直毅が屋上から見た女子生徒と男子生徒が乗った車には、もう1人少女が乗っていた。白いワンピースに長い黒髪の少女は、それこそ猟奇的なまでに同じことを考え続ける。
……私は一体誰なの……?
単に記憶喪失と決めつけられれば苦労はない。しかしこの少女には、自分に元々記憶が”あったのか”すら分からないでいた。その精神状態故、青髪の令嬢とその付き人の少年が車に乗り込んだことや、2人が自分の話をしていることも、少女は気に留めることも出来なかった。
「本当に彼女が?」
「はい、お嬢様。報告によると間違いありません。」
走り始めた車内で、令嬢は少女の姿を見て付き人に尋ね、彼も1度少女の姿を見て答える。
「そう…それにしても信じられないわね。そんな計画が存在していたなんて。」
「僕だって信じられないですよ。けど彼女と彼の生体情報を見る限り、信じるしかないですよ。けど確かなのは、彼を誘き寄せる最適の餌である。ということです。」
「そうね、彼が大人しく交渉に応じてくれればいいのだけれど。出来る限り穏便にことを進めたいわ。」
「無理だと思いますよ。Magic Killerの息子ですからねぇ。でも楽しみだなぁ、彼と手合せしてみるのは。」
「全く、貴方は…」
陽気な笑みを浮かべる付き人の少年に、令嬢は溜息交じりに呟く令嬢。
当人達の知らぬところで、運命に歯車は回り始める。
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「…なんだ、これ。」
学園が終わりアパートに戻ってきた直毅は、郵便受けに入れられていた手紙を見て頭を抱えていた。
手紙には人質と彼の身柄の交換、その交換場所、予定時刻が書かれていた。
(誘拐…標的になるなら母さんか…それはないな。だとすると…)
この時点で考えていることが一学生ではない。彼の脳裏に幼馴染み2人の顔が頭を過ると、彼はベッドの下にしまわれていた箱を取り出して蓋を開ける。
箱の中には父から渡されたS&W M29…俗にいう44マグナムと銃弾が無造作に入っていた。
「こんなものでも、無いよりマシか…」
銃を手に取り、シリンダーを回しながら銃弾を込めていく。
本来兵器としての威力なら、拳銃の中でも5本の指に入るであろうこの銃を”無いよりマシ”と彼が言ったのには、それだけ魔術師相手に現代兵器が役に立たないことを意味している。
不意打ちでもない限り、障壁魔術などで銃弾のエネルギーなどいとも容易く受け止められ、高位の魔術師となれば、対戦車ライフルや戦車の主砲ですら効かなくなる。
「さて、行くか。」
銃弾を込め終わり1度片手で構え照準を合わせると、直毅は腰に銃を押し込んでアパートを飛び出した。
幼馴染みの安否で頭が埋まっていた彼が急いでいったのは仕方がない。だからと言っていいのかは分からないが、連絡を取るという考えは勿論のこと、誘拐されたのが幼馴染み以外だという考えなど、微塵も浮かばなかったのである。
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「此処、か。」
人質との交換場所に指定された、街外れの廃工場を見上げながら直毅は呟く。
腕時計に目を落とすと、予定時刻までほとんど時間が無く、彼は1度白い息を吐き工場の錆びついた扉を開いた。
「ご機嫌如何かしら?東條 直毅。」
「良くはないな。こんな街外れの廃工場まで呼び出されて大急ぎで来たんだからな。お嬢さん?」
工場に入ると、直毅が屋上で見た青髪の女子生徒の令嬢と、小柄な男子生徒の付き人の姿があった。
「それはご苦労様、なら手短に済ませましょう。貴方の身柄と人質を交換よ。」
「その前に人質を見せて貰おうか。後お名前を伺ってもいいかな、お嬢さん?」
彼は真っ直ぐに令嬢の眼を見つめながら半笑いで尋ねる。
「私の名前は鳳凰院 麗華。どうぞ宜しく、東條 直毅。翔、人質を連れて来て。」
「はい、お嬢様。」
麗華はスカートの裾を摘まんで一礼し名を名乗り、隣にいた付き人の名を呼んで指示する。翔と呼ばれた付き人は後ろの扉を開け、一旦その場から消える。
鳳凰院 麗華…大企業、鳳凰グループ社長 鳳凰院 正人の1人娘にして、実質上の次期社長、鳳凰院の当主である。肩まで伸びた青い髪と凛とした態度は、まさに令嬢といった感である。
「お嬢様。彼女をお連れしました。」
「ご苦労様。さぁ、これでよろしいかしら?」
翔に連れてこられたのは、直毅が想像していた幼馴染みでも母親でもなく、白いワンピースを着た長い黒髪の少女であった。
彼はその瞬間言葉に出来ない感情に襲われるも、幼馴染みで無かったことへの安堵と”知りもしない”少女を餌に街外れまで呼び出された落胆でその感情は流された。
そして、彼は大きな溜息を吐き麗華達に背を向けて工場を後にしようとする。
「ちょ、ちょっと貴方!?何処に行くつもり!?」
想定していなかった直毅の行動に慌て麗華が制止の声を上げると、彼は振り返って吐き捨てるように答えてみせた。
「何処にって、家に帰るに決まってるだろ。」
「帰るって、人質がどうなってもいいのかしら!?」
「あのな、何か勘違いしてないか?お嬢さん。俺はその女の子のことは”何も知らない”ぜ?」
彼の言葉に、麗華と翔は顔を見合わせた。
(どういう事なの翔!?)
(おかしいですねぇ、情報に間違いは無い筈なんですが~)
(どう見ても赤の他人への反応よあれは!)
(そうですねぇ。じゃあ本当に他人同士ということで、退散しましょうお嬢様。)
(あ~この役立たず!如何にかしなさいよ!)
一瞬の間にアイコンタクトで会話する2人を他所に、直毅は鼻で笑いながら問いかけた。
「それともなにか?そんなに小さな女の子に手を出すつもりか?お嬢さん。」
「っ!いいわ、翔。実力行使よ、多少痛めつけてでも彼を確保して。」
「いいんですかお嬢様。やったぁ、楽しみだな。彼と手合せ出来るなんて。」
麗華から指示を受けた翔は、子供の様に心底喜んで笑みを浮かべた。
橘 翔…代々鳳凰院に仕えてきた橘家の長男。麗華より小柄で子供の様に無邪気な雰囲気を漂わせている。例えるなら、豆柴と言ったところだろうか。
翔は無邪気な笑みを浮かべたまま直毅の方に向かって歩いて行き、直毅が拳を構えると同時に、翔の姿は掻き消えた。
「速い!」
次の瞬間、翔は直毅の目の前に現れ鋭い右ストレートを放った。
直毅は辛うじて左手でガードし右ストレートを返すも、そこに翔の姿はない。
「ふふっ、遅い遅い。」
直毅の右側に現れた翔は左のカウンターを彼の頬に叩き込み、直毅は少し仰け反りながらも翔の姿を捉えようとするが、またしてもそこに翔の姿はない。
(くっ、後ろ!)
直感と反射神経を頼りに、背後に現れた翔のハイキックを直毅は上体を思い切り反らして躱した。
「へぇ、よく躱せたね。やっぱり彼の息子なだけはあるよ。でもまだ本気じゃないよね?」
「買い被りすぎだぜ。俺はただの、一劣等生さ。」
翔は1度距離を取って賞賛の言葉を送り、直毅は切れた唇を拭いながら答え拳を握る。
「それじゃあ、本気になって貰わないとね。」
そして、翔はまた笑顔のまま掻き消えた。
直毅は翔の四方八方からくる攻撃を捌き防ぐものの、反撃せずにいた。反撃しようものなら、それに合わせて翔の鋭いカウンターが襲ってくるからだ。
翔の瞬間移動による立体的な攻撃は徐々にスピードを増していき、時折フェイントも織り交ぜていた。攻撃が入ると相手に思わせる絶妙なフェイントにも手を出さず耐える直毅に、翔は痺れを切らす。
「もっと本気になってくれなきゃ困るよ、直毅くん。」
「だから、そっちの買い被りすぎだってんだよ。」
「うーん、どうすれば本気になってくれるのかなぁ…あ、そうだ。」
距離をおき、つまらなそうな翔は妙案を思いついたとばかりに少女を指さした。
「直毅くん。僕はお嬢様ほど優しくないから、君を本気にさせるにはどんな方法でも躊躇わずに使うよ?」
その言葉に、直毅は”何故か”怒りに拳を握りしめ、その感情を不思議に思った。
彼自身、何故見知らぬ少女のためにこれほど怒りに震えているか分からなかった。
ただ、翔の言葉が許せないだけなのだと、この時の彼は思っていた。
「…いいだろう。本当の勝負ってやつを見せてやる…」
直毅は静かに呟くと、腰に収めた銃を引き抜き左手で構えた。
「そうそう、その眼。そうでなくっちゃね。」
翔は直毅の、その射抜く様な眼を見て喜び前屈みになり、直毅は銃の撃鉄を下した。
そして銃爪《ひきがね》が引かれ、1発の銃声と共に決着がついた。
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「嘘……」
2人の闘いを見ていた麗華は、その決着に自分の眼を信じられずにいた。
最も信頼していた付き人が、魔術が使えない男に負けることなど。
麗華の付き人、橘 翔は左胸、丁度心臓の辺りに直毅の右肘を打ち込まれ、膝から崩れ落ちた。
「勝負ってのはな…1発で決めるもんだ。」
「やっぱり…買い被りじゃ…なかったね…」
崩れ落ちる翔を抱えながら直毅が呟くと、翔は仰向けで笑顔のまま言葉を絞り出し意識を失った。
腰に銃をしまい唖然とする麗華を他所に、直毅は少女のもとまで来て彼女を抱き抱え工場を後にした。
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工場からある程度離れると、直毅は少女を降ろし膝をついて話しかける。
「災難だったな、お嬢ちゃん。怪我はないかい?」
少女は首を縦に振って肯定し、彼の切れた唇に触れた。
「貴方の方が怪我してる。」
「あぁ、それもそうだな。所で、お嬢ちゃん名前はなんていうんだい?」
直毅の問いに、少女は何も言えなくなってしまった。
「…分からないの…自分が誰なのか…」
「分からないって、君は…」
今にも消えてしまいそうな少女の悲しみを含んだ言葉に、直毅も何も言えなくなる。
その時、春の寒空の下。季節外れの雪が、彼の掌に落ちた。
「…なら、君の名前は”ユキ”だ。分からないなら、本当の名前を思い出すまで、ユキが君の名前だ。それでどうかな?」
悲しみに俯く少女に微笑んで尋ねた直毅の言葉に、少女は顔を上げてその名を呟いた。
「ユキ…私の名前……貴方の名前は…?」
「俺は東條 直毅。直毅でいいぜ、ユキ。」
「…そう、じゃあ直毅。私の名前はユキ。…ありがとう。」
そう言うと、ユキは直毅に抱きついてもう1度囁いた。
「直毅…ありがとう。」
突拍子もない展開でしたが、如何でしょうか。
次回はほのぼのとした話かと。
それでは、また次回。