「で、両親が家を空けがちなのをいい事に彼女も連れて行くのか。」
「いいだろ別に、音楽好きなら行っても。酒呑む訳じゃねえんだから。」
「アガリ症なんだよ春音は。俺を連れてく理由も、帰りに運転させる為だろうが。無免許なのに。」
「運転出来りゃいいんだよ。親子揃って銃振り回してるんだ、今更なぁ。」
「あの〜。2人共仲悪いんですか?」
「いや?そんなことないぜお嬢さん。"ご覧の通り"仲は良い。」
「誰が見ても険悪なんだがな…」
蒸し暑いある夜、直毅と春音は雄治に連れられライブバーへと向かう車内に居た。助手席に座る直毅は窓枠に頬杖をついて文句を吐き、雄治は変わらぬ笑みを浮かべたまま、後部座席に座る春音は2人の様子に戸惑っていた。
「心配すんなよ直毅。バーの連中は顔馴染みだ、俺の近くに座らせとけば、誰もお嬢さんに手は出さねえよ。」
「あんたの側に置いとくのが腹立つんだよ…言っててもしょうがないか。カラオケにでも行くと思ってくれ、春音。」
「はい。先輩の歌が聴けるなら楽しみです。」
「本当に良い子だなお嬢さんは。直毅には勿体無いぜ。どこがいいんだこいつの。」
「あー、あー!黙るか歌って運転してろ!」
「あいよ。歌うのはお楽しみに取っとくさ。」
3人を乗せ車は夜道を駆ける。近くの駐車場に車を停め、繁華街の路地裏にひっそりと佇む一件のバーへと向かう。
「着いたか。久しぶりだな全く。」
看板のネオンが照らす"Backstreet boy "の文字を懐かしそうに眺め、雄治は木製の扉を開いた。
「いらっしゃいませ。これは、お久しぶりですな。雄治さん。」
「あぁ、久しぶりだなマスター。此処もマスターも全然変わらないな。」
カウンターでグラスを磨いていた白髪のマスターと雄治は、互いの姿を見て懐かしさに笑みを浮かべる。店内は淡く優しい光が包んでおり、カウンター席とは別に、黒いソファーに年季の入った机が数席、ソファーの反対側にはステージがある。ギターやドラム、トランペット等、音楽機材や楽譜が数々並べられ、今も何人かがテンポの良い音楽を奏でて、それを聴きながら10人程のそれなりに歳を重ねた男女が酒を呑んでいた。
「おや、息子さんも一緒ですか。それにもう1人のお嬢さんは…息子さんの恋人ですかな?」
「ご名答。久しぶりに歌いたくなってな。普通の飲み物とスピリタスを頼む。」
「かしこまりました。」
春音を挟むようにカウンター席に座り、出された飲み物を直毅と雄治は躊躇いなく飲み、春音は緊張でガチガチに固まっていた。
「リラックスして下さいお嬢さん。此処は歌が好きな人しか来ない場所だ。お嬢さんも、歌が好きでしょう?」
「は、はい…」
「直毅、リラックスさせる為に歌ってやったらどうだ?ノリのいいやつを頼むぜ。」
「はぁ…分かったよ。」
丁度演奏が終わり、ギターを弾いていた男と入れ替わりでステージに向かった直毅は弾く曲を考え、ステージに居た人達に2、3尋ね了承を得てからギターを手に取る。若い彼がステージに立ったのを、酒を飲んでいた客達は興味深そうに見つめる。マイクが軽くフィードバックすると、ぎこちなさそうに声を出した。
「Alright…This is an oldie,but uh, it's an oldie where I come from.」
その台詞に春音以外の者は弾く曲を理解し、ステージの人に声をかけ振り返った直毅は勢い良く"Johnny B Goode" を弾き始めた。
「どうだ?リラックス出来たかい、お嬢さん。」
「はい。先輩、歌上手ですよね。」
「気の知れた奴が居ないと歌わないがな。特に、誰かの為に歌うなんてまず無い。相当大事なんだな、君のことが。」
直毅の歌を聴いた春音は落ち着いたようで、他の客と同じく彼の声に聴き入る。
「少し話を訊いても良いか?」
「はい。何ですか?雄治さん。」
「直毅が居ると訊けないからな。あいつを貶す訳じゃないが、直毅の何処に惚れたんだ?」
「えぇと…上手く説明出来ないんですけど、一目惚れと言うか、話で聞いた想像とのギャップが良い意味で激しくて。戦ってる所なんか、まるで映画のヒーローみたいで格好よかったんです。」
「ヒーローか、成る程な。」
照れながら答える彼女の姿を見て、雄治は笑みを浮かべた質問を続ける。
「直毅は自分の話をするかい?子供の頃の話とか。」
「はい…どうして左腕が無くなったのか話してくれました。先輩が普通の人とは違うのは、何となく分かってましたけど…」
「そうか…そこまで君に心を許してるのか。なら、もう少しあいつの話をしよう。」
透明な酒と氷の入ったグラスをカラカラと揺らし、雄治は虚空を見つめながら話し始める。
「君の言う通り、直毅は普通じゃない。魔力を使えば死ぬ身体で生まれてきたんだ。俺に至っては、魔力すら無いしな。まぁそんな生い立ちだ、普通な訳ない。挙句、何度となく死にかけてる。少し前に学校で騒ぎがあったろう。その時は身体中銃弾で蜂の巣にされたんだ。」
「全然知りませんでした…学園からは詳しく説明されませんでしたから。」
「だろうな。でも今じゃ、自分を殺しかけた奴と一緒になって暮らしてる。普通じゃないだろ?」
「そんな…信じられません。幾ら何でも…」
「だが事実なんだ。あいつは、自分が傷付くのは何とも思ってない。直毅が恐れてるのは、他人が傷付くことだ。例えば、君が病気か事故で臓器移植が必要になったとしたら、あいつは心臓だろが肺だろうが身体だろうが、躊躇いなく君に提供するんだ。死んでも構わないと言わんばかりにな。」
「…でもそれは…なんと言うか、身勝手じゃないですか?もし私がそうなって、先輩が助けてくれても、先輩が居なきゃ悲しいです…」
「そう。これは単なる自己満足、自己犠牲に陶酔してると言って良い。まぁこの例は最悪のケースだ、そうならない様にあいつは君や自分の家族を守るんだ。それと、1つ覚えていてくれ。」
グラスを置き、雄治は真剣な眼差しで春音を見て、その表情に彼女も真剣な顔になる。
「直毅が居なくなったら君は悲しいと言ってくれた。それは、"あいつにとって何より幸せ"なんだ。"悲しいと感じられるのは幸せだ"。君が消えてしまえば、直毅は悲しむ間も無く消えちまう。それ位あいつは…いや、俺達は脆いんだ。」
「悲しいのが、幸せ…」
彼と同じだと、彼女は心から理解した。父親だからというわけでは無く、同じ種類の人間なのだと。
「分からなくてもいい。こいつは、俺や直毅にしか分からない感情だからな。まぁ、なんだ。湿っぽい話は得意じゃなくてな。簡単に言えば、直毅と仲良くやってくれってことだ。お世辞にも、俺やあいつは付き合い易い奴じゃないからな。」
グラスに入った酒を呑み干し、雄治はステージで歌い終えた直毅に拍手を送り、アンコールの声を上げる。溜息を吐き、直毅はアコースティックギターを取って椅子に座ると、店の名前に因んでか"路地裏の少年"を弾き始めた。
ーーーーー
ーーー
ー
それから数時間、彼らは歌い談笑を交わした。もう直ぐ日付が変わる頃になると、雄治はグラスを置いた。
「そろそろ帰るか?2人共。」
「まぁ、学生にはいい時間だな。本当に俺が運転するのか?」
「まさか、俺はまだ居るつもりだしな。マスター、頼む。」
「かしこまりました。それではお2人共、またのご来店をお待ちしております。」
「「え?」」
直毅と春音が素っ頓狂な声を上げた瞬間、2人は店から掻き消える。再び雄治のグラスにスピリタスが注がれると、マスターは思い出した様に呟いた。
「そういえば、先日来店されたお客様もスピリタスを呑んでいましたね。これを呑むのは雄治様だけだと思っていましたが。」
「へぇ。どんな奴だったんだ?」
「フードを被っていて顔を良く見えませんでしたが…おや、丁度お見えになりました。」
扉が開き、赤黒いフード付きのコートを着たジョン・ドゥが訪れ、雄治と3つ程離れたカウンター席に座った。
「それじゃあマスター、彼にスピリタスを。」
ジョンの前にグラスが置かれスピリタスが注がれ、彼は躊躇いなく呑み干してグラスを置いた。
「珍しいもんだ。俺以外にこいつを呑む奴が居るとは。」
「生憎、これでも酔えないんでね。それに、あんたも呑んでるじゃないか。」
「奇遇だな。俺も酔えないタチでな、気が合いそうだ。"顔を見せてくれないか?"」
「やめといた方がいい。万が一"同じ顔だったら"、どっちかが死ななきゃならないからな。」
「おいおい、フェイス・オフじゃあるまいし平和的にいこうぜ。いくら路地裏とはいえ、薬莢と死体が転がってるのはまずいからな。」
今にも殺し合いが始まりそうな空気が2人の間に流れ、雄治はグラスのスピリタスを呑み干し机に酒の代金を置いて席を立つ。
「酒の続きは決闘の後にしな。尤も、生きて帰れたらな。」
「全く…"相変わらず"物騒な人だ。」
2人は店を後にし、西部劇の様に向かい合う。
「合図はどうする?コインか?3カウントか?生憎オルゴールは持ち合わせてないんでな。」
「オルゴールなら持ってるさ。」
ジョンは胸ポケットから懐中時計の様な銀色のオルゴールを取り出し、カバーを開いて音楽が流れ始める。やがて音楽がゆっくりと終わりを迎え、銃声が路地裏に木霊した。
ーーーーー
ーーー
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俺と春音はバーから春音の自宅前に転送され、唐突な出来事に、俺は此処で帰るべきなのか分からずにいた。正確に言えば、まだ帰る気分では無く、もう少し一緒に居たいと心の片隅が求めていた。そしてそれは、彼女も同じだったらしい。
「あの…先輩。もう少しお話しませんか?」
「あぁ。俺もそう思ってたところだ。」
家に入り、春音の部屋のベッドに並んで座る。話そうと言ったものの、妙な気恥ずかしさが言葉を消す。ただ一緒に居たい。それだけで充分で、それだけでは足りない。彼女は肩に寄りかかり、何も言わずに見つめる。言葉にするのは恥ずかしいのか、視線で思いを伝えられ、何も言わずに肩に腕を回して髪を撫でると、嬉しそうに目を細めた。
彼女の身体から伝わってくる温もりが"恐ろしい"。この温もりが感じられなくなったら、俺はどうなるのかと考えるだけで死にそうになる。1つに重なり合いでもしなければ、この恐怖は消えないだろう。
酒と熱に酔ったかの様に春音が俺を見つめてくる。薄暗い部屋の中でも、彼女の頬が朱に染まっているのが見え、何かを求めるように視線が自分注がれていた。言葉にしない為か、それとも俺が鈍い為か。正確には分からないが、彼女は俺を求めてくれているように感じられる。
欲望と呼ぶには余りにも綺麗な彼女の欲求。そっと顔を近付けると、彼女はゆっくりと目を閉じて唇を向けてくる。ふと、何故口付けをする時に目を閉じるのかと疑問に思う。五感全て感じたいのなら、目を開いたまま口付けをすべきだろうと。
「先輩…?」
そんなことを考えていると、春音は不思議そうに声を出す。お預けを食らった仔犬のような表情に思わず笑みがこぼれ、彼女は頬を膨らませ胸を叩いてくる。
「何ですか先輩!期待させといて、キス顔見て笑うなんて!」
「悪い春音、そうじゃないんだ。少し考えてたことがあってな…」
痛みの無い拳が胸を叩く。彼女をなだめようと、俺は必死に笑いを堪えてある提案をした。
ーーーーー
ーーー
ー
「目を開けたまま、ですか?」
先輩の提案に私は首を傾げた。見つめ合ってキスをしたいという先輩の言葉は理解出来ても、その意図が直ぐには分からなかったからだ。
「あぁ。五感全部で春音を感じたいんだ。変かもしれないが。」
「いえ、素敵だと思います。それじゃあ…」
目を開いたまま、先輩の顔に近付いていく。しようとしていることは同じなのに、何故だかとても恥ずかしく感じる。唇が触れ、思わず目を閉じそうになると、先輩は離れて額を合わせた。
「恥ずかしいもんだな…でも、春音を全部感じられる。」
「はい…私も、先輩を全部感じられて、嬉しいです…」
もう1度唇を合わせ舌を絡ませるだけで、信じられない程心が満たされていく。もっと先輩を感じたくて、身体を抱き締めて唇を重ねる。肺から酸素が無くなるほど求めて、先輩はそれに応えてくれた。唇が離れ白い糸が切れて、私が呼吸を整えると、先輩はとても幸せそうな笑みを浮かべていた。
「春音は幸せかな、俺を求めて。俺を感じて。」
「幸せで、気持ち良いです。先輩もそうですか?」
「あぁ、幸せだ。"春音が幸せなら"。」
私が幸せなら。その言葉に、私はまた少しだけ先輩を理解出来た気がした。先輩は、"私が求めなければ求めてこない"。優しく私を抱き締めるだけでも満たされるほど、きっと先輩の欲望の器は小さい。それはなんだが、私だけ欲望が強いようで恥ずかしい。でも、大切に思われていると実感出来る。
「ずるいです…これ以上求めたら、私だけエッチみたいじゃないですか…女の子なのに。」
「そう言ってもな…俺が感じたいのは快感じゃなくて、春音自身だから。快感は副産物でしかないから、目的と結果が入れ替わったら意味が無い。でもまぁ…なんだ。偶には俺から求めるかもしれない。今みたいに、見つめ合ったままキスをしたいとか。」
「…優し過ぎるのも、考えものですね。いいです、先輩が積極的になるように私がしてみせますから。」
「そいつはヘビーだなぁ…」
溜息は親しい人への了承の合図だと、雄治さんがこっそり教えてくれた。私は先輩の溜息に笑みを浮かべて抱き付いた。