Under take, and Badass
失った五感を取り戻す糸口が見つからないまま夏休みも終わりを迎え、直毅は一層行く意味の薄れてきた学園へと向かっていた。
「悪いな春音。わざわざ迎えに来て貰って。」
「いいんですよ、先輩の役に立てるんですから。」
春音の右肩に左手を置いて通学路を進む2人を、他の学生達が不思議そうに見ては通り過ぎて行く。
「そう言えば、どうやって授業受けるんですか?」
「寝てるしかないだろうな。良くて近くに居る奴の感覚を借りるしかないさ。」
「でもそのままだと、試験だってまともに受けれないですよ?進級だって…」
「そんときゃ先生方と"相談"するさ。」
振り返って直毅の顔を見る春音に、彼は笑ってみせる。彼が学年主任を脅して試験をパスした事を知らない彼女は小首を傾げた。
「それより、急いだ方が良さそうだ。ゆっくりしてたら遅刻しそうじゃないか?」
「え、あ。本当ですね。でも走る訳にも…」
彼の指摘に腕時計を見た彼女は慌てる。走れば間に合う時間ではあるが、五感を失った彼に走れというのは酷な話である。
「それじゃ、こうすりゃ走れるさ。」
そう言って彼は彼女を抱き抱えた。彼女の視線が自分とほぼ同じ高さに来るようにし、彼は走り始めた。
「しっかり前を見ててくれよ?転びたくはないからな。」
「はい。分かりました、先輩。」
しっかりと彼に捕まり、彼女は真っ直ぐに前を見続けた。自分の見ている景色と全く同じ景色を、同じ音を、匂いを、感触を、空気の味を彼が感じているのだと思うと、彼女は感じたことのない幸せに包まれていた。
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無事学園に辿り着き、直毅は春音を見送ってからゆっくりとした足取りで壁伝いに歩く。初めから間に合わせるつもりもなかった彼は、保健室に向かい診断書を提出しようとした。
「ずっと俺に付き合わせるのも、悪いしな。」
左手の感触と記憶だけを頼りに暗闇を歩き、なんとか保健室に辿り着く。扉を叩き、恐らく居るであろう養護教諭に向け声をかけた。
「津田先生、居ますか?」
「はい。どうぞ。」
返事があった程で彼は「失礼します。」と言ってから扉を開け、ゆっくりとすり足気味に歩く。
「あら、東條君。お久しぶりですね。」
白衣を着た、黒いショートボブの優しそうな養護教諭…直毅にとって唯一信用する教諭であり、彼の良き理解者である津田 恵が笑顔で彼を出迎えた。
無論その笑顔も声も、今の彼には届いていない。彼の挙動に違和感を感じる彼女に、彼は目を閉じたまま声を出す。
「津田先生。居たら申し訳ないんですが、俺の左手を触って貰っていいですか?」
言われた通り彼女が左手に触れると、彼はようやく落ち着いた様子で息を吐いた。
「よかった。居なかったら此処でずっと待つことになってましたよ。」
「どういうこと?東條君。」
「俺が説明するより、診断書を見てもらった方が早いと思います。」
鞄の中から診断書を取り出し彼女に手渡す。診断書に目を通した彼女は見る見るうちに顔色を変え、目を瞑る直毅の姿をまじまじと見つめた。
「そんな…本当に、五感を?」
「はい。今は他人の五感を借りて生活してます。幸い、左手の感覚だけは残ってますから。」
一通りの説明を真剣な面持ちで聞いた彼女は大きく息を吐き、診断書を見ながら呟いた。
「そう…何時もそうだけれど、君は本当、厄介事に巻き込まれるのね。」
「好きで巻き込まれてる訳じゃないですよ。それより先生。その診断書の内容を、学校に伝えてくれませんか?どうせ奴ら、俺の話なんぞ聞く耳持たないいでしょうから。」
「そうね…それじゃ一緒に行きましょう。正直、私も辞表を出そうかと思い始めてきたわ。君が学園内で襲われた時の話を知った時は、性根を疑ったもの。この診断も、伝えない方がいいかもしれない。」
「でしょうね。まぁ"話し合い"をする分には構わないですから。」
「学園はそうかもしれないけど、"生徒"達は其れ程優しいかしら。」
「俺を狙ってくるなら、誠意に応えて"正々堂々"受けましょう。人質を取られるより100倍マシですから。」
「何にせよ気をつけて。保健室じゃどうしようもない怪我を負わないように。」
「生憎、どうしようもない怪我なら腐る程してますよ。」
苦笑して彼は彼女の肩を借りて保健室を後にし、共に教務室へ向かった。
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教務との話し合いは恐ろしい程スムーズに進行した。直毅がメティスに襲われた一件の報復に乗り出さなかったのが幸いしたのか、ことを荒げる度胸がなかったのかは知らないが、何にせよ津田教諭の提案が一方的に通る事になる。症状が治るまでの半休学状態が認められ、教務室を出た直毅は彼らの大人しさを疑問に感じた。
現にこの疑問は当たっていた。教務の上役達はさりげなく直毅が五感を失ったことを注意喚起を名目に生徒達に広めた。それが何を意味するかは明確であり、自らに銃口を突きつけたも同然の行動であったのを、彼らは後々知る事になる。
そもそも教務が動く必要もないほど、彼が五感を失ったことは学園中に広がっていた。少なくとも噂レベルでは十分に。噂を確信にする役目になった教務からの報告に学園内は彼の話で持ちきりとなる。そしてその日のうちに、行動を起こす者達が現れるのは彼の予想の範疇だった。
「さて、すんなり帰れるといいんだが…」
春音の肩に手を置き、クラスメート達や麗華と校門に向かう直毅。しかしその願いは届くこと無く、彼は校門の周りに居る男子生徒達を見て大きな溜息を吐いた。
「春音。悪いけどちょっと待ってて貰えるか?」
「どうしたんですか?先輩。」
立ち止まった彼を見て尋ねる彼女に、彼は笑顔を見せて答える。
「俺に用がある奴らがいるみたいでな。」
「それって…やめてください先輩!そんな体で戦うなんて!」
校門に居る者達に気が付いた彼女が必死に止めるも、彼は優しく彼女の頭を撫でて宥める。
「大丈夫だよ。それに、こんな体でも戦えなきゃ春音を守れないといけないしな。」
クラスメート達に春音を預け、麗華の肩を借り校門に直毅は向かう。
「悪いけど麗華、良く奴らの身体や顔を見してくれ。脳裏に焼き付けとかないといけないからな。」
「分かったわ。邪魔が入らないようにはしておくけど、加勢はしない方がいいでしょう?」
「あぁ、俺1人でやるさ。先生方が止めに入るのには時間がかかるだろうからな。」
校門の周りで直毅を待ち構えるのは7人の男子生徒を、直毅は麗華の目を借りて観察する。やがて彼らが前に出て彼の前に立ったところで、彼は彼女の肩を撫でた。
「サンキュー麗華。後は春音に誰か手を出さないか見ててくれ。さすがにそこまで手が回らないからな。」
「出しようがないでしょうけどね。喧嘩になればお祭り騒ぎになるでしょうから。」
「だろうなぁ。まぁ逃げ場が無くなるのは好都合だ。」
話をする2人に、7人の内真ん中にいた男が声を上げる。
「お連れさんには下がって貰いましょうか、東條さん。怪我でもされたら困るでしょう?」
「そうだな、名前も知らないロクデナシさん。大方、狙ってた女でも取られたか、賭けに負けて腹が立ってるんだろうな。俺が五感を無くしたのを知ってチャンスだと思ったんだろう?狙ってた女は誰だ?26人も振ったからな…あぁ、そうか。春音を狙ってたのか。生憎、"記念すべきモノ"は全部俺が貰っちまったよ。」
皮肉たっぷりに直毅は男を煽り、見る見るうちに男の顔には苛立ちと怒りが伺えた。
「おいおい怖い顔すんなよ。三枚目の顔が台無しだぜ?オスカーワイルドの言う通り、最初の男になりたかったんだろうが、お前さんじゃ最後の男にもなれやしないだろう。大人しく他の女を見つけな。」
男が言い返そうとすると、直毅は麗華の肩から手を離し男の言葉が聞こえないようにした。(聞くに堪えない台詞であったので記さないでおく。)
麗華は離れ際に振り返り、男達を見て呟いた。
「無事なことを祈るわ。」
「あ゛ぁ゛⁈無事で済むわけねぇだろ!」
「良くわかってるじゃない。無事じゃ済まないわよ、"あなた達"。」
彼らを憐れんで彼女は春音の側に向かい、直毅を心配する彼女に声をかける。
「心配しなくていいわ。彼はあんな連中にやられる程やわじゃないから。」
「でも、今の先輩の体は…」
「賭けてもいいけど、彼は無傷で戻って来て、駆けつける貴女を抱き締めてくれるわよ。そういう彼氏を持ったのよ、貴女は。」
酷く冷静な麗華に宥められ、春音はただ直毅の背中を見つめる。7人は彼を取り囲み、不意打ちと言わんばかりに背後に回った男が殴りかかる。
「まぁ、"一手目"はそれしかないな。」
棒立ちだった直毅は男の拳を避け、左手で男の右手首を掴み肘に向け勢いよく掌底を放った。
鈍い音と共に男の腕があらぬ方向を向き、男は悲鳴を上げる。そのまま男の背後に回り左腕を固め首を締める。
「おい目を閉じるな、次の手が決まらないだろ。」
首を左右に動かさせて辺りの状況を確認した彼は、左斜め後ろに男を投げ捨て別の男にぶつけ、真横に居た男へ向け一気に距離を詰めて腹部に左肘をめり込ませる。
「お次はこっちか?」
そのまま伸び上がるようにして、背後から向かって来た男の顎に向けトラースキックを放ち、パチンという音と共に男は崩れ落ちた。
「おいおい怖気付くなよ。まだ1対4だ、勝ち目は十二分にあるだろ?」
彼らを取り囲む野次馬達が歓声を上げる。そろりそろりと直毅の背後に忍び寄り、掴みかかった男を彼は振り返って正面から受け止め、首に手を回してそのまま倒れ込む。顔面を地面に叩きつけた男はそれで動かなくなる。
「いや、1対3になったな。俺にも勝ち目が見えてきた。」
起き上がり埃を払う直毅を見た残りの3人は、自分達の愚かさを恨み、目の前に居る彼に恐怖する。リーダー格であった男の隣に居た2人は逃げ出し、残るは1人となった。
「お、ついに1人になったか?惨めなもんだな。目も耳も使えない劣等生1人殴れないとは。」
肩を竦め彼は溜息を吐き男に背を向ける。無防備に見える彼の背中を見て、男は拳を固めて殴りかかる。
「止めときゃいいのになぁ…」
拳を躱し、直毅は男の顔面にエルボーを叩き込む。男は顔を押さえて地面を這い回り、野次馬から歓声が上がった。
「先輩!」
一目散に春音が直毅の元に駆け寄り、麗華の言った通り彼は彼女を抱き締めて頭を撫でる。
「な?大丈夫だったろ?」
「もう…あんまり心配させないで下さい。」
2人をクラスメート達が取り囲む中、鼻から血を流した男が顔を押さえながらヨロヨロと立ち上がり、唾を吐いた。
「ん?まだやるか?好いた女の前で殴られるのも一興か。」
「誰が、そんなクソ女なんか…」
負け惜しみに放った言葉。その一言は彼の逆鱗に触れる。クラスメート達が男を憐れんで、誰かが救急車を呼ぶかと言い、また誰かが、霊柩車でいいだろうと言った。
直毅は春音に笑顔を見せてから男の方を向き、目を見開き白目で睨みつけながら大きく首を掻き切る動作をする。その目で睨まれた瞬間、男の脚は恐怖で硬直し動かなくなり、ゆっくりと近付いて来る彼をただ見ることしか出来なかった。
目の前まで来た彼は勢いよく右手を伸ばし男の首を押さえ、ガタガタと震えながら右手を掴む男のベルトを左手で握り締め、男を高々と持ち上げてチョークスラムで地面に叩きつけた。
「自分の産まれてきた穴でも犯してな。」
意識を失った男に吐き捨て、直毅は大きく息を吐き春音に向け手を伸ばす。
「さぁ、さっさと帰ろう。」
彼女を抱き抱え、彼はクラスメート達と共に学園を後にした。心の中で、学園に向けて首を掻き切りながら。
この作品を書きながら、新しく書きたい物も出てきました。お披露目は当分先ですが。