「むぅ……」
放課後の生徒会室。今日も今日とて俺は一色の手伝いをしていた。まあ、今日はそんなに仕事が多くなくてすぐ終わったため今はのんびりしているのだが。すぐ終わる仕事ならどうして俺がいるのかと言われれば、理由があるのなら俺と一緒にいたいと思う一色の女心と、一色と一緒にいられるのなら大抵のことは黙認する俺の男心の相互一致のためである。つまりお互い一緒にいたいだけ。まさに相思相愛、自分で言ってて寒気がするけど。
「むむむ……」
備え付けのケトルで沸かしたお湯で入れたお茶をお供に読書をしていた俺なのだが、さっきから唸っている一色が気になったため顔をあげた。
てっきり読書に夢中で全く構わない俺に怒っているのかと思ったが、一色は不機嫌そうな顔で自分の腹部をふにふにしていた。なにそれ俺がやりたい。
「む~、む~……」
「……なあ、一色?」
「む~……ひゃっ!? せ、せんぱい……見てたんですか!?」
いい加減放置しておいたら「む」しか言わない子になりそうだったので声をかけると、非難の目で見られた。いや、同じ部屋であんだけ唸られたら見るでしょ。材木座が来た時の雪ノ下じゃないんだからそんな無視するとか無理無理マジ無理、一色かわいいし。
「まあ、見てたけど……どうしたんだ?」
「いや、その………………最近ちょっとおなか周りが気になってきたというか……」
早口かつ小声でぽしょりと言われたが、対一色モード発動中の俺は完璧に聞き取った。難聴系主人公ではない自分のハイスペックさが憎いぜ。
というか……
「そんなに気にするほどか?」
むしろ俺から言わせればめちゃくちゃ細いんだけど、こないだも細すぎて折れちゃうかもとか思いながら抱きしめたし……とそれは置いておいて。その細さで体型気にするとか世の女性に刺されるぞお前。
「……気にするというか……私雪乃先輩みたいに細くて綺麗じゃないですし、結衣先輩みたいにバインバインじゃないですし……私の体型って普通っていうか……その……」
「あー……」
最近の一色はよく不安になることがある。要は自分より魅力的な女性に俺が取られないか心配なのだ。いや、俺がそんなにモテるわけないんだが、むしろ嫌われているまである。というか、いくら俺が一番親しい女子がその二人だからって比べるのはどうなん? つかバインバインて……。
「別にあいつらと競う必要はないと思うんだが……」
「だってせんぱい、よく結衣先輩のおっぱいとか雪乃先輩の足とか見てますし……」
え、俺そんなに見てる? まままままさかそんなことあるわけないじゃないで……いや、確かに多少目が行ってしまうことがある気がしなくもない……かも……。
「いや、だって視界の端とかでなんか動いたら気になるじゃん」
奉仕部という基本静止した空間で動体という存在は思いの外目を引く。さながらねこじゃらしを振りかざされた猫のように視線が行ってしまうのは仕方ないことではないだろうか。
「つまり、気になるほど魅力的ってことじゃないですか……」
え、そうなるの? もうちょっと恋人を信用してくれてもいいんじゃないかな?
「そもそも恋愛って身体的な特徴を理由にするのはどうかと思うんだが。『あなたの豊満な胸が好きです! 付き合ってください!』とかありえんだろ?」
「……それは、そうですけど……」
「あのな、俺は一色以外に特別な感情持つつもりはないんだから、もうちょっと自信持てよ。むしろ俺の方がどっかの男にお前を取られるんじゃないかって不安なんだから」
「そ、そんなことありえません! 私がせんぱい以外になびくわけないんですから!」
「なら問題ないだろ?」
「え、あ……そう、ですね……」
だんだん声がフェードアウトしていく。うつむいた顔はほんのり赤い。実際俺も物凄い恥ずかしいことを力強く言われたから恥ずかしさで爆発しそうなんだが、今は一色を宥めることが先決なので我慢我慢。帰ったらベッドでもだえそうだけどね。
「ぁ……」
軽く抱き寄せてサラサラの髪を撫でてやると、気持ちよさそうに目を細める。なんか猫みたいなリラックスの仕方だなと思いながら撫でていると、一色はハッっと目を見開いた。
「で、でもでも、やっぱり体型は気になるといいますか、どうせならせんぱいにもっと気にいられた方がいいですし、やっぱりダイエットはします!」
「お、おう、そっか……」
まあ確かに、自分のために努力をしてくれるというのは悪い気はしない。というか素直にうれしい。
「で、具体的にはなにするんだ?」
「んー……お昼を抜くとか?」
「却下」
小町も一度ダイエットすると言って食事を抜こうとしたが、そんなの身体に良い訳がない。テレビ番組のダイエット特集のような九十キロを五十キロに、とかなら多少の食事制限は必要だろうが、一色のような少し痩せたい程度の人間が一食抜くなんて方法を取る必要はないだろう。
「間食を控えて、運動すればいいだろ」
実に健康的なダイエットである。しかし、一色は難色を示す。
「運動って……走るとかですか?」
「まあ、ジョギングやウォーキングは一番無難な有酸素運動だしな」
「私走るの嫌いです~」
「おい動けよ運動部」
「いや、私マネージャーですし」
さっきまで俺のためにもっと魅力的になりたいと言っていた子とは思えないね。どうして女子ってダイエット=食事抜くなのかしら。運動した方が新陳代謝上がってリバウンドも少ないのに。
「それに一人で走るとかなんか嫌じゃないですか~?」
「いやむしろ……はあ……」
いやむしろ、一人でできる運動なんて最高まであるとか言いそうになったけど、言ったら憐みの目で見られそうなので口をつぐむ。要は一人で運動をすることが嫌なのだろう。俺もあんまり動きたくないんだけどなー……。まあ仕方ない。
「じゃあ、俺が一緒に走ってやるから……」
「ほんとですか! ジョギングデートとかちょっと色気はないですけど、たまにはそういうのもありですね! 早速今日やりましょう!」
君さっき走るの嫌いとか言ってませんでした? 切り替え早くないすか? まさか、うまく乗せられてしまったのでは……さすが策士いろはす。
というわけで二人でジョギングをすることになった。
***
今日は一色の方は体育があったので俺の家に荷物を置いて着替える。夏が近づいてきたのか夕方でもそこそこ温かいので二人とも上は半そで、下は短パン一色は半そで体育服)姿になってジョギングを開始した。
開始したのだが……。
「せ、せんぱ……ちょっと、ま、待って……はぅ……」
一色さんや……君体力なさすぎじゃないですかね? まだ走り始めて十分くらいしか経ってないんですけど。
いや、原因は分かりきっているのだ。最初から無理をさせるわけにはいかないので一色のペースに合わせる予定だったのだが、地味に負けず嫌いな一色は俺に余裕を見せられたのが気にいらなかったらしく、無理にペースをあげてしまった。だからと言っても十分は早すぎだと思うのん。
「最初からペース上げるからだ。別に競争しているわけじゃないんだから自分のペースで走ればいいのに」
「なんか、ひ、ひきこもりの、せん、ぱい、に……よゆ……見せられ、ると、ふぁ、悔し、ですね……」
その状態でよくそんな嫌み出たな。まあ、なんだかんだ足は止まらないし、今はペースを安定させようと遅めになっているからこのままのペースならもうちょっと走れそうだろう。
ところでさ。
「ひぅ、はっ、はっ、んぐっ、はふっ、ん……」
なんか、なんというか、漏れ出る声がやけに色っぽく感じるのは俺の心が汚れているせいでしょうか? いや、ジョギングという健全な運動をしているのだからこの少し乱れた呼吸音もとても健全なもののはずだ。決して喘ぎ声に聞こえていろいろ想像したとかそういうことはない。ちょっと顔面が熱い気がしなくもないが、それは走っているせいだ。運動すれば体温上がるもんな、うん!
「はっ、はっ、はんっ、ひふっ、んぁっ……」
わざとやっているのではないかと思うがそれはきっと俺の心のソウルシードに穢れが溜まっているせいだ。QBが悪い。というか、こんな状態でそこまであざとくできるわけがない。
まあ、無理をしない程度の適度な運動でいいのだから、俺の仕事は一色があまり無理をしないように見ておくことだな。
そう思って横を走る一色を確認しようとして……見たことを後悔した。
なんか一色の身体の一部がぽよんぽよん跳ねてるんですが……。
確かに由比ヶ浜と比較してしまうと大人しいサイズだが、実は結構発育してることは知っている。けど、ちょっとその揺れ方は反則じゃないですかね? いや落ちつけ今は健全な運動の時間なんだ不健全な運動のこととか考えてはいけないあれは運動エネルギーと重力の力によって起こる自然現象なのだまったくもって気にするようなものではない。ものではないんだ!
煩悩を振り払うために戸部が皆からパシられる姿を想像していると折り返し地点に予定していた公園が見えてくる。もう一度、今度は揺れる何かを見ないように気をつけながら一色の様子を確認するが、ちょっとこのまま走り続けるのは無理そうだ。
「一色、ちょっと公園で休憩しようぜ」
「はぅっ、はっ、ひくっ……ふぇっ? あ、わかり、ました……」
ふぇってなんだふぇって。
公園に入ると一色はふらふらとベンチに吸い寄せられていく。なんとも情けない姿だが、子供には遅い時間の今はその姿を見る人間も俺しかない。自販機で歩狩を買って一色が吸い寄せられたベンチに向かった。
「ほれ……」
「あ、ありがとうございます~……」
まだ息は上がっているが多少いつもの調子を持ちなおしたようで、コクコクと歩狩に口をつけた。なんかハムスターみたいな飲み方するのな。
「ふぅ~、それにしてもせんぱいって以外に体力あるんですね~」
「いや、運動部に比べれば全然ないけどな。自転車通学じゃなかったら結構体力落ちてたかもしれん。っていうか、お前が体力なさすぎるんだよ」
まああれだよね。マラソン大会とかも男子十キロなのに女子五キロとかだし、そりゃあ運動量も少なくなるよね。めんどくさいから男子も五キロにしてよ。
「じゃあせんぱいの運動にもなって一石二鳥ですね! ウィンウィンってやつですね!」
「意識高い系生徒会長思い出すからやめて! あの会議マジで苦行だったから……」
バレンタインイベントはともかくクリスマスのときは本当にきつかった。あれもう一回やるのと文化祭実行委員を全体の三分の一で運営しろだったら迷わず後者選ぶわ。いや、どっちも絶対やらんけど。
「それに~、せんぱいの方がメリットありましたね~」
「は、なにが?」
「だってせんぱい私の胸とかいやらしい目で見てましたし」
「は!? い、いや、それは……」
「女の子はそういう視線に敏感なんですよ?」
一色がにじり寄ってくる。じんわりとかいた汗が肌を彩り、ふんわりと女の香りが鼻腔をくすぐる。気がつくと目の前に一色の顔があって、そっと唇が触れていた。
「ん……外なのに私を見ていやらしいこと考えちゃったんですか? せんぱいってへ・ん・た・い」
「お、おい……」
「えっちな気分になっちゃったなら、そこのトイレとかでお口でしてあげましょうか?」
艶めかしく唇からちらつかせられる舌はまるで誘うようで、俺は……。
「ママー! 今日のご飯なーにー?」
ふと聞こえてきた子供の声に我に帰る。どうやら近所の家から聞こえてきたらしい。グッジョブ名も顔も知らない坊主、君の助けがなかったら危うく一色を押し倒しているところだった。
「ほら、そろそろいい時間だし帰るぞ」
「は~い。チッ」
え、今舌打ちした? したよね? なにこの子怖い。
行きの教訓を活かして帰りはゆっくりとしたペースで走った。ちなみにその間俺の頭の中ではずっとうろおぼえのお経が流れ続けて俺の煩悩を抑えてくれていた、いや払ってはくれないんですね。
「あ、二人ともおかえりなさーい。お風呂沸いてるから入ってきなよ」
帰りつくと小町がとてとてとやってきた。お風呂の準備をしてくれる心配り、八幡的にポイント高い。いいお嫁さんになるな、嫁に出す気はないけど。
「じゃあ一色、先入ってこいよ」
「え~せんぱいも一緒に入りましょうよ~」
この子何言ってのかしら? そんなことしたら八幡の心臓がメガンテ唱えて棺桶に入っちゃう。
「いいからさっさと入ってきなさい」
「は~い」
一色は制服を持って風呂場に向かった。
「お兄ちゃんさ……」
「ん?」
「妹の前でナチュラルにいちゃつくのやめてくれない?」
「いや、どこがだよ」
むしろ俺が全力で弄られてたと思うんだけど。小町は「ナチュラルにやってるから自覚がないのか」とかよくわからんことを言いながらリビングに戻って行った。最近妹が何を言っているのか(時々)分からない件。
「むぅ~……」
風呂からあがるとソファで一色がまたお腹をふにふにしていた。
「そんなすぐ効果が出るわけないだろ……」
「それは……わかってますけど……」
というか、やっぱりダイエットする必要ないんじゃないのかな? なんで痩せてる人間に限って太ってるって思って、太ってる人間はまだまだ大丈夫とか考えるんだろうね。意識の差かな?
「そんなに気になるのか? どれ……」
「ひゃっ!?」
ふにっと興味本位で一色のお腹を触ってみる。
ふにふに。
ふにふにふにふに。
「ひぁっ、んんっ、はぅっ……」
……ふむ、むしろ程よい肉付きと柔らかさでいつまでも触っていられそうだ。カマクラの肉球に通じるものがある。あいつあんまり触らせてくれないけど。
「やっぱダイエットは必要ないんじゃねえの? 俺これくらいが好きだぞ」
「ふぇ!? そ、そうですか? そ、それなら……ひんっ、ぁぅっ、だ、だからって、あんまり触らないでください……んんっ」
結論を言おう。ダイエットの必要なしということでジョギングは一日でやめることになった。目的がなくなったなら手段もなくなるのは当然だな。だから三日坊主というわけではない! むしろ依頼完遂! いい仕事したなー。
「だから妹の前でいちゃつくのやめてほしいんだけど……」
よし、健全だな!(確信
久々にこのシリーズ書きましたが、妹シリーズの方とごっちゃになってしょっちゅう「お兄ちゃん」とか「いろは」とかのミスタイプしてました
こっちのシリーズは短編集みたいなものなので、ネタが思いついたら好きに書いているんですが、最近は妹シリーズの注力しちゃってるのであまり書く余裕がないんですよね
とくに3p・・・3Pシーン難しい。3人一緒に動かすの難しすぎます
まあ、余裕ができたらこっちは更新していく感じで
ではでは