「うっす」
「あ、せんぱい!」
「よう」
いつも通り部室に向かうと、すでに一色が来ていた。この子生徒会がない時だいたいここにいない? サッカー部でなくて大丈夫なのん?
雪ノ下たちにも挨拶を返して、いつもの席に着く。最近だと俺の席の隣に一色が座っているのだが普段は由比ヶ浜や小町とおしゃべりをしていることの多い彼女が、今日は珍しく本を読んでいた。
本と言ってもティーンズ向け雑誌なわけだが……。
「ふむふむ……」
なんか雑誌を見ながらしきりに頷いている。時々思うが一色と小町って似たような行動とることあるよな。精神的姉妹なのかもしれん。同レベルとも言う。
ていうか、一体何の記事を見て「なるほど~」とか言ってんだ? ふと疑問に思って横から覗き込んでみる。
「……網……トン?」
どうやら女性がキュンとくる彼氏の行動の特集記事らしいのだが、全く知らない単語がでかでかと書いてある。あみとん? AMITON? あみたん? あ、それは富山県高岡市の萌えキャラ的あれでしたね。
「網トンですよ網トン! 網戸にいる虫を“トン”って追い払うことです!」
いや、それは記事を見れば分からなくはないのだが、また変な造語ができてるんだな。現代人の造語生産力は夏目漱石先生もびっくりである。
どうやら、恋人に網トンをして虫を追い払ってもらうとうれしいと思う(独身)女性が88.7%もいるらしい。自分の苦手なものを追い払ってくれればそりゃうれしいんだろうな。
しかし、雑誌のイラストでは彼女を引きよせてドヤ顔で網にパンチかましてるんですが、引き寄せる動作とそのドヤ顔はいるんですかね? これはあれだな、ただしイケメンに限るってやつだな。俺がやったら「せんぱいマジキモいです」って言われて枕を濡らすレベル。泣いちゃったよ……。
「ていうか、こういうアンケートに参加する奴って異性に幻想持ちすぎだよな」
「? どういうことですか?」
「ほら、ここの虫を取り払うことのできない恋人への印象ってところ。『いざとなった時、頼りにならなそう』とか『虫すら触れないなんてこの先やっていけない人だと思う』とか言ってるけど、そりゃあ男が全員虫が得意なわけないだろ。ムッキムキな頼りになるマッチョマンだって虫が嫌いな人はいるはずだし、虫程度でこの先やっていけないとかその程度で壊れる恋人関係とか逆にドン引きだわ。由比ヶ浜に向かって『料理ができないとか女性として恥ずかしくないの?』って言うようなもんだ」
なんか由比ヶ浜が言っている気がするが気にしないでおこう。しかも、この意見両方とも三十代の独身女性ってところがまた……。あぁ、だから結婚できないんですね。自分たちのそういう部分に気づいていないところが酷く滑稽。
まあ俺も虫はそんなに得意じゃないからな、とくに昆虫。なんで六本も足あるんだよ。部屋とかに夜紛れ込まれたりすると羽音うるさいし、地球全体に効くバルサンとか誰か開発して。
ん? というかこの記事……。
「これさ、暗に網トンは控えるべきって言ってないか?」
「ほえ?」
ほえって何だほえって、かわいいなおい。
俺の指は網トンのアンケート結果の上にある「今後恋人ができたとき、代わりに虫を取り払ってくれたらうれしいか」というアンケートを指す。網トンアンケートの600人と違い、351人が対象のようだが、網トンアンケートが「かなりうれしい」30.7%で好印象なのが88.7%なのに対して、こちらは「かなりうれしい」47.8%で好印象94.3%なのだ。
「実際自分の恋人が虫が得意かどうかわからないわけだから、一般的に1/10の確率で網トンをやったら引かれる可能性があるわけだ。リスクは普通に追い払った時の二倍とかリスキーすぎるだろ」
「むむむ、なるほど。なんか屁理屈な気がしなくもないですが、一理ある気がしてきました」
「だいたい、こんなの狙ってやってときめかれる男なんて葉山レベルの顔面偏差値がないとありえんだろ。だから俺にやらせようとしないでね?」
「そ、そんなのちょっとしか考えてませんよ!」
あ、ちょっと考えてたんだ。この子怖っ!
しかし、この偏差値25くらいの記事一蹴回って面白いまであるな。男性にされたい仕草ランキングとか知らない単語でいっぱいなんだけど。“耳つぶ”ってなんだよ、耳元でつぶやかれることって普通に囁き声とかで良いじゃん、超ダサいよでき物みたいだよ。“オレぬく”とか卑猥な言葉にしか聞こえないんだけど……。
「ん? なあ一色、この“袖クル”ってどういうシチュエーションなんだ?」
ランキングワースト二位に目がいった。袖クル(背後から袖を「クルクル」とまくってもらうこと)ってなんだこれは。
「あぁ、それはですね」
言うと一色は立ち上がって俺を連れて窓際に移動すると、窓のところの丁度いい高さの出っ張りの前に立つ。どうやらシチュエーションを試してみるらしい。
「ここが台所だとして、まくる前に水仕事始めちゃったら自分で袖まくれないじゃないですか」
「あー、だから彼女の代わりに袖まくるのか」
試しに後ろから一色の制服の袖をまくる。必然的に後ろから抱きつくような形になって近いし温かいしいい匂いなんだけど。
「はぅ……」
「ふむ、状況はわかったけど、これときめかないのか?」
男からしたら普通にときめく気がするし、少なくとも“オレぬく”よりかは良いシチュだと思うのだが。気配りができる彼氏みたいで悪くはないのではないだろうか。
「え、えっと、確かに私はせんぱいにやられるのはやぶさかではないんですけど、たぶんアンケート受けた女性からしたら『袖もまくらずに水仕事始めた女子力低い私を彼氏にフォローされた』とか思って、申し訳なさとか恥ずかしさが先に来るんじゃないですか?」
「はー、女の子の考えは男の俺には分からん」
「けどこれ対象者二十代、三十代なんですよね」
「……女の子とはお世辞にも言えないか」
「それに、袖クルの評価が低いのも私的によくわかりません」
「ジェネレーションギャップだな」
「私はせんぱいにどれをされてもキュンキュンきちゃいますからね!」
不意打ちでそういうこと言うのやめて、俺がキュンキュンしちゃうから。ヒッキーキモっ! マジキモっ! ……死にたい。
「まあ、せんぱいがこの絵みたいにドヤ顔で網トンしたらキモ……え?」
一色がなんかひどいことを言いながら正面に顔を向けて……固まった。
風を取り込むために開けられた眼前の窓の網戸に虫。あまり昆虫にはくわしくないが、蛾だろうか。めっちゃ大きい。大きすぎて昆虫特有の緻密なフォルムがありありと見てとれてさいっこうに気持ち悪い。
「ひっ……!?」
完全に不意打ちだった一色の顔が引きつり、若干涙までたたえ出している。これはまずい。大事な彼女を泣かせる虫を八幡許すわけにはいかない。
固まっている一色をこちらに向かせて抱き寄せて、網戸をトンと叩く。わずかな衝撃に驚いた蛾は慌てて飛び去って行った。そんなあっさり逃げるなら最初から網戸にとまらないでいただきたい。
「ほら、一色。もう虫いないぞ」
「ひぅっ、せんぱい……怖かったです……」
少し震えながら一色は俺の胸に顔をうずめる。どうやら本気で虫が苦手らしい。まあ、苦手じゃなくてもあのサイズの虫は怖いわな。一色の頭に軽く手を乗せて最初は優しく、だんだん強く撫でると震えがだんだん収まってきた。
「あんなの追い払うくらいならいくらでもやってやるよ」
耳元で囁くと少しびくっと震えて胸元から見上げてくる。涙で瞳が潤んで超可愛いんですけど。八幡君の理性はオボロボロボロ。
「ほんと……?」
「おう」
「ふふふ、頼りにしてますね、せんぱ~い」
嬉しそうに笑うとまた胸に顔を埋めてぐりぐりと頭をすりつけてくる。この生き物かわいすぎでしょ。やだこの子彼女にしたい。もう彼女だわ。
まあ、こんなことで嬉しそうにしてくれるならやぶさかではないのだけど。
* * *
「ねえ、ゆきのん。今の見た?」
「え、えぇ。正直目をそらしたかったけど」
「小町もばっちり見てしまいました……」
「ヒッキー……なにやったの?」
「あの雑誌風に言うなら“袖クル”をした後“腕グイ”でいろはさんを抱き寄せて、“網トン”をして、“頭トン”からの流れるような“髪クシャ”、最後に“耳つぶ”をやりましたね」
「フルコンボね」
「あれを無意識でやっちゃうんだ……」
「あれが一色さんの言う“あざとい”比企谷君ね……」
「無意識に彼女を悦ばすお兄ちゃん、小町的にポイント超高いです」
「その漢字の使い方は間違っている気がするのだけど」
「いや、ていうか部室でいちゃいちゃしないでほしいんだけど」
「無意識だから仕方ないですね」
「「はぁ……」」
「あいつら何してんだ?」
「さぁ?」
なんか雪ノ下たちが三人して机に突っ伏してぽしょぽしょ話しているのが、ガールズトークは男子には闇が深すぎるので >そっとしておこう。
http://news.livedoor.com/article/detail/10295816/
ついったで流れてきた上の記事読んだら思いついたネタ
私は虫が死ぬほど嫌いなのでこのアンケで出てくる30代女性2名は一生独身でいればいいと思いました(暗黒微笑
お前毎年夏休みに玄関でカブトムシとクワガタ飼われてた虫嫌いの気持ちが分かるか!
肩ズンは最初どういう状況かわからなくて調べたけど、悪くないと思いました(ただしイケメンと美少女に限る
耳つぶとオレぬくが最高にネーミングセンスがなくて大爆笑
オレぬく♂にしか見えなかったのは私だk・・・海老名さん、ちゃんと擬態してて!