その報は、多くの者を驚かせた。
「煌帝国の皇帝が、崩御した!」
煌の本国も、俄かに慌ただしくなる。
次の皇帝はやはり紅炎か、いや先帝の遺児たちかも、もしくは他の誰かになるのか。
保身を図るお偉方は、誰の側に回るか考えている。とは言えやはりほとんどの者は、現皇太子、練紅炎の味方をする。それが最も安泰な道と分かっている故である。
嫁いだ姫や各地に散らばった将軍が、続々と帰還を始める。その迎えに出る紅明に頼まれて、白旺は大量の書簡を運んでいた。
ふと、遠くの空を見上げると、迷宮生物とはまた違うタイプの「化け物」が。
「ザガンの能力で従えたのか…白龍、お前は、どこまでの力を求める………?」
届かない問いを険しい顔で投げかけ、彼女は再び書簡運びに戻った。
結局、マグノシュタットという遠地にいた紅覇の帰還が間に合わず、葬儀は後日となった。
紅覇が帰り、葬儀の前に「最後のお別れ」と称して目にする皇帝、紅徳の死体はなかなかに見るに耐えない状態で。でもその前に座る母、玉艶の姿はもっと見たくない、と正直なところ白旺は思った。
そして葬儀が始まれば、最早政治に関わる者たちは、次代皇帝は誰かという部分に考えを移す。遺言など読むまでもない。
「(次の皇帝は炎兄か、万が一違ったとしても旺姉だろ…継承権者は全て統率下…例外があるとすれば………)」
紅覇はチラリ、と後ろに目を向ける。視線の先には白瑛と白龍。白瑛は上に白旺がいるから良いとして、彼が気にするのは、末の弟。先帝の子とは言え、煌帝国初代皇帝の血を引く者の生き残りの中では唯一の男子で、しかも紅炎に良い感情を抱いていない。血筋的にも、彼が玉座に着いたとして、何ら問題は無い。
ただやはり、次代皇帝は紅炎、と信じる気持ちも皆強くて。遺言など読むまでもない。はずだった。
「煌帝国第三代皇帝は”練玉艶”。ならびに帝国”神官”一同是をたすけよ。国事を委す」
ざわり。場が揺らぐ。
「やむを得ぬ措置なのです」
玉艶が口を開く。
「本来、皇位を継ぐべきは紅炎………しかし。彼は今、征西軍大総督という大任を拝命する身。これを解くは陛下の志しを半ばで踏みにじる愚行。故に、この私が。大陸平定までの間、臨時皇帝の座に就くのです」
悲しげに涙を流し、致し方ないとばかりに淡々と、道理を説明する。これが、皇帝の意志だと。
「ほざくな、女狐」
紅炎の眷属が、弟たちが。紅炎派の皆、玉艶に敵意を向け戦意を滾らせ。紅炎派と玉艶側の対立構図が出来上がった。
「は、母上! どうかご再考を! 陛下のご意志とはいえ、これでは―――」
「皇太后陛下!」
宮中が2つに割れるのを恐れる白瑛が玉艶に訴えかけようとした矢先、白龍が声を上げた。しかし紡がれるその言葉は。
「玉座にお着きください。あなたの他にはおりませぬ!」
再び、場が揺らぐ。均衡状態が崩れかけ、玉艶派の声が強くなる。
『玉座にお着きください。皇太后陛下!!!』
まるで、悪夢の如き光景。その悪夢を覆す方法がもしあるならば、それは最早。
「白旺。あなたはどう考えていますか?」
渦中の玉艶が今まさに名を呼ぶ、彼女しかいなかった。視線が一気にそこへ集まる。
白徳大帝の実子にして長子。現在も尚強い政治的決定権と発言力、紅炎に次ぐ高い皇位継承権を持つ白旺。さらに彼女は、紅炎と違い日頃は国内にいる。万が一、彼女が皇帝になりたいと言ったとして。そんな心が微塵もなく場をどうにかするための言葉でも、もしくは本当に玉座に着きたがっていても。何にせよ反対する者はいない。とにかく皆、玉艶を止める力が欲しかった。
しかし、呼ばれた彼女は、静かに微笑み。
「どうぞご即位くださいませ、母上。陛下の御心のままに」
崩れかけていた均衡を、完全に崩した。
「(ついに堂々と打って出たか。そういう姿勢自体は、嫌いじゃない)」
口元に緩やかな弧を描き、白旺は、眼前の母を見据える。結局彼女の言葉を最後に誰も何も言えなくなり、葬儀は粛々と終わった。
「旺姉!」
葬儀の後。さっさと出て行く白龍を追いかける白瑛の姿も気にせず引き上げようとする白旺を、紅覇が呼び止めた。傍らには紅明もいる。
「さっきの、どうしてあんなこと」
狼狽が抜け切らず言葉が言葉にならない紅覇。だが他の者も、聞きたい内容は一緒。白旺本人も、当然理解している。
「……………わたしは、」
だけど、例え義弟の問いでも。
「わたしは、誰かの味方、ではないから」
世界の誰を敵に回しても。
「紅炎の味方も、母上の味方も、する気は無い」
決して偽らず、自分の心に正直に。
「わたしは、『煌帝国』の味方だ。国を護るためには、何だってするし、どんな手でも使うさ」
世界中の皆と敵対したとしても。
「わたしは自分が動きやすいように動く。お前たちにも邪魔はさせない」
この国を護れるなら、それで良い。
「父上が、白雄が、白蓮が遺した国を。わたしは、わたしのやり方で護る!」
家族を捨ててでも、手段を選ばず国を護る。
彼女の決意は、いっそ狂気的かもしれない。でも、この方法しかなかった。
白旺にとっての選択肢は、これだけだったのである。
雨が、降り始めた。暗い空の下では、黒い鳥が飛んでいた。