「あ〜あ。何で紙切れを貰いにわざわざ学校に行かなきゃいけないだ。」
「いいじゃない。試験を免除する為だと思えば。」
麗華と共に通学路を行く直毅は、快晴の空の下溜息と欠伸をして呟く。
「大々的には公表されないみたいね。でも、大半の生徒は貴方の活躍を知ってるわ。」
「全く…仕事が早いなブン屋の奴…」
気の抜けた彼の様子を見た彼女は頬を緩ませる。恐らくは直毅のそんな表情を独り占めしているという優越感からだろう、そんな麗華の顔を覗き込んで彼は尋ねた。
「なんだ、ニヤニヤして。」
「えっ?あの…最初直毅と会った時は、こんな風になるなんて思っていなかったから。」
急に見つめられた麗華は驚きながら言葉を探して答え、直毅はそれもそうだと思いだしながら笑みを浮かべ、ふと疑問を抱いた
「確かにな。そういや、何であの時人質にユキを使ったんだ?まだあの時は赤の他人同士だったんだから。」
「!それは…」
その問いに、麗華の心臓は悪い意味で強く高鳴り、彼女は少し思案して言葉を紡ぐ。
「…家からの命令だったの。だから彼女の事は何も知らなかったわ…」
「……成る程。雑な仕事だったわけだ。」
その答えに違和感を感じながらも、直毅はそれ以上問いただす事はなかった。2人の間に居心地の悪い空気が漂うと、麗華はその空気を取り払うため口を開いた。
「そうだ。凛さんからの課題、完成したの。」
「本当か!そいつは凄いな。」
「先に直毅に見て欲しいから、放課後会えるかしら。」
「あぁ、楽しみに待ってるさ。それじゃな。」
「ええ。また放課後に。」
学園前まで辿り着き2人は分かれる。直毅は1度立ち止まり、空を見上げて一時の平穏を感じ、すぐこの平穏が崩れる予感を頭を振って払った。
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「見たか?薫、白也。あの学年主任の苦虫噛み潰した顔。」
「えぇ。学園の面子は守れても、個人のプライドはズタズタでしょうね。」
「大丈夫ですかね?これから嫌がらせなんか受けたり…」
職員室で酷く簡易的な表彰を済ませ、直毅は意地の悪い笑みを浮かべながら薫と白也と共に廊下を歩いて行く。
「んなことにはならねぇさ。こっちは最強のカードを握ったままだからな。もしそうなったら、俺か凛に伝えればいい。」
「そうね。まぁそんな度胸が学園にあるとは思えないけれど。」
「言えてる。それじゃ、お疲れさん。2人共。」
その言葉を別れに、2人はそれぞれ自分の教室に、直毅は屋上に向かった。
重たい扉を開け、気持ちの良い風が吹く屋上に出た直毅は、表彰状を紙飛行機にして風下に向け投げた。
紙飛行機は風に乗り遠くまで飛んで行く。それを見た直毅はベンチに横になって眠りについた。
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「Target,"Angel's son"を確認……了解。」
眠る直毅の姿を、遠く上空から黒いコートにフードを被った人影が見つめていた。
機械的な声で呟き、手を前に差し出すと、一瞬のうちに現れたその手にM82が握られ、青く半透明で六角形の板が6枚現れ螺旋状に展開される。
銃口を1番手前の板に向け、その人影は衝撃をもろともせず銃爪を引く。放たれた銃弾は板に当たり、"速度を増し"次の板へと反射した。
次々に板から板へと反射する銃弾。もしその銃弾が曳光弾なら、星と星を繋ぐ線の様に見えただろう。
猛然と直毅に向っていく銃弾。殺気を感じ取り一瞬で目を覚ました彼がベンチから飛び退いた次の瞬間には、フェンスを突き破り銃弾がベンチを粉々にした。
後から銃声が聞こえ、直毅は大きく息を吐く。
(音速を超えてやがる…)
急いで扉に向かい室内に入ろうとした直毅を再び銃弾が襲い、彼は最早本能で扉から離れる。重たい扉に銃弾が直撃し、扉はひしゃげて吹き飛ばされた。
左腕を引き抜きM29に変え直毅が振り向くと、背後にM82を握った黒いコートを着た人影が舞い降り、彼は銃を構えて呟いた。
「テメェが"Schwarz"か…」
「目標、予測数値内…投降を推奨します。」
「けっ、そうすりゃ命は保証するってか?対物ライフルで狙撃した後に言う台詞じゃあねぇな。」
「先程の狙撃は観測です。貴方が狙撃を回避したのは予測通りでした。」
感情の無い女の声で答える"Schwarz"は、M82をロングマガジンのMP7に変え直毅に銃口を向ける。
「随分と過激な採点方法だ。それで及第点だってんだから笑えねぇ。普通ならバラバラになってた所だ。」
「投降を推奨します。」
「何だ?貴方が勝てる可能性は0%ってわけか。生憎だが、諦めが悪い性格なんでね!」
直毅は扉の方向に飛び退きながら銃爪を2度引き、銃弾が掠める中階段を飛び降り廊下を走り抜ける。
扉の吹き飛ばされた音に、何事かと教室から顔を覗かす教員達。窓ガラスの外側から銃口を向け追従する"Schwarz"を認めた彼は、叫びながら走り続けた。
「なんでこんな目に遭わなきゃならねぇんだよ!」
銃弾の雨が窓ガラスを割りながら直毅に降りかかり、教員達は慌てて教室に戻り、騒ぎ立てる生徒達を抑え込む。
「直毅⁈」
偶然にも扉から最も近い席に座っていた麗華は、走り去る直毅と割れる窓ガラスを目の当たりにする。
危険も顧みず廊下に出た彼女の瞳には、突き当りの右手にある階段に飛び込んだ彼と爆煙、その後を追う黒い人影が映った。
「室内でグレネードランチャーなんて使うんじゃねぇー!」
煤にまみれ、間一髪下の階に降り再び廊下を走る直毅は悲鳴を上げる。背中越しに銃爪を引き、直毅は追いかけてくる"Schwarz"を牽制するも、その銃弾は当たることはない。"Schwarz"がMGL140の銃口を向け銃爪を引くと、40×46mm擲弾が直毅の背中に飛んでいく。
「俺はキャプテン・アメリカじゃねぇんだよ!」
N29を円形の赤い盾に変え即座に振り向いた直毅はグレネード弾を受け止め吹き飛ばされる。背中を強く打ち蒸せ返る彼に、容赦なく"Schwarz"は襲いかかる。
直毅は盾を紅い剣に変え斬りかかり、それすら予測していたか如く"Schwarz"は左腕で受け止め剣を弾き飛ばし膝を彼の腹に叩き込み、廊下の突き当たりまで加速して壁に串刺した。
「ガッ…!」
肋骨が軋み、息が詰まり声すら出せなくなった直毅は壁に崩れ落ちる。"Schwarz"は彼の頭に黒いベレッタM92Fを突きつけ呟いた。
「投降を推奨します。」
「勘弁しろよ…なんで俺を狙う?人質にでもするのか?」
"Schwarz"は何の躊躇いもなく直毅の両脚を撃ち抜き、彼は痛みに震える。
「投降を推奨します。」
「…けっ、それしか言えないのか…?ターミネーターが…」
次は右腕を撃ち抜かれ、直毅はくぐもった笑い声を上げ"Schwarz"を睨みつける。
直毅の後を追って階段を降りて来た麗華は、廊下の先に黒い人影と、崩れ落ちる直毅の姿を見て急いで走り出す。
だが、彼女の目の前で直毅は身体に銃弾を浴びせられ鮮血が飛び散った。
「…任務完了。帰投します。」
"Schwarz"はそう呟くと、1度振り返って麗華を一瞥し、窓を突き破って消え去った。
「直毅!しっかりして!ねぇ直毅!」
血が流れ出る直毅のもとに辿り着いた麗華は彼の名を叫ぶ。
「無茶言わないでくれ…体中穴だらけなんだから…」
辛うじて意識を残す直毅がそう呟くと、麗華は彼の傷を見て必死に考える。
(この傷は私の治癒魔術じゃ治しきれない…でもこのままじゃ…)
ただ大切な人を助けたい一心で思考を巡らせ、彼女の脳裏にある方法が思いつく。
(迷ってる時間はないわ。お願い、"耐えて"!)
麗華は直毅の胸に両手を当て目を閉じ、蒼い"魔法"陣を展開させる。その魔法陣が回転し始めると、直毅の身体の傷が、まるで巻き戻しでもするかのように無くなっていく。だがそれと並行して、彼の身体は死人の様に青白くなっていき彼はガタガタと震え始めた。
時間にすればほんの数秒だっただろう。直毅の身体の傷は完全に無くなり、麗華は手を離し目を開いてもう1度彼の名を呼ぶ。
「大丈夫⁈直毅、ねぇ!」
「…あぁ、身体の痛みは無くなった…けど…"寒い"な…」
「ごめんなさい。これしか方法を思いつかなかったの。今したのが、凛さんからの課題の答えなの。"熱"を奪って時間を巻き戻すのが私の答え。寒いのはそのせいね。」
「…成る程…とにかく…今は此処から離れたい……面倒事はこれ以上御免だ…」
「えぇ、そうね…」
落ち着いたのを見計らって人が集まってくるのを察し、直毅は麗華の肩を借りて廊下を進む。途中、落ちた紅い剣を拾い上げ左腕に戻した直毅は、申し訳なさそうに左腕を撫でた。
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学園を後にし、2人は帰路につく。途中何台も警察車両や救急車、消防車が通るのを見ながら。
時折、直毅は意識を失いかけて麗華に支えられる。酷く眠そうにする彼に声をかけ、何とか家に辿り着き、リビングに直毅は崩れ落ちながら入った。
「…ただいま…」
「どうした⁈直毅!」
リビングでポーカーをしていた雄治、凛、バーンズ、エニエスは血相を変え直毅のもとに向かい、雄治が彼を抱き起こす。
「"Schwarz"に襲われた…体中蜂の巣にされたけど、麗華が助けてくれたぜ…」
「雪山で遭難したみたいに冷たいぜ。」
「麗華の魔法が特殊でね…詳しくは凛さんに聞いてくれ…」
「何にせよ、命があるだけ儲けもんだ。ありがとな、麗華。」
凛が直毅の頬に触れ大体の事を察し、雄治は麗華に礼を言い、凛は冷静を保って指示を出す。
「熱を使ったのね…兎に角、今は体を温めて。麗華、直毅を風呂場まで連れて行って。魔術を使うのは身体への負担が大きいわ。」
「分かりました。」
麗華は直毅の肩を取り、リビングを後にする。バーンズとエニエスは悔しげに呟く。
「"Schwarz"…N.E.Tの奴らもう動いたのか…」
「申し訳ありません。此方が動きを把握していれば…せめて護衛をつけるべきでした。」
だが、2人とは対照的に、雄治と凛は煙草を取り出し火をつけて深々と紫煙を吐き出した。
「いてもどうしようもなかっただろうよ。もう少しノンビリするつもりだったんだが…仕方ない、直毅の身体が治り次第用意するかね。」
「いいえ、私と雄治が行けばそれで終わるわ。用意する必要なんて…」
珍しく感情を高ぶらせる凛を、雄治は変わらぬトーンで抑える。
「落ち着け。俺とお前が一緒に行ったらそれこそ一大事だ。俺は"Magic・killer" お前は最良の魔法使い、Ms.wind.俺とお前は対峙してなきゃいけないんだ。"歴史の裏側の戦争"の時も、調和会議の時も。俺たちは天秤の重しだろ。」
「………そうね、直毅用に護符を用意するわ。直毅も連れて行くんでしょう?」
「あぁ、俺のブレーキを踏んでくれるのはアイツだけだからな。バディ、幾つか頼みたい物がある。」
「Ok,何でも言ってくれ。」
「エリー。護符の用意、手伝って。」
「分かりました。ウィン。」
4人はリビングを後にし、雄治と凛はそれぞれの友人を連れて自室に入り、紫煙を吐き出して壁を殴りつけた。
「いい度胸だ…俺の"息子"に手を出すとはよ。」
「いい度胸ね…私の"息子"に手を出すなんて。」
ーーーーー
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直毅を風呂場まで連れてきた麗華は、制服を脱ぐ事なくシャワーを浴びる彼を、曇りガラスの扉の外から見ていた。
彼の身体は余りにも冷たく、裸でシャワーを浴びるには、お湯は余りにも熱いからだ。
ゆっくりとお湯が服を濡らし、徐々に身体を温めてていく。
「どうして、直毅は狙われたのかしら?」
「さぁな…理由が何であれ、奴は俺を殺す気は無かったみたいだか…」
「殺す気が無かった…?」
「あぁ…本当に殺す気なら幾らでも機会はあった。頭も撃ち抜かれてないしな…」
麗華の問いに淡々と答える直毅。彼女はそんな彼に拭いようのない違和感を感じる。
「大丈夫?直毅…」
「大丈夫さ…身体には傷1つ残ってない。ありがとな。麗華。」
「そうじゃないの…平気なの…?死にかけたのよ…?」
「こうして生きてる。"なら平気だろう"。」
「ッ!」
他人事のような、生気の無い直毅の言葉に、麗華は扉を開け濡れることも構わず彼の背中に抱き付いた。
「平気なわけ無いじゃない!貴方が撃たれたのを見た私が大丈夫じゃないんだから!」
「…まぁ…確かに、もう1度あの暗闇を見る羽目になると思えば、怖いな…もう見たくない…全てが空虚で無価値になるあの暗闇は…」
直毅の身体は震えている。それは単に寒さからではない。むしろ死に対する恐怖によるものと言っていい。
「なら、もっと自分を大切にして…弱くてもいいから…」
涙が直毅の背中を濡らす。直毅は声色を変えずに呟いた。
「…俺は、俺に価値を与えてくれる人の為に生きてる…でも、俺は俺に価値を与えられないし、その人の期待にだって答えられない。」
麗華は直毅を振り向かせ強引に口付ける。彼に意味を与えるように、舌で彼の冷たい舌を、口腔を舐めるも、彼がそれに応えることはない。
1度でも彼が応える、彼女の心は満たされただろう。だが、最後まで彼が応えることはなく。悲しく彼女が唇を離すと、直毅は何も言わず出て行く。
麗華は床に座り込み、雨の様なシャワーに打たれ涙を流し続けた。