すみません!
シンドリアを襲ったアル・サーメンの一味は倒された。ズルムッド、ビョルン、アポロニウス。無惨に負けた彼ら3人の遺体を宙空より眺める1つの人影が、シンドリア上空にはあった。
「…よりによって何故わたしが死体回収をしないといけないんだ………」
男性とも女性とも取れる中性的な声。細身の長身に黒いローブを纏いフードを被ったその人物は、誰にも気付かれず簡単に結界を通り抜け地面に降り立つと、まずは持っていた大きな袋にビョルンを回収。次にアポロニウス。
最後まで順調に終わる…………………はずだった。
カツッ
「………?」
小石が靴に当たる音。それは、本当に小さな音で。
警戒はしていた。距離もあった。疲労や負傷で常より集中力も切れていた。しかしそれでもその音は、2人のファナリスの耳に入り。
「モルさん?」
「…誰か、います」
彼らの視線は、確かな人影を捉えた。
「……………やらかした………」
「誰よアンタ、また『組織』の一員?」
ヤムライハの鋭い声に頭を抱え、考える。そして提案。
「とりあえずさ、思うに君たち、さっさとダメージ回復したほうが良くない?」
話す間にズルムッドも袋に入れて回収完了。最もな提案に賛成せざるを得ない彼ら。そう、確かに彼らはつい今し方まで戦闘しており、ダメージが比較的大きい。
「別に何もしないから安心してくれて良い。お嬢ちゃんちょっと失礼」
「あ、えっ、あの…!」
言いながらも着実に近付けば、軽々とモルジアナを担ぎ上げ、「さあ行こうか」などといつの間にか先導している。最早皆は着いて行くしかない。
こうして奇妙な帰国チームが完成した。
「白龍?どうしたんだ?」
「………いえ、どこかで聞いたような声だな、と思いまして……………」
その間、白龍は妙な既視感を覚えて考え込むものの、答えには至らなかった。
帰国した彼らは、揃ってシンドバッドに迷宮攻略に関する報告を行った。シンドバッドの一瞬の複雑な表情も束の間、やはり大袋を所持したローブの人物に目が向く。
「時に、君は一体誰だい?」
問われれば、唯一見えている口元が、綺麗な弧を描き開いた。
「久しぶりだねシンドバッド、それに八人将諸君。白龍と紅玉は、少しぶり」
大半の者が驚きに目を見開き、ごく一部の知らない者は、首を傾げる。フードの下から現れたのは、長い黒髪をポニーテールにした、中性的に整った凛々しく美しい顔。
「「「白旺/白旺姉上/お義姉様!?」」」
シンドバッド、白龍、紅玉が一斉に叫ぶ。
「えっと、この人は………?」
知らない者の代表として、アリババがおずおずと誰にともなく尋ねれば、白龍が答えた。
「俺と白瑛の姉に当たる方です」
「白瑛さんと白龍おにいさんの…?」
アラジンが、どこか不思議そうな目を向ける。
「彼女」はニコリと、人の良い笑みを浮かべた。
「煌帝国第一皇女、練白旺。紹介に預かった通り、白瑛とここにいる白龍の実姉だ。よろしく、マギの坊やに迷宮『アモン』の攻略者、ファナリスのお嬢さんも」
「「「………!」」」
自分たちについて正確に把握し言い当てる彼女、練白旺に、驚きを隠せない3人。
「あ…俺はアリババ・サルージャです」
「モルジアナです」
「僕はアラジン」
「アリババにモルジアナにアラジンか、みんなよろしく。ところで」
「?」
何とか自己紹介をする面々をにこやかに眺めるも、不意にアラジンを、じっと見つめる。
「………………………(じーっ」
「?????」
「…………………かわいい!(ぎゅうううっ」
「うわあ!?」
「アラジィィィィィン!?」
たっぷりの間を空け、アラジンは、見事に白旺の腕の中に捕獲されていた。ちゃっかり頬擦りもされている。アラジンの必死の抵抗も虚しく抜けるのは不可能の模様。
と、ここでアリババは、違和感に気付いた。
「アラジンお前さ………今回嫌がり過ぎじゃないか?」
言われてみれば、おかしいと皆が理解し、渦中のアラジンを改めて見る。白旺はアラジンの大好きな「綺麗なおねいさん」で、胸もそこそこにはある。しかも自ら抱きついてくれていて、なのにこうも嫌がる理由は?
「はぁ、はぁ…おねいさんは、本当に、白龍おにいさんや白瑛さんと血が繋がっているのかい?」
やっとに思いで腕を抜け出して息切れを起こすアラジンは、何かを疑うかの如く冷たい目で彼女に問うた。
「アラジン殿、何を言っているのですか?」
「ごめんよおにいさん、でも僕には、このおねいさんがとても怖い人に見えて仕方ないんだ」
愛しい姉との血の繋がりを疑われ戸惑う白龍。白旺はそんな彼をスッと制し、気を悪くした様子も無く、浮かべた笑みは崩さないままに幼き少年を見据える。
「生憎と、父も母も同じ、実の姉弟さ。……………幼くともマギたる君には、何か、疑問が生じたかな?」
意味深な言葉。意味を理解できるのはアラジンのみ。他はただ固唾を飲んで見守る。
「うん、すごく不思議でならないよ。だっておねいさんのルフは、他の2人と全然違う。真っ白な中に、チラチラ黒色が見える。どうしてかな?おねいさん、自分のルフを隠してるよね?」
「黒ルフだと………!?」
場が騒つく。黒のルフ、即ち堕転。アラジンの目には確かに、僅かなれど映った。視界の端を飛ぶ、黒色が。
「天才魔導士ヤムライハにさえ、わたしの本来のルフは見えなかった。見抜かれないために、わたし自身が真実を隠した」
さすがはマギ、と動揺もせず褒め称える彼女は、語るように続ける。
「見抜かれた以上、真実を見せよう。わたしのルフが、どんな異端なる状態か」
ルフたちよ、真の姿を示せ。
そう言うと白旺の体を光、いや、大量のルフが包み込む。全員に視認可能な程のルフは、やがて唐突に半分のみ黒く染まった。
驚愕のあまり、へたり、と座り込むヤムライハ。迷宮にてドゥニヤと対峙したばかりで、さすがに青褪めるアリババとモルジアナ。慕う家族のまさかの事態に頭が回らず後ずさる白龍と恐怖で涙目の紅玉。厳しい表情を浮かべ黒ルフを睨みつけるシンドバッド。
様々な反応の中、アラジンだけが、冷静かつ無感情に白旺と対峙していた。
体感時間は数分、実際には数十秒も経たなかったかもしれない。短くて長い時間は、彼女自身がルフを再び隠しカムフラージュしたのを境に終わった。
「怖がらせたり驚かせたりして悪かった。説明より見せるほうが早いと思ってね」
すっかり「良い人」の皮を被り直した彼女は、黒ルフを纏った先程とは別人みたいに優しく優しく微笑み、怯える白龍と紅玉の頭に手を伸ばして順に撫でてやる。
「白旺、君は、いつから………?」
「……………昔の話さ。これに限ってはシンドバッド、例え旧知のお前とて、詮索無用」
堕転の件を聞き出そうとするシンドバッドには厳しく釘を刺し、白旺は、床に置いていた大袋を担いだ。
「今回は頼まれ事を果たしついでの顔見せだ、そろそろ帰る。また会おうシンドバッド。アリババとモルジアナ、わたしの愛しい家族を、どうかよろしく頼む。白龍と紅玉は、よく知り学び、良き関係を築きなさい。シンドリアには、成長の糧が沢山ある」
「はい、姉上」
「分かりましたわ、お義姉様」
立ち直った白龍と紅玉の返事を聞き、アリババとモルジアナに彼らを託すと、アラジンに向き直る。
「アラジン、聖宮に匿われていた、未熟な幼いマギ。君の成長も非常に楽しみにしている。遠からず、いずれまた会おう」
「…おねいさん、僕と、次会ったときにはゆっくりお話をしよう。僕はもっともっと、多くのことを知りたい」
「………ああ、必ず」
彼に、愛する者に対するべき眼差しを向け、くるりと踵を返す。懐に携えていた魔法道具の絨毯を広げ、彼女は空に消えた。
半堕転した謎の存在、煌帝国第一皇女、練白旺。
彼女との初の邂逅は、聖宮のマギとその周りに、大きな爪痕を残すのであった。