(後悔は後からする。)
どうしようもない駄文ですが、読んで下さる人が1人でもいらっしゃれば幸いです。
(注意)作者は様々な作品に影響されています。「この設定見たことあるな。」と感じた方。恐らくは正解です。
舞台の幕開け
何処に在るかは分からない、とある舞台。
幕はまだ上がっておらず観客も疎ら。
しかし大勢の観客達の、これから始まる舞台を待つ声が聞こえるのは気のせいだろうか。
やがて舞台に司会者の男が現れると、観客達のざわめきは消え、男が1礼し口を開いた。
「皆様、今宵もまた舞台が始まります。幾度となく繰り返して参りましたこの舞台も、1911回目にしてようやく、予定しておりました役者が揃いました。」
男の言葉に観客達は皆様歓声を上げ、なかには拍手を送る者までいた。
「1人は、記念すべき処女公演にて、愛する女を殺し、全てを失い終幕を迎えた男。そしてもう1人は、1910回目にして、愛する男に死なれた女。この2人の役者を交え、この舞台史上最高の終幕を迎えたいと思っております。」
男は身振り手振りを交え、謳うが如く観客達を焚きつけ、それに合わせて観客達も更に歓声を強める。
「何時もの様に、ご来場の皆様方もこの舞台を彩る役者の1人であります。それでは、この台本のない舞台を、最後まで、どうかお楽しみ下さい。」
男はまた1礼し、舞台から姿を消した。
辺りの観客を見渡すが、もう幾度となく見た顔しかない。それに、人の姿と顔をしているだけであって、人間の観客は誰1人として居ない。無論私もそうなのだが。
舞台の開幕を告げるブザーが鳴り響く。またこの舞台が始まるのかと思うと、ただ傍観するだけの私だが、何時もこう思う。
願わくば、この悲劇が終わるように。と、
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この舞台の世界は、例えるなら、コイントスで偶然にもコインが真ん中で立ったような、そのような世界。
その世界は、魔術と科学、相反する2つが混ざり合った世界であった。
何時からそうなったのか、詳しい事は分からない。魔術は科学と同様に発展していったが、隠匿されるべきという考えのもとに、歴史の表舞台に立つことはなかった。少なくとも18世紀半ばまでは。
産業革命の時代から、魔術の技術は科学に浸透していった。技術屋というのは、進歩の為には平気で壁を乗り越えるものだったのだろう。魔術の総本山がロンドンの時計塔にあるのもその名残だ。
人間の身体能力に個人差があるように、魔術の技量にも個人差があり、それは魔術が使える回数といった形で現れる。
回数が多いことに比例して、先天的な魔術のセンスも向上するといった具合に。そしてその回数は、その者の血族、遺伝に大きく左右され、その回数が0になった者は死ぬ。というのが、幾人の貴い犠牲《実験台》のもとに導かれた答えであった。
如何でしょうか?このような文体ですが、暇潰しにでも。気に入って頂ければ何よりです。
次回は主人公の設定から入りたいと思います。
それでは、また次回。