「え⁉︎明日帰ってくるのか?2人とも。」
買い物を終えアパートに戻ってきた直毅は、久々にかかってきた父親の知らせに驚いた。
「にしても、いきなり引っ越しの用意しとけだなんて、無茶言ってくれるな親父は。」
「どうせお前の部屋には私物は数えられる位しかないだろ?なら無茶な事じゃあない。」
笑い声を含ませながらの雄治の言葉に、直毅は大きな溜息を吐き頭を抱えた。
直毅と親しい間柄では、彼の溜息は了承を意味し、それを聞いた雄治は時間や引っ越し場所を告げ、早々と電話を切った。積もる話は明日ということなのだろう。
「…さて、じゃあ用意しますかね。」
時間と場所を簡単にメモし、直毅は頭を掻きながら引っ越しの用意を始めた。
アパートの大家に事情を説明し手続きを済ませると、自室の洋服や数冊の本、そして最後にベッド下にあるM29の入った箱をトランクに入れ大方の用意が整う。
その様子をベッドの上でちょこんと座りながら見ていたユキは、用意を終えた直毅に不安そうな声で尋ねた。
「何処かに行くの…?直毅。」
「ん?親が久しぶりに帰ってくるんだ。当分の間こっちにいるみたいだから、親が住む所に引っ越しするだけだよ。」
「そう。良かった…」
直毅の言葉に安堵するものの、表情の晴れないユキを見た直毅は、彼女の隣に座って頭を撫でてやる。
「ユキの過去に何があったかは俺には分からないし、恐らくユキ自身に分からないんじゃないか?」
直毅の言葉に、ユキは俯きながら頷く。
「そんな暗い顔をするもんじゃない。心配しなくても、俺の両親はユキを快く受け入れてくれる。約束するよ、ユキの居場所はちゃんとあるって。それにな…」
直毅は俯くユキの前に跪くと、その頬を片手で包みながら答える。
「ユキはもう、俺の大切な家族の1人だよ。」
その言葉に驚いたユキの目に、満面の笑みを浮かべる直毅の顔が映った。
どうして…?
どうしてこの人はこんなに優しいのだろう?
昨日出逢ったばかりの私に。
名前も分からない私に。
記憶の有無も分からない私に。
そんな私に、"存在"と"居場所"を与えてくれる。
そんな私に、人の温もりを与えてくれる。
手のひらに落ちた雪の結晶を、ただ溶かすことも出来るのに。
溶かすことなく、優しく包み込んでくれる。
「…どうして…?」
頬を包む直毅の手に触れながらユキは呟いた。
「理由かい?そうだな、上手く言えないけど… 俺がそう思ったから、それに従っただけだと思う。身勝手だったかな。」
「そんなことない。でも直毅に温もりを貰う私は、冷たさを与えることしか出来ないのに。」
彼の言葉に小さく首を振りユキは問い続ける。
「そんなことないさ。ユキが与えてくれるその冷たさは、俺がユキに温もりを与えられてるっていう何よりの証拠だし、それが、俺が俺である唯一の証明なんだよ。」
彼にとっての自分の存在理由とは、彼にとって最も大切なもの…家族を守ることなのだ。
…なんて、脆い人なんだろう…
…なんて、儚い人なんだろう…
他人を守ることでしか、自分の存在を固定出来ない人。
「おっと、どうした?ユキ。」
「…なんでも…ない。」
「…そうか。」
急に抱きついてきたユキを、直毅はほんの少し体勢を崩しながらも受け止めた。
彼女が顔を胸に埋めた為に、直毅はその表情を見ることは出来ないが、ユキの声に涙を感じ取った彼は、只々彼女の頭を撫で続けた。
ーーーーー
ーーー
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その夜、ユキは不思議な夢を見た。
満月の下、小高い草原の丘。その頂上には1本の大木が生えている。
風が草を優しく揺らし、その音だけが響く中。
1つ、鈴の音が少女を呼ぶように鳴る。
少女の足元に、首に鈴を付けた1匹の黒猫が佇んでいた。
少女が手を伸ばすと、その黒猫は鈴を鳴らしながら丘の頂上へ向かって行く。
後を追いかけると、頂上の大木に寄りかかる、1人の男が目に映った。
赤黒いフード付きのコートを着る男の肩に黒猫が飛び乗ると、男は猫の喉を撫でてユキの方を向く。
「貴方は、誰?」
「俺は…ジョン。ジョン・ドゥ。誰1人守れなかった死人さ。」
その男の声は、酷く枯れて悲しみを含んだ声だった。
例えるなら、泣き疲れた子供の様に。
その声を聞いたユキは何か、言葉にならない感情を覚え、もう1度男に尋ねた。
「…あなたは、だれ…?」
その問いに男は1つ溜息を吐き、ゆっくりとユキの方へ歩きながら答える。
「やっぱり君には敵わないな。…いいさ、これは夢だからな。」
ユキの側まで来ると、男は彼女の頭を優しく撫でる。
その瞬間、ユキは何かを確信するも、そんなことはあり得ないと受け入れられなかった。
やがて男は手を離し、ユキに背を向けてまた歩き始める。
「東條 直毅に伝えておいてくれないか、夢の丘に来い。と」
男の言葉を聞いたユキの意識は、そこで途絶えた。
時を同じくして、ジョン・ドゥと黒猫は、ユキが見ていた夢と全く同じ…いや、頂上に名前の刻まれていない墓標が1つある以外は同じ夢の丘にいた。
「これで良かったのかな?ご主人。」
「あぁ、これで良いんだベル。彼女にも会えたからな。」
ベルと呼ばれた黒猫は、一瞬にして褐色の肌に長い黒髪のグラマラスな美女に姿を変え、彼にもたれかかり、見た目とは裏腹に幼い声で呟く。
その頭には猫耳が、尾てい骨からは尻尾が生えていた。
「それじゃご主人、ご褒美ちょうだい。」
両腕で彼を抱きしめ、子猫のように甘えるベルは、マーキングするかの様に彼の頬を舐め頬をこすり合わせる。
「仕方ないな…」
彼は1つ溜息を吐くと、ベルの頬に手を添えてキスをするとベルは嬉しそうな声で鳴き、彼の唇を求め始めた。
始めは軽く触れ合う程度であったが、やがてベルが舌を使い始め、2人の舌が絡み合う。
淫らで粘着質な音を立てながら、お互いの唾液を交換するような口付け。
これ以上は、と彼がベルを引き離そうとするも、彼女は彼の身体をきつく抱きしめ離そうとしない。仕方なく彼は彼女の尻尾を握りながら舌を吸うと、驚きと快感に身を震わせたベルは、ゆっくりと唇を離した。
月明りで輝く一筋の糸が重力に従って切れると、頬を朱に染め恍惚の表情を浮かべたベルは、その豊満な胸を彼の胸に押し付けて寄りかかる。
「もう、何時になったらシテくれるの?ご主人。」
ベルはキスの余韻に浸りながらも、少し不満そうに頬を膨らませる彼女は、上目遣いで彼を見つめる。
「そうだな…俺がアイツを殺して、世界が終わらなければ、好きにするといいさ。まぁ終わるとは思えないが…」
彼女の髪と耳を撫でながら呟く彼の声には、諦めがにじみ出ていた。
ーーーーー
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翌朝。
酷く現実的で、それでいて幻想的でもあった夢から覚めたユキは、引越し先の坂の上にある小さな洋館に辿り着くまでの間、その事だけを考えていた。
「久しぶりだな、直毅。」
「あぁ、今度は急だったね。親父、母さん。」
洋館前で出迎えた雄治と優子に、笑顔で直毅は返し、2人も笑顔で迎える。しかし、直毅の後ろに隠れていたユキの姿を見ると、2人はほんの少し驚き、その様子を察した直毅は頭を掻いた。
「紹介するよ、この子はユキ。事情は…まぁ後でゆっくり話すよ。ほら、ユキ。」
直毅に促されたユキは、少し不安げながらも前に進み小さく一礼する。
その姿に2人は顔を見合わせると、笑みを浮かべてユキに近づいて行く。
「かわいい子ね、お人形さんみたい。私は東條 優子よ。よろしくね、ユキちゃん。」
「俺は東條 雄治だ。よろしくな、ユキ。」
2人が挨拶すると、ユキはもう1度礼をする。
「さて、もうそろそろアイツも来る筈なんだがな…」
雄治はGジャンの胸ポケットからキャスターを取り出し口に咥えながら呟く。
「アイツって、誰か来るのか?親父。」
「あぁ、もう1人同居人がな…」
ライターで煙草に火をつけようとした瞬間、風が火をかき消し、その風と共に深緑のポニーテールをなびかせる長身の女性が現れた。
「久しぶりだな、凛。調和会議以来か?」
「お久しぶり、凛さん。お変わりないようで。」
「そうね。と言ってもあの時は、話をした訳じゃなかったけどね。久しぶり、雄治。優子さん。直毅。」
「風瀬さん!お久しぶりです。」
突然現れた女性…風瀬 凛に直毅は驚きながらも、雄治と優子と同じく懐かしさを感じた。
風瀬 凛 別名 Ms.Wind
世界に数える程しかいない魔法使いの中でも、最良と謳われる魔法使い。
雄治同様、魔術と科学のパワーバランスの一端である。
雄治は、彼と同じジーンズの長いコートを着る凛に吸いかけた煙草を差し出すと、彼女は差し出された煙草を喜んで咥え、そのまま雄治に火をつけてもらい紫煙を吐く。
「まったく、議会がしつこくて中々出てこれなかったわよ。どこ行っても監視してくるし。でも、此処なら落ち着けそうね。」
洋館を眺めながら紫煙と共に呟く凛は、直毅の後ろに戻っていたユキに気がついた。
「あら?直毅、その子は?」
「あぁ、この子は…」
「積もる話は家の中でしないか?凛も直毅も、優子の料理を久しぶりに食いたいだろう?」
雄治のその言葉に2人は頷き、4人は洋館へ入って行くのであった。
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優子の料理に舌鼓をうちながら、彼らは昔話や近況、ユキとの出会いなどを話し合う。
直毅の膝に座って黙々と食事を取るユキの姿に、雄治と優子と凛、そして直毅も、子猫の様だと思う。
それと同時に、片時も直毅の側を離れないその姿は、彼への思いの強さを感じさせた。
「さて、同じ釜の飯も食べた訳だ。事情がどうあれ、これでユキも家族の一員だ。改めてよろしくな、ユキ。」
食事を済ませると、雄治は1度優子と直毅の顔を見て、それからユキに笑顔を見せた。
「どうして、見ず知らずの私を家族にしてくれるんですか…?」
ユキは直毅の時と同じく疑問を投げかける。
「どうして、って言われてもだな。直毅は君のことをもう家族だと思ってる。だから、俺も優子も、君が望む限りの間、家族だと受け入れるのさ。」
「そう、雄治さんの言う通りよ。ユキちゃんは私と雄治さんにとってはもう、かわいい娘みたいなものなんだから。」
優子は微笑みを浮かべながら、ユキの側に寄って頭を撫でる。
「言ったろ?"ユキの居場所はちゃんとある。"ってさ。」
直毅がユキに笑顔を見せて伝えたその言葉で、彼女もまた笑みを浮かべた。
…彼女が初めて感じた幸せは、いとも容易く崩れ去る、儚いものであることを知らずに…
如何でしょうか?
幸せな話は長く書けません。さっさと戦闘します。
それでは、また次回。