考えてる話は幾らでもあるんですよ、えぇ…
「すっかり話し込んじまった。そろそろ帰ろうかな。」
白い部屋で2人と話し合っていた直毅がふと腕時計を見ると、既に日が落ちる時間になっていた。
「もう帰ってしまうの?まだまだ話足りないわ。」
『そうだね。久しぶりの再会なんだ、もっと話していたいよ。』
2人が残念そうに直毅を引き止めようとすると、彼は『望』の頭を撫でながら立ち上がる。
「1日の終わりに夕焼けが見たくてな。やっぱり俺は自然の美しさが好みでね。」
「そういうことなら仕方ないわね。私が送っていくわ、兄さん。」
『分かったよ望。それじゃあまた、直毅。』
『望』は「望」に姿を変え、彼女に手を取られ直毅は部屋から消える。
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一方、茜は直毅を心配してまた屋敷まで訪れていた。
ベランダに座るユキを見つけると、彼女は手を振って尋ねる。
「ユキちゃん!直毅居る?」
声をかけられたユキが静かに首を横に振ると、茜は首を傾げ、屋敷を後に夢の丘へ向かう。
「どこいったのよ直毅は…」
はやる気持ちを抑えきれず、一抹の期待を寄せ夕陽に染まる夢の丘に訪れると、大木の下で煙草を吸う赤黒いフード付きのコートを着た男…ジョン・ドゥが佇んでいた。
その姿に引き寄せられるように茜は頂上に向かう。彼の手前まで来たところで、鈴を付けた黒猫が彼の前に立ち塞がる様に彼女を見つめていた。
「警戒しなくていい、ベル。彼女は人を探してるだけだ。」
ジョンがしゃがみ込んでベルの頭を撫でながら呟くと、ベルは振り返って彼の肩に飛び乗る。
心を見透かされた茜は驚いて尋ねる。
「どうしてそれを?」
「此処に来る奴の目的は大抵、独りになる為か人を探す為さ。そもそも此処に来る奴自体が限られてるからな。尤も、"独りになりたくて来る奴"は1人しか知らないが。」
「…もしかして、直毅を…東條 直毅を知ってるんですか?」
「…あぁ、"全く知らない"。そんな奴のことはな…」
「…あなたは、一体誰なんですか?」
「俺か?俺は名を捨てた死人さ。もちろん、君の事も"知らない"。」
矛盾した答えに混乱する茜を他所に、男は携帯用灰皿に煙草をしまい紫煙を吐き出す。
「さて…"夕焼けも見れた"。死人は夜の訪れと共に眠るとしよう。奴を探してるなら、もう少し此処で待つといい。」
男はそう言い残し、風と共に掻き消えた。
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それから程なくして、もう1度風が吹き直毅と望が夢の丘に現れる。
「ん?茜?」
茜の姿に驚きながら直毅が名を呼ぶと、彼女は彼のもとに駆け寄ろうとして隣にいる望に気がついて足を止めた。
「直毅…隣の人は誰…?」
「あぁ、彼女は高嶺 望。俺の"1番最初の友人"だよ。」
直毅に紹介された望は華麗に一礼し、茜を見て不敵な笑みを浮かべる。その表情に茜は一瞬背筋を凍らせた。
「貴女が藍原 茜さんね、直毅から話は聴いてるわ。貴女でしょう?直毅に口付けをしたのは。」
「‼︎ 如何してその事を…」
望の言葉に茜は心臓が飛び出るほど驚き慌てふためく。当の直毅は何のことだか分からないといった風に尋ねる。
「口付け?何の話をしてるんだ?望。」
「あら、直毅は知らないの。最近彼女に口付けされなかったかしら?"直毅と口付けをした時に感じたの"。」
「最近…?あぁ、突然帰っちまった時にしたのか。で?"それがどうかしたのか?"」
2人の言葉を聞いた茜の心には一瞬で様々な感情が濁流の様に流れ込み、堪えきれなくなった彼女の瞳からは涙が溢れる。
茜の様子を見た望はほくそ笑むと、彼女に見せつけるように直毅の頬を両手で包み込み口付ける。無垢な少女の心を壊すには十分過ぎる情熱的な口付け。
やがて夕陽に照らされた一筋の糸が切れるたと同時に茜の心の糸も切れ、彼女は涙を流しながら丘から走り去った。
「おい!茜!」
「放っておきましょう直毅。私達は口付けをした"だけ"よ。少し刺激が強過ぎたみたいだけれど、別に愛し合っていた訳じゃないんだから。彼女は、直毅の事を理解してないようね。」
茜を引き止めようとする直毅を、望は金色に輝く瞳で彼の眼を見つめながら止める。
その瞳は魅惑の魔眼。見つめた者の精神を狂わせ操る眼。その気になれば見つめるだけでその者を殺せる瞳で、彼女は彼を見つめた。
「…まぁ、そうかもしれないが…」
「そうでしょう?それじゃ直毅、今日はお別れね。此処に来てくれれば何時でも迎えに行くから。」
釈然としない直毅を他所に、望は一礼して丘から姿を消す。 1人取り残された彼は沈む夕陽に照らされながらゆっくりと丘を後にした。
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その夜、直毅達の居る屋敷。
麗華が凛からの課題を必死に考えていると、扉を叩く音が鳴り、彼女は扉の方を向く。
「俺だ、調子はどうだい?」
「直毅ね。どうぞ、入って。」
麗華が声をかけると、直毅は片手に紅茶のポットとカップを乗せた盆をウェイターのように持ってきていた。
「休憩に紅茶を淹れてきたんだ。」
「あら、ありがとう直毅。」
麗華は随分煮詰まっていたのだろう、椅子に座ったまま身体を伸ばし小さく欠伸をする。
彼は机の上にポットとカップを置き蓋を押さえて紅茶を注ぎ、彼女の前に差し出した。
「どうぞ。口に合うかは分からねぇけど。」
「ありがとう、頂くわ。」
彼女は紅茶を一口飲むと、信じられないといった感で紅茶を見つめた。
「…美味しい…こんなに美味しい紅茶淹れられるのね。」
「そいつは良かった。でも翔が淹れた方が美味いだろう?」
「この紅茶も、翔が淹れた紅茶と同じ位美味しいわよ。そういえば…翔はどうしたの?」
「翔か?親父に稽古つけてもらってるぜ。この調子じゃ、俺なんか敵わない位強くなっちまうよ。」
「Magic Killerから稽古をつけてもらえるなんてね…」
頭を掻きながら溜息を吐く直毅に、麗華はつくづく自分と翔は幸運なのだと感じでいた。
「Magic Killer?親父の渾名か?」
「えぇ。人類史上初めて魔法使いを殺した旧世代の人間。それが東條 雄治よ。」
「旧世代?あぁ、魔力が無いって意味か。全くどうやって勝てたんだよ親父は。」
「詳細は殆ど知られていないけれど、魔法使いを殺した事は事実よ。」
魔術師や魔法使いの間では悪魔の様に忌み嫌われ、兵士の間では伝説、英雄の様に語られる男。
「それなら、本人から聞いてみるか。邪魔したな、麗華。」
直毅は手を叩いて部屋を後にし、雄治と翔のいる外へ向かった。
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「お、直毅か。どうだ、久しぶりに手合わせしないか?」
「地面に笑顔で大の字になって倒れてる翔の姿がなかったらそうしたかもな。」
薄暗くなった玄関前の広場には煙草を咥える雄治と、彼の側に倒れた翔の姿があった。
「稽古つけてくれって言うからよ、軽く組手したんだが。」
「親父の言う軽くってのはあてにならないからな…大丈夫か?翔。」
「ありがとう直毅くん。いやぁ、やっぱり雄治さんは強いなぁ。一撃も入れられなかったよ。」
直毅から差し出された手を握り立ち上がった翔は服に付いた埃を払って答えと、雄治は地面に座り込んで紫煙を吐き出す。
「スピードもパワーも一流だが、気迫が足りないな。常に冷静さを失わないで闘うなら、可能な限り感情を捨て去って冷酷にならなきゃ。」
「冷酷、ですか。」
「まぁ、俺は感情に身を任せる方が好みだがな。キレた時の直毅の闘い方なんかが冷酷さの良い例だ、直毅と1度闘ったんだろう?」
「はい。…そうか、僕を一撃で沈めたあの時の直毅くんみたいに…難しいですねそれは。」
「親父はどっちかって言うと、闘うのを楽しんでる戦闘狂だろう。俺や親父の闘い方なんか参考にならねぇよ。」
雄治のアドバイスに翔は苦笑いを浮かべ、直毅は溜息を吐いて彼を見つめる。灰を叩いて地面に落とす雄治は、頭を掻いて考える。
「技術面じゃ言う事無しなんだよ翔は。そうだなぁ…もう少し俺の相手をしてりゃ、なにか掴めるかもな。」
「はい。よろしくお願いします。」
雄治の言葉を翔は生真面目に答え、2人の姿を師弟の様だと思った直毅は、要件を思い出し手を叩く。
「親父。麗華から聞いたんだけど、昔魔法使いを殺したことがあるんだろ?どうやって殺したんだ?聞かせてくれよ。」
「ん?あぁその話か…随分昔の話だからな、あんまり覚えちゃいない。それに昔話は老化の証拠だからな。」
「そうかい。」
直毅の問いに、雄治は紫煙を燻らせ答えはしなかった。直毅同様、彼もまたこの手の話をしたがらない。そのため直毅もそれ以上の詮索を止めた。
彼らの関係ら酷く希薄であった。お互いの過去を異常なまでに語ろうとせず詮索もしない。
だが彼らはお互いを信頼している。彼らの関係は、お互いの背中を預ける戦友に似ていた。
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夢の丘から悲しみで涙を流しながら走り去った茜は、自室のベッドの上でうずくまっていた。
目の前で想い人を奪われたその感情は、彼女1人で抱えるにはあまりにも重く、誰かに縋ろうと携帯で裕也の番号をコールするには、十分な理由であった。
実のところ、望が言った通り彼女は直毅のことを理解していない。元々人間とはそういう風に出来ているのだから、理解出来なくて当然である。
だが救えないのは、当の彼女が彼のことを理解していると思っていることだった。
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翌日、数日ぶりに学園へ訪れた直毅をクラスメート達は暖かく出迎えた。その暖かさの内側に心からの賛辞を込めていた者は殆ど居ない。その賛辞はある種ヒーローに対する定型文であり、利益を得たことに対する最少限の報酬であった。
当の直毅はその賛辞に、悟られないよう上面で応え続ける。彼は今まで、勝利の美酒を味わったことがない。本来私怨を孕んだ闘いとはそういうものであり、傍観者だけが騒ぎ立て美酒を味わうものだ。
彼は内心落胆していた。人の不幸に同情し、また裏では嘲笑う根本的な人間性に。他者の幸福は自らの腹を満たさず、他者の不幸を糧に人は生きる。幸と不幸は天秤にかけられ、初めて意味を成すものなのだから。
その点で、クラスメートに紛れず遠くから自分を見る裕也に、直毅は信頼を寄せているのだ。
実際のところ、裕也が直毅のもとへ向かわなかったのには別の理由があったことと、茜の姿が見当たらないことの関係を、彼はまだ知らなかった。
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昼休み、いつものように屋上に向かう直毅と裕也。茜の姿が見えないことを不思議に思いながらも口にしなかった彼は、ベンチに座りいつにも増して真剣な表情の裕也に尋ねた。
「今日は珍しく茜が来てないんだな。」
「…直毅。茜のことで話があるんだ。」
「なんだ?そんな真面目な顔して。」
「真面目な話だからな…昨日の夜、茜から電話があったんだ。直毅と、俺や茜の知らない友人についてさ。」
「望達のことか。」
「直毅に俺達より早く友人が出来てたことも驚いたけど、何より驚いたのは、茜は泣いていたんだ。」
裕也の言葉に、直毅は昨日涙を流しながら走り去った茜の姿を思い出す。
裕也は1度言葉を切り、大きく息を吐いて尋ねた。
「気づいてるんだろ?茜が直毅のことが好きだってこと。」
「…あぁ、知ってるよ。"それがどうしたんだ?"」
その言葉に、普段穏やかな裕也が怒りを露わにして立ち上がり、直毅の胸ぐらを掴み立ち上がらせ怒鳴った。
「直毅、お前本気で言ってるのか⁉︎」
「一体なんだってんだよ裕也。」
「人の想いを、何だと思ってんだよ!」
態度の変わらない直毅に、裕也は拳を固め彼の頬に怒りを込めた拳を叩き込んだ。
直毅からしてみれば避けることなど容易く、ダメージにもならない拳。人を殴ったことのない裕也の方が拳を痛め、それ以上に心を痛めていた。
殴られた直毅は只唖然とし、裕也は息を荒げて言葉を放つ。
「俺はずっと思ってたんだ。直毅が告白される度に断る姿を見て、心に決めた人がいるんだって。それが茜なんだって疑わなかった。直毅が自分から告白しないのは、茜を待ってるんだって意味だと思ってた。けどお前は!人の想いを踏み躙ってただけだったんだ!直毅は、茜を傷付けたんだよ!」
裕也の言葉に打ちのめされた直毅は、力無くベンチに座り込み俯いて前髪を握りしめた。
「…そうか…ただ守るだけじゃ…ただ側に居るだけじゃ、駄目なのか…」
「え…?」
今まで見た事もない直毅の、その悲しげな姿に裕也は驚愕し、荒げた声を元に戻す。
「…俺は…弱いからさ、茜や裕也が居なきゃ、心が壊れちまいそうになるんだ…だから今まで必死に守ってきた…そうすることが愛することだと信じて…普通じゃないこと位分かってる…でも分からないんだ、如何やって人を愛せばいいのかさ…」
「直毅…」
「俺が茜の想いを受け入れたとしても、俺は普通の意味で茜を幸せには出来ない。それに、俺は分かってるんだ。裕也が茜のことが好きなこともな。」
「…いつから知ってたんだ?」
「さぁ?忘れちまったよ。裕也こそ、如何して告白しないんだ?」
「…茜は直毅のことが好きなんだ。俺は茜が望む結果になった方が幸せだから。それに、俺は直毅みたいに強くない。茜を守ってやれないよ。」
「いいや、裕也は俺より強いさ。守るのに力は要らない。ただ、絶対に折れない意思さえあればいいんだ。」
「でも…」
「好きなんだろ、心から茜のことが。なら勝負しろ。」
直毅は立ち上がって裕也の正面に立つと、真っ直ぐに裕也を見つめた。
「もう1度俺を殴ってみろ、全力でな。それが出来なきゃ、お前は好いた女の1人も守れやしないし、俺は一生、茜の気持ちを踏み躙り続けることになる。」
裕也は直毅に奮起され彼の目を見つめ返し、もう1度拳を固め直毅を殴った。
「ありがとな、裕也。」
「礼を言うのはこっちの方だ、直毅。」
軽く仰け反った直毅は切れた唇を拭い笑みを浮かべ、裕也も彼につられて笑みを浮かべる。
「俺は今まで通り、茜や裕也を守るさ。裕也、お前は茜の心を守ってやってくれ。それは、裕也にしか出来ないことだからな。」
「あぁ。でもいつか、俺だけで茜を守ってやれるようになる。約束するよ。」
「そうなりゃ俺はお役御免だな。期待して待ってるぜ、裕也。」
直毅が拳を突きつけ、裕也は誓う様にその拳に自らの拳を合わせる。
お互いに心地良い痛みを感じる中、直毅はまだ知らなかった。
自らの意思を試す最悪の機会が、すぐそこまで来ていたことに。
如何でしょうか?
今回は個人的に出来が悪かったです…心理描写難しい…。
次回は戦闘導入か戦闘回に。
それではまた。