Deadman's Drueken
ある夜、何処かに在る喫茶店。
年期の入ったカウンターに座っているのはジョン・ドゥと人型になったベルの2人。
ジョンは珍しくフードを被っておらず、赤黒く短い髪と右目を額から射抜くように走る切り傷が見えた。
ベルは彼特製の特殊な、ボディーラインを強調する黒のアンダースーツを着、左手首に鈴の付いた腕輪をして彼の左腕に引っ付いて赤ワインを飲んでいる。
その表情からは明らかに酔いが読み取れ、(尤も、彼女は何時でも酔っているようなものだが)ジョンは黒いグローブを両手に着け、空いたグラスを白髪の混じる初老のマスター(バーテンダーと言うべきか)に向けて置いた。
マスターは溜息を吐いてジンとウォッカのボトルを開け1つのグラスに注いで混ぜ合わせながら、呆れ顔でジョンに忠告した。
「いい加減、この飲み方は止めたらどうかね。」
「死人の身体は壊れやしないさ。スピリタスですら酔わないからな。」
その忠告を無視してジョンが混合酒を呷ると、マスターはまた大きな溜息を吐く。
それとほぼ同時に喫茶店の扉が鈴を鳴らしながら開き、真紅のワンピースを着たジェーン・ドゥが現れ、ジョンの右隣のカウンターに座る。
「マスター、アールグレイを。」
「かしこまりました。」
彼女の注文にマスターは一礼し、アールグレイを淹れる準備を始める。
「一体どうしたんだ?こんな夜更けに。」
「分かっているでしょう?依頼よ、私達に。」
「依頼?俺達は"ロクデナシの観客"に踊らされる役だろ?」
面倒臭そうにジョンはまた酒を呷る。
「そうもいかないの、今回の依頼は。」
そんなジョンをジェーンは真剣な表情で見つめ、彼は仕方なく溜息を吐きグラスを置く。
それと同時にマスターがアールグレイをジェーンの前に差し出し、彼女は礼を言って一口含む。
「今度は何だ、人類を滅亡させようっていう頭が"幸せな"奴でも出てきたのか?」
「残念だけどその通りよ。依頼の内容はある魔法使いの拘束又は殺害。」
「Dead or Alive(生死を問わず)ってわけか。しかも相手は魔法使いときた。一体どんな…」
「ね〜えご主人。ベルにもかまってよぉ。」
ジェーンに嫉妬したのか、酔ったベルが話に割って入りジョンの左腕を引っ張った。
「やっぱり連れてくるんじゃ無かったな…」
大きく溜息を吐いたジョンはグラスを取り混合酒を口に含むと、ベルの顎に手を添え口付け酒を流し込む。一瞬驚きに眼を見開いたベルだったが、口付けの快感に身を震わせ喜び、流し込まれた酒を呑んで一気に脱力しカウンターに突っ伏し、笑顔で寝息を立て始めた。
「随分と大胆な寝かし方ね。」
「綺麗な生き方も、死に方もしてこなかったからな。で、その魔法使いはどんな奴なんだ?」
彼は赤いコートを脱ぎベルの肩に掛けながら答え、また酒を呷る。黒のアンダーシャツとグローブ、ジーンズにアーミーブーツ、脇と腰には拳銃のホルスターが付けられている。その姿の異質さは、首の半分から下の素肌を晒していない事だった。
ジェーンはもう1度アールグレイを飲んでから話始めた。
「魔法使いの名はジャック・H(ハンニバル)・マクマーフィー。別名"狂った杖"。人の精神を操る術に長けていて、今いる魔法使いの中でも最古参の部類に入るわ。」
「まさに狂人、といった名前だな。その狂った魔法使いは、どうやって人類を滅ぼすつもりなんだ?」
「1人の人間は何度死ぬもの?」
彼の問いを問いで返し、彼女はまたアールグレイを飲む。ジョンはジーンズのポケットから煙草を取り出し箱を振って1本そのまま口に咥え、指を鳴らして火を点す。
「人は2度死ぬ。1度目は肉体が死に、2度目は記憶から消えて死ぬ。それがどうしたんだ?」
「彼は肉体が生きている人間に、2度目の死を迎えさせるのを目的にしているの。」
「文字通り、完全犯罪の体現者なわけだ、そいつは。だが、1人の人間を消すのにだって大規模になるんじゃないか?」
「そう。彼本人に人類を滅ぼすつもりはないわ。でも、もし彼が全人類の知る人間の記憶を、全人類から消し去ろうとしたら?」
「…あぁ、成る程な。全人類の記憶を操作するより、"皆殺しにした方が楽"だからな。」
彼女の言葉を聞いた彼は、深く紫煙を吐いて呟く。
"世界とは思いの外、単純に出来ている"。と誰かが言ったことがある。まさにその通りで、世界はより簡潔で"あろうとする"。恐ろしいことに、この世界には"意思"があるのだ。
「彼は自分が人類を滅ぼしかねないこと気付いていない。自分が"既に目的を達成している"ことにも。」
「最も完全な殺人は、本当の意味で"誰にも知られない"こと。か、」
彼は灰皿に煙草の灰を落とし、紫煙を天井に向け吐く。
「彼はロンドン郊外の屋敷に居るわ。期限は魔術協議会と技学連盟が合同会議を開く3日後まで。協議会と連盟はその会議を全世界に向けて発信する。嫌でも全世界が知る人間が出来てしまうわけね。」
「会議と言っても、どうせ仮面を被って、後ろ手にナイフと銃を持ちながら"平和的に"話し合うだけだろう?やってられないな。」
ジョンが大きく溜息を吐くと、ジェーンはアールグレイを飲みきりカップを置き、彼は煙草を灰皿に押し付け代金をカウンターに置く。ベルに掛けたコートを羽織ると、眠る彼女の肩を叩く。
「ベル。眠っていてもいいから猫に姿を変えろ。」
「う〜ん、うにゃあ…」
黒猫に姿を変えたベルを抱き抱え、ジェーンと共にジョンは席を立つ。
「詳しい話は屋敷でしましょう。マスター、ありがとう。」
「いえいえ。お2人共、またのお越しを。」
彼女の言葉にマスターが一礼して答え、2人は喫茶店の扉まで来たところで、マスターはふと何気なく尋ねた。
「ところで、お2人は何をされておられるので?」
その問いに立ち止まった2人は1度顔を見合わせ、ジョンがフードを被り表情を隠しながら答え、扉を開いた。
正確に言えば、それは答えにはなっていなかったのだが。
「We rob banks.(商売は銀行強盗)」
如何でしょうか?
次回はジョンの戦闘回の予定。
それではまた。