当分の間はペースが上げられると思います。
「今度は何を読むんだ?ユキ。」
「この、サンドリヨンっていう本を。」
「サンドリヨン…灰被り姫、シンデレラか。」
以前訪れた図書館の片隅。膝の上に座ったユキと、その手に握られた本を眺めながら直毅は呟 いた。
あれ以来、彼女はこの静かな図書館で直毅と本を読むのが気に入ったようで、休みになると彼女から直毅を連れて行くようになっていた。
机の上には他にも本が重ねられている。
「白雪姫、不思議の国のアリス、眠れる森の美女…ユキはおとぎ話に興味があるのか?」
直毅の問いにユキは頷き、彼に背を預けて本を読み始める。
(さて、俺は対抗戦のイメージトレーニングでもするか…)
目を閉じ深い思考を始めた直毅。この思考こそ、彼が圧倒的に不利な相手に勝つ大きな要因の1つである。彼の運動能力と野生的とも言える直感、そして予測が彼を支えている。
当の本人は予測の1つでも当たればいい程度にしか考えていない。戦いなれば基本出たとこ勝負だと思っている彼だが、実際のところ彼の直感の裏には少なからずその予測が隠れている。端的に言ってしまえば、彼は1度予測した事態に対して用意した対処策を行っているだけなのだ。
予測が当たれば誰にでもその事態に対処出来るが、大抵の場合、様々に想定した予測の中のごく少数で頭の中を埋め、それを前もって待ち構えている時にしか機能しない。直毅の場合、頭の中を埋めている予測の数が常人よりはるかに多い。常人が1つの予測に決め打ちをするのと同じように、彼は"想定した予測全てに"決め打ちをしている。それも常人より高い精度で。
人は誰しもイレギュラーを嫌う。東條 直毅という者を相手にする者にとっても。そしてそれは勿論、彼にとっても例外ではないが。
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国立第5総合学園のボクシング部。
各々腹筋や腕立て、縄跳び、ミット打ち、ベンチプレス、シャドーボクシングなど、トレーニングをする部員達の中、一際鋭いパンチをサンドバックに叩き込む翠樹の姿があった。
「稀崎先輩。これ、どうぞ。」
「お、サンキュー。」
1年生の部員が翠樹にタオルとスポーツドリンクを差し出し、彼はテーピングされた手でタオルを取り汗を拭き、スポーツドリンクを飲む。
「対抗戦、もうすぐですね。」
「そうだなぁ。各々ベストを尽くせば勝てるって生徒会長に言われたけど、どんな魔術を使うかの打ち合わせしかしてないのに大丈夫かな…」
「大丈夫ですよ稀崎先輩なら。どんな相手でも勝てますって!」
羨望の眼差しで見つめる1年生に、翠樹は苦笑いを浮かべながらスポーツドリンクを飲む。
「あっ。そういえば、対戦校の第3学園の2年生に、近接戦で3年生を決闘で倒した人が居るみたいですよ?」
「へぇ…その人は代表なのかい?」
「さぁ?そこまでは分かりませんけど、もしそうなら先輩の圧勝ですね。」
「それはどうかな…その人の名前は分かる?」
「確か…東條 直毅って名前だったと思います。」
「東條 直毅…ね。闘ってみたくなった。」
その名前を聞いた翠樹はタオルとスポーツドリンクを1年生に返し、少し笑みを浮かべ鋭いストレートをサンドバックに叩き込んだ。
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国立第3総合学園 生徒会室。
薫は会長席の机の上に並べられた白紙のカードを取り、腰のケースにしまいながら瑞貴に尋ねる。
「直毅が依頼した物は届いてるかしら?」
「はい。購買部に届いています。」
「そう…ねぇ瑞貴。貴方は彼をどう思う?」
「…私にはよく分かりません。けど、何故か私は根拠もなく彼を信頼しています。どんな人間なのかも分からないのに…」
「そう…私もよ。本当に、不思議な人…」
2人はただ静かに直毅のことを考える。考えたところで答えが出るわけでもないことを知りながら。
恐らくそれは彼の知らない恋愛感情のきっかけであろう。たが恋というものにおいて最も幸福な時は、真実を知らぬまま、想像或いは妄想に耽ている時であるのは言うまでもない。
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「…鏡よ鏡、私の運命の人は誰?」
アンティークのランプが優しく照らす、本棚に囲まれた一室。ローラが壁に掛けられた鏡に向け尋ねると、鏡が揺らめき、人の姿を映し出す。
"我が主。
運命は、空を漂う蜘蛛の糸。
又は千切れた鳥の羽根。
未だ答えを望むなら、
それは映せし彼の者に。
その邂逅は分かれども、
そこから先は無垢の本。
御伽噺は我が主、
貴女が綴り謳うもの。
この身は唯の鏡故、
ただ語り又、ただ写す。
出来ることなら我が主、
貴女が望む結末を"
その鏡は時計の様にローラの問いに答え、彼女は鏡に映し出された者の姿を見て微笑むと、人形の様にくるりくるりと回り踊り、もう1度鏡に映る者の姿を見つめる。
「早く会ってみたいわ。私の運命の人。」
その鏡に映っていた者。それこそ私の座る席から見える運命が"意図的に"糸を繋いだ者。それが彼であったのは、この舞台においては運命ではなく、宿命と言った方がいいだろう。
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「まだ、時間がかかり過ぎてる…」
手元の時計を見つめ、白也は身体を伸ばし大きな溜息を吐く。
彼の素朴な印象そのものと言っていい質素な部屋の中。机の上には何冊もの魔術に関する本と、英語と数字がびっしりと書き込まれた紙が山の様に積み上げられていた。
「僕なんかに出来るのかな…本当に…」
積み上げられた紙を眺め、諦めが肩を叩いたかに見えた。
「いや、もうちょっと考えてみよう。」
頬を叩き気を引き締め直した白也は再び筆を取り、紙を取り出し術式を書き始める。脳裏に自分に期待する者達の姿と、勝利の充実感を想像して。
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その姿に観客席の誰かが安堵し、また誰かが舌打ちをする。それが誰なのか確かめる気にもならない。恐らくその観客達は"最も遠い"隣同士に座り、お互いを毛嫌いしていることだろう。
観客達は皆周りの席の観客と話し合い…話し合いと呼べるものでもない。ただの独り言を皆呟いているようなものだが、誰かしら周りに観客が居るのは間違いない。
いや、例外が1人だけ居た。私の周りには誰も座っていない。それどころか、観客達は私のことを認識していない。私には観客達が全員見えているにも関わらず。
私は席を立ち、階段状になった客席の最上段にある扉を開ける。扉の外は左右に分かれた先の見えない廊下であり、何処までもランプが続き、真紅のカーペットの上には数え切れない程の屍体が転がっている。不思議と腐乱した者は居らず、皆高位な魔術師の格好をしている。
正面にある扉に手を掛ける。引きずるような足音が聞こえ廊下の左手を見ると、見覚えのある顔が、柊 誠の姿があった。
焦点の定まらない眼、苦しげに開いた口からは獣の様に涎を垂れ流し、肩で息をしている。優雅さとはかけ離れたその姿に"何も感じることはなかった"。
直毅との決闘で惨敗した彼の精神はズタズタになっていた。そんな彼に手を差し伸べたのは、幸か不幸か魔術協議会であった。
藁にも縋る様に協議会に身を寄せた彼だったが、魔境と言われる暗い穴蔵で、彼は都合のいい実験台として頭の中を弄くり回され、廃人と化した状態でこの劇場に放り込まれたのだろう。
恐らく今の彼を支えているのは、東條 直毅への怨み。だが彼が舞台を覗くことはない。あの舞台を観る為には、彼は余りにも"人間らしい"。
屍体に足を取られた誠は蹲ると、呻き声を上げ頭を掻き毟り悶え、何も言い残すことなく息絶えた。
"私"は正面の扉を開け、永遠に続く様な螺旋階段を登り唯一の友人である"あの男"のもとへ向かう。
「あぁ、君か。どうだい?舞台の様子は。」
その男…白いスーツを着た白髪の司会者の男は、私を見るなり椅子から立ち上がった。
薄暗い部屋は舞台の裏方部屋の様になっており、照明や音響の機械、古めかしい35㎜カメラが設置され、フィルムケースが乱雑に積み重なっている。
「私に感想を求めるのがお門違いなのは分かっているはずだ。」
「それもそうだが、ここにある"ミステイク"全てを記憶しているのは私と君だけだろう?」
彼は"1"と刻まれたフィルムケースを取り、懐かしむ様にそれを眺める。
「私はCaster(傍観者)。そして君はDirector(演出家)だ。君の演出に今まで賛辞も批評も贈ったことは無い。それはこれから先も変わらない。」
「相変わらずだな君は。なら私は演者達を踊らせ続けよう。」
彼はまた椅子に座り舞台を眺める。私は彼を1度見つめ、再び舞台に目を向けた。
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国立第5総合学園…共同工房。
何台もの机が置かれた作業場で、諏訪 優季は生物の図鑑を広げ作業を進めていた。
「時限式…いや、遠隔起爆の方がいいか…お互いに接続して…よし。」
深く集中しながらブツブツと呟き、設計図と術式を紙に書き込んでいく。参考に開いていた図鑑にはクラゲが載っていた。
時折図鑑を見ては不敵に笑う優季の姿を遠目に見ていた生徒会のメンバー達は、半ば呆れ顔で呟く。
「また会長が何か作ってる…」
「あぁ…また趣味の悪い使い魔だろう…」
「そう言えば知ってる?会長何度か海外の兵器局にアイデアを送ってるみたいよ。兵器局も引くレベルみたい…」
「会長、仕事は凄い出来るし性格も良いんだが…趣味がなぁ…」
彼らが話していると、翠樹が諏訪のもとを訪れると、諏訪は興奮した様子で翠樹に使い魔の説明をして感想を尋ねる。稀崎がその説明を聞いているうちに顔を引きつらせていたのにも気付かず。
「どうだ、稀崎。いい使い魔だろう?」
「え、えぇ…良いと、思いますよ…」
「そうだろう。我ながら傑作だ。ローラも納得するだろう。」
「そうだと…いいですね…」
1人満足げな表情の諏訪を見て稀崎は小さく溜息を吐く。
余談だが、完成したその使い魔を見たローラは開口一番、「貴方のお人形さん。全然可愛くない。」と一蹴され、諏訪はがっくりと肩を落としていた。
如何でしょうか?
久しぶりに登場した誠くん、唐突なリタイア。思いつきで死んだ感はありますけどね…
それではまた