奇しくも、直毅の予想は当たっていた。彼が黒い感情に苛まれているのと同じく、茜も黒い感情に侵されていたのだ。
自分の意思と関係なく動く身体。徐々に染まっていく意識。それは想像を絶する恐怖だろう。自分の所為で彼もおかしくなったことが、支配された身体から流れた涙だった。
直毅が左腕を失った罪悪感。それを銃爪にして、客席に居る"欲望"が表舞台に上がったのだろう。むしろその感情を抑え続けた彼女の精神力は賞賛に値する。"欲望"の近くに座る"理性"だとかその手の類いが彼女を非難するのは酷というものだ。
何にせよ、直毅の予想は当たった。黒い感情に染まりかかったお互いの意識は切り離され、通常の直毅と茜の意識は茜の身体に、黒い感情は直毅の身体に収まった。
伸ばされた右腕を払い、茜はベッドから飛び退き涙を拭う。
「鏡でも見てる気分だ。」
『ほぉ、考えたな。"俺"も。』
茜の身体を借り呟いた直毅に、直毅の身体はベッドからゆっくりと起き上がり軽く頭を叩く。突如として意識がクリアになり、頭の中に直毅の声が響いた茜の意識は混乱する。
(直毅⁈でも目の前に直毅は居る…どういうこと⁈)
(落ち着け茜。大丈夫か?)
(直毅…心の中に直毅を感じる…私の心の中に居るの?)
(あぁ、所謂2重人格みたいなもんだ。ちょっとだけ身体借りるぜ。話は後だ。)
直毅は茜の身体を借り、拳を握って動きを確かめる。
(この身体に無茶はさせられないな…)
身体の感情の違いを感じ、彼が自分の身体を見つめると、直毅の身体は左腕を引き抜き茜の前に投げ捨てる。
『こっちの茜はこの左腕は要らないとさ。それと自分の身体も要らないらしい。』
「成る程。それで?このままこの身体を撃ち抜くか?」
『茜はそうしろって言ってるんだが、そいつは"俺達"の流儀に反する。だろ?』
直毅の身体は不敵な笑みを浮かべ、直毅は左腕を掴むと、目を閉じ左腕を"右腕の欠けた東條 直毅の身体"に変質させた。
『そうこなくちゃな。意識は"戻った"か?』
「あぁ、"俺の身体"だからな。」
右腕の欠けた直毅は、左腕の欠けた直毅に向け、同じ声で答える。
鏡写しの様に2人の直毅が立つ中、茜は突如として現れた、右腕の欠けた直毅の背中を見つめる。
「直毅…?」
「悪い、茜。今回ばっかりは"茜を助けられる"か分からない。まぁ、今までも茜を助けられたことなんてなかったけどな…茜を守る役目は裕也に代わってかもらったから…」
「それって…」
自傷的に笑ってみせる直毅に、茜は彼を引き止めようとする。
『決闘の舞台は何処だ?まぁ訊くまでもないか。』
足元に魔方陣が浮かび上がり、茜が引き止めるよりも早く、2人は彼女の部屋から姿を消す。1人取り残された茜は呆然と立ち尽くした後、覚悟を決めて部屋を飛び出した。
ーーーーー
ーーー
ー
2人の直毅が現れたのは、風の吹き荒れる夢の丘。
『さぁてと、殺し合うとするか。相手は紛れもない自分自身だ、遠慮は要らないな。』
「あぁ、テメェの顔を見てると吐き気がしてくる。」
『自分の背中は見えないってか?全くもって同感だなぁ!』
左腕の欠けた直毅は黒い笑みを、右腕の欠けた直毅は自分を睨みつけて走り出した。
同じ身体なのだから、左腕右腕の差はあれど2人の間に力の差はほとんど無い。蹴りを主体として、2人の攻撃はことごとく相殺されていた。
下段、上段、後ろ回し蹴り。打ち合わせ通りとも言っていい2人の攻撃は噛み合っていく。勿論、彼らにその気は無い。だが双方感情に任せて繰り出される攻撃に戦略などないのだから、この状況も当然と言えるだろう。
地面スレスレから右のアッパーカットを放ち、それを右足で受け止め空中で1回転し着地する。互いの攻撃が当たることがないまま暫く彼らは打ち合い、左腕で攻撃を捌く直毅は、右腕のストレートを放つ自分に左肘を合わせて体勢を崩させると、そのまま左の裏拳を放った。
(入った…!)
そう確信した直毅は、次の瞬間自らの目を疑う。目の前に居る自分の身体の背後に、茜の姿が現れたのだ。
「なっ⁈」
突如現れた茜の姿に直毅は拳の勢いを弱め、その姿を見た直毅は笑みを浮かべて右の拳を彼の頬に叩き込んだ。
速く重たい拳を喰らい、直毅は左手で頬を拭って自分を見つめる。確かに黒い笑みを浮かべる自分の身体の背後には、茜の姿が見えた。
「そうか…幾ら黒くても、茜は茜ってわけか…」
『Exactly.(その通り)正解だ。どうする?俺に"窓を割る覚悟"があるかね?』
左腕の欠けた直毅は拍手をしながら笑い声を上げ、直毅はきつく拳を握り締める。
「クソッタレめ…」
『ねぇだろうなぁ。そんなんだから"NGを出し続けるんだ"。』
溜息を吐き、右腕の欠けた直毅は猛然と襲いかかる。脳裏に映る茜の姿に、直毅は攻撃を捌きながら後退する。
『どうした?そんな調子じゃあ自分の身も守れねぇぜ!』
捌ききれない攻撃を喰らいながら、直毅はジリジリと消耗していく。苦し紛れに放った拳がぶつかり合う。仰け反った2人は1度距離を取り、助走をつけ同じタイミングで跳び蹴りを放つ。右腕の欠けた直毅の右足と、左腕の欠けた直毅の両足には無意識のうちに魔力が乗せられ、再び攻撃がぶつかり合い、互いに吹き飛ばされた。
悠々と着地した『直毅』が歪んだ笑みを浮かべる一方、「直毅」は膝をつき肩で息をする。
『そんなもんか…あぁ、さっさと終わらせろとのご要望だ。悪いな。』
『直毅』は腰からM29を引き抜き、クルクルと指で回してから撃鉄を降し、銃口を「直毅」に向ける。銃爪に力が込められ、銃弾が放たれる直前、夢の丘に辿り着いた茜と裕也が声を上げた。
「「直毅!」」
その声に2人は顔を向け、『直毅』は溜息を吐いて銃口を茜に向ける。
「何で来たんだ…2人共…」
『"俺達"が不甲斐ないからだろ?まぁいいか。』
何の躊躇いも無く銃爪が引かれ、咄嗟に茜の前に立った裕也が障壁魔術を展開する。銃弾が障壁にぶつかり、その衝撃で裕也は仰け反った。
「うわっ!」
『あぁ…すっかり忘れてたぜ。魔術師相手じゃナイフ代わりにしかならねぇんだった。』
ケタケタと笑い声を上げ、『直毅』は銃をしまい手招きする。
『来いよ、裕也。茜を守る機会が来たぜ?』
「直毅…!いや、お前は直毅じゃない!」
『そんなに違うかね、俺とアイツは。外見も中身も同じ筈なんだがなぁ。』
裕也はきつく拳を握り締め『直毅』を睨みつける。勝ち目がないことなど彼自身が1番良く理解していた。だがそれは、今の彼を止める理由にはなり得なかった。
怒りに任せて走り出し、裕也はそのまま『直毅』を殴りつける。『直毅』にしてみれば避けるのは容易い拳。しかし彼はその拳を頬に受け仰け反ると、底冷えしそうな笑みを浮かべて頬を拭う。
『いい拳だ。少なくとも、そこで膝を付いてる"俺"よりは。けどな…』
『直毅』は拳を固めて裕也の腹に、彼の身体が浮き上がるほどのボディーブローを放つ。
「ガァッ…!」
肺の中の空気が吐き出され、横隔膜が震え裕也は息を詰まらせて両膝を地面に付き腹を押さえる。
『俺を倒すには、ちょっと力不足だな!』
『直毅』は裕也の顔面を蹴り上げ、それこそボールのように裕也は丘を転げ回る。その光景に、「直毅」は怒りに拳を震わせ何も考えず走り出し、狂笑する『直毅』の頬に、眼を閉じて拳を叩きつけた。
彼が勢いあまって倒れ込みながら放った拳は『直毅』を吹き飛ばし、肩で息をしながら「直毅」は立ち上がる。
『やっと調子が出てきたな…エンジンキーが見つかったか?』
「いいや…"コードは引き千切った"…」
『ほぉ…ようやくお互いを理解し合えるわけだ。"Louis,I think this is the beginning of a beautiful friendship."(これが友情の始まりだな)』
「I feel the need……the need for speed!(やろうぜ……勝負はこれからだ!)」
2人は最早同じ狂気を孕んだ表情で互いを睨みつけ、同じタイミングで走り出し、互いの感情を暴力に乗せぶつけ合い始める。地面に伏していた裕也の元に茜が駆けつけ彼を起き上がらせ、申し訳なさそうに裕也を抱く。
「ごめんね裕也…私の所為で…裕也も直毅も傷付けてる…」
「違う…直毅は…直毅は自分と闘ってるんだ…茜の所為じゃない…」
「でも…私の意識が、直毅をおかしくしたのよ…」
「直毅は、茜を救おうとしてるんだ…たとえその意識が黒くても…茜の一部なら、直毅は救おうとする…約束を守らなきゃ…俺が"茜"を守らなきゃ…」
ゆっくりと裕也は立ち上がり、殴り合う2人の直毅を見つめて拳を固めた。
「無理よ!相手は紛れもなく直毅自身、裕也が敵うわけが…」
「好きな女の1人も守れないなら、死んだ方がましだ…!たとえ、想いが届かなくても…!」
「えっ…?」
力と意志を乗せた言葉が茜の心を貫く。告白同然のその言葉に頭を真っ白になる彼女を、裕也は真っ直ぐに見つめて呟く。
「力を貸してくれ、茜。俺が好きな茜を助ける為に、茜が好きな直毅を、俺達の親友を助ける為に。」
「裕也…」
時間にすればほんの数瞬、2人は見つめ合い、決意の元に声を上げた。
「「直毅!!」」
その声に、「直毅」は怒りから目を覚まし『直毅』から距離を取り、2人は彼の側に駆け寄る。
「力を貸してくれるか?2人共。」
「あぁ。今度は俺達が、直毅を助けてみせる。」
「そうか…なら、2人に任せたぜ。」
直毅は満足そうに2人を見つめ、自分の胸に手を当てて目を閉じ、自らの身体を白いM29に変えた。
銃を取り、裕也は真っ直ぐに『直毅』を見つめ、彼は茜と手を重ねてグリップを握る。
"力を抜け、2人共。想いを銃弾に込めて"
銃を通して2人の心に直毅の声が響く。
"撃鉄を降ろして銃口を向けて、銃爪に手をかけろ"
2人は彼の指示通り、撃鉄を降ろし銃爪に手をかける。
『いいね。早抜きにはちと不向きだが、まぁハンデだ。決闘といくか。』
『直毅』は笑みを浮かべ、腰のホルスターに収められた銃を抜く位置に手を動かし指をゆっくりと動かす。
風が丘の上に生える木の葉と彼らの髪を揺らし、葉が1枚彼らの間に落ちていくと、『直毅』は独り言のように呟いた。
『よく狙えよ…お前らは今から、1人の人間を殺すんだからな。』
葉が地面に落ち、2つの銃声が丘に木霊する。茜と裕也の想いを乗せた銃弾は、『直毅』が放った凶弾を打ち砕き彼の左胸に当たると、彼の身体から黒い瘴気が放出された。
『……サンキュー、2人共。』
消える寸前、彼はそう言って目を閉じ、銃を落として両膝を地面についた。
「終わった…のか?」
"あぁ、終わった。ありがとう、裕也、茜。俺の身体にこの銃を握らせてくれ、そうすれば戻れるだろうから"
2人は力無く膝をつく彼の身体のもとに向かい、白い銃を彼に握らせる。ゆっくりと目を開き、直毅は銃を左腕に変えて立ち上がった。
「あぁ。やっぱり、自分の身体が1番だな。」
身体を動かして笑みを浮かべた直毅に、茜と裕也は安堵の息を吐き笑みを返した。
「終わったのね、直毅。」
「そうみたいだ。まぁ、あの感情が消えたわけじゃないけどな。」
直毅は銃をホルスターに収めてそそくさと去ろうとする。その後を追おうとする2人…裕也に、彼は背中越しに告げた。
「言わなきゃいけないことがあるんだろ?裕也。」
「…そうだな。約束、守れたかな。」
「勿論。俺も助けられたからな。」
2人を丘に残し、直毅はその場を後にする。振り返ることはなかったが、彼の心には、確かに小さな寂しさがあった。