「さて、と。随分静かになった。死体は転がってるがな。どうだいお嬢さん。俺で良ければお相手しようか?」
人気の無くなった広場に2人、直毅と少女は対峙する。頭部を引き千切られた男から勢いよく流れ出る血が彼の足元まで広がり、少女は音を立てて血に染まる床を歩く。
「先に名前を聞いておこうかな。俺は…」
「初めまして、東條 直毅様。」
「なんだ、俺のことは知ってるのか。なら早い、お嬢さんの名前は?」
「名前はまだありません。貴方様に名付けられる為に。」
赤黒い瞳で直毅を見つめる少女の要望に、彼は大きな溜息を吐く。
「勘弁してくれよ。ネーミングに自信は無いんだが…そうだな、ジェーンってのはどうだ?」
「ジェーン…それが私の名前ですね。嬉しい…貴方様から頂いた名前。」
死人につける名前を与えられた少女は心の底から喜び、淡く頬を朱に染める。
「それでだ、ジェーン。俺に何か用かい?」
「はい。私は、貴方様を愛する為だけに生まれてきました。そして、貴方様に愛される為だけに。」
「どこのどいつだ…そんな理由で君を"作った"のは…俺を愛してくれるのは構わないが、生憎俺には恋人がいる。残念だが…」
通じる筈も無い言葉を告げようとした彼を、少女は笑顔のまま遮って告げた。
「"はい。私は貴方様を愛します"。"だから貴方様も、私を愛して下さい"。」
「…話が通じる相手じゃなさそうだ。君を見てると、"こいつら"を思い出す。イかれた奴は、イかれた奴がどうにかしなくちゃな。」
左腕を引き抜き、直毅はウィンチェスターを握り締め銃口を向けて呟いた。
「来いよ、ジェーン。愛してやるさ。ちょいと過激かもしれないが。」
「はい。全身全霊で、貴方様を愛します。」
愛する者に両手を広げ、少女はゆっくりと近付いき、直毅は彼女の歩調に合わせて下る。両サイドの店内に取り残された人々に視線を送り、少女が通り過ぎたところで彼らは逃げ出した。
「よーし…まずは追いかけっこだ。ついて来いよ、ジェーン。」
彼女の足元に銃弾を撃ち、直毅は走り出す。銃声は合図となって少女を動かし、彼女は宙に浮いて彼の後を追う。彼が試しに放った銃弾を、少女は掌から再び赤黒い触手を花の様に広げて受け止める。
「効くわけないか…なら、逃げ回るしかないな。」
ウィンチェスターに変えた左腕から魔力を借りて、彼は足に緑の魔方陣を付与させ宙に飛んで少女とドッグファイトを始める。各階層を縫うようにして飛び回り、彼を捕まえようと何本も触手が少女の身体から生えて迫り、間近に迫る触手を撃ち抜き、躱し、未だ状況を知らぬ呑気な人々の頭上を駆ける。携帯で動画や写真を撮ろうとする者もおり、彼は呆れ顔で触手を撃ち抜く。
「どっかでUターンしなきゃな…いい加減警察か警備員くらい来てもいいだろうに。役に立つとは思えねぇけど。」
空中で急ブレーキをかけ、触手を躱しながら方向転換し広場へと戻る。男の死体が横たわる広場には、警備員と2人組の警官、担架を持った救命救急士が居り、飛んできた直毅と少女に気がつくと、警官は急いで銃を抜き、慌てて威嚇射撃気味に発砲する。銃弾を避け体勢が崩れた直毅に触手が当たり、銃を落とした彼は地面に落下した。
「動くな!」
身体を打ち付けた直毅を1人が取り押さえ、もう1人は降りてきた少女に銃を向ける。
「馬鹿野郎共が…早く逃げろ!」
押さえ付けられた直毅が必死に叫ぶ。警官達はその叫びが自分達に向けられた言葉だと気付かず、警官は障壁魔術を展開したまま少女に向け銃を構えたままゆっくりと近付き、身柄を確保しようとする。
少女に手が届く距離まで来て、警官は少女に手を伸ばす。少女は小首を傾げて頸椎の辺りから黒く鋭い尾を生やし、警官の手を尾の先で切り落とした。痛みが訪れるより速く血が少女の身体を染め、遅れて警官は絶叫しながら手を押さえて蹲る。直毅を押さえ付けていた警官が拘束を解き、少女に発砲するも、掌から生えた触手に防がれ、一直線に触手が警官に向かっていく。
「避けろ馬鹿!」
直毅が警官を転ばせ間一髪触手は警官に当たらずに済み、唖然とする警官に怒鳴り散らす。
「自分の"こめかみ"にしか銃爪を引かない平和ボケしてる奴らじゃどうしようもないんだよ!さっさと仲間を連れて逃げて、特殊部隊でも呼んでこい!」
一喝された警官は言われるがままに、負傷した仲間の警官を連れ、急いで救命救急士や警備員と共にその場を後にする。逃げる彼らに少女は手を出さず、ただただ直毅を見つめていた。
「とんだ邪魔が入ったな、ジェーン。」
「えぇ。でも、またこれで2人きりになれました。」
「そうだな…勘弁して欲しいぜ全く。障壁も"対魔弾"(対魔術用特殊弾の略称。世界中の治安組織に"のみ"普及している銃弾。障壁の減衰率が非常に高い。)も効かないとなると、いよいよ打つ手が無くなってきたな…」
苦笑しながら呟く直毅。左腕は少女の側に落ちており、ゆっくりと手を広げて近付いて来る少女を見つめる。赤黒い瞳に恐怖を感じ、足が動かなくなった彼は遂に諦めて溜息を吐いた。
「こんな明るいうちから愛し合うのか?俺は恥ずかしがり屋なんだが。」
「なら、口付けだけ。私は貴方だけ、貴方は私だけを見て、聞いて、嗅いで、味わって、触れられる。」
彼女が抱き付くと同時に触手が2人を縛り、顔を背ける彼の首に少女の尾が巻き付く。少女が目を閉じ唇を重ねると、彼の全身に"少女"が流れ込んだ。瞬時に彼の世界は暗闇に包まれ、意識すら赤黒く塗り潰された。
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口付けを終え、力無く目を瞑る直毅を抱き締める少女は笑みを浮かべ続ける。そこへ、真紅のワンピースを着たジェーン・ドゥが現れ、感情を殺して少女に声をかける。
「愛するより前にすることがあるでしょう?」
少女は触手と尾を解きジェーンに向け、感情のない声で尋ねる。
「貴方も、私達の愛を阻むの?」
「いいえ。でも、彼は1人しか人を愛せない。そしてもう、彼はある人を愛している。なら、貴女は彼が愛する者になる必要がある。そうでしょう?」
「愛する者に、私がなる…それで愛してくれるなら。」
「えぇ。保証するわ。彼を"愛した者"として。貴女が愛する者になれば、彼の愛を形に出来るでしょう。」
「愛の結晶…なんて、素晴らしいの。待っていて下さい、貴方様。私は、"貴方様の愛する者に成りますから"。」
直毅を横たわらせ、少女はもう一度彼に口付けてから搔き消える。少女が居なくなったのを確かめ、銃に変わった左腕を拾うと、ジェーンは彼の側に近寄り、銃を左腕に戻し身体に戻す。
「ごめんなさい…今はこれが精一杯。」
広場に向け複数の足音が響き、ジェーンは彼の手を握り、慈しむ様に頬に当ててから消える。直毅が助けた警官と重装備の特殊部隊がやって来た時には、死人の様に動かない彼だけが残されていた。
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「先輩…」
ショッピングモールから出た私は心配で気が気でなかった。薫さん達は安心していいと言うけれど、私は先輩がどれだけ強いのか知らない。入り口の近くに救急車が止まり、私は嫌な予感がした。
「けが人が出たのかしら…」
運ばれてくる担架が人の隙間から見え、私はその担架に乗せられた人の姿を見て声を失った。力無く目を瞑る先輩だったのだ。
「先輩!先輩!」
人並みを掻き分け、先輩の側に急ぐ。警察の人に止められ声をかけられても、私は聞く耳持たずに向かおうとする。
「落ち着いて下さい。ご家族の方ですか?」
「先輩!大丈夫ですか⁈」
「落ち着いて宮守さん。すいません警察の方、その人は彼女の彼氏なんです。」
薫さんが代わりに説明してくれて、先輩の側に着く。私の問いかけに答えることは無く、眠ったように動かない。救急車に乗せられ、警察の人が気を利かせて私と薫さんを一緒に乗せ病院へ向かう。
「呼吸も脈も異常は無いし、目立った外傷も無い。意識を失ってるだけのようだが、家族の方に連絡して貰えないか?」
「はい。分かりました。」
動揺する私の代わりに、薫さんが先輩の家族に連絡を入れる。白い左手を握ると、先輩は小さく握り返し、私は少しずつ冷静さを取り戻した。病院に着き、そこで一度私達は先輩と離れて待合室で待つことになる。私はただ、先輩の無事を祈ることしか出来ない。
やがて先輩の家族の人達が慌しくやって来た。メイド服を着た双子の様な人に、小柄な執事服の少年と青い髪をなびかせる気品のある女性…確か先輩と一緒に闘った人だ。それに長い黒髪の女の子に、その子に似たお母さんのような人。私の知る先輩のお父さんは居なかった。それから間も無く先輩が病室運ばれ、皆んなで先輩を取り囲む。
「先生。容体はどうなんですか?」
先輩のお母さんが心配そうに尋ね、白衣を着た医師の言葉を待つ。
「命に別状はありません。外傷も無く、脳にも異常は見られませんでした。」
その言葉に皆んながホッと胸を撫で下ろす。だが医師は表情を明るくはしなかった。
「ですが、1つ気がかりな事があります。身体の状態から言って刺激を与えれば意識を取り戻す筈なのですが、全く反応が無いんです。むしろ意識は覚醒状態で、こうやって眠ってはいますが、彼は"起きている"筈なんですよ。」
「それって、どういうことですか?」
私は不安になって質問する。聞きたくもない答えを聞くために。
「つまり、今の彼は身体になんの異常も無いのに植物状態なんです。あらゆる外的刺激に対して全く反応しない。意識があるのは確実なんですが…」
「それって…先輩は目を覚まさないってことですか…?」
眠ったままの先輩を見て、私は絶望する。2度と目覚めないかもしれない。もう2度と。
やり場の無い悲しみと怒りが私を包み始め、信じたくない一心で先輩の左手を握り締める。
「先輩…起きて下さい…起きて…」
涙が頬を伝い先輩の手の甲に落ちると、先輩の手が動き、"先輩が口を開いた"。
「おーい。ここが地獄じゃないんなら誰か返事をしてくれよ。左手を握ってくれるのはいいが、こんな真っ暗闇じゃ歩くに歩けないぞ。」
「先輩…?先輩!」
先輩は目を開け、ゆっくりと起き上がりしっかりと左手で握り返してくる。私は嬉しさで先輩に抱きついた。
「先輩…よかった無事で…もう目が覚めないかもって…」
周りに居た人達も今度こそ安堵し、医師も信じられないといった様子で先輩を見つめていた。だが、
「…やっぱり誰も居ないのか。左手は何か感じるんだが、まだ夢でも見てるのか、それとも本当に地獄か。なら随分暖かい死体だな、左手を握ってる奴は。」
「先輩…?大丈夫ですか?」
「どんな奴なんだ?…まぁ答える訳も無いな、死人に口なしか。」
言動がおかしい。まるでまだ眠っているかの様で、私の声が届かない。目は開いているのに私を見ていない。
「先輩!聞こえますか⁈先輩!」
「直毅?しっかりして。冗談にしても笑えないわ。」
薫さんも一緒になって声をかけ、他の人も心配し始める。左手を取り祈る様にして頬に当てる。
「随分リアルな夢だ、息がかかるのが分かる。髪の感触も。顔が見えないのが残念だな。随分無口だし…ん?涙か?夢か怪しくなってきたな。」
先輩は右手を伸ばし私の頬を包もうとする。辛うじて触れられた右手も掴み、私は笑みを浮かべかけ、先輩の言葉に絶望した。
「"何も感じない"。左手以外、何も。」
分かりにくいかもしれませんが、直毅は左腕の触覚以外の五感を失いました。正確にはちょっと違うんですが、それはまた後々