最大の幸福を得た者は、その対価として最大の不幸も得なければならない。だがそれらは等価ではなく、後者を得た者が前者を得ることはまず無い。あるとすればそれは観客達の気まぐれであり、幸と不幸のバランスを保つ為のルーチンワークと言っていい。その時の観客達は、例えるなら大好物を前に嫌々ながら嫌いな物を食べるような、そんな様子で人に幸を運ぶ。
観客達の大半は不幸を喰い物に舞台を愉しむ。それは当然のことだろう。人から生じた彼らが人より清廉である訳がない。特に人にしか備わっていない者達は皆不幸を好む。唯一人より優れた点があるとすれば、"他者の不幸が無くとも存在出来る"という点だろう。ただ愉しむ為だけに不幸を貪る者と、不幸を糧にしなければ生きられない者。どちらが劣悪かなど、記す必要も無いだろう。
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平穏は長続きしない。と言うより、絶えず破壊されなければ平穏とは存在できず、また平穏であることを実感することができる。変化しないモノが存在しないのと同じように。
そして直毅もまた、溜息を吐いて平穏を得る為誰かの平穏を破壊しに雄治と共に学園へと向かう。もとより平穏とは無縁の彼らがそれを得ることはないが、彼らに破壊されたそれが元の形に戻るのにかかる時間は、それこそ放射線物質の半減期よりタチが悪いだろう。
「タクシー代わりだ。嬢ちゃんも乗ってきな。」
直毅を迎えに来た春音に、運転席から顔を覗かせて雄治が声をかける。メティスの肩に手を置きアリスとユキと共に外に出てきた直毅は、春音の姿を見て複雑な笑みを浮かべた。
「おはようございます先輩。今日はどうしたんですか?」
「親父が学園に用があってな。ついでに送ってもらうんだ。」
「そういうことだ、さぁお二人さん共乗った乗った。」
「分かったよ、それじゃ皆、行って来ます。」
「行ってらっしゃいませ。直毅様。」
「行ってこい。直毅。」
「行ってらっしゃい。」
皆に挨拶して2人は車に乗り込み屋敷を後にする。何故か直毅は助手席に座り、春音は彼の左肩に手を置いて後部座席に座った。
「台詞は考えたか?直毅。」
「考えたって仕方ないさ。いざ目の前にした時に台詞は出てくるもんだ。だが生憎学が無いから、シェイクスピアみたいに上手い台詞だ出ないだろうけど。」
「なんの話ですか?台詞って。」
「ん?あぁ、大した話じゃないさ。 この前の喧嘩で親父共々呼び出されただけ、停学処分にでもする気なんだろうよ。」
まるで他人事のように答える彼に対し、春音は学園に怒りを覚えた。
「そんな…先輩は何も悪くないのに。」
「喧嘩両成敗ってところだろう。つっても停学処分なのは実質俺だけだろうな。残りの連中は怪我で来れないだろうから。」
「それじゃ、全部先輩の所為にする気なんですか?」
「さてね。教員達に良心が残ってれば変わってくるだろうさ。まぁ今まで散々目障りだった俺相手だ、十中八九そうする気だろうけど。」
悔しげに手を握る春音に、直毅は肩に置かれた彼女の左手に右手を添えた。
「ありがとう。俺なんかの為に怒ってくれて。それだけであの学園にも価値があったってもんだ。あんな場所だが、なきゃ春音とも出会えてないからな。」
「そうだなぁ。本当、お前には勿体無い子だ。」
雄治が笑い声を上げ、直毅も苦笑して呟く。
「確かに、俺には勿体無い彼女だ。」
優しく、彼女の左手を握り、固く、自らの左手を握り締めた。
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「ありがとうございました。学園まで送って貰っちゃって。」
「いやいや、礼なんかいいさ。直毅が世話になってるからな。こちらこそありがとう。」
車から降り、助手席から出た直毅に手を貸す春音に雄治は礼を言い、胸ポケットから煙草を取り出す。
「校内禁煙だ。吸うのは帰りにしろよ、親父。」
「1本くらい勘弁してくれ。ヤニが切れたら冴えた台詞が出てこなくなる。」
「はぁ…分かったよ。けど早めに、フィルター無しでな。」
「OK.フィルター無しは1番頭が冴える。」
車の陰に隠れ、雄治は煙草を取り出しフィルターを噛みちぎって火を点け深々と紫煙を吸い込んだ。
「春音、ちょっといいか?」
雄治が煙草を吸う間、直毅は春音の両肩に手を置き向かい合う。
「どうしました?先ぱ…」
彼女が不思議そうな顔をした次の瞬間には、彼は彼女の唇に優しく口付けていた。唐突な出来事に驚き目を白黒させ、彼女が息をするのも忘れてワタワタと慌てる間に唇は離れた。
「ぷはっ!ど、どうしたんですかいきなり…」
「いや、何となくさ。ほら、もう直ぐチャイムが鳴る、行った行った。」
彼は照れ隠しのように彼女の肩を押し、校舎へと向かわせる。彼女は質問を続けながらも渋々校舎に向かい、唇に手を当てて幸せそうに入って行った。
「熱くなったもんだな、お前も。いきなりキスだなんてよ。」
煙草を吸っていた雄治が直毅の左肩に手を置いて呟くと、彼は頭を掻いて答える。
「"学生最後"の口付けだ。まぁ、それ位いいだろうさ。」
「成る程な。んじゃ行くか。」
ギリギリまで吸った煙草を地面に落とし、すり潰して2人は職員用の玄関へ向かう。
ただ1つ、彼は台詞を間違えていた。その口付けが、彼女との最後の口付けになった事を。ましてその理由が自分にあったことや、手引きする者達の存在など。
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「で、どうするよ?職員室ごと吹っ飛ばすか?」
「悪く無いな。けどやるなら更地にする位じゃないと。」
物騒な言葉を交わしながら2人はゆっくりと廊下を歩いていく。職員室の前まで来たところで、直毅はわざと足で扉をノックした。
そこから先の出来事は至って単純であった。学園側が提示した停学処分を2人が拒否し、学年主任の顎目掛けて直毅と雄治がトラースキックを叩き込み、学年主任の顎と歯が砕けたという点を記せば大半は済んだ。
「ショーン・マイケルズばりに決まったな。Sweet chin musicか?」
「いや、Drop out kickってところさ。でも決め台詞は借りておこう。」
床に崩れ落ちた学年主任を見て2人は陽気に言葉を交わし、軽く腕を交差させ、こう呟いてから職員室を出た。
「Suck it.(クソ食らえ)」