第一皇子、練白雄殿。第二皇子、練白蓮殿。
彼らは俺や紅明や、多くの者にとって太陽の如き存在だった。
そして。
「わたしが白雄の双子の姉、白旺だ。よろしく、紅炎と紅明」
白雄殿によく似た顔立ち。落ち着いた声音。女性にしては高めの身長と、あまり着飾らない、という皇女としては一風変わった姿。
第一皇女、練白旺。彼女を表す言葉は、月、だと俺は思う。
白旺は、皇女とは言っても初代皇帝の第一子。皇位継承権も白雄殿の次に高く、お父君の意向により男児と同様に軍略や政に深く関わる勉学、武術までも学んでいた。しかも彼女は「皇女」、つまり女性。女性の嗜みも学ばなくてはならない。そのせいで俺は、白雄殿と白蓮殿にお会いしてしばらく経っても、白旺とは会えなかった。
白雄殿も白蓮殿も、揃って彼女を賞賛していた。自分たちより学ぶ物事が多いのに、何でも完璧に身につけ、さらには勉強家らしく自ら知識を欲するのだと。知識欲が旺盛なところはお前に似てるんじゃないか?と白蓮殿が笑って言ったのに対し、未だ見ぬ第一皇女は如何なる御方なのかと思考を巡らせつつ、光栄ですとだけ答えたのをよく覚えている。
実のところ、俺と紅明は、彼女に会うのが楽しみ以上に、少し怖かった。本人に会わなくとも、噂は常に耳に入る。
聡明。何を学ばせても優秀。非の打ち所が無い。そんな噂を耳にする程、練白旺なる人物のイメージが「完璧超人」で固まってしまい。誰しも完璧過ぎる人間には恐怖を抱く。俺たちも無論例外ではなく。たまに聞く「甘えん坊」の印象も、白雄殿にのみ甘えると言うのなら、結局は「隙が無い」としか捉えられなかった。
機会は、二皇子との出会いから、数ヶ月後に訪れた。
いつも通り白蓮殿が暇だ暇だと俺たちに構い、苦笑した白雄殿も一緒にいて、連れ出されて4人で遊んで。
「白雄」
そのとき、凛とした声が聞こえた。
「部屋にいないと思えばここにいたのか」
「姉上!勉強はもう良いのですか?」
「今日の分は済ませた。白雄に借りていた書物を返すために探していたんだ」
白雄殿によく似た面差しが、白蓮殿の呼ぶ「姉上」の単語が。彼女が何者なのか、分かりやすく教えてくれた。慌てて姿勢を正す俺たちを、書物を直接白雄殿に手渡した後、やっと視界に入れて首を傾げる。
「彼らは?」
「紅炎と紅明。叔父上の長男と次男、要するに我らの従兄弟に当たる」
白雄殿にご紹介頂き、黙ってぺこりと頭を下げる。
「紅炎と紅明?確か、白蓮がよく遊んでもらっている相手、と白雄に聞いた気がする」
「兄上ぇぇぇ!?」
「どこも間違ってはいないだろう?」
どうやら白雄殿によって、我々の名前は(若干偏った形で)伝わっていた様子。
(主に白蓮殿が)愉快に騒ぐのを尻目にこちらに歩み寄って、当時はまだ負けていた俺の身長に合わせて屈む。
「わたしが白雄の双子の姉、白旺だ。よろしく、紅炎と紅明。いつも2人と仲良くしてくれていると聞く。ありがとう」
形の良い唇が緩く弧を描く。近い顔に、ふと、彼女の口元にはほくろが無いと気付いた。お母君の遺伝はどちらかと言えば薄いのかもしれない、と俺は頭の片隅で考えていた。
意外に怖くない年上の少女。それが白旺の第一印象だった。
以降は彼女もいたりいなかったりして、何度か触れ合う内に、俺も紅明も無事に仲良くなれた。
白旺は、なるほど噂通りに、聡明で何をしても完璧で。かと言って当初我々がイメージしていた「完璧人間」には程遠く、身内には結構甘いし白雄殿に対してはベタベタと甘えるし、屈託なく明るい性格で俺たちに接した。
彼女は俺の他の弟妹にも優しく慕われた。かと言って決して淑女然としている訳でもなく、良い意味で周囲に遠慮をしない、明朗な性格。
俺たちは、まだ知らなかった。身内に甘い彼女が、身内以外にはどうなのか。知らなかった。初めて同じ戦場に出るまでは。
彼女よりも遅く初陣を迎えた俺たちは、何度かの経験を詰んだ後、彼女と同じ戦場に立った。そこで見たのは、聞いたのは、優しくなくて正しい現実。
白雄殿の、常とは全く違う苛烈さに、驚いた。
白蓮殿の、兄と姉の剣となり盾となり生きて死ぬ覚悟に、胸が震えた。
何よりも、白旺の容赦をしない戦いぶりに、戦慄した。
敵兵となれば、逃げ惑う者をも追い、一兵卒たりとも残さない。命乞いされても耳を傾けず、卑怯な手を使われても怯まず、敵を殲滅する。
仲良くなって何度も見た、完璧なのに甘えたがりな白旺、はどこにもいない。馬に乗り剣を手に戦場を駆けるのは、紛れも無く、練白旺という名の「将」であった。
「わたしは、家族と国を護りたい。故に戦う。例え鬼と呼ばれようとも、皆を護るためなら、わたしは何だってするさ」
戦いを終えた後、死屍累々、の言葉が近い戦場の真ん中に血塗れで立つ彼女の姿は、恐ろしくも勇ましく、美しかった。
俺が16歳の年。俄かに「迷宮」の話が持ち上がった。もしかすると、以前より検討はされていたのかもしれない。
戦力アップには良いとの意見が多数、されど果たして、危険な場所に一体誰を向かわせれば?との意見も多数。
「紅炎」
「はっ」
「私はまず、お前を推す……………お前は、どうしたい?」
伯父上、陛下が、俺にそうお尋ねになる。知識欲の深い俺にとっては、願ってもない。まして攻略できれば、国の役に立てる。
「ご指名頂けるとあらば、喜んで」
陛下は満足げに頷き、俺は、迷宮『アガレス』への攻略を許された。
「陛下」
そこで口を挟んだのは、陛下の傍らに控えていた皇后様である。
「紅炎のみを攻略に行かせては、実子は安全な地に置き、実子以外は危険に赴かせる………などと良からぬ噂を流されかねませんわ。我が子からも、攻略に行かせては如何でしょう?」
ざわり。場が動揺する。しかし、正論だ。煌には未だ敵も多く、小さな噂とて、国を瓦解させる可能性を秘めている。
陛下も納得し、白雄殿、白蓮殿と白旺を見る。
「お前たち、攻略に行く気は、あるか?」
すると、他が何かを言う前に、白旺が一歩進み出た。
「父上、わたしが参ります」
「では、どの迷宮に行きたいか、希望があれば申すが良い」
「…………………『幻の迷宮』の内のどちらかを希望致します」
今度こそ、皆が動揺し、場が大きくざわめく。
幻の迷宮。
出現場所以外のデータが圧倒的に少なく、尚且つ力が足りなければ視認さえ不可能、と様々に謎の多い迷宮の総称。現在、確実に存在が確認されているのは、たった2つである。
「お待ちください姉上!『幻の迷宮』は、通常の迷宮と比べても危険な場所と聞きます。仮にも第二皇位継承者の姉上が行くのは………」
白蓮殿が代表して反論する。白雄殿も、賛成したくない様子だ。
そんな彼らを、白旺は一蹴した。
「わたしが死ぬとでも思っているのか?通常の迷宮生物なんて、どうせ訓練にもならない」
「…議論は決した。我が娘練白旺を、『幻の迷宮』攻略へ派遣する!」
挙句陛下が決定を下してしまえば、最早反論は不可能。こうして俺と白旺の、初めての迷宮攻略が決められた。
なお、翌日の話し合いで、白旺が攻略するのは『フェンリル』と発表された。
1週間後、俺と同日に出発した白旺は、無傷で帰還した。
しかも、帰還時点で武器化魔装をマスターしており、皆を驚かせた。
多才過ぎる彼女に羨望を抱く俺の気持ちが恋に変わるのは、そう遠くない話。