「1年B組 黒瀬 白也(くろせ はくや)君。生徒会室まで来て下さい。」
昼休み、放送で名前を呼ばれた黒髪で細身の、少年と言った方がいい男子学生…黒瀬 白也はその放送に驚き、辺りに居た同級生から茶化される。
「何かしたのか?黒瀬。」
「身に覚えがないよ。一体何の用だろう。」
席を立ち、白也は教室を後にし生徒会室に向かう。大半の学生にとって放送で呼び出しは、言わば公開処刑の様なもので、呼び出される理由を必死に考えながら歩を進める彼は、緊張感に包まれ
たまま生徒会室の扉の前に辿り着く。
「い、1年B組の黒瀬 白也です。」
「どうぞ。」
扉を2度ノックし、緊張で1度声を詰まらせながら挨拶した彼は、大きく深呼吸して扉を開けた。
「失礼します…」
恐る恐る生徒会室に入ると、生徒会長の矢澤 薫とその右腕である二ノ宮 瑞貴の姿が目に入り、ある意味白也は安心した。しかし…
「お、案外早かったな。」
「え?」
予期せぬ声に驚いた白也は、ソファーから起き上がった直毅の姿に声すら上げられずにいた。
「お前さんを呼んだのは俺さ。いきなり呼び出して悪かったな。」
「直毅さんが、僕を呼んだんですか?」
「なんだ、1年生も俺を知ってるのか。全くやり辛いったらないな。」
名前を呼ばれた直毅は頭を掻いて呟くと、薫はクスクスと笑いながら彼を見る。
「言ったでしょう?貴方を知らない学生は居ないと。」
「あの宣伝はミスだったか…まぁいいさ。黒瀬 白也だったか。単刀直入に言う。今度の学園対抗戦、1年代表になってくれないか?」
「僕が⁉︎何かの冗談じゃないんですか⁉︎」
唐突な頼みに声を上げる白也に、直毅は立ち上がって彼の目を見た。
「いいや、本気さ。お前さんの成績を見せて貰ったんだが、筆記の成績は見事なもんだ。特に、オリジナルで考えた魔術の内容が目を引いた。」
「でも僕、実技は全然駄目ですよ。もっと優秀な人なら幾らでも…」
「実技が出来ないのは緊張に弱いだけだろ?変に自信のある奴よりよっぽどいい。それに、お前さんにしか出来ないことがあるんだよ。」
「僕にしか、出来ないこと…」
自分の手の平を見つめ、白也は混乱する頭を整理していく。
「少し、考えさせて貰ってもいいですか?」
「勿論。お前さんにも時間が必要だろうしな。」
白也は一礼し、「失礼しました。」と言って生徒会室をを後にする。
「引き受けるかしらね?彼。」
「さぁ?こればっかりは強制してもしょうがないからな。」
白也と直毅を見つめていた薫は、再びソファーに座った直毅に尋ね、彼は両手を広げ首を横に振る。
その2人の姿を、その間に早くも生まれつつある信頼の糸を、瑞貴は複雑な面持ちで見つめていた。
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信頼関係とは築かれるまでに多大な時間を要し、その分強固な絆となっていくもので、矢澤 薫と二ノ宮 瑞貴の間にも、確かにそれは存在する。
だが、信頼関係とはある点で見れば酷く脆い。一方が思う信頼度と、もう一方の思う信頼度が、必ずしも等しいとは限らないという点で。
薫と瑞貴の関係は、直毅と茜、裕也と同じく深いもので、お互いを1番理解し合ってると"思っている"。その信頼の糸が偽りであるというわけでは無い。だが、他人のことを完全に理解することは不可能でないにしても恐ろしく難しい。自分のことを完全に理解している人間が少な過ぎるのと同じくように。
長い時間をかけ築いた信頼への自信からか、もしくは不安からか、瑞貴がある行動を起こしたのも、理由としては十分だったのかもしれない。
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その日の放課後。帰り支度をする直毅を名を、良く通る声が教室に響いた。
「東條 直毅は居るか?」
「なんだ?デートのお誘い…ってわけでもなさそうだな。」
辺りに居たクラスメートも気にかけず彼の名を呼んだのは瑞貴であり、その手には細長い棒状のものが藍色の布に包まれ握られている。
クラスメート達が様々な推察をする中、直毅は頭を掻き鞄の中から1本魔法石を引き抜き、腰のベルトに押し込んで扉の前まで行く。
「何の御用で?」
「…この後、私に付き合って貰おうか。」
「はぁ…あぁ、いいぜ。」
瑞貴の言葉に辺りは一層推察…邪推を深め、直毅は溜息を吐いて答え、2人は教室を後にする。
「で?俺に何の用なんだ?」
麗華と強化魔術の確認をした練習場に連れてこられた直毅は、部屋の中心で彼に背を向け黙り込む瑞貴に尋ね、彼女は袋から竹刀を取り出して振り返り静かに答える。
「貴様が会長の、薫の信頼に足る実力があるかどうか、試させてもらう。」
「そんなところだと思ったぜ。それで?どうすりゃ俺はアンタに認めてもらえるんだ?」
「……知らん‼︎」
直毅の問いかけに瑞貴は声を荒げ、竹刀を両手で持ちいきなり彼に振りかざす。
直毅は初めから知っていた様に、悠々とその一撃を後ろに飛び退いて躱し、呆れ顔で瑞貴を見つめ呟く。
「さぁて、どうすっかな…」
直毅は左右の袈裟斬りに合わせ身体を反らし、喉元を狙った突きに頭を振り、横一文字の薙ぎ払いを上体を後ろに曲げ躱し、ブリッジの様に両手を地面についてバク転の要領で竹刀を蹴り上げる。体勢を崩された瑞貴は距離を取り竹刀を構え直す。
「流石に一筋縄ではいかないな。なら!」
瑞貴が目を閉じ、竹刀に意識を集中させ、竹刀が淡い緑色の風(風に色があるというのもおかしなものだが)を纏い《まとい》、剣先を地面に突き術式を唱える。
「その姿は天の羽衣。その手はそよ風の様に優しく人を撫で、その手は鎌鼬《かまいたち》の様に敵を薙ぐ。我が手足となれ、風よ。」
その言葉と共に、地面に緑色の魔法陣が現れると、彼女の手に握られた竹刀と同じ、淡い緑色の風を纏った半透明の精霊が現れる。
「またその手のヤツか、あんまりいい思い出がないな…」
直毅は苦笑いを浮かべ無表情な精霊を見つめ呟く。柊 奏が使用した氷の精霊と同じく、魔術により世界に存在する様々な属性を精霊として使役することが出来る。術者の意識で自由に動く操り人形のようなものであるが、それを近接戦闘に利用するのは高度な技術を要する。並の魔術師ならば、精霊を操るだけで全神経を集中させてしまい、自分で攻撃することはおろか、防御すらままならなくなってしまうものなのだ。だが…
「この剣撃、貴様に躱せるか⁉︎」
瑞貴は直毅との距離を保ったまま、左の袈裟斬りを放ち、それに合わせて精霊も直毅に向け放たれる。直毅は精霊に対して身構えるも、一瞬精霊の姿が左の肩口辺りから揺らめいたかに見えた次の瞬間、右の肩口に"剣撃が叩き込まれた"。
「なっ⁉︎」
その衝撃に、直毅は痛みよりも驚愕し体勢を崩す。状況を整理する暇を与えず、精霊が右の手刀を放ち、直毅は無我夢中で左腕を上げ防ぐ。まさしく刀といった鋭い衝撃が左腕に走ったが、再び精霊の右の脇腹辺りが揺らめいた次の瞬間、直毅の左の脇腹に剣撃が叩き込まれる。
直毅は痛みに顔を歪め、瑞貴の姿を見ると、彼女は竹刀を横一文字に、直毅がその場に居たなら脇腹に剣撃が当たるように振った後だった。
「なるほど…風、見えない衝撃波の剣撃ってわけか…」
「流石に察するのは早いな。だが分かったところで、貴様にどうすることも出来まい!」
瑞貴が右の袈裟斬りを放つと、それを補助するように精霊が左のミドルキックを放ち、直毅は双方の攻撃を左腕と右脚を上げ防ぐも、その衝撃は防ぎきれないほどのもので、次々に瑞貴と精霊の連撃が直毅を襲った。
「どうした東條 直毅!その程度ではないだろう!」
「だから過大評価のし過ぎなんだよ、あんたらは。」
瑞貴の怒りの混じった言葉を、直毅は苦し紛れに笑いながら答えるも、彼に諦めの感情は微塵も感じられなかった。
(保険で魔法石は1本だけ持ってたが…この1本と俺の技術と身体だけで、どうやってアイツを"傷付けずに"倒す?)
腰のベルトに挟まれた1本の魔法石に意識を向けながら、瑞貴と精霊の攻撃を防ぐ直毅。やがて彼は覚悟を決め不敵に笑みを浮かべ、ノーモーションで後方に飛び退き、空間を切り裂くような衝撃波を身体を反らして躱すと、魔法石を引き抜いき左腕の繋ぎ目に指を入れ手首を掴む。
(一か八か試してみるか…Code."Regress"Set! Code."Replace"Point…)
瑞貴に聞こえないほど小さな声で呟いた直毅は、左腕を引き抜きながら魔法石を移動魔術用の魔法陣に変え、右の掌と左手首に付与し、転移魔術の術式も唱える。そして今度は瑞貴にわざと聞こえるように声を上げた。
「Code."Remake"!(術式、変質)」
その声に合わせ、直毅の白い左腕は竹刀に変わり、瑞貴はその行動を鼻で笑う。
「剣術で私に挑む気か?しかも片手で。」
「武器の上ではこれで対等だろう?」
「いつまでも減らず口を!」
瑞貴は怒りに身を任せ竹刀を左上から袈裟斬りに振りかざし、それに合わせて精霊も直毅に向け左の手刀を袈裟斬りに振った。
その時、冷静さを欠いた彼女は1つのミスを犯した。竹刀から放たれた衝撃波と、全く同じ形で精霊に攻撃を指示してしまったのだ。
「よぅし…勝負だ!」
直毅は居合いのように竹刀を左下から逆袈裟斬りの形で振り上げ、瑞貴が放った剣撃と全く同じ太刀筋で衝撃波と、精霊の手刀をかき消した。
「!」
彼女はその瞬間、自分がミスを犯したことに気付き、冷静さを取り戻すまでにタイムラグが生じる。
「今だ!」
振り上げた竹刀を逆手に持ち替え、直毅は瑞貴に向け竹刀を槍のように勢い良く投げつけ、精霊を躱して走り出す。
精霊の身体をすり抜け、瑞貴に向かって行く竹刀。気を取り戻した彼女は向かってくる竹刀を切り上げ天井に向け弾き、向かってくる直毅に目線を戻す。しかし、そこに彼の姿は無く、代わりにたった今天井に向け弾いた竹刀があった。
「上だぜ、お嬢さん!」
「何⁉︎」
その声に瑞貴は驚愕し、天井を見上げる。そこには確かに、東條 直毅の姿があった。
直毅は竹刀が天井に向け弾かれたのを見計らい、自らと竹刀の座標を入れ替えたのだ。
「Code."Execution"!」
移動魔術を発動させ、竹刀を自分の右手に引き寄せながら、直毅は天井を蹴って加速し瑞貴へ向け、水中の獲物を狙う翡翠《カワセミ》が如く落ちて行く。直毅は引き寄せられた竹刀を手にし、瑞貴は咄嗟に剣道の面を守る体勢天井竹刀を横に構えた。
だが、竹刀がぶつかる寸前、直毅は竹刀をM29に変質させ着地し、アッパーモーションで銃を瑞貴の喉元に突きつけた。
「Keep your friends close,but your enemies closer ("敵の懐に入れ"ってね。)」
直毅はほんの少し笑みを、瑞貴から見れば底冷えするような表情で静かに呟き、彼女は竹刀を手放した。
「気は済んだかしら?瑞貴。」
「か、会長⁉︎」
「なんだ、見てたのか。会長さん。」
計ったかのようなタイミングで…実際計っていたのだが…突如響いたその声に、2人は扉を開けた薫の姿を見る。
「あの…会長…これは…」
バツが悪そうに言葉を詰まらせる瑞貴に、直毅は銃を左腕に戻しながら代わりに答える。
「俺が手合わせを頼んだんだ。信頼関係を築くには、お互い実力を示さなきゃいけないでしょう?会長さん。」
「そうだったの。それなら私は十分貴方の実力は測れたわ。瑞貴はどう?彼は信用に足る実力があるかしら?」
「え?…えぇ、十分信用に足る実力です…」
呆気に取られる瑞貴は慌てて答え、薫は頷き直毅の方を向く。
「貴方はどう?私達は信用に足るかしら?」
「実力で人を評価する会長さんの人間性と、彼女の実力は十分信用出来る。文句無しに。」
「そう、良かったわ。貴方からの信用を得られて。瑞貴、先に生徒会室に戻るわ。」
「はい。分かりました。」
瑞貴にそう告げた薫は部屋を後にし、直毅は1度身体を伸ばして部屋を後にしようとする。
「…待て、東條。」
瑞貴は落とした竹刀を拾い、静かに彼を呼び止める。
「何故、私を庇った?貴様に何の得がある?」
「別に、2人の関係に亀裂を入れる必要もない。尤も、この位で亀裂が入る関係でもなさそうだが。」
直毅は立ち止まり、何ともないように答える。
「…悪かった。疑った挙句、こんな真似までして。」
「謝ることなんてない。疑うのは当然だし、慣れっこさ。」
「しかし、それでは私の気がすまない。何か…」
「償いがしたいなら、そうだな…俺のことを東條と呼ぶのを止めてくれればいい。直毅と呼んでくれ。俺も瑞貴って呼ぶからよ。」
「そんなことでいいのか?別に構わないが、一体如何して?」
「…信用に足る奴なんだろ?俺は。なら堅苦しい呼び方を止めて欲しいだけさ。」
直毅が1度言葉を止めたことに違和感を感じながらも、瑞貴は右手を差し出す。
「そうか。なら改めて、私は二ノ宮 瑞貴だ。よろしく頼む、直毅。」
「あぁ。よろしくな、瑞貴。」
2人は握手を交わし、お互いに少し微笑む。
心地よい風が2人を撫でる。嵐の前の静かな風が。
如何でしょうか?
風って気持ち良いですけど、出かけると大抵向かい風で腹が立ちます。
それではまた次回。