかしたものの、公園を過ぎた橋の辺りで見失ってしまったのだ。
「あ、あそこか………。」
見ると、花火は橋の真ん中で眼下を流れる川を眺めていた。
しかし、やけに悲しげな表情が気になる。
「(さっき墓地で会った時といい、様子がおかしいな………。)」
そう思いつつも写真を渡そうと大神が歩き出した時だった。
何と花火が、突然橋から身を乗り出したのである。
「は、花火くん!早まるな!!」
慌てて止めようと走り出す大神。
すると、その叫び声に反応した花火がこちらに気付いた。
「え………、お、大神さん!?」
必死で走ってくる大神にびっくりしたのか、花火は橋の淵から離れる。
しかし、今度は大神が危なかった。
勢いを付けすぎて、止まれなくなってしまったのだ。
「わ!わ!しまった………!!」
サムライの熱血が裏目に出て、大神はある意味華麗に川へとダイブしてしまった。
その時、
「嫌あああぁぁぁ………!!」
大神の耳に、誰かの叫び声が聞こえた。
「………あれは!」
突然聞こえた叫び声を聞き付けて公園を飛び出したダイゴは、橋の上で倒れている花火を発見した。
「花火さん!しっかりして、花火さん!」
急いで抱き起こし、身体を優しく揺する。
その真下の川でもがいている大神を無視する辺りは、ダイゴらしい所だろうか。
「う………ん………、…………フィリップ………。」
譫言で誰かの名前を呟く花火。
すると、そこに川からはい上がった大神が姿を現した。
「花火くん!じゃあさっきの悲鳴は………。」
「僕も聞いた。多分花火さんだよ………。」
一体何があったというのか。
二人が揃って首を傾げていると、花火がようやく意識を取り戻した。
「あ………、大神さん………、ダイゴさん………。」
「花火くん、気がついたんだね。」
優しく笑いかける大神。
すると、花火は虚ろなままの表情で尋ねた。
「私………、まだ生きてるんですか………?」
「え………?」
その言葉に、ダイゴの顔から安堵の表情が消えた。
花火の様子が、初めて会った時と違うのだ。
まるで生きる事を無力に思い、生きる事すら拒むような様子に見える。
現に今の一言も、本当は死ぬはずだったのに生き残ってしまったように聞こえる。
「え?別に怪我とかはないけど………。」
その事に気付いていないのか、戸惑った様子で答える大神。
「そうですか………。まだ、生きてるんですね………。」
「花火くん………、どうしたんだい?さっきから様子が変だよ?」
生気のない表情で立ち上がる花火に、大神が心配そうに声をかける。
しかし、花火は表情を変えずに首を振った。
「ご心配には及びませんわ。それでは………。」
そう言って歩き出そうとする花火を、大神が止めた。
「あ、ちょっと待ってくれ。この写真、花火くんのだろう?」
「え………?」
墓地で拾った写真を花火に差し出す。
幸い水には曝されなかったらしく、濡れたりふやけたりはしていない。
しかし、その写真を見るや、花火は表情を一変させた。
「それは………!か、返して下さい!!何処でそれを!?」
余程大切な写真だったのか、花火は大神の手から写真を引ったくった。
「あ、いや………墓地で拾ったんだけど………。」
やはり戸惑いながらも律儀に答える大神。
すると、花火はハッと我に還った。
「あ………すみません。取り乱してしまって………。し、失礼します………。」
気まずくなったその場の空気に耐えられなかったのか、花火は早足で橋から立ち去った。
「な、何だったんだ………?」
イマイチ状況が飲み込めない大神が呟く。
すると、ダイゴが言葉を返した。
「少なくとも、以前とは様子が違うよね。」
「ああ。花火くん………、一体どうしてしまったんだ?」
いくら考えても、答えが出て来る様子はなかった。
「で、どうだった?新隊員は見つかったの?」
「いや、これと確定できる程の人物はなかったな。」
コクリコの言葉に、大神は些か残念そうに返事を返した。
あれからシャノワールに戻った大神は、コクリコに呼ばれて新隊員についての会合に参加する事になった。
今現在霊力が確認されたのは、タレブー、ピエール、ダイゴの三人。
しかし、いずれも光武Fを動かせる程の霊力を維持出来るかに疑問が残る。
すると、ここでエリカが申し出た。
「それじゃあ大神さん。花火さんなんてどうですか?」
「花火くん?どうだろう………、きちんと霊力を測れなかったから………。」
確かにあの時、霊測機のカウンターは測定不能にまでなっていたが、それが本当に花火の霊力によるものなのかは怪しい。
「花火は戦いには向かん。それより、新隊員であろう?」
「どうでもいいじゃねぇか、そんなもん。アタシの給料二倍にしたら二人分働いてやるよ。」
ぶっきらぼうに言って、ロベリアがテーブルの上の菓子をつまむ。
一方、グリシーヌは大神に念を押すように言った。
「新隊員には霊力と共に、巴里を守るという理想が必須だ。そこは、分かっておろうな?」
「もちろんだ。そこはグリシーヌと同意見だよ。」
「だったらやっぱり花火さんですよ!みんなも知ってますし、優しいですし………。」
「エリカくん………、そこまで花火くんに固執する事ないと思うぞ?」
あくまでも花火を推薦したがるエリカを抑える大神。
すると、唯一花火を知らない人物が口を開いた。
「花火?誰だそいつは?」
「あ、そっか。ロベリアさん、メイドしてませんでしたね。」
「エリカ、今は新隊員についての話だぞ?」
脱線を続けるエリカをグリシーヌが窘める。
「おいおい、せめてその花火って奴について先に教えろよ。」
「えっとね、グリシーヌの友達の日本人なんだ。」
「ふ~ん、日本人ね………。」
しつこく尋ねるロベリアに根負けして、コクリコが簡単に花火について説明する。
「………じゃあ、話を戻すよ。」
いい加減隣のグリシーヌの視線が痛くなって来た大神が、冷や汗をかきながら言った。
あくまで本題は花火ではなく新隊員である。
「支配人によると、新隊員はあと一人だけなんだ。」
「だったら花火さんでいいじゃないですか。」
「うん。ボクも花火と一緒がいいな。」
「なら、もうそいつでいいじゃねぇか。さっさと隊員にしちまおうぜ?」
新隊員があと一人と聞くや、三人は揃って花火を推薦した。
が、グリシーヌだけは頑なに反対を示した。
「花火は戦いなど向かん。ごり押しをするな。」
「は~い………。」
残念そうにコクリコが俯く。
すると、ロベリアがふと大神に尋ねた。
「そういや隊長。霊力はどうやって調べるんだ?」
「ああ、この霊測機だよ。アンテナを向けた一人人の霊力が、このカウンターに表示されるんだ。」
そう言って、大神は霊測機を取り出した。
幸い直っているらしく、カウンターは0に戻っている。
「面白そうだな。隊長、アタシの霊力を計ってみてくれよ。」
「ああ、いいよ。」
言われるままにアンテナを向ける大神。
すると、驚きの結果が現れた。
「す、凄い!針が振り切れている!測定不能だ!!」
「当然さ。アタシは危ない橋を何度も渡って来たからな。」
大神が驚く様子に満足したのか、ロベリアは得意げに腕を組む。
すると、エリカが尋ねた。
「ねぇ大神さん。その機械で花火さんも測ったんですか?」
「うん。でもきちんと測る事はできなくって………。」
「隊長、会合の主旨を忘れたか?」
釘を刺すようにグリシーヌが睨んだ。
まるで花火の話をやめろと言わんばかりだ。
「じゃあイチロー、他に霊力のある人はいなかったの?」
「そうだな………。強いて挙げるならダイゴくらいか………。」
「ダイゴ?またよく分からない奴が出て来たな。」
「ダイゴも日本人だよ。エリカの友達なんだ。」
「じゃあ花火って奴が駄目ならそいつはどうだ?」
余程会合を早く終わらせたいらしく、ロベリアがダイゴを新隊員に提案する。
すると、今度はエリカが猛反対した。
「駄目です!ダイゴさんを戦わせるなんて、神様が許しません!!」
「………じゃあ、結局は地道に探すしかないな。」
花火やダイゴが却下された以上、候補は0に戻った。
やはり再び出直す必要がありそうだ。
「よし、結論は出たな。今後はみなで街を見回るぞ?」
「みんな、よろしく頼むぞ?」
「もちろん!ボクに任せてよ!」
「ま、アタシも気をつけてやるよ。」
「エリカもがんばります!」
力強い返事を返す隊員達。
大神はその様子に心強さを感じた。
「隊長………。」
そうして開店準備に取り掛かろうとした時、グリシーヌがふと声をかけて来た。
「少しいいか?花火の事で話がある。」
「ああ。俺も聞きたい事があった。」
「では場所を移そう。ついて参れ。」
大神がグリシーヌに連れてこられたのは、楽屋だった。
確かに開店前なら、楽屋に来る者はそういない。
「………よし、まずは貴公の話を聞こうか。」
「ああ。フィリップという名前について、知らないかい?」
「フィリップ?貴公、何故その名を!?」
刹那、グリシーヌは表情を一変させ、大神の胸倉を掴んだ。
「吐け!その名前を何処で聞いた!!」
「は、墓参りをしていた花火くんに会ったんだ。その墓に名前が彫ってあった………。」
「では貴公が知るのは名前だけか?」
「ああ、他には何も………。」
そう答えると、グリシーヌはようやく手を離した。
「ならば話しておこう。フィリップは………、花火のフィアンセだ。」
「な、何だって!!」
予想もしなかった答えに、大神は仰天した。
知り合いか友達だろうと思っていたが、まさかそれ以上の関係だったとは………。
「花火の婚約が決まった頃、私もよく二人に会っていた。花火とフィリップの仲の良さは、私から見ても微笑ましいものでな。」
つまりは相思相愛。
花火とフィリップは、既に一生を約束した仲だったのだ。
「二人は末永く幸せにあると思っていた………。あの日までは………。」
おそらくはフィリップの命日の事だろう。
何らかの事情でフィリップは命を落としてしまった。
それが一生を誓ったフィアンセであるなら、花火のあの様子にも納得がいく。
「それで、花火くんはフィリップさんの墓に寄り添っていたのか。」
「そうだ。あれ以来、花火はショックから喪服を脱ごうとはしなくてな………。」
花火の様子を思い出したか、グリシーヌは悲しげな表情で俯いた。
「グリシーヌも、話があるって言っていたけど………。」
「いや、貴公と同じ話だった。失礼する………。」
そう言って、グリシーヌは足早に楽屋を後にした。
「そうか………。あれはフィアンセの墓だったのか………。」
愛した人に先立たれ、残された苦しみがどれだけ大きいか。
それは、大神自身もよく知っていた。
巴里は華の都。
芸術を始めとする様々な文化が軒並み名を連ねている。
その一角が、オペラであった。
役者が舞台を舞い歌う様は、さながら生きた芸術である。
しかし、それを真上から冷ややかな視線で見る者がいた。
「ああ、なんと悲しく滑稽なるかな。享楽に溺れる愚かな人間共よ。」
芝居がかった口調で、声がした。
「教えてやろう、幾千の灯を点しても、消えぬ闇がある事を。見せてやろう、幾千の朝を迎えようとも、醒めぬ悪夢がある事を………。」
目の前で演じられる悲劇の舞台に嘲笑を浴びせ、跡形もなく消えた。
「闇に生まれながら、幾重の闇を打ち消したる我が裏切り者よ。見せてやろう………、その見せ掛けの光では救えぬ、底なき闇を!」
夜の闇に包まれた巴里を疾駆する影。
その足が止まったのは、一つの豪邸の前だった。
「感じる………、ここに。引き裂かれし心が………、闇を求める乙女の心が………。」
「フィリップ………、覚えていますか?あの日の事を………。」
漆黒の身体を闇に溶け込ませ、二つの目がギラリと花火を捉えた。
まるで、獲物を見つけた猛禽類のように。
「見せてみよ、その永久なる願いを。」
影の目が光った。
そこは目の前と同じ部屋。
今見える少女が笑顔を見せている。
唯一違う事があるとすれば、身に纏う服が黒ではない事だろうか。
「フィリップ、来てくれたの。お茶を煎れるから、座って待ってて。」
少女が嬉しそうに誰かの名前を呼ぶ。
すると、一人の青年が姿を見せた。
「花火、お茶なんかいいよ。さぁ、こっちへおいで………。」
「は、はい………フィリップ………。」
顔を赤く染め、フィリップと呼ばれた青年に寄り添う少女。
すると、フィリップは少女を抱きしめて囁きかけた。
「可愛い花火………。素敵な笑顔を、僕を見せておくれ。」
「はい………、フィリップ………。」
「ついに、ついに見つけたぞ!この乙女こそ、我が捜し求めた君!!」
影は歓喜に震えた。
「黄泉の国へ旅立った恋人を愛するが故に望まれる死。そのか弱き心に、そのあどけなき胸に、何と深い闇が渦巻いている事か………。」
影は喝采を上げた。
捜し求めていた闇が、ついに見つかったのだ。
芝居の役者を発掘した監督にも似た様子で、影は喜びにうち震えた。
「見るがいい、愚かな人間共。見るがいい、哀れな裏切り者。そのかりそめの光を、我が君の闇に沈めてくれるわ!」
冷たい夜空に、漆黒の羽が羽ばたいた。
「………。」
その夜、ダイゴは中々寝付けずにいた。
原因は分かっている。
エリカの事だ。
「エリカ、ますます大神さんの事が好きになっちゃいました!」
昼に公園で聞いた一言が、しつこく耳に残る。
自分の見ていない所で、エリカは確実に大神に靡きつつあった。
「本当に、あの人がいいのかな………。」
ほんの数ヶ月前に現れた自分と同じ日本人。
そんな奴に、自分は負けるのか。
そう考えると、無性に悔しくて仕方がなかった。
「………。」
ダイゴは黙ったまま、懐からスパークレンスを取り出した。
月の光を反射し、優しい光を放っている。
「ねぇ、ティガ………。」
ダイゴは、彫刻に眠る巨人に問い掛けた。
「君にも消せない闇はあるの?例えば………、」
僕の心のように。
そう言いかけ、ダイゴは止めた。
返ってくるのは沈黙だけ。
また心の傷を深いものにするだけだ。
しかしダイゴは気付かなかった。
夜空に輝く星の一つが、ダイゴを慰めるように輝きを増した事を。
ウルトラの星………。
その星の名前を、ダイゴはまだ知らない。
「ああダイゴさん。いい所に来て下さいました、ハイ。」
ダイゴが教会に来るや、レノ神父が慌てた様子で走り寄って来た。
「どうしたのレノ神父?」
「じ、実は………エリカさんがいきなり花火さんという方にプレゼントをするとか言って、市場の方へ大張り切りで………。」
そう言って市場を指差すレノ神父。
その方角を見て、ダイゴも冷や汗を流した。
エリカは一日に一回必ず何か失敗をする。
特に張り切っている時は、不思議と失敗の可能性が倍増してしまうのだ。
つまり………、
「私はこれからミサがありますので、どうかエリカさんを………。」
「分かった、エリカさんの事は任せて!」
エリカがまだドジを踏んでいない事を祈りながら、ダイゴは一目散に市場へと駆け出した。
「………ん?あれは………。」
不意に窓の外を過ぎった影に、大神は目を凝らした。
物凄く急いだ様子で走り抜けた黒い影。
もしやダイゴではなかろうか。
「どうかされましたか?大神さん。」
「え?あ、いや、何でもないよ………。」
向かい側の席に座る花火にそう答え、大神は食べかけの豆腐の冷や奴を一口頬張った。
この日、大神は昨日と同じように墓参りをしていた花火と会い、一緒に少し早めの昼食を取っていた。
フィアンセを失った悲しみから立ち直れずにいる彼女を少しでも励ましてあげようと考えたからだ。
そこで、巴里に来てからよく行くレストランで食事を提案した。
幸い花火もグリシーヌとよく来るらしく、殿方の頼みは断れないと了承してくれた。
「ありがとうございます。わざわざ日本食を選んでいただいて。」
「いや、たまたま今日のオススメ料理が日本食だっただけだよ。」
大神はそう言うが、半分は花火の言う通りだ。
フランスのレストランは決まったメニューがない。
基本的にシェフが朝から食材を買い揃え、その食材からメニューを考えるのだ。
中でも今日のオススメ料理は、シェフがその日に仕入れた食材をふんだんに使用している最高の一品。
味は当然の如く絶品だが、その分値段も高い。
特に今日の日本食は、フランスでは中々手に入らない食材のために値段も高い。
加えて大神も、巴里華撃団の隊長とはいえ普段はシアターのモギリである。
当然の事ながら、給料はそんなに高くない。
実際に今日の食事で、大神の財布はかなり寒い事になっていた。
「(良かった。花火くん、少し元気になってくれたみたいだな。)」
墓地で会った時と比べて、僅かだが花火に笑顔が増えた。
そのための代償は大きかったが、彼女が元気になってくれるなら大した事ではない。
しかし、その安心も長くは続かなかった。
「お食事、美味しかったです。ありがとうございました。」
昼食を食べ終え、外に出た花火が大神に礼を述べた。
どうやら大分元気を取り戻してくれたようだ。
「それじゃあ、グリシーヌ邸まで送って行くよ。」
「はい。お願いいたします。」
そう言って歩き出そうとした時だった。
突然辺りに黒い羽根が舞い降りて来たのである。
「な、何だ!?」
驚きつつも花火を守ろうと警戒する大神。
すると、二人の前に黒い不気味な影が現れた。
「貴様………、怪人か!?」
その姿を見るや、大神が吠えた。
漆黒のマントとシルクハット。
そして黒く尖った嘴。
まさに闇に溶け込む姿に対し、獲物を捉える二つの目はギラリと光っている。
「我が名はマスク・ド・コルボー。お初にお目にかかります。黒き衣のマドモアゼルよ。」
「黒き衣のマドモアゼル?花火くんの事か!?」
芝居がかった口調で迫るコルボーなる怪人から花火を庇うように立つ大神。
すると、コルボーは打って変わって大神に殺気を漲らせた。
「愚かなる男よ!貴様になど用はない。」
その時、花火が信じられない事を口にした。
「………フィリップ………?フィリップなのね………?」
「なっ!花火くん!?」
振り返った大神は驚きに目を見張った。
それもそのはず。
何故なら花火は、目の前に立つ怪人に怖がる様子もなく、むしろ微笑みながら近付いて行くからだ。
どういう事かと訝しむ大神だったが、次にコルボーが放った一言で全てを理解した。
「待たせてしまったね、花火。さあ、僕の側へおいで。」
「はい………、フィリップ………。」
コルボーの異なった口調と、コルボーをフィリップと呼ぶ花火。
コルボーは幻術が何かで、花火が自分をフィリップと錯覚させているのだ。
花火もフィリップへの思いからか、正常な感覚を失っている。
「行くな花火くん!うわっ!」
大神は花火を止めようとするがその瞬間、周りの黒い羽根が一斉に烏に変身して大神に襲い掛かって来た。
「さあ花火、僕らだけの世界へ行こう。誰にも邪魔されない世界へ………。」
「はい、フィリップ………。」
その間にも、花火はコルボーに抱かれて連れ去られてしまった。
「花火くん!くそっ………!!」
何とか烏の群れを追い払い、大神は空を行くコルボーを追い掛けた。
その頃、ダイゴの姿は市場にあった。
「………また随分とやっちゃって………。」
「クスン………、ごめんなさい………。」
ため息をつくダイゴに、半ベソで謝るエリカ。
二人の手には、揃って包丁とジャガ芋が握られている。
実はエリカが何かしらのミスをして八百屋の屋台を一つ壊してしまい、罰としてジャガ芋の皮剥きを手伝わされていたのだ。
そこにちょうどダイゴが到着し、仲良く二人で皮剥きをする事になったのである。
「それにしても、本当にこのカゴ全部剥くように言われたの?」
そう言って、ダイゴはまたカゴから一つジャガ芋を手に取った。
既に30個近い数のジャガ芋を剥いているが、山積みにされたジャガ芋は一向に減る気配がない。
そもそも売り物のジャガ芋をこんなに剥いていいのかも怪しい。
しかし、エリカはキッパリと言った。
「本当です!ダイゴさん、エリカの事信じてくれないんですか?」
「いや、疑ってる訳じゃないよ。変な事頼むと思って………。」
常識的に考えて、このカゴ全部のジャガ芋を剥くのはおかしい。
もしかしてエリカの事、また何か聞き違いをしているのではなかろうか………。
また一つジャガ芋を剥き終えてダイゴがそう思った時、聞き覚えのある声が耳に届いた。
「おやおや、いつかの猿君。今度は市場のお手伝いかな?」
それは、以前ダイゴを猿呼ばわりしてけなした巴里の貴族、ダニエルだった。
前にグリシーヌに一喝されて懲りてないのか、ふてぶてしい態度は以前のままだ。
「………!!」
「おやおや、どうしました?ミーの華やかさに、声も出ないかな?」
何かに気付いた様子で目を見張るダイゴに、ここぞとばかりに胸を張るダニエル。
しかし、ダイゴが見ていたのはそんなものではなかった。
「(あれは………、花火さん!!)」
何と雨雲が立ち込める空に、黒い影に抱かれた花火が見えるではないか。
それと同時に、懐のスパークレンスが光を放った。
「(間違いない!怪人が現れたんだ!!)」
「まあ、君にも人を見る目があったとして、ミーも何か買ってあげよう。」
「え!本当ですか!?エリカ大感激です!」
気を良くしたダニエルに、エリカは剥いたジャガ芋を全部押し付けた。
「さあどうぞ!剥いてあるので、すぐに料理出来ますよ!」
「なっ!?ち、ちょっと待て!ミーは一つで………!」
「遠慮しないで!お店の人も喜んでくれますよ!」
「冗談じゃない!ほら、そこの猿君!君も何か言って………!」
ダニエルがそう言って振り向いた時、ダイゴの姿は忽然と消え、代わりに店の主人が立っていた。
「おう嬢ちゃん。ジャガ芋は剥き終わったか?」
「はい!この方が全部買いたいと………。」
「待て!ミーは………!!」
「本当かい?ありがとよ。ジャガ芋120個で1200フランな。」
「そ………、そんな~!!」
かくして、ここに赤い修道服に涙を呑む者がまた一人増えた。
オペラ・ガルニエ。
数ある巴里の舞台の中でも、「オペラ座」という二つ名を持つ程の人気を集める舞台だ。
コルボーは、追い掛けて来る大神ともう一人の人物を冷ややかに見下ろしつつ、黒き衣のマドモアゼルと共にこのオペラ座にやって来た。
「待て!花火くんをどうするつもりだ!」
「フハハハハ!男の嫉妬程醜いものはないな。そうだろう、花火。」
妨害をかい潜って追跡して来た大神に、コルボーが侮蔑を吐き捨てる。
「大神さん、私達の邪魔をなさらないで下さい。」
「は、花火くん!」
完全にコルボーをフィリップと信じ込んでいる花火までも、大神を睨む。
「フハハハハ!美しきマドモアゼルよ。貴女の願い、叶えましょう。このマスク・ド・コルボーが!」
言うや、コルボーは花火を連れてオペラ座の中に消えた。
「待て!」
その後を追い掛けようとする大神。
しかし、オペラ座の入口で何かが大神を弾いた。
「くそっ、結界か!」
おそらくコルボーの仕業だろう。
これではオペラ座の中に侵入出来ない。
「大神さん!」
市場から走って来たダイゴが到着したのは、その時だった。
「ダイゴ!何故ここに!?」
思いもしない人物の登場に驚きを隠せない大神。
すると、ダイゴは肩で息を切らしながら言った。
「市場で花火さんが怪人に連れて行かれる所を見たんだ。奴は?」
「この建物の中だ。しかし、結界が張って………。」
そう言いかけた大神だったが、それより先にダイゴがオペラ座に向かって駆け出した。
「ま、待てダイゴ!そこから中には………!」
慌ててダイゴを止めようとする大神。
しかし、ここで更に驚くべき出来事が起こった。
何と、ダイゴは大神が弾かれた結界を事もなげに素通りしてしまったのだ。
結界の存在に気付いていないのか、ダイゴはそのままオペラ座の中に入って行く。
「くっ………、ここはシャノワールに戻らなくては………!」
このままでは花火はおろか、中に入ったダイゴも危険だ。
大神は急いで、シャノワールに取って返した。
外界から遮断され、漆黒の闇に閉ざされたオペラ座の舞台。
その舞台の中央に、スポットライトが当てられた。
「ああ………、フィリップ………。」
亡き恋人の笑顔にまどろみ、その場に立ちすくむ花火。
ダイゴがその舞台に駆け付けたのは、その時だった。
「見つけたぞ!花火さんをどうするつもりだ!?」
「やはり来たか、かりそめの光に縋る裏切り者よ………。」
ダイゴの姿に、コルボーの目が光った。
「我はマスク・ド・コルボー!愚かな人間共に裁きを与え、哀れな裏切り者を闇に沈める者なり!」
「何!?」
その時、闇に閉ざされた周囲が急激に歪みはじめた。
「舞台は作られ、役者は揃った、さあ、死のオペラの開幕だ!!」
「………くっ!こ、これは………!?」
目の前に広がる光景に、ダイゴは絶句した。
闇に覆われていたはずの舞台。
それが、豪雨に曝される船の甲板に変わっていたからだ。
「………。」
虚ろな表情で座り込む花火。
おそらく目の前の状況すら、見えていないに違いない。
「ククク………、哀しき黒衣のマドモアゼル。この悲劇の舞台に幕を降ろせるのは、奴の、そして貴女の死を以ってのみ!」
そんな花火にぬけぬけと言うコルボー。
しかし、そこに別の声が割り込んで来た。
「そうはさせん!!」
「あ、あれは………!」
後ろには、五つの光武Fが立っていた。
グリシーヌに続き、全員が声を合わせる。
「巴里華撃団、参上!!」
「怪人!花火くんを幻から解放しろ!!」
二刀を突き付け、大神が叫んだ。
すると、コルボーはヒラリと五人の前に立つ。
「幻?この雨を、幻と思っているのかね?」
「何!?」
大神を尻目に、コルボーはヒラリと甲板に降り立ち、語りはじめた。
「これは、美しくも悲哀に満ちた物語。オペラ座は、裏切り者と共に冷たい海へ沈んでいくのだ。」
コルボーが再び移動した。今度は煙突の上だ。
「そう………、かつてこの海に沈んだ、一隻の船のように………!!」
その言葉に、人一倍反応する者がいた。
巴里華撃団の中で唯一花火の過去を知るグリシーヌだ。
「まさか………、あの日の花火の記憶を再現しようというのか!?」
「あの日?グリシーヌ、どういう事だ?」
大神に尋ねられ、グリシーヌは躊躇いながらも話しはじめた。
「あれはちょうど一年前。花火とフィリップの船上披露宴の時だ………。」
あの日、雲が立ち込めていたが、二人の幸せな笑顔で披露宴は盛り上がっていた。
だが、フィリップが花火に指輪を嵌めたその時、船を衝撃が襲った。
隣国の水爆の誤認発射事故と言われている。
船は揺られ、笑い声は悲鳴に変わった。
そして折悪く嵐が来て、船が傾いたのだ。
「花火、この柱に掴まれ!!」
フィリップは咄嗟に、花火を近くの支柱に掴まらせた。
だがその瞬間、激しい衝撃が再び船を襲ったのだ。
「フィリップ!」
船は大きく傾いた。
柱に掴まった花火は平気だったが、フィリップは雨で滑った甲板にしがみつく状態になってしまった。
「フィリップ!もう少し手を伸ばして!!」
「人を呼んでくる!フィリップ、花火!それまで待つんだ!!」
今思えば、それが失敗だったかも知れん。
花火は必死に手を伸ばしたが、僅かに届かん。
私は、一刻も早く助けを呼びに船に戻った。
「フィリップ!もう少しだけ頑張って!!すぐにグリシーヌが助けを呼んでくれるから!!」
花火はフィリップを泣きながら励ましたそうだ。
すると、フィリップにこう言われたらしい。
「花火………、泣かないで。花火は、笑顔が一番綺麗なんだから………。」
「フィリップ!」
「だから、微笑んでいておくれ。花火………、愛してるよ………。」
「フィリップ………!?フィリップ!!
嫌あああぁぁぁ………!!」
私が人を連れて甲板に戻ったのは、ちょうど花火の悲鳴が聞こえた時だった。
「花火!フィリップは、フィリップは無事か!?」
まさかとは思ったが、私は一縷の望みを賭けて尋ねた。
だが、花火の答えは予想を裏切ってくれなかった。
「フィリップ………。」
力のない返事。
何よりそこにフィリップがいない事が全てを物語っていた。
「まさか………、フィリップが………!?………花火、済まない!私がもう少し早ければ………!!」
謝って済むような事ではない。
しかし、花火の口から出た言葉に、私はハッとした。
「いいのよ、グリシーヌ………。」
「花火………?何故笑っているんだ………?」
雨に濡れた花火の顔は、涙を流しながら笑っていた。
理由が分からず尋ねる私に、花火はこう答えた。
「フィリップが言ったの。ずっと微笑んでくれと………。」
花火はそう言って、フィリップの名前を呼んだ。
笑顔のまま、泣きながら。
「………そうよね………、フィリップ………。」
「そんな………、結婚式の日に恋人を亡くしたなんて………!」
予想だにしない花火の悲しい過去に、エリカも表情を暗くする。
「その通り。これは彼女が一年前に愛する者を失った記憶。」
それとは対照的に、コルボーは高らかに笑った。
まるでこの悲劇に酔いしれるかのように。
「今ここに蘇らせよう!幸せに満ちた結婚式の夜を!そこに訪れた悲嘆劇の夜を!悲哀のマドモアゼルは幻に微笑みながら、冷たい海の底で永久に眠るのだ!!」
それと同時に、激しい衝撃が船を襲った。
一年前に悲劇の始まりを告げた、あの時のように。
「大神さん!花火さんを助けないと!」
「そうだな。よし、急いで花火くんの所へ行くぞ!」
エリカの提案を受け、大神が指示を出す。
しかし、ここで異を唱える者がいた。
グリシーヌである。
「いや、私はあの怪人を斬る!花火の心を弄ぶ外道を、許してはおけん!」
「あんな所まで行ったら危ないよ!イチローが海に落ちちゃうじゃない。」
「おいおいどうすんだ?バラバラじゃねぇか。」
ロベリアの指摘通り、エリカ以外は大神の指示を聞こうとしない。
確かにコルボーの卑劣な手口は許し難いし、直接波に曝される甲板は危険だろう。
しかし、大神は何よりも花火の救出を優先した。
「頼む、今は俺の指示を聞いてくれ。誰かが指揮を取らなければ、本当にバラバラになる。」
部隊が分裂してしまえば、チームワークどころではなくなる。
ただでさえ一刻を争う状況なのだ。
こちらからピンチを招く余裕はなかった。
「確かに。では隊長、指揮を任せるぞ。」
「イチロー、無茶しないでね。」
「アンタもやるねぇ。決まったんなら早いとこ動こうぜ?」
「よし、甲板に移動して、花火くんを救出するぞ!」
大神の指示を受け、五つの光武Fは一斉に動きはじめようとした。
だがその時、コルボーの怪しい笑い声が聞こえて来た。
「フハハハハ!そんな事をしても無駄だ。さあ、来るがいい。宇宙を蹂躙する、魔の大怪獣よ!!」
コルボーが腰に下げたレイピアを抜き、雲に覆われた空に向けた。
その時、真上から微かに鳴き声が聞こえて来たかと思うと、巨大な黒い影が物凄い勢いで船の側に現れた。
「あ、あれは………!!」
その姿に、大神は戦慄した。
何故なら………。
「ポキャーッ!!」
怪獣の咆哮が海を揺らし、船を揺るがした。
間違いない。
いや、間違いようがない。
五角形の身体と、ペンギンのような顔。
そして腹部にあるもう一つの口。
「ベ………、ベムスター………!!」
まさに3年前の悪夢を彷彿とさせる、宇宙大怪獣ベムスターがそこにいた。
「………そういう事か………。
船の煙突からベムスターを見下ろし、ダイゴが呟いた。
すると、その後ろからコルボーが口を開く。
「あの愚かなる男から逃げている時に少し記憶を覗かせてもらった。かの男が最も強かったと戦く大怪獣。貴様に奴が倒せるか!?」
それは、ダイゴがティガである事を見越しての、コルボーからの挑発だった。
花火の生きる事に絶望して生まれた闇の中で、巴里の平和を守る巴里華撃団とウルトラマンティガをまとめて始末する。
それがコルボーのシナリオだったのだ。
「やってやるさ。光の力、見せてやる………!」
ダイゴは決意と共に、スパークレンスを暗黒の空に掲げ、叫んだ。
「ティガーーーーーッ!!」
「チャーッ!!」
大空を舞い、ティガがベムスターの前に降り立った。
「ウルトラマンティガ!!」
突然の巨人の登場に驚く大神。
すると、隣にいるエリカが叫んだ。
「大神さん!今の内に花火さんを!」
「よし、分かった。みんな、行くぞ!!」
「「了解!」」
ティガは、ベムスターを船に近付けないよう船を背中に庇い、ベムスターと対峙した。
怪獣の大きさで生まれる波の高さは半端ではない。
そんな波が船を襲えば、たちまち甲板にあるもの全てが流されてしまう。
絶対にベムスターを船に近付かせる訳にはいかなかった。
「チャッ!」
ティガはベムスターの注意をこちらに向けさせるべく、ハンドスラッシュを放った。
青白い小さな光弾が、ベムスターの顔を掠める。
「ビィー!!」
すると、狙い通りベムスターは標的をティガに変えて襲い掛かって来た。
「チャッ。」
ティガは避ける事もなく、突進して来るベムスターの片腕を捕まえ、横に投げ飛ばした。
「ビキュッ!?」
一回転して海にたたき付けられるベムスター。
そこに、ティガが馬乗りになって追い撃ちをかけた。
「ハッ!ハッ!チャッ!」
激しいパンチのラッシュを浴びせるティガ。
形勢がティガに傾いたかと思われたが、そう簡単に勝たせてくれるような相手ではなかった。
「ビィッ!!」
何とベムスターは、腹部の口に海水を吸い込ませ、一気に吐き出したのである。
「ジュワッ!?」
思いも寄らぬ反撃に吹き飛ばされるティガ。
すると、ベムスターは両翼を羽ばたかせて空に舞い上がった。
「ポキャーッ!」
そして頭からミサイルの如く、ティガ目掛けて飛び込んで来たのである。
「ジュワッ!?」
大きく後ろに吹き飛ばされるティガ。
ベムスターは更に追い撃ちをかけるべく、再び空へ舞い上がる。
しかし、ティガもやられてばかりではなかった。
「ンゥゥゥ………、ハッ!」
額のクリスタルを発光させ、パワータイプにチェンジする。
そこに、ベムスターがまた頭から突っ込んで来た。
「ポキャーッ!!」
しかし、パワータイプにチェンジしたティガには、ベムスターは格好の的だった。
「チャッ!」
何とティガは、マルチタイプの時は吹き飛ばされた程のベムスターの一撃を、いとも容易く受け止めたのである。
それだけではない。
ティガはそのまま脳天から、ベムスターを地面にたたき付けたのだ。
ウルトラヘッドクラッシャー………敵を持ち上げて脳天から地面に沈める、パワータイプの豪快な力技だ。
「チャーッ!!」
「ビキュッ!?」
凄まじい轟音と共に、ベムスターの頭が海中に消える。
「ハァァァ………!!」
ティガは弱ったベムスターにトドメを刺すべく、胸の前に圧縮したエネルギーボールを生み出す。
「あっ!デラシウム光流だ。」
気付いたコクリコが叫んだ。
ゲオザークやアンタレスを倒して来たティガの必殺技。
しかしその場の誰もがティガの勝利を確信する中、大神がハッとした様子で叫んだ。
「駄目だティガ!デラシウム光流は使うなっ!!」
だがそれはもう遅かった。
「ダアッ!!」
赤く光るエネルギーボールが、一直線にベムスターに撃ち込まれる。
だが次の瞬間、信じられない事が起こった。
「ビィーッ!」
ベムスターが待ってましたと言わんばかりに腹の口を広げた。
すると、腹の口がデラシウム光流をまるごと吸い込んだのである。
「う、嘘………!」
「馬鹿な!デラシウム光流を吸収したと言うのか!?」
驚愕の表情を浮かべる巴里華撃団。
しかし、ベムスターは更なる反撃に転じた。
「ポキャーッ!!」
何と、先程吸収したデラシウム光流のエネルギーを、角から打ち出して来たのである。
「ジュワッ!?」
不意打ちに近いカウンターに吹き飛ばされるティガ。
すると、胸のカラータイマーが点滅をはじめた。
大技のデラシウム光流の直後にカウンター攻撃を受けたために、エネルギーが大幅に減少してしまったのだ。
「ビィーッ!!」
これを好機と見たか、ベムスターは再び空に舞い上がり、ティガに襲い掛かって来た。
「ティガがあれ程までに苦戦するとは………。何者なのだ、あの怪獣は?」
これまで負け無しだったティガの苦戦する様子に、グリシーヌがポーンを切り捨てながら呟いた。
すると、唯一その怪獣を知る大神が答えた。
「それがベムスターだ。奴は様々な光線のエネルギーを吸収し、自分のものにできるんだ。」
3年前に明治神宮でウルトラマンジャックを撃破した唯一の大怪獣。
それがまさかこんな状況で現れるとは。
「大神さん、あそこ!」
エリカが甲板の奥を指差した。
そこには、豪雨に曝されずぶ濡れになった花火の姿があった。
「花火くん!!」
大神は周囲にポーンがいない事を確認すると、光武Fから飛び出した。
「………フィリップ………。」
「花火くん、目を覚ませ!奴はフィリップさんなんかじゃない!君は騙されているんだ!」
虚ろな表情のまま恋人の名前を呟く花火に、大神は肩を揺すって語りかけた。
しかし、そこにコルボーが襲い掛かった。
「あくまでも邪魔だてする気か、愚かなる男!」
「うわっ!?」
横から突き出されたレイピアを避けたその時、船を激しい震動が襲い、甲板が大きく傾いた。
「大神さん!」
「イチロー!」
バランスを崩して甲板に張り付く形になった大神。
エリカ達は助けに行こうとするが、傾いた甲板の上では思うように動けない。
すると、ここで花火が叫んだ。
「フィリップ!死なないで、フィリップ!!」
おそらくフィリップが波に呑まれた時の事を思い出したのだろう。
花火は泣いていた。
「大丈夫だ、花火くん!俺は絶対に死なない!!」
「え………?ハッ………お、大神さん!!」
大神の叫びが心に届いたのか、花火はハッとした表情で大神を見た。
コルボーの幻術が解け、正気に戻ったのだ。
「花火くん………、気がついたんだね。」
大神が安堵の表情で花火を見た。
一方の花火は、突然変化した周りの状況に戸惑ったが、少なくとも危険な状態である事は分かる。
自分は一体どうしたというのだろうか。
レストランでコルボーに幻術をかけられた時から記憶が飛んでいる。
先程まで目の前にいたフィリップはなく、目の前には大神が一年前のフィリップと全く同じ状況に立たされていた。
「花火くん、俺は絶対に死なない………。だから、君も死ぬ事なんて考えるな!」
大神は甲板にしがみついたまま、花火に語りかけた。
「もしフィリップさんが生きてここにいれば、俺と同じ事を言ったはずだ!」
「フィリップが………。」
その時、花火は気付いた。
「いつまでも微笑んで。」
フィリップが遺した言葉の意味。
それは天国でフィリップに微笑みかける事ではなく、これから出会うであろう沢山の人にフィリップの愛した微笑みを見せてほしい………。
つまり、生きてほしいと。
「大神さん!」
花火は近くの柱に掴まり、大神に手を伸ばした。
大神を助け、この状況から生きて脱出するために。
「花火くん………!」
差し出された手を掴もうと手を伸ばす大神。
しかし、それを許さない者がいた。
「おのれ………!戯れ事はそこまでだ!!ベムスター!あの愚かなる男を先に始末しろ!」
「ポキャーッ!」
コルボーの命令を受け、ベムスターは今まで戦っていたティガに背を向け、船に向かって来た。
「チャッ!」
船に近付かせまいと、ティガは後ろから掴み掛かった。
しかし、エネルギーを消耗して弱った身体ではベムスターの進撃を食い止められない。
「ポキャーッ!」
ベムスターはティガを翼で軽く払いのけ、更に船に近付く。
すると、ティガは再び額のクリスタルを発光させた。
「ンゥゥゥ………、ハッ!!」
ティガの身体が紫に変わる。
パワータイプからスカイタイプにチェンジしたのだ。
そして、ティガは赤く点滅するカラータイマーに右手を当て、ハンドスラッシュの要領で青白いエネルギーをベムスターの頭上に放った。
ティガフリーザー………凍てつく冷気を敵の頭上で爆発させ、凍らせてしまうスカイタイプの光線技だ。
「ビィッ!?」
船の眼前に迫っていたベムスターは、完全に凍り付いた。
「ハァァァ………!」
ティガはトドメを刺すべく、両手を左右に水平に伸ばし、頭上でエネルギーを集中させた。
「ジュッ!!」
ベムスターの背中に、必殺のランバルト光弾が発射された。
青白い光の矢がベムスターの背中に深々と突き刺さる。
そして、そこから四方に亀裂が入り、ベムスターは粉々に砕け散った。
「無駄だ!マドモアゼルが死を選ばぬ限り、この悲劇に幕は降りん!」
コルボーの叫びと共に、かつてフィリップを飲み込んだ高波が迫って来た。
しかし、幻から目を覚ました花火は、コルボーの思い通りにはならなかった。
「大神さん………、私も………私も………生きたい!」
花火が今までにない大声で、そう叫んだ時だった。
突然花火を目に見える程の霊力が包み、一気に爆発したのだ。
「な、何!?グアアアア………!!」
その霊力の波動はコルボーを吹き飛ばし、オペラ座の壁にたたき付けた。
すると、その拍子に幻が消え、周りは沈み行く船はオペラ座のステージに変化した。
花火の霊力の波動と生きる事への希望が、コルボーの幻を打ち消したのだ。
「(花火くんに、これ程までの霊力があったなんて………。)」
やはりあの時の霊測機の反応は故障などではない。
花火は、コルボーの幻を打ち消せる程の霊力を秘めていたのだ。
「おのれ………、我が最高の舞台を汚しおって………!」
「黙れ!乙女の心を弄ぶ不届き者めが!」
憤怒の表情を見せるコルボーに、毅然と言い放つグリシーヌ。
大神はそれに続くように花火を庇った。
「貴様に花火くんは渡さない!花火くんは、俺達が守る!!」
「お、大神さん………!」
目の前で大胆な発言をする大神に、思わず頬を赤く染める花火。
すると、その隣によく知る人物が姿を見せた。
「大神さん!花火さんの事は僕に任せて!」
「ダイゴ!無事だったのか!」
それは、大神より先にオペラ座に潜入していたダイゴだった。
特にコルボーに襲われた様子もなく、大神達は胸を撫で下ろす。
「よし、ダイゴは花火くんを連れて、そこにあるダストシュートで避難してくれ!」
「分かった。気をつけてね!」
「大神さん、ご武運を………!!」
そう言い残してオペラ座を脱出する二人。
それを見届けた後、大神は二刀を構えて叫んだ。
「みんな気をつけろ!蒸気獣が現れるぞ!」
「愚かなる者共よ!我が漆黒の闇に沈むがいい!行け、ポーン共よ!」
コルボーの指令で、ポーン達が一斉に襲い掛かって来た。
「こ、ここは………?」
「シャノワール………だよね?」
ダストシュートを抜けて出た場所に、ダイゴと花火は仰天した。
そこは、自分達もよく知っているテアトル・シャノワールだったからだ。
「大丈夫かい?ここなら、もう安全だよ………。」
「グラン・マ!じゃあここはシャノワール!?」
「もしかして、あなたが………。」
目の前に広がる机には見た事もない設備が施されているし、真ん中には巴里の地図が映し出され、ちょうどオペラ座の地点が赤く光っていた。
「そう。このシャノワールが、あたし達巴里華撃団の本部なのさ。気付かなかったろう?」
その言葉に、二人は唖然とするしかなかった。
「観客が舞台に上がる………!?そのような事、断じて許さんぞ!!」
観客席に降り立ち、コルボーが舞台の上を睨んだ。
そこには、配下のポーン達を全滅させた大神達の姿がある。
「花火の心を弄ぶ不届き者め!その罪、万死に値する!」
斧を突き付け、猛然と言い放つグリシーヌ。
すると、コルボーが言い返す前にロベリアが言い返して来た。
「友情ゴッコはもういいからさ、さっさと片付けようぜ?」
「何だと!?もう一度言ってみろ!!」
すかさず食いつくグリシーヌ。
しかし、これが敵に付け入る隙を与えてしまった。
「仲間割れか?………面白い。この我が演出してやろう。無知にして無能な観客共の、愚かなる最期を!」
刹那、周りの空間が一瞬大きく歪んだ。
「ん………?こ、これは!!」
後ろを振り返った大神は顔を凍りつかせた。
何故なら、後ろにいたはずの仲間達がいつの間にか、ポーンにすりかわっていたからである。
「そ、そんな!いつの間に!?みんな、何処にいるの!?」
辺りを見渡しても、仲間の姿は見えない。
エリカが慌てる中、グリシーヌは斧を手に笑った。
「ふっ、小賢しい!この程度の数、すぐに切り伏せてくれる!!」
しかし、今度ばかりはそうもいかなかった。
「チッ、雑魚のくせに何て強さだ!?」
切り掛かってきたポーンの一撃を爪で防ぎ、ロベリアが悪態をついた。
強いのは当たり前だ。
何故な、今ロベリアを攻撃したのは、外ならぬグリシーヌなのだから。
コルボーは大神達に幻術をかけ、仲間をあたかもポーンに見せ掛けたのだ。
「フハハハハ!最高の茶番だ。仲間同士、醜く殺し合うがいい!」
たちまち仲間同士で戦いはじめた巴里華撃団に、コルボーが高笑いを上げた。
本来なら姿がポーンとはいえ、動きのクセなどから仲間を判断する事は可能だ。
しかし先程のロベリアとグリシーヌのように、巴里華撃団にはチームワークが低いという致命的な弱点があり、仲間の動きなど思い付きもしないのが現状だった。
しかし、その企みを阻止する者がいた。
「グガァァッ!な、何事だ!?」
突然肩を掠めた何かにコルボーが怯んだ。
見ると、目の前の床に矢が突き立っている。
「わっ!?………そうか、幻だったんだ!」
その拍子に幻術が解け、コクリコが叫んだ。
周りにいたはずのポーン達は、仲間に戻っている。
一体誰が助けてくれたのか。
疑問に思う大神達だったが、グリシーヌには心当たりがあった。
「この暗闇の中で正確に狙うあの腕前………、まさか!!」
見ると、テラスの上に光武Fが佇んでいた。
そしてもう一人………、
「北大路花火、参ります!!」
戦闘服に着替え、弓を構えた花火の姿がそこにあった。
あれから作戦司令室で大神達のピンチを知った花火は、グラン・マに頼んで予備に置いてあった光武Fに乗り込み、出撃したのである。
「おお、我が黒衣のマドモアゼルよ………。我のもとに戻るのだ………。」
花火が戻って来た事に安堵してか、コルボーは再びフィリップに姿を変えて花火の前に現れた。
「さあ、花火。こっちにおいで………。」
「………。」
花火は無言で目の前の恋人を見た。
それが本物でない事は十分承知している。
どんなに愛しいあの声に囁かれても、応える訳にはいかなかった。
「長い間、一人で淋しかったろう?僕の側においで………。」
「フィリップ………。」
花火は弓を下ろすと、静かに目を閉じた。
胸に手を当て、心を落ち着かせる。
「フィリップ………、私に貴方を忘れる事は出来ない………。」
「そうだろう?さあ花火………。」
笑いかけるフィリップ。
すると、花火はしっかりとその顔を見据えて言った。
「でも、いつまでも貴方の笑顔に縋る訳には行きません。フィリップも、それを望んではいないでしょうから。」
「花火?何を言うんだ。僕は君を迎えに来たんだよ!」
「ごめんなさい………、私はまだ、貴方の許へは行けません。」
それは、過去との完全な決別だった。
花火は自ら、コルボーの幻を打ち破ったのだ。
「………それと、フィリップに会わせてくれて、ありがとうございました………。」
コルボーに一礼を返す花火。
その瞬間、彼女の胸の中の闇が急速に消えていくのを、コルボーは感じ取った。
「マドモアゼル………、貴女までも我を拒み、光を見出だすというのか………!?」
コルボーは態度を一変させ、花火にレイピアを突き付けた。
「幕だ!貴様達の死を以って、幕を降ろしてくれる!!」
「怪人が嫉妬か?見苦しいぞ、マスク・ド・コルボー!!」
ここぞとばかりに言い返す大神。
すると、その言葉がコルボーの逆鱗に触れた。
「黙れ!蒸気獣『セレナード』、夢幻の闇よりいで、我が漆黒の翼となれぃ!!」
言うや、コルボーはマントを空に放り投げた。
すると、マントはたちまちに烏の形をした蒸気獣へと姿を変える。
「巴里華撃団!貴様らの朱き血で、このオペラ座を染めてくれるわ!!」
その叫びと共に、今度はコルボーの真後ろに黒い光が集まった。
すると、黒い光はたちまちに一匹の怪獣へとその姿を変えた。
「我がしもべ、変形怪獣ガゾート!我と共にあの愚かなる者共を引き裂くがいい!」
「グワーッ!!」
コルボーの声に応えるように、ガゾートが咆哮を上げる。
大神はガゾートとセレナードを見据え、指示を出した。
「目標、敵蒸気獣及び怪獣の撃破!行くぞ!!」
「「了解!」」
「オーナー、敵は新たに敵怪獣を放って来ました!」
「生体反応がありませぇん!怪人が生み出した人工生命体みたいですぅ!」
「………多分負の感情や心の闇を実体化させたんだろうね。となると、ベムスターもあの怪獣の生み出した幻と見るべきか………。」
メルとシーの報告を元に、グラン・マはモニターに映し出されたガゾートなる怪獣を分析した。
相手は幻でオペラ座を包む程の力を持っている。
特に大神の記憶からベムスターのデータを盗み出してコピーする手際の良さは、敵ながらあっぱれだ。
おそらくコルボーにとって、闇を形に変える事など造作もないのだろう。
瞬時にあの怪獣を召喚して見せたのが、何よりの証拠だ。
「まあ、いくら闇を集めようがムッシュと彼の前には無力だよ。」
「彼?誰の事ですぅ?」
首を傾げるシー。
すると、メルが気付いたように笑った。
「オーナー、その彼が到着したようです。」
見ると、モニターにはガゾートの前に立ちはだかる光の姿があった。
「あー、ウルトラマンティガだ!!」
「(頼んだよ………ダイゴ………。)」
再び現れたティガは、ガゾートの姿を見つけるや掴み掛かった。
「チャッ!」
「ガアアアアッ!」
激しくぶつかり合うティガとガゾート。
その隣で大神達もまた、コルボーの操るセレナードど戦っていた。
「おのれウルトラマンティガ!貴様も我の舞台を邪魔だてするか!」
怒りを隠そうともせず、セレナードは翼を羽ばたかせて突風を巻き起こす。
「命の瞬きを見せておくれ!ああ、夜ね闇よ!レ・デスフィネス!!」
身を切り裂く突風が襲い掛かった。
大神達は反撃を試みるも、強い向かい風に押し返されて近付けない。
一方でティガもまた、ガゾート相手に苦戦を強いられていた。
「ハッ!」
気合いと共に正拳突きを繰り出す。
しかし、その一撃はガゾートの身体を突き抜け、そのままティガの腕を捕らえてしまったのだ。
「ジュワッ!?」
ティガは慌てて引き抜こうとするが、ガゾートの身体は復元されてしまい、中々引き抜けない。
その間にガゾートは、満足に動けないティガに攻撃をはじめた。
「ガアアアアッ!!」
口から黒い光弾を次々と連射する。
至近距離からの激しい攻撃に、ティガのカラータイマーは程なく点滅をはじめた。
「フハハハハ!ガゾートは闇より生まれし我がしもべ。貴様ごときに倒せはしない!」
勝ち誇ったようにコルボーが笑う。
しかし、それが裏目に出てしまった。
「(闇から………?それなら………!)」
ティガは何かに気付いたように動きを止める。
そして、胸のカラータイマーを発光させた。
まばゆい閃光で敵を牽制する、タイマーフラッシュである。
「ガアアッ!?」
突然の光に驚き、ガゾートはティガの腕を離して後ろに下がった。
「ハッ!」
ティガは発光するカラータイマーの前に両腕を交差させた。
すると、カラータイマーに四方八方から光が集まってくる。
タイマーフラッシュスペシャル………光に弱い相手に限定して、凄まじい光量の光を浴びせるタイマーフラッシュの強化盤だ。
「チャッ!!」
両腕が降ろされ、目が眩む程の光がガゾートに浴びせられた。
闇が形を変えたものなら、まとめて光で掻き消す事が出来る。
ティガはそう考えたのである。
「ガアアアア………!!」
光に全身を貫かれ、ガゾートは断末魔の叫び声と共に跡形もなく消滅した。
「ば、馬鹿な………!!我の操る闇が、そのまがい物の光に負けたというのか………!?」
自らが闇から生み出した怪獣が容易く敗れ去り、コルボーは呆然となる。
その隙を、花火は見逃さなかった。
「今です!北大路花火、一の舞………、金枝玉葉!!」
ボウガンから放たれた矢は、寸分の狂いなくセレナードの翼を射抜く。
「なっ………!!」
飛行能力を失い、落下するセレナード。
その下で、大神が二刀を抜いて待ち構えていた。
「狼虎滅却………、刀光剣影!!」
青白い稲妻が大神の二刀からほとばしり、セレナードの胸を×の字に切り裂いた。
「かりそめの光に負けるとは………、我が闇も、かりそめに過ぎなかったというのか………!!」
予想もしなかった舞台の結末に驚きつつ、コルボーはセレナード諸とも爆発四散した。
「………申し訳ありません。私のために、皆さんを危険に晒してしまって………。」
戦いを終え、花火が大神達に頭を下げた。
元々の始まりは、自分がフィリップの過去を引きずっていたから。
そう思い、自責の念に駆られたのだろう。
「そんな事はないよ、花火くん。君のおかげで、俺達は勝てたんだ。」
「胸を張れ、花火。そなたの今の姿に、きっとフィリップも喜んでいるだろう。」
その事を察し、大神もグリシーヌも花火に笑顔で答える。
すると、ようやく花火も笑顔を返した。
「は、はい………。」
「よし、隊長。いつもの締めをやらねばな。」
花火の笑顔に頷き、グリシーヌが大神に言った。
「そうだな!おいで、花火くん。」
「え、ええっ………?」
手招きする大神に、躊躇いながらも近付く花火。
そして………、
「勝利の………ポーズ………」
「決めっ!!」
「チャッ。」
その様子を見届け、ティガは静かに消え去った。
その日の夕方、大神は花火と共にフィリップの眠る墓地に足を運んだ。
「フィリップはいつも優しくて………、私も彼に甘えてばかりでした………。」
正に相思相愛。
フィリップは、花火にとって運命すら感じさせる人だったろう。
大神の隣で、花火はポツリポツリと呟くように言った。
「でも、甘えてばかりではいけないんですね………。」
「ああ。フィリップさんが安心出来るように、強く悲しみを乗り越えるんだ。」
大神が花火の肩に手を置いた。
「君はフィリップさんに心から愛を受けた。今度は君の番なんだ。」
「私の………?」
「そう。君が誰かを愛する番だよ。君は、それが出来る人なんだから………。」
優しく笑う大神。
その笑顔に、花火はフィリップとはまた違う温かさを見た。
「大神さん………。」
花火は、大神の胸に顔を埋めた。
その胸の温もりは、フィリップに抱きしめられた時の思い出を彷彿とさせた。
「今だけ………泣かせて下さい。………これで最期にしますから………。」
「ああ、いいよ………。」
大神は、優しく花火の黒髪を撫でた。
花火の頬を伝う涙が、揺らめく夕陽に照らされて光った。
揺らめく想いを断ち切ろうとする彼女の様子を、見守りながら………。
「ほら、ピエール急いで!」
客で賑わうシャノワールの客席に、ダイゴがやって来た。
その後ろには、親友のピエールの姿もある。
二人はエリカから花火も舞台に立つと聞いて、シャノワールにやって来たのだ。
「今宵はプログラムを変更して、新しいメンバーを紹介します!」
「あ、始まるよ!」
「ハハハ、ダイゴ。そう慌てないで。ここからでもよく見えるよ。」
司会のメルの声に、客席の視線が一斉にステージに向く。
すると、今度はシーが続いた。
「東洋の黒真珠!その名もタタミゼ・ジュンヌ!!」
その言葉と共にスポットライトが照らされ、タタミゼ・ジュンヌこと花火が姿を現した。
タタミゼ・ジュンヌ………フランス語で大和撫子という意味だ。
日本流の着物を纏い、奥ゆかしさを表現した踊りで客を魅了する花火に、ダイゴやピエールはもちろん、観客達全員が釘付けとなった。
「へぇ………、綺麗だね。」
「花火さん………。」
初めて会った時は、細い小枝のようにか弱かった花火。
しかし、今の彼女は違う。
悲しい過去を断ち切り、明日を見る強さを得た。
その姿が、どれだけ美しいか………。
「………私は、もうしばらくみんなと頑張って行こうと思います。悲しい事や辛い事も、逃げずに受け止めて見ます。」
拍手に包まれる中、花火は心の中でフィリップに語りかけた。
今までのように甘えるのではなく、しっかり自分の決意を以って。
「だから………、見守っていて下さい………。フィリップ………。」
フィリップの愛した微笑みで、沢山の人々に笑顔や喜びを与える花火。
そんな彼女に、フィリップが何処かで笑いかけた気がした。
「………光の巨人。まさか我等に反旗を翻すとは………。」
闇の中に、野太い声が響いた。
「ウルトラマンティガ………。我等に刃向かった罪、万死と心得い!」
<続く>
《次回予告》
メル、聞いた?オーナーがお休みくれるんだって!
それなら、シャンゼリゼにお買い物に行きましょうか。
あ、大神さん!その人お友達ですかぁ?
次回、サクラ大戦3!
《燃ゆるシャンゼリゼ》
愛の御旗のもとに………
巴里はいいなぁ~!………パン硬いけど。