バレンタインデーの小話です。
「バレンタイン。もうそんな時期か。」
リビングのソファーでユキを膝に乗せ、直毅が彼女と共に本を読んでいると、付けっ放しのテレビがチョコレートの宣伝を流していた。
「バレンタイン?何をする日なの?」
「ん?一般には、女性が意中の男性にチョコレートを渡す日だ。まぁ仲の良い同性同士だったり、形式的に渡したりする場合もある。果ては自分に贈ったりな。」
そもそもチョコを渡す日では無く、恋人の日だと付け加え答えた直毅に、メティスと共にキッチンに居た優子がこう提案した。
「そうだ。皆んなでチョコレート作りましょうか。」
その提案に、隣に居たメティス、紅茶を飲んでいた麗華、雄治とチェスをしていたアリスは皆快く同意する。
「ユキちゃんも一緒に作りましょう?」
再び本を読もうとしていたユキに優子が声をかけると、彼女は直毅の方を向いて尋ねる。
「直毅はチョコ食べたい?」
「あぁ。食べたいな。」
彼が笑顔で答えると、ユキは「分かった。」と言って頷き、膝から降りてキッチンに向かう。
「それじゃあ用意しましょう。雄治さん達は別室で待ってて下さいね。」
「あいよ。野郎は退散だ。ポーカーでもしようぜ、直毅、翔。」
雄治は麗華の後ろに居た翔と直毅を連れリビングを後にし、メティスとアリスはチョコレートを買いに、残った彼女達は各々準備を始めた。
ーーーーー
ーーー
ー
「オープン。」
雄治の部屋では翔がディーラーとなって直毅と雄治がポーカーをしていた。翔のカードは7のワンペア、雄治と直毅はAとジャックの2ペアだった。
「"また"引き分けか。偶然も続くもんだな。」
「いや、普通ありえねぇだろ。互いにオープンした勝負が"7回連続2人が同じ役"だなんて。」
呆れる直毅を他所に、雄治はカードを翔に渡し煙草に火を付け紫煙を吐き出す。この親子、運の絡む勝負に滅法強い。何度も念入りにシャッフルをし、目の前で異常な光景を目の当たりにする翔は、変わらず笑みを浮かべたままである。
「凄いですね、直毅君も雄治さんも。」
「何か賭ければ均衡が崩れるか?勝たないとヤバイモノとか賭けてよ。」
「そうだな…負けた方がアリスのチョコを全部食べるってのは?」
「そいつは…負けられないな。」
時々直毅に出されるアリスの手料理の異常さは、彼女以外の全員に知れ渡っており、彼女が何か作る度直毅が全部食べるというのが恒例となっていた。
「よし勝負だ。ディーラー、カードを。」
「はい、分かりました。」
翔が丁寧にシャッフルし、2人にカードを配っていく。5枚のカードが配られ、直毅が手にしようとした時、雄治がその手を遮った。
「何だよ、親父。」
「真剣勝負といこうぜ。互いに自分の手を見ないまま勝負しよう。」
どちらにも有利に働かないその条件に、直毅は呆れながらも笑ってみせ、2人は互いのカードを伏せたまま勝負を始める。
まるでカードが透けてくるのかと言わんばかりに凝視する2人。雄治が一気に煙草を吸って大量の紫煙を虚空に吐き出し、吸い殻を携帯灰皿にしまうと、直毅は2枚、雄治は3枚カードを交換した。
「さて。後は乗るか降りるかだが、どうするよ。直毅。」
「1発勝負だ。乗るぜ。」
「よし、ショー・ダウンだ。」
2人がカードを手に取り表に晒す。直毅はジョーカーを合わせたスペードのAの欠けた4カード。雄治はスペードのロイヤルストレートフラッシュ。
「胃薬は用意してやるよ。」
テーブルに突っ伏した直毅に、雄治は新しい煙草を取り出しながら笑っていた。
ーーーーー
ーーー
ー
「ん…あぁ、朝か…」
何処に在るとも知れない部屋。朝日が窓から差し込み、ジョン・ドゥは頭を掻きベッドから起き上がった。
死人は夜目覚めるものだろうと思いながら、彼は隣で眠るベルを見て溜息を吐く。毎晩のように身体を求めてくる彼女の相手をするのは、常人なら精魂尽き果て死んでいてもおかしくないだろう。彼は身体中に張り付いた体液を落とすべくベッドから出てシャワールームに向かう。鏡に写る彼の姿は異常で、首に繋ぎ目の様な横線が入っており、肌や筋肉は酷く無機質な白色である。
「顔を舐めるのは止めろつってんだがな…失神させるか縛り付けとくか…」
冷たい水を浴びる彼が溜息混じりに呟くと、いつの間にかもう1人の名も無き死人、ジェーン・ドゥが裸で彼の背中に抱き付いた。
「私も貴方も身体は冷たいでしょう?なら冷ます必要も無いと思うけど。」
「身体が冷たい方が、"温め合う"にはちょうど良いだろ?」
そう答え振り返った彼は彼女を抱き締め、どちらともなく口付けを交わす。水の音の中に粘着質な音が混じり、2人は互いの眼を見たまま舌を絡め合う。熱を帯び始めた彼女の身体に対して、彼の身体は冷たいままで、唇と舌が離れ半透明な糸が水滴と重力で切れると、彼は蛇口をひねって水を止めた。
「今日はなんだ?また仕事の依頼か?」
「今日は恋人の日よ。愛を求めに来ただけ。」
「俺達は死人だ。死人の日に求めるのが筋だろう。」
「今までも、心が身体を邪魔するのかしら?」
シャワールームから出て身体を拭き、ジーンズを履いた彼は、本や銃弾が乱雑に乗せられた机に足を投げ出して椅子に座り、煙草を手に取った。
「別に、愛だけじゃ人は愛せない事も、愛無くとも人は愛せる事も知ってる。だが、誰かの温もりを感じなきゃ生きていけない程"強く"ないからな。」
「私は冷たい愛で構わないわよ?貴方に愛されるなら。」
魔術で身体を乾かした彼女が紅いワンピースを着、彼の元にやって来る。彼が咥えた煙草を取り上げ、煙草型のチョコに変えると、彼の上に跨って口に咥えた。
「どう?少しは恋人の日らしくなったかしら。」
「まったく…ウァレンティヌスが泣いて自殺するぞ。俺達はなんだ、大罪の肩代わりでもしてるのか?」
口移しにチョコとなった煙草を咥え、彼は大きく溜息を吐く。再び2人が身体を重ねようとすると、ベッドで寝ていたベルが眼を覚まし、2人の様子を見て勢いよく飛び掛った。
「ごー主人!ベルも混ぜてー!」
椅子から落ち、2人に押し倒される形となった彼は、ゆらゆらと揺れるベルの尻尾を握り締める。
「ひにゃぁ…」
軽く達した彼女は身体を震わせ脱力し、涎や愛液を垂れ流して彼の身体を再び汚す、溜息を吐く彼を見てジェーンはくすくすと笑った。
「この万年発情期猫は…チョコでも食わしてやるか…」
「いいの?チョコは媚薬というけれど。」
「あぁクソ、分かったよ。腹上死することはねぇだろうからな。」
ベルを抱き抱えベッドに放り投げた彼は、ワンピースを脱いだジェーンの裸体にも溜息を吐き、彼女をベッドに押し倒し、チョコを咥えたまま口付ける。
「死人を抱くは死人。生者は死を背中に抱き、死は生者の顔を覗き込むか。」
「相変わらずね。正面から抱き合いましょう。死が良く見えるように。」
純白とはかけ離れた愛情。チョコが2人の口内で溶け、甘さと苦さが流れていく。黒く、いや茶色の愛は、観客達の望む愛。白く白ける美しい愛など、誰も求めはしないのかもしれない。
ーーーーー
ーーー
ー
「あぁ…苦しい。味もそうだが、量も酷かったな…」
直毅はベランダの椅子に座り、腹を抑えて呻いていた。"4人"から受け取ったチョコを食べ、主にアリスの"銀紙が混ざった歪な形のチョコ(3人前)"で腹を満たした彼が冷たい風を感じながら曇り空を見上げていると、ベランダへの扉が開きユキがやって来た。
「直毅、これ。」
「こいつは、ホワイトチョコか。」
彼女は小さなハート型のホワイトチョコを彼に手渡し、受け取った彼は嬉しそうにチョコを眺める。
「上手く出来たか分からないけど…」
「いや、嬉しいさ。ありがとう。」
不安そうなユキに笑みを見せ、チョコを食べる直毅。彼につられて彼女も笑みを浮かべた時、小さな雪の結晶が2人の間に落ちてきた。
「ホワイトチョコに、ホワイトバレンタインか。いい組み合わせだ。」
口の中に広がる甘さを感じながら、2人は空を見上げ、白い空から落ちてくる雪を眺めていた。