「マグノシュタットへ侵攻する」
「そうか」
紅炎のその言葉に、白旺は一言だけ、静かに言葉を返して了承の意を示した。
「反対はしないのか?」
「反対?何故?必要な戦争なのに」
あまりにもあっさりとした様子に紅炎が怪訝な顔を見せれば、彼女はキョトンとした表情で、ゆるりと首を傾げる。その目がどこか、妙に壊れているような気がして、傍らの紅明は僅かに身震いした。
数日後。
先鋒に紅覇を置き、白旺は、総督の紅炎と共に進軍していた。
「わたしも前線が良かった」
「まだ言うか」
すると、紅覇は癒し…などと訳の分からない愚痴り方をする白旺と呆れる紅炎の元に、伝令が届いた。
「先鋒隊が、マグノシュタット方面より飛来した黒い巨人に急襲を受け、劣勢!部隊の被害は甚大な模様です!」
金属器使いで、しかも恐らくすぐに魔装しただろう紅覇がいて、劣勢。それは間違いなく、由々しき事態だ。
「………行くぞ」
自ら救援に向かうため、飛行用の魔法道具に乗る紅炎。白旺も乗り、さらに紅炎の眷属たちとリーアがそこに続いた。
苦戦する紅覇の元には、異変を察知したアラジンと、別方向から全身魔装を完成させたアリババが。
黒い巨人を少々減らし、アリババが格好良く極大魔法を撃とうとしたそのとき。
彼ではない発生源の炎が、黒い巨人を焼いた。
「他の者の手に余る敵なら、俺たちの力でかたを付けよう」
「あのさ、わたしの出番は?」
そして、練紅炎と4人の眷属、練白旺とリーアが姿を現した。今の炎は、紅炎の眷属による攻撃である。
「アシュタロス」「フェニクス」「アガレスより生まれし眷族よ」
『我が身を捧げる 我が身と一つになれ!』
彼らが攻撃をしかける内に、紅炎はフェニクスの能力で紅覇のケガを治した。
「紅覇ぁぁぁ無事で良かった!」
「旺姉…」
出番を悉く取られてとりあえず癒しを堪能すると決めた白旺に抱きつかれ、紅覇は苦笑する。根は優しいこの義姉には、さぞ心配をかけたのだろう、と。
で、アリババと紅炎が短い対話をしたり、その間ずっと白旺が紅覇にベッタリしていたところでアラジンが異変に気付いた。
西の空が暗い。
「紅炎おじさん!」
『お…おじっ!?』
急いで紅炎に呼びかけるアラジンの使った呼称に周りが驚き慌てふためく。ちなみに白旺は、声も出さずに爆笑している。
「兵を退いておくれ!このまま戦ってたら、みんな死んじゃうんだよ!」
「紅炎様、こんな小汚いガキの戯言など、お気に為さらず」
「……………いや、あれはさすがにヤバイ、笑ってる場合じゃなかったわ」
誰も意に介さない中、ピタリと笑いを止めた白旺が、西の空の蠢く黒いナニカを見据えた。
「白旺おねいさん、分かるのかい?」
「分かるとも。放置したら世界滅びるじゃないか、あーやだやだ」
世界が滅びる、のワードに、聞こえた範囲の者が眉を顰める。
彼女の言葉で、味方を得た、とばかりにアラジンは紅炎へ畳み掛けた。
「信じられないなら、理由は直接聞いておくれよ。みんな姿を現して!」
アラジンの額の宝石が光る。するとまずは紅炎の武器が発光し、3体の青い巨人が登場した。
『我らが「王」、そして、かつての「大王」の移し身よ!!!』
アガレス、アシュタロス、フェニクス。紅炎のジンたち。
続けて紅覇のレラージュ、アリババのアモン、白旺のヴェルダンディ・ネフテュス・アエーシュマも実体化。
『お呼びでしょうか?「マギ」よ!!!』
「「マギ」だと!?」
紅覇が驚愕の声を上げる。他の者も、同様にそれぞれの驚きを示す。
「オイ、フェンリル出てない………」
自分の胸元で揺れる六角水晶のペンダントを、死んだ魚の目で見つめる彼女以外は。
「フェンリル様はまた出て来ないのですか?」
「アイツ基本的に引き籠もりだしマギの言葉さえ聞かないもん…」
リーアが慣れた表情で問えば、白旺は否定もできず、深いため息を吐いた。
「我が王たちよ、暗黒点を塞いでください」
アモンが代表して説明した。
黒の神(イル・イラー)と呼ばれる悪意の化身が降りて来る。
彼の手は触れたものの全ての白いルフを奪い消し去る。
止めなければ、人も動物や草木も、音や光さえ死に絶えた完全なる死の世界が、この世界に訪れてしまうことを。
「みんな死んじゃうんだよ?アルマトランと同じにしないで!」
「レラージュ、それは禁忌だ。別の世界の存在すら、こちらの人間たちは知るべきではない」
「別の世界だと…?」
思わずと言った風に口を滑らせるレラージュを窘めるアシュタロス。
しかし「別の世界」のワードに対して、紅炎は敏感に反応し考える。
「それを阻止するって言ったってどうすればいいんだよ、アモン!?」
「<依り代>を破壊するのじゃ」
アリババが聞けば、再びアモンが口を開く。
「悪意の化身、黒の神は本来この世界にあるはずのない異次元の世界のものです。それを引き降ろす力点こそが<依り代>、莫大な黒ルフとマゴイの結晶体………それこそがアル・サーメンの最終目標なのです」
「それを壊せば良いんだね?」
アラジンが尋ねると、アモンは深刻な表情で肯定する。
「そうです。しかし厳しい戦いになりますぞ……………例え「ソロモンの移し身」たるあなた様がいてもです…されど」
「?」
ここで彼は言葉を切る。アラジンが首を傾げれば、アモンはチラリと白旺に目を向けた。
「不可能ではありません、「ソロモンの転生者」がいる、今ならば」
「……………白旺おねいさんが………?」
アラジンが勢い良く白旺のほうを振り返ると、彼女はそっと目を逸らした。
するとそこに、ずっと話を聞いていた紅炎が、一歩前に進み出る。
「ソロモンの移し身?転生者?何のことだ?それに…まさか…「別の世界」とは…ソロモン王が支配していたという、かつて滅びた世界のことか………?」
「えっ?何でおじさんがアルマトランのことを知ってるの?」
アラジンが訝しげに問い返すと、紅炎は、謎を解明する時が来たれり!とばかりにアラジンの胸倉を掴んだ。
「今すぐ知っていることを全て話せ!!」
「紅炎やめろアラジンを離せぇぇぇぇぇ!」
「い…痛いよ!おじさん…」
『おお紅炎様!!「マギ」にご無体はおやめください!!』
かくして、かつての愛息子+現世のお気に入りに無体な真似をされて怒る白旺と、蒼白な紅炎のジンたち、加えて怯えるアラジンを助け出そうとするアリババ、のカオスな構図が生まれた。
アラジンは懸命に思考した。どうにかこうにか最良の方法を。
「そうだ!!おじさんたちが兵を退いて「依り代」を壊すのを手伝ってくれたら全部話すよ!!」
『ええっ!?』
思い切り過ぎる決断に、ジンたち全員がなお蒼白になる。
「いいんですか「マギ」よ…」
「こ…こちらの人間にベラベラしゃべっては、ソ…ソロモン王の作った「運命」の正常な流れがっ…」
「もう非常事態なんだ、なりふりかまってられないよ。おねいさん、良いでしょう?」
アモンとレラージュに言われ冷や汗ダラダラで告げるアラジンは、白旺を見上げる。彼女は紅炎の顔を見た。
ギラついた目。正しく知識欲の塊。
「うん、良いんじゃないか?別にそんなものくらいで、「運命」は変わったりしない」
ぶっちゃけコイツ止まりそうにもないし、と最後は遠い目で、彼女は許可を出した。
「いいだろう」
紅炎は一先ず納得し、ニヤッと笑うと、大きく息を吸い込んだ。
「紅明!!白龍、白瑛、紅玉!!!今すぐ俺の元へ来いッ!!!」
彼は叫ぶ。己の弟妹の名を。伝令は魔法で飛ばされ、呼ばれた者たちに確かに伝わった。
「し…信じるんですか!?今の途方もない話を………」
「信じるも何も、これこそが俺の求めていた歴史の深淵だ。もし世界を一つにする前にこの世の謎が解けるなら…この先何千と戦を繰り返す必要もない。おいマギ!」
「!?」
紅覇の問いに答えた紅炎に呼びかけられ、ビクッと反応するアラジン。
「煌帝国全ての金属器使いの力を貸してやろう。その代わり…全てが終わった後には…この俺に、世界の真実の全てを差し出せ!良いな!!」
「お前そろそろアラジンを脅すのやめろ!」
そして紅炎の脅迫紛いな要求に、再び白旺の怒号が飛んだ。
「転生者」と「移し身」は、世界の滅亡を前に再会を果たした。
広い空は、暗い。