平穏なんて無かった。
晴れて家族の一員となったユキを迎え、2階の新しい自室に直毅は向かう…ユキも一緒なのは言うまでもないが。
前の自室にあった私物をしまい終えた彼は、ふとこんなことを呟いたのだ。
「そういや、この近くにあるんだったな、あの丘。」
幸せに浸っていたユキは、何気なく聞いてみたのだろう。
「あの丘って?」
「あぁ、"夢の丘"って言ってな。子供の頃よく幼馴染みと一緒に遊びに行ってたんだ。」
その言葉でユキは、夢に出てきたジョン・ドゥと名乗った男のことを思い出した。
彼にこのことを伝えるべきかどうか彼女は悩み始めたが、傍観者の私から言わせてもらえば、どちらにしても彼は行くと断言出来る。
彼女もその考えに辿り着いたのだろう、ユキは深妙な面持ちで彼に告げた。
「…あのね、直毅。昨日夢で、知らない男の人に、直毅に、"夢の丘に来いって伝えてくれ"って言われたの…」
その言葉とユキの声に真剣な表情になった直毅は、ベッドの下にしまった44マグナムを取り出し腰に収める。
「わざわざ夢の中で俺を呼んだんだ、用心するに越したことはない。」
部屋から出て行こうとする直毅を、服を掴んで止めた。
彼を行かせない為に止めた訳ではない。彼と共に行くことを目で伝えたのだ。
直毅は1度、ユキを止めようと思い立つが、その表情と目にし、その考えを捨てる。いや、捨ててしまったと言うべきなのだろうか。
「あれ?直毅。ユキちゃんと一緒にお出かけ?」
「あぁ、久しぶりに夢の丘に行って来るよ。晩御飯までには帰るよ、母さん。」
階段前で掃除をしていた優子に行き先を伝え、直毅とユキは夢の丘へと向かった。それが最後の挨拶になると知らずに。
ーーーーー
ーーー
ー
それから程なくして、夢の丘。
数年ぶりに訪れた思い出の地に懐かしさを感じていた直毅だったが、頂上の木に寄りかかり煙草を吸う赤黒いコートにフードを被った男の姿に、その感情は掻き消される。
「あれが、ユキの夢に出てきた男なのか?」
男の姿を真っ直ぐに捉えながら直毅が尋ねると、ユキは静かに頷いた。
「一体何の用だ?俺を此処に呼び出して。」
直毅はよく通る低い声で男に尋ねながら進んで行く。
男は1度大きく紫煙を吐くと、煙草を捨て足で揉み消しゆっくりと口を開いた。
「お前を、殺す為さ。」
刹那、男と直毅は同時に銃を抜いた。いや、銃口を向けられたのは直毅だけだった。
銃に手をかける寸前、彼の四肢に光の輪が掛けられ、地上から這い出た鎖に繋がれた。
拘束を外そうと全身に力を込めるも、それとは逆に彼は膝を地に付けられてしまう。
拘束から逃れようとすれば、逆に力を失って逃れられなくなる術式だったことに気付いた時にはもう遅い。
「直毅!」
「よせ!ユキ、来るんじゃ…」
直毅のもとに近づこうとしたユキを止めようとするも、彼の目の前で彼女は眠るように倒れた。
「君は眠っていてくれ。目覚めた時には全てが終わっているから。」
悲しく枯れた声で呟く男を、直毅は震えながら睨みつける。
やがて男は右手に握られたM1911A1…コルトガバメントの撃鉄を引き、直毅の頭に照準を合わせ銃爪に力を込める。
弾丸が発射される一瞬手前。直毅の前に突然、真紅のワンピースに身を包んだ深紅の長髪の女性…ジェーン・ドゥが現れたのだ。
直毅に銃を向けていた男…ジョン・ドゥは彼女の姿を見て銃口を外すも、もう1度銃を構える。
「退いてくれ。俺は、"2度も"君を殺したくない。」
銃を構える男と同じく、彼女は男を制止するかのように右手を突き出す。
「こんなことは止めて。私は、"2度も"貴方を死なせたくない。」
時間にすればほんの数秒の間、2人はそのまま向かい合うが、やがて男が銃を降ろすと同時に、直毅に掛けられていた拘束魔術も解除された。
拘束から逃れた直毅は、腰から銃を抜きジェーンを守るように前に出て銃を構える。
「俺を殺してみろ。東條 直毅。俺はお前を殺すことも、お前の存在理由を殺すことも、戸惑いは無い。」
男がそう言い放った途端、直毅は銃爪を引き銃声が丘に響きわたる。
弾丸は真っ直ぐ男に向かって行ったが、男は後ろに跳躍し避け、丘の頂上付近に着地した。
直毅はジェーンとユキから離れるように、右に迂回しながら目にも止まらぬ速さで男に近づいて行く。
「Sun,Moon,Star, Radiance The Arrow (翔けろ光よ、矢の如く)」
男が呟きながら左手を振りかざすと、無数の光の矢が直毅に向けて放たれる。
直毅は止まること無く矢を避けながら、もう1度銃爪を引くも、弾丸は男が突き出した右手の前で、見えない壁に阻まれた。
少しずつ距離を詰める直毅は、彼女らが居る位置から180度程離れた所まで来ると、矢を思い切り上体を反らして躱し銃を構える。
その姿を見た男はまた右手を突き出し、放たれるであろう弾丸を阻もうとする。
(かかった!)
しかし、直毅は銃爪を引くことなく男に向かって跳躍した。
魔術の使えない彼にとって遠距離戦に勝機は無く、近接戦に持ち込まなければ勝ち目は無い。
これは逆に、近接戦に持ち込めさえすれば勝てるという自信を彼に持たせている。
跳躍した彼は猛然と男に向け飛び蹴りを放つ。弾丸が飛んでくると予測した男は反応が遅れたかに見えた。
だが男は焦ること無く、右手を地面に叩きつけ呪文を唱える。
「Jailhouse rock, Rock and bottom (守れ地の盾、檻の如く)」
地面が半球状に盛り上がり直毅の蹴りを受け止め、男の姿を直毅から隠す。
男は空いた左手で腰にしまわれたナイフを剣に変化させ、地面の盾越しに直毅に向け突き出す。
剣が盾を貫く寸前、直毅は盾を蹴って後方へ飛び距離を取ると、盾が消え剣を突き出した男が映る。攻撃を外し完全に無防備だ。
勝機とばかりに、直毅は銃爪を立て続けに2度引く。障壁魔術を展開する余裕は無い。
2つの弾丸が男を貫くかに見えたが、男は神速とも言うべき速さで弾丸を斬り伏せた。
その光景に目を疑いながら、直毅は空中で1回転して着地し銃を構える。
男は剣をナイフに戻し腰に収めると、分かりきっていたかのような溜息と共に呟いた。
「お前じゃ俺は殺せない。大切な者どころか、自分の身すら守れやしない。」
男を睨みつけながら、直毅の中にドス黒い感情が芽生え始める。
………このままじゃ勝てない………
ーーそうだ、このままじゃ殺せないーー
……彼女を、ユキを守らなきゃ……
ーーそれ程重要なことなのか?ーー
……それが俺の存在理由……
ーーいいや、殺すことが理由だろう?ーー
……彼女を守れればそれでいい……
ーー彼奴を殺せればそれでいいーー
……なら、俺の命に……
ーー大した価値など、無いだろう?ーー
直毅はシリンダーを回して、最後の銃弾を取り出すと、左手に握り締める。
男が銃を構えると、先程のナイフと同じくガバメントがカルカノM1938へ変化した。
その銃を見た直毅はとある逸話を思い出し、小さく笑みを浮かべた。
男は直毅の頭部に銃口を向けると、躊躇なく銃爪を引く。
弾丸は直毅の頭部に命中する、筈だった。
しかし、弾丸は彼に当たる寸前で不可視の壁に阻まれた。
「Pray, Code…399 "Magic Bullet"」
彼が短くそう呟き左手を開くと、銃弾は血錆びで赤黒くなっていた。
「You've got to ask yourself one question…(試してみるか?)」
銃弾を込め、左腕に擦り付けるようにしてシリンダーを回す。
「Do I feel lucky?("今日はツイてるか?")」
撃鉄を降ろし回転を止めた彼は、男に銃を向ける。
「Well, do ya, punk?(如何なんだ?クソ野郎。)」
そう呟き終わると、直毅は不敵な笑みを浮かべて銃爪を引いた。
如何でしょうか?
最後の台詞は、映画『Dirty Harry』の名台詞です。そもそも44マグナムの時点で意識はしていましたが。
因みに、直毅が呟いた399と言う数字、ちゃんと意味があります。
次回、ひとまず直毅とジョンとの闘いに決着。
それではまた。