第五話「リンと咲くハナ」
今日の晩飯も例のごとくコンビニの弁当だ。
種類は豊富で食べ飽きる心配はないし、栄養面に関しても後々このシワ寄せが来るとして、すぐにどうこうなるワケでもないので問題はない。
まあ唯一の問題としては、利点でもある豊富すぎる種類にあるのだろう。
「パスタにするか、それとも……」
こっちのノリ弁も捨てがたいな。
「わわっ!? ご、ごめんなさいっ」
ペペロンチーノとノリ弁との板挟みで頭を悩ませていると、レジの方から小銭の落ちる甲高い音と小さく震える悲鳴が来こえてくる。
僕は二つの晩飯候補を持ったままレジの方へ視線を向ける。すると予想通りの光景が目に入ってくるのだが、腰を屈めて散らばった硬貨を拾い集める人物の方は予想に反していた。
声の頃からもっと幼い女の子を想像したのだが、そこに見えるのは謂わば少女と呼べる歳の子だった。
「ごめんなさいっ、すぐに拾いますんで」
「あの、そんな慌てなくて大丈夫ですよ?」
床と店員とを交互に見やりながら拾っており、どうにも要領が悪い。心なしか店員の笑みも引きつっているように見える。
「悪い子じゃなさそうなんだけどな……」
会計を待っている他の客がいなかったのが不幸中の幸いだったな。そう考えていると、少女はずり落ちてきている眼鏡を直すこともせずに立ち上がる。どうやら拾い終えたようだ。
「うぅ、すみませんでした」
「い、いえ。大丈夫ですよ」
店員の女性は困惑が混じった笑みを返している。
ひと段落が着いたようなので、再び僕は弁当コーナーへと踵を返す。
「ありがとうございましたー」
背後から先程の女性店員の声がした時、弁当コーナーへ向き直った僕の視界の下の方で何か光る物が留まる。
淡い金色、他の硬貨に比べてやや大きなシルエット。五百円硬貨だ。
「あっ、さっきの――」
急いで振り返ってみるが既に自動ドアは閉まっている。が、まだ間に合うだろう。
両手の品を棚に戻してから五百円玉を拾うと、僕はやや駆け足で店を出た。
「ありがとうございましたー」
勇んで飛び出したものの、探し人はすんなりと見つかった。
「かよちん遅いにゃー」
「ごめんねりんちゃん。お金落としちゃって」
「ホント、かよちんはおっちょこちょいだよね」
コンビニから少し先に見える見知った制服姿の二人。僕から見て背を向けている浅葱色の髪の方はさっきの子。正面を向く橙色の髪の子は恐らく友人だろう。
さっきの子が眼鏡をかけていたので気付かなかったが、もう一人の子を見てようやく気付いた。
「あの。これって君が落とした五百円だよね?」
「え……あっ、そ、そうです」
ビクッ、と跳ねながら振り返る少女。
やはりそうだ。穂乃果たちのアイドルグループ『μ's』の子たちだ。
「わざわざ届けてくれるなんていい人にゃ。ほらかよちん、お礼言わなきゃ」
「あ、うん……あの、ありがとうございます」
「いや、大丈夫だよ」
僕から五百円玉を受け取ると、二人は最後に揃ってお辞儀してから去って行く。その間際まで楽しそうな後ろ姿を見ていると、本当に二人の仲が良いことが伺い知れる。
穂乃果から聞いている特徴を思い返すと、小銭を落とした方が『花陽』でもう一人が『凜』だろう。
「改めて見ると個性豊かなグループだよな、ほんと」
穂乃果があそこまで楽しそうなのが分かる気がする。
メンバー全員、誰もが輝いて見えるのではない。全員がそれぞれ本当に輝いている。だからこそ、あのグループは眩しく見えるんだ。
いまさらながら、僕はそのことに気付かされた。
家路の途中、思い掛けない出会いを果たした。
「あっ、歩……」
「あのな、いちおう僕の方が歳上だからな?」
穂乃果の妹である『雪穂』だ。
言わずもがな。家が隣だということもあり雪穂は妹のような存在で、あっちも僕を兄として思ってくれているのだろう。
決して悪いことではないが、兄妹にしてはこいつの態度は馴れ馴れし過ぎる――いや、最低限の礼儀がなっていない。
「だっていまさら歩さん、なんて気持ち悪いじゃん」
まあ確かにそうだが。
「それより、いま帰りなのか?」
確か雪穂は部活に入ってなかった気がする。
辺りはすっかりと暗く、コンビニを出た時に見た時計では既に七時を回っていた。こんな時間に帰ってくるのには理由があるのだろう。
「友達のところで勉強してたの。受験生だし」
「そっか、偉いな」
「別に。みんなやってることだし――」
褒められて気恥ずかしくなったのか、視線を反らしてから「それに」と続ける。
「絶対、音ノ木坂に入りたいし……」
ああ、そういうことか。気恥ずかしさを覚えたのは褒められたことに起因していたわけじゃなかったか。
「それじゃ雪穂もスクールアイドルやるのか?」
「し、しないよっ、そんなの」
しかし、言葉尻に小さく「たぶん」と付け足す。
恥ずかしがることはないと思うんだけどな。
「雪穂なら、もしかしたら穂乃果よりも人気出るんじゃないか?」
「えっ、なんで?」
「いいお手本を間近で見てるからだよ」
ふいにステージ上の幼馴染の姿が頭に喚起される。
「そう、かな」
珍しく困ったような表情を浮かべている。
まあ、実の姉を素直に誇るのは恥ずかしいか。
「雪穂が志望先の高校を変えたのが、その証拠だろ?」
「……うん」
小さな笑みを溢しながら頷いてくる。身内のひいき目かもしれないが、やっぱり可愛い妹だ。
「それじゃ、帰るか」
その後、僕たちは他愛のない会話を楽しみつつ並んで帰った。