クラスメート達を撒き、直毅は春音と共に家路を辿る。彼女の歩調は酷くゆっくりとしたもので、元々そうであるのに加え、少しでも長く彼と居たいと思っているのもあった。歩調を合わせ、直毅は道を覚えながら、春音はチラチラと彼の表情を伺っては何かを言い出そうとしては顔を赤くしていた。
「どうした?さっきから急に黙り込んで。」
春音の様子に気がついた直毅が尋ねると、彼女は緊張し手を振って誤魔化す。
「い、いえ…なんでもないです。」
「なんでもないってことはないだろう。言いたいことがあったら遠慮なく言ってくれ。したいことがあれば出来る限り答えるから。君は俺の彼女なんだろ?」
立ち止まり笑ってみせる彼に、彼女は意を決し小さな声で求めた。
「それじゃあ…手、繋いでもいいですか…?」
「あぁ、勿論。」
その言葉に快く頷き、直毅は春音の小さな左手を優しく握る。手を握られた春音は1度喜びに少し身体を震わせ、笑顔で彼と共に歩き始めた。
「夢みたいです。先輩とこうやって一緒に帰れるなんて。」
「俺の方も驚きだよ。こんな風な関係になる人が出来るとは。昔から気になってたんだが、どうして俺なんかを好きになるんだ?もっと良い男が居ると思うんだが。」
「それにも理由はないですよ、先輩。好きだから好き。それだけです。私も、先輩がカッコイイと思ったから告白したんです。そんなこと言ったら、先輩だってどうして私を選んだんですか?他にも良い人から告白されてきたのに。」
「それもそうか。価値観は人それぞれだからな。俺は、君の歌とその表情に惹かれた。心の底から綺麗だと思ったんだ。」
「歌だけですか?見た目とかじゃなくて?」
春音はその小さな身体に似合わぬ胸を押さえながら尋ねる。その胸は確かに魅力的だが、一方でアンバランスでもあった。恐らく彼女はそれにコンプレックスを抱いているのだろう。
「そうだな…君の底抜けな明るい笑顔と強引さにも惹かれたかな。無邪気さと言うべきか。そもそも身体の特徴ってのは見ただけで分かる。でも内面は時間をかけなきゃ分からない。俺はそっちの方が興味があるな。勿論、君の身体は魅力的だろうが。」
「そうですか…良かった。先輩が"私"をちゃんと見てくれる人で。」
直毅の答えにホッとし、春音は笑みを浮かべて彼を見上げる。純真無垢な彼女には、その身体に向けられる視線は苦痛でしかない。身体を近付け寄り添う彼女に、彼は苦笑した。
「俺の内面を知ったら幻滅すると思うぜ?面倒くさがりのロクデナシ、屁理屈と皮肉が好きで人間嫌いだからな。」
「えぇ⁈先輩、人間嫌いなんですか?」
「昔から捻くれてたからな。友達も数えるほどしか居なかった。いや、今もだな。幼馴染みの親友が2人、ガキの頃に知り合った友人が1人…いや、2人居た。」
黒いグローブをした左手を見て、直毅はほんの少し悲しげに呟く。そんな彼の様子を不思議そうに見て、何気なくその左手を気にして尋ねる。
「どうして左手だけグローブしてるんですか?夏なのに学生服着てますし。」
「こいつか?こいつはな…秘密だと言いたいが、言っても聞かないだろ?」
「勿論、先輩のことよく知りたいですもん。」
「仕方ないな…俺の左腕は、義腕なんだ。」
溜息を吐き、直毅は左手のグローブを取り軽く腕を捲り白い腕を春音に見せる。彼女は驚いた様子でその左手を見つめた。
「どうして義腕になったんですか?生まれた時からとか…」
「いや、つい最近だ。信じられないだろうが、この左腕は、さっき言った2人の友人なんだ。」
「え?一体どういう…」
理解出来ないとばかりに目を白黒させる彼女に、直毅は小さく溜息を吐いた。
「あんまり春音には血生臭い話は聞かせたくない。君とは普通の学生同士で接していたいんだ。くだらない話して笑ったりさ。恋愛感情を認めなかった俺を見せたくないんだ。それでも、君が俺の全部を知りたいなら話すけど…」
「そうですか…なら、少しずつ聞かせて下さい。まだ、覚悟も足りないと思いますから。」
「あぁ、ありがとう。その代わり、春音がしたいことがあったら何でも言ってくれ。」
「はい。それじゃあまず、連絡先を交換しましょう。いつでも話せるように。」
携帯を取り出した春音に、直毅は笑みを見せ頷き互いの連絡先を交換する。やがて春音の家に辿り着くと、名残惜しそうに彼女は手を離した。
「それじゃ先輩…夜メールしますね。」
「分かった。あんまり寂しそうな顔するな。話ならメールや電話で出来る。面と向かって話したいなら、呼んでくれれば行くさ。じゃあな。」
彼女の頭を撫で、直毅は小さく手を振り別れる。少し薄暗くなってきた住宅地を歩きながら、彼は空を見上げて呟いた。
「ちゃんと伝えなきゃな…」
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「麗華、居るか?」
自宅に戻り、夕食を終えた直毅は麗華の部屋のドアを叩く。本を読んでいた彼女は本を閉じ、静かな彼の声に何かを察した。
「どうぞ。入って、直毅。」
ゆっくりとドアを開き、直毅は部屋に入り深妙な面持ちで麗華の前に立つ。
「話があるんだ。麗華の問いに答えなきゃいけないから。」
「あら、早かったわね。でも、何となく答えは分かるわ。座って話しましょう。」
ベッドに腰掛けた麗華に誘われ、直毅は彼女の隣に座り、はっきりと告げた。
「好きな人が出来たんだ。人並みの愛し方を教えてくれた人が。」
「……そう。良かったじゃない。"どんな人なの?"」
「歌が綺麗な、普通の女の子だよ。どことなく、"こいつら"に似てるんだ。」
左腕を眺めながら呟き、隣に座る彼女は小さく息を吐き、少し残念そうに笑った。
「残念。私が先に直毅を変える気だったのに。」
「今朝言ってくれたよな。"変わらなくてもいい"って。嬉しかった。麗華の想いに応えられなかったけど…」
「いいのよ。直毅が誰かを愛せるようになれば。私も当分、貴方以外は好きになりそうにないしね。」
「困ったな…でも、俺は麗華を、"家族"を愛してる。守りたいと思ってるんだ。君が望む愛とは違うだろうが。」
「それでも、嬉しいわ。貴方から愛してるなんて言葉が聞けるなんて。それじゃこれからも、私を愛して頂戴。直毅。」
「あぁ。ありがとう。麗華。」
直毅は麗華を抱き寄せ、彼女は驚いた様子で彼の腕の中で尋ねる。
「どうしたの直毅?」
「自分が真に相手にしたいことをしろ、拒まれない限り。それが愛する事だと教えられてな。」
「そう……やっぱり貴方、天然の女誑しね。」
「かもな。それに欲張りだ。」
ゆっくりと身体を離し2人は笑い合う。だが麗華は彼に愛されるその彼女の身を"案じ"呟いた。
「……貴方の隣には、生半可な覚悟じゃ居られないわ。普通に愛し合うだけなら、そんなもの必要ないのに。」
「………そうだな。ただ幸福を与え得ることを、俺は許されちゃいないのかもしれない。宿命なのかもな、俺の…」
もう一度彼女を抱き寄せ彼は祈った。それは届くはずもない祈り。
出来ることなら、彼女を不幸に巻き込まないでと。
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ーーー
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直毅に抱き締められながら、私は実らなかった自らの恋を別れを告げる。この結末は最初から分かっていた様な気がしたが、それでも人というのは貪欲で浅ましく、心にもない言葉を吐いてしまう。
「羨ましいわ。貴方に愛される彼女が。」
「……ごめんな、麗華。」
……違う、そんな言葉が聴きたい訳じゃないのに……
申し訳なさそうに彼が呟き、それを言わせた自分自身に怒りを覚える。その怒りが私の心も身体も熱くさせ、落ち着こうと彼の胸に顔を埋めて鼓動を感じようとする。
(暖かい……)
それは却って感情を昂ぶらせるだけだった。今すぐ彼から離れた方がいい。だがそれを、"私"は望まなかった。今この瞬間だけでも、彼に愛されたいと思ってしまう。それを無意識に正当化し始め、私はついにそれを口にした。
「直毅……今夜だけ、私を"愛して"………」
その言葉に、彼は私を力強く抱いて悲しげに答える。
「………俺は、心の底から麗華が望む愛を与えてやれない。そうして君に与えられるのは愛じゃない、そいつは"慰め"だ。」
彼の言葉は私の心を、感情を貫いた。偽りの愛に意味は無いと、彼は私の本心を見透かしているかのように呟いた。恐らく彼の慰めは、麻薬のように私と彼の心を蝕むだろう。夏の夜の暑さに、心と身体を犯されたというには余りにも重い代償。
「………そう、ね。ありがとう、直毅。」
「いや、俺の方が礼を言わなきゃ。それに、謝らなきゃいけない。」
一時の感情は、人を動かすには最も安く効果がある。そして必ずと言っていい程に、それは後悔しか残さない。
「もう少し、このままでいて頂戴。心と身体の、熱が冷めるまで。」
「あぁ…それ位しか、してやれないからな。」
彼は私を抱き締め髪を撫でる。私を壊さない様に、傷付けない様に。
彼女が口付け(Kiss)を求めなかったのは当然だったかもしれない。至福(Bliss)の韻を踏むその言葉は、互いの意思の疎通には使えない状態だったからだ。
アンブローズ・ビアス曰く、恋愛とは一時的な精神異常であり、自分自身については何1つ知らないうちに、他者について多くを思う愚考である。確かに"彼"にとっての恋愛は、この意味に当てはまっていると断言出来る。"幸運"にも。
もう直ぐバレンタインですね…聖バレンタインの虐殺って知ってるか?(半ギレ)