茜とユキが下着を選んでいる間、直毅は近くのベンチに腰掛けていた。
「お隣、よろしいですか?」
「え?あぁ、どうぞ。」
ボーッとしていた直毅は、その女性の声に顔を上げて姿を見る。 彼の目に映った女性は、真紅のワンピースに深紅の長い髪の美女であった。
その容姿に一瞬見惚れてしまった直毅だが、直ぐに気を取り直して脇へ詰める。
「ふふっ。ありがとう。」
微笑を浮かべ、彼女は直毅の横に座る。
普段の彼ならこの女性の事は全く意識しないか、警戒するかの2つに1つだが、今回は違った。
無意識のうちに、直毅は彼女の横顔を見つめていたのだ。
「あの、どうかなさいました?」
「あぁいや、母親に似ていたもので。」
直毅の視線に気が付いた彼女は怪訝そうな顔色1つ見せず微笑して尋ねる。
その声に無意識から引き戻された直毅は、適当な言い訳を取り繕うこと無く本心を口にした。
直毅の主観的意見ではあるが、この女性と彼の母親…東條 優子に似ていたのだ。特に、その微笑みが似ていると。
「そうでしたか。…所で、あのお2人とは?」
「えぇ、髪の短い方は幼馴染みで、その隣にいる子は、俺の親父の親戚の子ですよ。」
「幼馴染みですか、てっきり彼女さんかと。」
「彼女ですって? 残念ながら、そういう事には疎いんですよ。友人曰く、『お前と付き合えるのは相当風変わりな奴』だそうで。」
直毅が苦笑いを浮かべて答えると、彼女は子供のような笑顔を見せた。
「隣の黒髪の子も、貴方の妹さんかと思いました。」
「あの子は昨日会ったばっかりですよ。でも…」
直毅が初めてユキと出会ったことを…出会ったのはつい昨日の出来事だが、まるで遠い昔を思い出すように呟く。
「何処かで会った気がする。というのでしょう?」
思い描いていたことを、まるで初めから知っていたかのように答えた彼女に驚いた直毅だが、その言葉に頷く。
彼がユキに出会った時に感じたもの、それは1種の既視感、懐かしさであったのだ。
「…そうですね。まぁ気のせいでしょうけど。」
「そうかしら?ほんとに会ったことがあるのかも。」
とても小さなその呟きは、人々の喧騒にかき消され、直毅の耳に入る事は無く、そして彼女は立ち上がり、直毅に軽く1礼して背を向ける。
その時の彼は彼らしく無かった。だからこんな事も聞けたのだろう。
「あの、良ければお名前を教えてくれませんか?」
その言葉に立ち止まり優雅に振り返った彼女は、こう答えた。いや、答えになっていなかったのかもしれないが…
「私はジェーン、ジェーン・ドゥ。」
そう答えると、彼女は直毅が名を名乗る前に立ち去って行った。
(…不思議な人だったな…)
彼女の後ろ姿を見ながらそんなことを考えていると、買い物を終えた2人が帰って来たのであった。
同時刻、ロンドン
かつて黒い死の霧が覆ったこの街も、美しい朝霧で幻想的な雰囲気に包まれている。
その中でも一際目を惹く時計塔…魔術の総本山の最高位である議長室。格式あるその部屋に相応しく、議長である白髪の紳士が席に着いている。
だがその英国紳士が目の前にしているのは、その部屋には酷く不釣り合いな男だった。
「依頼通り、キメラの標本は届けた。報酬は何時もの通りにな、爺さん。」
男の馬鹿にしたような言葉に、議長の隣にいた秘書の若い男が声を上げようとするが、議長は秘書を片手を上げ静止し目の前の男に礼を言う。
「ご苦労でした、ミスター東條。此方の魔術師達でも苦労するあの怪物を仕留められるとは流石ですな。」
「ハッ、唯の人間1人に依頼する内容じゃあ無いな。それに…」
議長の賞賛の言葉に、東條 雄治は鼻で笑いながら答え、
「俺からしてみりゃ、あんたらの方が怪物だよ。」
身震いする程冷たい眼差しで議長を射抜いた。
議長は恐怖で何も言えなくなり、滝の様な冷や汗を流し震え始める。
「えーと、何処にしまったっけな。」
そんな議長を他所に、雄治はGジャンのポケットを探してキャスタースーパーマイルドを取り出し1本口に咥えると、議長の元へゆっくりと近づいて行く。
議長にはそれが、自分に絶対的な死が近づいて来るのに等しく、彼が机を挟み自分の目の前に辿り着くと、死を覚悟した。
「火は出せるかい?弱い火でいい。魔術師の爺さん。」
雄治の言葉に議長は無意識の内に頷き、指を軽く鳴らして火を出す。
雄治は煙草に火を付けて深く吸うと、煙を議長に吐きつけ、煙草を高価な机に擦り付け火を揉み消して部屋を後にした。
彼が部屋を出てから、煙草の煙がかき消える程度の時間が経ってから、議長はようやく正気を取り戻し安堵の息を吐く。
「大丈夫ですか議長⁉︎」
心配する秘書を議長がなだめると、秘書は雄治の態度に怒りを露わにした。
「何なんですあの男は!魔術協議会の議長とあろうお方が、あれほど下手に対応なさるなんて!」
「お前はまだ若い、奴がどんな男か知らんのだ。我々の命など、奴の機嫌1つで無くなっていたかもしれんのだぞ。」
議長の真剣な声に、秘書はそれが冗談などではないと知り恐怖した。
「…一体何者なんです奴は…?」
「奴は…」
議長は重々しく口を開いた。
東條 雄治…別名、Magic.Killer(魔の天敵)
東條 直毅の父親で、世界を股にかける何でも屋だが仕事内容は主に荒事が多い。世界中の軍隊、特殊部隊が毎年訓練の依頼を持ってくる。
その戦闘能力は、彼の右に出る者は居ないとまで評価され、武力に否定的な魔術協議会も彼に依頼を持ちかける程。
世界で唯一、魔力を持たない人間として確認されている。
魔術と科学のパワーバランスを保つ1端であり、中立とは言うものの科学寄りである。
「しかし、幾ら戦闘のプロと言っても、魔術の使えない者に、何故あれほどまでに恐れる必要が…」
「…魔法使いの1人が正面きって戦い、奴に殺された。と言えば、察するのは容易いだろう…。」
議長のその言葉に、秘書は驚愕し声も出ない。
不意打ちであるなら、魔術師が兵士相手に殺されることもあるだろう。
だが正面から、しかも世界に数えるほどしか居ない魔法使いが殺されるなど、信じられることではない。
高等魔術師の中でも特に抜きに出た逸材だけが、世界から認められ初めて名乗ることが出来るその名は、魔術を志す者全ての目標である。
「それに、奴はMs.Windと深い繋がりがある。迂闊に手出しは出来ん。」
「Ms.Windと⁉︎」
議長が告げた名に、またも秘書は驚愕した。
魔術師ならその名を知らぬ者は居ないほどの有名人だ。
数少ない魔法使いの中でも、最良と歌われる魔法使いと繋がりがあるというのだ。
「Ms.Windと奴が繋がっているからこそ、科学と魔術のパワーバランスが保たれていると言っても、過言ではない。…我々より、よほど奴の方が怪物だ…」
議長が苦しげに呟くと、秘書は改めて唖然とし恐怖した。
一方、部屋を後にした雄治は、外で待っていた妻の東條 優子の元へ辿り着いていた。
優子は雄治がやって来たのに気が付き、笑顔で彼を迎える。
「雄治さん。お仕事は終わりましたか?」
「あぁ優子。これでひと段落ついた。久々に日本に帰れるな。」
「えぇ、半年ぶりにあの子に会えますね。」
子供のように喜びながら微笑む彼女の容姿は、腰まで伸びた長く美しい黒髪に純白と言ってもいいほどの白い肌。白いコートを着込んではいるが日本にもどれば着物を着るであろう。
ユキと同じく、人形の様な美しさである。
「そうか、半年ぶりか…どうしてるかねぇ直毅は。」
「あの子のことですから、元気ですよ。」
「それは違いないが、面倒事に巻き込まれてるんじゃないかってな。」
「雄治さんの子ですよ。巻き込まれても、何とかするのがあの子じゃありません?」
「…それもそうだな。じゃあ帰ろうか優子。」
「えぇ、雄治さん。」
優子は雄治にぴったりと寄り添い、空港に向かう。
2人はこの時気がつく事は無かった。
遠くから、2人を見つめる1つの影があった事を。
やっぱりこの父親イカレてるなぁ(遠い目)
主人公のイメージが洋画の主人公のごちゃ混ぜなら、彼はアクション洋画の主人公そのものみたいな人です。お母さんは…イメージは大和撫子。それに尽きます。
次回は直毅と両親の再会編。
それでは、また次回。