後から聞いた話だが、私と相棒の黒猫の名前の由来はある爆撃機の名前らしい。メンフィス・ベル。それが私達の呼び名。幸運を呼ぶ名らしいが、死神といい黒猫といい、幸運からは程遠いと思える。
何にせよ、私はベルを連れ駆け回り、魔術師について彼から学び、殺し方を身に付けた。
「心臓を狙うのも悪くはないが、魔術師相手なら喉を狙え。声が出せなくなれば死んだも同然だ。」
地下室でナイフを振る私に、彼は煙草を吸いながら言った。
「貴方も喉が弱点?」
「そうだな。首から下は作り物だ、"繋ぎ目"を切られると困る。」
ナイフが風を切る音がする。彼の肩に乗っていたベルが欠伸をすると、彼は煙草を揉み消し机の上に置かれていた大きなギターケースを持つ。
「そろそろいいだろう。記念すべき初仕事だ。」
ナイフをしまった私の肩に彼が手を置くと、私達は地下室からかき消え瞬きする間に景色が変わる。その間に、私は仕事の内容を振り返ることにした。
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「革新派の暗殺ねぇ…」
幾つもの瓶が並べられた巨大な倉庫のような場所で、ジョンは初老の男と話していた。
薬品に漬けられている奇妙な色や形をした眼や臓器。蛇やライオンや山羊が合わさった怪物の剥製。見たこともないような物ばかりが置かれたこの場所で興味を惹かれるものは、妖しく輝く武器達しかない。
人の背程もある剣を見ながら、彼と男の話を聞き流す。
「そう。忌々しい若造共は、歴史と伝統を破壊するつもりだ。あろうことか科学技術を取り入れようなどと。」
「で、歴史ある魔境の威厳を保つ為に"身を引いて"貰うわけだ。わざわざ俺みたいなのに頼むってことは、自分達の手は汚したくないと見える。それに優秀な若手を切るってことは、余程目障りなんだな。今度は俺がオズワルド役かい?」
「手を汚すのが"君"の仕事だろう。場所はこちらで用意する。君は連中を皆殺しにしてくれればそれでいい。詮索は止めてもらおうか。」
「まぁ、報酬さえ貰えればいいさ。いつやればいいんだ?」
「今日の晩、革新派が話し合いの為集まる。そこで君に奴らを消して貰いたい。後始末は我々の方で付ける。」
「分かった。革新派のメンバーのリストを送ってくれ。報酬は…」
ある古めかしい銃を見つめる私に気が付いた彼が声をかける。
「何か欲しい物でもあったか?」
私は2丁の銃を指差す。それを見た彼はクスクスと笑い、男に尋ねた。
「報酬はあの銃でいい。人を闇に葬るのにあれ程うってつけの銃もない。」
私の側に寄り、2丁の銃を手に取った彼を男は慌てて止める。
「そ、それは…」
「"大統領を殺した"銃達だ。安心しろよ、今更あんたらの差し金だったなんてのはスクープにもなりゃしない。」
長い銃を右肩にかけ、短い拳銃を左手に彼は部屋を後にする。銃を何処かへ消し、煙草を吸う彼と共に時計の付いた塔から出た。
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歴史を感じさせる二階建てのレストランの前。私は肩にベルを乗せ、ジョンはギターケースを背負っていた。扉を開け中に入る。受け付けの男が彼"だけ"を見て尋ねた。
「お客様。誠に申し訳ありませんが本日は貸切となっておりまして。」
「演奏に呼ばれたんだ。連絡がなかったか?」
「あぁ、演奏の方でしたか。他の方はまだ?」
「他のメンバーは道具が多くてね。先に着いたんだ。」
「わかりました。どうぞお入り下さい。」
受け付けの男がホールに続く扉を開ける。中には十数名程の若い男たちが食事をしながら盛んに議論を重ねていた。彼はカウンター席に向かい飲み物を頼んでから人数を確認する。
「…2人足りないな。トイレに居るかもだが、ベルを連れて予定通り2階に行け。上に居る奴が片付いたらこっちも始める。静かにやれよ。もっとも、俺以外2人は見えてないがな。」
私には実感が湧かないが、今の私は誰からも存在を感知されないらしい。ベルに施された魔術が、"私を無意識的に避けるようにする"らしいが、詳しいことは聴いても分からなかった。
階段を上り、話し声のする扉の前に向かう。僅かに開いた扉を開け中に入ると、2人の男が酒を飲みながら話し合っていた。余程酒が回っているのか、議論に熱中しているのか、扉が開いたことに気が付かずにいた。1人が酒を取りに離れたところで、私はゆっくりと背を向ける男の背後に忍び寄り、背中にしまっていたトゥルスを引き抜く。
欠けた月を素早く喉元に当て、引きながら手首を回し掻き切り、枯れた声が血と共に溢れ男は床に倒れこんだ。物音を聞きつけたもう1人の男が持ってきた酒を落とす。瓶が床に落ちるよりも早く私はナイフを投げつけ、男の首に突き刺さった。
瓶が床に落ち割れ、溢れた酒の上に男が倒れる。少しの間もがき苦しんでいたが、やがてピタリと動かなくなり、喉からナイフを引き抜いて私は部屋を後にする。階段から降りてきた私を見た彼は小さく笑い、手で合図を送ってからギターケースを持ってステージに向かう。いかにも今から演奏を始めようかといった風の彼を見ながら、私は白と黒のナイフを引き抜き、白いナイフを彼に向かって、黒いナイフを天井に向け投げた。
「老害達からのプレゼントだ。」
ギターケースから拳銃を取り出した彼は、投げつけられた白いナイフを撃ち抜き、強烈な閃光が辺りを包み込んだ。男達は目を押さえて悶え、天井に当たった黒いナイフから煙幕が降り注いで咳き込む。完全なる不意打ち。こうなるとまともに動ける者は居らず、彼はもう1つ長い銃を取り出して銃爪を引いた。
くぐもった音と悲鳴が響き、次々に彼らは倒れていく。数十秒の間に皆死体となり、煙幕が晴れた時には血塗れの死体が重なっていた。
私はそれをなんとなく眺めていた。それが卑怯だとか残虐だなんていう感情は一切湧いてこなかった。過程はどうであれ死ぬのだから、方法は関係ないと。
この仕事が始まる前に彼に尋ねてみた。「死神は何者を殺すのか。」と。
「何者も殺すのさ。罪人じゃない人間なんてこの世には存在しない。全ては罪であり、罪では無い。純真無垢な赤ん坊が死に、血に汚れた殺人者が生き長らえる世の中だ。せめてものご慈悲に神は、平等に人を殺すのさ。それが神に与えられた罪と罰ってわけだ。」
そう答えた彼は、丁度今と同じく銃口を虚空に向けていた。まるで神に銃を向けているように。
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「ご苦労だった。これで、協議会の伝統が守られるというものだ。」
仕事を終え、私達は再び倉庫に訪れ依頼者の話を聞く。
「そいつは良かった。だがまだ仕事は終わってないんだ。」
ジョンは煙草を吸いながらそう言うと、男は不思議そうな顔をした。
「どういうことだ?革新派のメンバーは全員消したはずだろう。」
「あぁ。だがもう1人標的が居てね。」
骨董品のナイフを棚から取り、私は男に向け狙いを定める。
「あんたも消すように言われてるんだよ。」
その言葉を聞き、逃げ出そうとした男に向けナイフを投げる。喉に突き刺さり倒れ込んだ男に、彼は胸ポケットから手紙を取り出して机の上に置く。
「遺書も用意してある。体良く使われた駒の末路なんて、いつの時代も同じだろうに。」
呆れ顔で紫煙を吐き出した彼に続き部屋を出る。仕事を終えた彼は大きく息を吐き、私の頭に手を当てた。
「初仕事はお終いだ。どうだ?死神の役は。」
「特に何も。やってるのは人殺しよ。」
「まぁな。それ位の考えの方がいい。死神が殺しを楽しんじゃ元も子もないからな。」
そう言いながら、私は少し笑っていた。死神という役にではなく、妙に死人らしくない彼を見て。
そろそろ物語も終盤に向かわせようかと思います。さらばほのぼの。