新たな名と再会の調べ
「改めて、自己紹介させて頂きます。私は…沙波 麗華です。これからよろしくお願い致しますわ。」
「それじゃ僕も、僕は麗華お嬢様の付き人。橘 翔です。これからもよろしくお願いします。」
5人は屋敷に戻り、雄治の言った通り昼食の用意していた優子とユキを合わせ、食事の後2人は自己紹介をする。
「沙波か…亡くなった母親の名か?」
「えぇ、沙波 香織。私が3歳の時に病気で亡くなったわ。記憶には殆ど残ってないけれど。」
「…そうか。ならこっちも改めて。よろしくな、麗華。翔。」
直毅は2人と強く握手を交わし、キッチンの換気扇の下で煙草を吸う雄治の方を向く。
「空き部屋はどこだっけか?親父。」
「ん?確か…階段右下の1部屋、2階正面と右側に2部屋ずつ、左側のベランダに近い方に1部屋だったか。」
「だってさ。どの部屋にする?2人共。」
「そうね…私は2階正面の右の部屋に。」
「なら僕はお嬢様の隣の部屋にします。」
「そうなると、後は荷物だけか。私物はどうするんだ?」
「明日にでもここに届くと思うわ。荷造りは済ませていたから。」
「用意周到だな。さて、俺は部屋に戻るかな。」
一通りの話を終えた直毅の声に、優子の編み物を見ていたユキが反応し彼のもとに向かう。
その姿を微笑ましく優子は見て、2人はリビングを後にした。
彼らの足音が聞こえなくなると、雄治は吸殻を灰皿に落とし深く息を吐き、ソファに寝そべる凛の方を向く。
「今のうちに話しておくか。なぁ、凛。」
「そうね…いいわよね?優子さん。」
「えぇ。私達についてでしょう?」
3人はお互いに了解をとり、雄治は麗華の顔を真っ直ぐに見ると静かに尋ねた。
「話って言うよりもお願いだな。君は俺や優子、凛、そして直毅のことを"深く"知ってるんだろう?」
雄治の言葉と表情に麗華は息を詰まらせ、必死に平静を保って答える。
「…えぇ、その通りです。最初は信じられませんでした、"螺旋階段計画"なんてもの。」
その言葉に凛と優子は表情を変えることはなかったが、各々強い感情を覚える。
「でも、直毅に出会って確信しました。というよりも、確信せざるを得なかった。」
「だろうな…お願いってのは、直毅に俺達のことを、そして直毅自身のことを話さないでいて貰いたいんだ。」
麗華はその言葉の真意を汲み取ると静か頷いてみせ、雄治は元の表情に戻る。
「話はこれだけだ。引き止めて悪かったな麗華。前いた家よか狭いだろうが、自分の家だと思ってくれて構わないぜ。」
雄治は軽く彼女の肩を叩き、ほんの少しの、感じ取れない感情を残して部屋を後にした。
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何処かにある地下室
美術館といった感のあるその広い部屋は真っ白の壁と床で囲まれ、辺りには各々にポーズをとる人形達が作品の様に置かれている。
いや、正確に言えばそれは人形では無く人間であった。身体中に凝固剤と防腐剤を塗りたくられた美女ばかりが並んでいたのだ。
その部屋の中心で、一糸纏わぬ美しい白い肌と白く艶やかな長髪の少女が鏡の前に佇む。
その姿を見る者がいたのなら、誰もがその美しさに溜息を吐いただろう。
だが鏡に映る姿は、同じく白い肌に白い髪の少年の姿であり、少女はゆっくりと手を鏡に合わせ小鳥の様な声で呟き始める。
「ねぇ、望(のぞむ)兄さん。やっと彼を感じられたわ。」
『あぁ、望(のぞみ)。ようやくまた彼に会えるよ。』
鏡の中の少年の声も、小鳥の様に美しいものの、2人の声は違うものだ。鏡から声がしているのではない。"少女が"少年の声を発していた。
「覚えているかしら、私達のこと。」
『覚えているさ、彼のことだから。』
「早く会いたいわ、私の初恋の人。」
『早く会いたいな、僕の初めての友人。』
「風に乗せて呼びましょう、調べの様に。」
『夢に乗せて伝えよう、鳥の様に。』
「『早く会いにきて、"直毅"」』
2人は歌でも歌う様に語り合いその名を呟いた。
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翌日、麗華と翔の荷物が届けられ引っ越しが済み、麗華の部屋は工房兼自室といった感のシックな部屋、翔は必要最低限のものが置かれた部屋になった。多くの本がしまわれた本棚がある辺り直毅の部屋に比べればいい方ではあるが。
「新しい部屋はどいだい?麗華。」
「えぇ、落ち着くわ。ありがとう直毅。」
荷物を運ぶのを翔と共に手伝った直毅が額に溜まった汗を拭いながら尋ねると、麗華は笑顔で答える。
「そいつは良かった。しっかし本がいっぱいあるなぁ。全部魔術に関する本なのか?」
「幾らか小説もあるけど、大半はそういう本ばかりね。」
本棚にぎっちりと詰められた魔術書や召喚書を見つめていると、直毅は思い出したように手を叩いた。
「そういえば、凛さんがさっき部屋が片付いたら来いって言ってたぜ?」
「本当⁉︎早速指導して下さるのかしら。」
「さぁ?行けば分かるさ。俺は汗を流してこよう。いい運動になっちまった。」
麗華が駆け足で凛の部屋に向かうのを見ると、直毅は頭を掻いてゆっくりと階段を下りながら心の中でこんなことを考える。
(凛さんは手取り足取り教える人じゃないと思うけどなぁ…)
図らずも彼のこの考えは当たっていた。汗を流し終え麗華の部屋に向かうと、彼女は机の上に魔術書を幾つも並べ、ビンに入れられた紫色の液体の前で頭を抱えている。
「どんなお題を出されたんだ?麗華。」
「…この紫色の液体、赤い熱湯と青い冷水が混ざったものなのだけど、この混合液を元の2つの液体に戻すのが課題。」
「そいつは…初っ端からヘビーな課題だな。」
単に熱湯と冷水が混ざったぬるま湯をまた熱湯と冷水に"する"ことは難しいことではない。問題は元に"戻す"ところなのだ。
「時間を巻き戻す魔術とか無いのか?俺にはそれ位しか思いつかないが。」
「それはもう魔術の範疇を超えてるわ。時間を操るなんて魔法使いにしか出来ない芸当だもの。」
直毅の提案に麗華は呆れ顔で答えると、彼は不思議そうな顔をして尋ねる。
「そもそも、魔術と魔法って何が違うんだ?」
「噛み砕いて言えば、魔術は複雑な証明問題。魔法はシンプルな数式みたいなものよ。前者ある結果を求めるためにその過程を術式として組み上げて結果を成立させ、後者は公式に代入するだけで結果を成立させられるの。」
「その説明だと魔法の方が簡単に聞こえるけどな。でも魔法が使える奴…魔法使いってのは数えるほどしか居ないんだろう?」
「えぇ。複雑な証明と言っても使う術式自体は法則が決まっているし、努力すれば誰にでも出来るものよ。けど魔法はある結果に対する絶対的な公式…真理を創り出さなければならないの、それも1から。しかもその公式は創った本人にしか使えない。だから魔法使いは数えるほどしか居ないわけ。」
「…なるほどねぇ、そりゃ確かに難しそうだ。その課題、俺もやってみていいか?」
麗華の解説を頷きながら興味深く聴いた直毅が突拍子も無い事を尋ねると、彼女は鳩が豆鉄砲を喰らように驚いて答える。
「え⁉︎代わりはいくらでもあるからいいけれど…どうやるの?」
「なに、ちょっと思いついただけさ。手を出してくれないか?俺は1人じゃ魔力を使えないからさ。」
直毅から差し出された手に麗華はおずおずと手を向け、彼は左手でその手を握り右手をビンに向ける。手を握られた麗華は頬を上気させていたが、彼はそのことに気がつくことはなかった。
麗華の手から淡い光が直毅に流れて行き、右手からビンに向け流れていく。
光がビンを包むと、少しずつ液体が回り始め映像の巻き戻しの様に分かれていき、別に置かれた2つのビンに元の赤と青の液体としてそれぞれ分かれた。
「おぉ、案外上手く行くもんだな。」
「…信じられない…こんな簡単に出来るだなんて…」
何ともないようにビンの液体を見る直毅と対称的に、麗華は唖然として直毅とビンを交互に見つめ彼に詰め寄る。
「どうやったのよ一体⁉︎」
「落ち着けって麗華。要は考え方の問題さ。俺には複雑な術式は解らないから、どうやったら元に戻るかを考えてそれをイメージしただけだよ。」
「イメージしただけって、どんな方法を考えたのよ。」
「んー。上手く説明出来ないなぁ。でも最初に言った通り、時間を巻き戻す位しか方法が思いつかなかったから、"確定した過去"を引き出せば元に戻ると思ったんだ。」
「理解できないわ…そんなこと。しかもそれじゃ、貴方は魔法を使ったことになるもの。」
「そうかもしれないな。でも俺からしてみたら魔術も魔法も、不可能を可能にする奇跡にしか思えない。だから出来たのかもな。」
ただ呆然する麗華を他所に、直毅はまた2つの液体を混ぜ合わせながら答え彼女の方を向く。
「でも俺なんかに出来たんだ、絶対麗華にも出来るさ。邪魔したな、麗華。」
彼はそう言い残すと、彼女の肩を叩いて部屋を後にする。
1人部屋に残る麗華は未だ信じられずにいたが、ある事を思い出し呟いた。
「…"魔法使いの息子"だから出来る奇跡なのね…」
その声は彼に届くことなく消えていく。彼が真実を知るのは、もう少し先になるだろう。
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夕方、直毅達の居る屋敷に向かう1つの影があった。
直毅の親友、幼馴染みの1人の藍原 茜が体調不良で欠席する彼を心配して来たのだ。
やがて屋敷が見え始め、彼女は少し驚きながら夕陽に照らされる屋敷を見つめると、バルコニーに佇む直毅に気が付き声を上げ手を振った。
「おーい、直毅。」
「ん?茜か。どうしたんだ?」
直毅は柵を乗り越え直接玄関前に飛び降り、着地の際手についた砂や埃を払って茜を出迎える。
「身体はもう大丈夫なの?」
「あぁ。明日からまた学園に戻るさ。」
「そう、なら良かった。心配して損しちゃった。」
「おいおい、割と重体だったんだぜ?」
「でも今はピンピンしてるじゃない。なら大丈夫だったんでしょ?」
「まぁそりゃそうだが…」
溜息交じりに話す直毅に茜は屈託のない笑顔を見せ、彼もつられて笑みを浮かべた。
時を同じくしてリビング
「そろそろできそうね〜。麗華ちゃん、直毅を呼んできてくれないかしら?ベランダか部屋に居ると思うから。」
「はい。分かりました。」
夕食の用意をしていた優子は、夕食の準備の手伝いをしていた麗華に用を頼み、彼女は快く返事をしてリビングを後にする。
「麗華ちゃん、お嬢様だったとは思えない位素直ねぇ。そう思わない?雄治さん。」
「確かにな。今は鳳凰院の令嬢でも何でもない1人の女の子だ。元々そういう性格だったんじゃないか?そこらへんどうなんだ?翔。」
雄治はユキとチェスをしながら優子に返事をし、優子の手伝いをする翔に尋ねる。
「そうですねぇ。お嬢様は昔から鳳凰院の令嬢という立場を嫌っていた節はありますね。」
「なるほど。上流階級のしがらみってのは面倒この上ないだろうな。」
雄治は盤面をろくに見ず黒いナイトを動かすと、ユキは静かに白のクイーンを動かし呟いた。
「チェックメイト。」
「なぁ⁉︎本当かよ…強いなユキ、参ったぜ。」
雄治は驚愕に声を上げユキの頭を撫でながら不思議そうに彼女を見つめ、ふとこんなこんな事を考えた。
…この少女は一体、どんな人生を歩んで来のだろうか…
以前直毅が尋ねてみたところ、何も憶えていないと彼女は答え、皆過去については詮索しないでいたのだ。他人の過去など、知ってもろくなことになりはしない。特に暗い過去を持つ者には、
雄治はその疑問を振り払ってチェスの駒を片付け始める。そもそも知る必要も方法もないと。
しかし、彼は思い違いをしていた。知る方法はあったのだ、それも身近に彼女の正体を知る者が居る事を。
一方、優子に頼まれ直毅を呼びにリビングを出た麗華は、玄関の扉の外から微かに直毅の聞き扉を開けながら彼の名を呼ぶ。
「直毅、もうすぐ夕食が…」
何の意識もせず外に出た麗華は、直毅と話をする茜と目が合ってしまう。
名を呼ばれた直毅は振り返り、固まっている麗華と茜を交互に見て状況を把握し溜息を吐き麗華に返事をする。
「分かった。母さんに少し茜と散歩してくるって伝えておいてくれないか?」
「…え、えぇ。分かったわ。」
「頼むな。…茜、少し散歩に付き合ってくれ。聞きたいことは歩きながら答えるさ。」
直毅の声に固まっていた麗華は気を取り直し応え、茜は静かに頷いて彼と並び歩き始めた。
唯一冷静だった直毅は、これからどう説明しようと内心頭を抱えていた。
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「…ってな訳だ。説明はこれでいいか?」
「なるほどね…そんなことがあったんだ。」
散歩する間に、直毅は麗華の事情を掻い摘んで説明し、茜は静かに頷き呟く。
2人はやがて夕陽に染まる夢の丘まで辿り着き、茜は懐かしそうに頂上に生える大木を感慨深く見つめる。
「懐かしいね直毅。ここで毎日のように裕也と3人で遊んでた…」
「あぁ、そうだな。」
直毅も彼女につられて懐かしさに身を染めそうになるも、脳裏にジョン・ドゥの姿と自身の死を思い出し険しい表情を一瞬浮かべた。
2人は頂上までやって来ると、直毅は草原に寝そべり頭の下に腕を組み、茜は彼の後ろに座り小さく声をかける。
「直毅、膝枕してあげる。」
「え?いいよ、別に。」
「いいから、人の好意は受け取っときなさい。」
茜は強引に直毅の頭を掴むと、彼は渋々身体をずらして彼女の膝に頭を乗せると、彼女は優しく彼の髪を撫で、彼はゆっくりと目を閉じた。
風が草原と木を撫でる心地良い音だけが響き渡り、ゆっくりと陽が落ちていく。
そんな静かで永遠にも感じられる時間が過ぎ、ふと茜が直毅の顔を覗く。彼はいつの間にか寝息を立ており、彼女の頬は赤く染まる。
それが夕陽の仕業なのかそれとも別なのかは分からない。理由はなんであれ、茜はゆっくりと直毅の顔に顔を近づけていく。
やがてお互いの息がかかるほどの距離まで来ると、彼女は覚悟を決め目を閉じた…
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「…あれ?いつの間にか眠っちまったのか、俺。」
直毅は欠伸をしながら目を覚まし茜を見上げるも、彼女の表情は夕陽に照らされハッキリとは見えない。
「どうした?茜。」
不思議そうに直毅が尋ねると、茜は無言のまま勢い良く立ち上がり直毅を残し夢の丘を走り去った。
「なんだってんだよ、一体。」
取り残された直毅は1人頭を掻きながら立ち上がり呟くと、身体を伸ばし屋敷に向かって歩き始める。
直毅はふと何気なく振り返り、大木の側に人影を見た気がしたが、そこには何もありはしない。
1度首を傾げるも、彼はまた大木に背を向け家族の待つ屋敷へ戻った。
実際、そこに少女の姿はあった。美しい白い肌に白く艶やかな長髪の少女が、彼の後ろ姿を見つめていた。
「声をかけてはいけないの?兄さん。」
『あぁ、そうだよ望。そんなはしたない真似はよそう。彼を呼ぶならちゃんと用意をしなきゃ。』
「それもそうね、なら盛大に歓迎しましょう。」
2人は歌い合い風と共に消えた。
そのことを、直毅は知る由も無い。
如何でしょうか?
個人的に思い入れの強い望兄妹。
次回も望兄妹の話からかと
それではまた。