My Life,Your Life
「お。チェスが出来るのか?ユキ。」
リビングに訪れた直毅は、チェスをするユキと雄治の姿を見て呟くと、雄治は降参するように手を挙げて大きく息を吐き、ユキは直毅の方を向き得意げに頷いた。
「また負けか。しっかし強いな、ユキは。直毅もやったらどうだ?」
「俺?まぁ1回位なら。でもそんなに上手くないぜ?」
雄治の勧めに渋々応じた直毅は席に着き、黒い駒を並べ直し、ユキとチェスを始める。
チェスには、「序盤は本の様に、中盤は奇術師の様に、終盤は機械の様に指せ。」という格言がある。
2人の指し方は対照的で、直毅は短期的な戦術による先読みと、マテリアルアドバンテージ(どれだけ駒を得るか)を重視し、格言でいう奇術師の指し方を得意とし、対してユキの方は、長期的に局面を正しく評価する戦略と、ポジショナルアドバンテージ(どれだけ駒が良い位置を占めるか)を重視し、格言でいう本と機械の指し方を得意としていた。
そして、直毅にはある癖があった。マテリアルアドバンテージを重視する直毅は、単純な点数で見れば上位ではないナイトを活かす指し方を、つまり駒が密集するような局面を作り出し、あえてアンダープロモーションでナイトを選択する奇策をうち、対するユキは当然クイーンを重視し、あらゆる優位を確保する立ち回りをした。
騎士と女王。奇しくも2人の関係を象徴するかのような駒を中心に盤面は進み、キングだけが残り引き分けとなった。
「引き分けか、けど良い勝負だった。」
直毅は固まった身体を伸ばし、残った黒のキングを人差し指で倒し、白のキングを見つめ手に取ったユキからそれを受け取り、駒をケースにしまって立ち上がると、雄治が2人に拍手を送る。
「面白い勝負だったぜ2人共。俺が勝てないのも頷ける。」
「親父は直感的に指し過ぎるんじゃないか?チェスはゲームであると同時に、スポーツでも芸術でも科学でもあるって言われる位だからな。」
「俺には向いてないゲームなんだろうさ。運が入る余地の無い2人零和有限確定完全情報ゲーム(理論上完全な先読みが可能で、双方のプレイヤーが最善手を打てば必ず先手必勝か後手必勝、引き分けかが決まるゲーム)は。」
「その代わりに、親父は運の介在するゲームにはめっぽう強いじゃないか。」
台所の換気扇の下で煙草を吸う雄治に直毅が今と、彼は紫煙を吐き笑みを見せる。
「運は運さ、強者も弱者も無い。そういうゲームの方が好みなんだよ。」
「十分強者だと思うけどな親父は…」
雄治の言葉に直毅は呆れ顔で呟き、ユキの姿を見て、ふと思いつきで彼女に尋ねた。
「そうだユキ。何処か行きたい所とかないか?」
「行きたい所?」
「あぁ。家にずっと居るのもなんだしな。」
「私は直毅と一緒なら、何処でもいい。」
ユキの答えに直毅は額を押さえ、苦笑いを浮かべて続ける。
「何処でもって言われてもな。好きな場所はあるだろう?静かな場所とかさ。」
「それなら…静かであまり人が居ない所がいい。」
「なら…図書館でも行くか。何か読みたい本でも探してゆっくり読もう。」
直毅はユキに右手を差し出し、彼女はその手を握って部屋から出る。2人の姿を優子は微笑ましそうに見つめ、彼女につられて雄治も笑みを浮かべる。
「本当に仲が良いですね、2人共。まるで兄妹みたい。」
「そうだな。下手すると親子にも見えるぜ、直毅とユキは。」
雄治は灰皿に煙草を押し付け、換気扇に向け大きく紫煙を吐き出し、編み物をする優子に尋ねた。
「優子もやらないか?チェス。」
「いいですよ。雄治さん」
その後、雄治は1つの駒も取れずに優子に完敗した。
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屋敷を出て、坂を下り2人は最寄駅まで歩いて行く。ユキはその小さな手で直毅の手を握り、彼も優しくその手を握り返す。確かに他人の目には年の離れた兄妹か親子に見えないこともない。
「さて、どんな本が読みたい?ユキ。」
3駅ほど先にある市営図書館に訪れた2人。受付近くの検索機で直毅はユキを抱き抱えて画面を覗きながら尋ねる。莫大な数の本がある図書館で、目的も無く本を探すのは非効率的だ。(本を"買う"場合は含まれない)
「お話…お姫様と騎士が出てくるのがいい。」
「なるほど、それじゃあ…」
直毅は画面に触れ条件を絞り込み、それらしい本がピックアップされていく。無銘の作者の、姫君と騎士の恋愛の物語を見つけた直毅は、その本が置かれている場所の番地をプリントアウトし、ユキを抱き抱えたままその場所へ向う。
「えーと、この辺りに…あった。」
無銘の本ばかりが置かれた図書館の隅。ただでさえ静かな図書館で、そこからも切り離された様な一角。本棚から目的の本を抜き出し、近くにあった読書用の机に本を置いてソファに深く腰掛ける。ユキは直毅の開いた脚の間に座り机の上で本を開いて読み始めた。
本の内容はいたって普通の(実際に存在するかは分からないが)騎士と姫のラブロマンスで、騎士が攫われた姫を救い出しハッピーエンドという(少なくとも、私が綴る文よりは出来の良い)物語であった。
始めのうちは後ろから本を読んでいた直毅だったが、やがて日差しの暖かさに眠ってしまう。
本を夢中で読んでいたユキは本を読み終わるまでそのことに気が付かず、本を閉じ振り返えると、直毅は静かに寝息を立てていた。
ユキはその姿を見て小さく微笑むと、彼女は体勢を変え彼の左膝の上に座り胸に耳を当て、鼓動を聞きながら目を閉じた。
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やがて時は過ぎ、夕陽が2人を染め、館内に閉館時間を告げる放送が流れる。直毅は目を覚まして胸の中で眠るユキの姿を見て微笑むと、彼女を静かに抱き抱え、本を元の場所に戻して図書館を後にする。
帰路の途中、駅前に出された、いつもなら見向きもしないアクセサリー屋に目が止まった直毅は何気なく立ち寄る。彼とユキの姿を見るなり今にも話そうとする女店主に向け、人差し指を自分の口に当て黙らせ、彼は雪の結晶の飾りを付けた髪留めを見つける。
直毅はその髪留めを取り、胸の中で眠るユキに重ね合わせてから、黙り込む女店主に差し出し、器用に片手で財布から千円札を取り出した。
「お子さんですか?」
釣り銭を用意する女店主が小声で尋ねると、直毅は釣り銭と、紙袋に入れられた髪留めを受け取り、去る寸前に静かに答えた。
「My Life.(俺の全てさ。)」
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屋敷に戻った2人が家族との夕食を終え、直毅は自室で優子と共に風呂に入るユキを待ちながら、ベッドの縁に座り買ってきた髪留めを眺めていた。
「直毅?」
「え?あぁユキか。」
ぼんやりとしていた直毅は、ユキが入ってきた音で我に返り、無意識に髪留めを掌に隠して、隣に座ったユキが不思議そうに小首を傾げる。
ただ渡せばいいのにも関わらず、彼はいつにもなく緊張しながら手を開きユキに差し出して言葉を紡ぐ。
「これ、ユキに似合うと思って買ったんだ。気に入ってくれるといいんだが…」
「綺麗…ありがとう直毅。大切にする。」
髪留めを受け取ったユキは目を輝かせてそれを見つめ、早速右の前髪に付けてその姿を直毅に見せる。
「良かった、喜んでくれて。誰かの為に物を買うなんて初めてだったからな。」
直毅は緊張から解き放たれ大きく息を吐き、ユキの髪を撫でて笑みを浮かべ、彼女は嬉しそうに目を細めて彼に抱き着く。
彼が言ったのと同じ様に、彼女にとっても彼は全てであるように見えた。
如何でしょうか?
すこし短い気もしますが、まだ日常が続きます。
それではまた次回。