もはや半分近く自習も同然な授業をやり過ごして、今日も今日とて放課後は部室で過ごす。まあ、今日は勉強じゃなくて読書に興じているんですがね。
先週受けた模試の結果も良好だったし、たまには休息も必要だろう。最近は読書量もめっきり減ってしまって、本棚に読んでいない本が溜まっていたことだしいい機会だ。
「せんぱ~い、子供って何人欲しいですか?」
「「ぶふっ!?」」
そんな放課後ティータイムのまったり結界をぶち破ったのは、俺の隣で同じくまったり読書にふけっていた一色だった。珍しくビッチ系雑誌ではなく、俺の貸したラノベを眺めながら放ったその言葉に、室内の女子は三者三様の反応を示す。
例えば由比ヶ浜は吹き出しながらスマホを取り落してしまい、スマホと一色と俺をわちゃわちゃ見比べている。誰も怒らないんだから、早く床に落ちてしまった憐れなスマホちゃんを救出してあげなさい。
例えば雪ノ下。ちょうど口元に紅茶を運んでいた時に彗星(一六八空)の無差別爆撃を食らってしまい、とてもお嬢様が上げていいものではない声を出しながら噴き出していた。しかし、そこはさすがお嬢様。手早く身辺処理をして、何事もなかったかのようにもう一度紅茶を……あ、思い出したのかまた吹き出した。無限ループって、怖くね?
「ついに……いろはさんをお義姉ちゃんと呼ぶ日が……!」
そして、もう目からビームでも出すのかというくらいキラッキラと瞳を輝かせている愛妹小町。
「お前はしょっちゅう一色のこと、そう呼んでるじゃねえか」
「ハッ、じゃあお義姉ちゃんからお姉ちゃんに!」
「お前は実妹になるのか……」
どんだけ一色のこと好きなんだよ。驚愕を通り越してドン引きするほど、八幡的にポイント低いぞそれ。
「どうなんですか~、せんぱい?」
まあ、こういうときの一色は案外強情で、答えない方が二次災害を招きかねない。ここは普通に答えるが吉だろう。
「子供なぁ。一人……いや、やっぱり二人だな」
「あれ? せんぱいのことだから、娘一人をしっかり溺愛したいとか言い出すと思ったんですけど」
お前、俺のこと理解しすぎではございませんか? 八幡検定免許皆伝一歩手前なの?
最初は確かに、小町と一色のハイブリットな超絶可愛い娘一人いたら、全力で溺愛するよなーなんて考えていたが、途中で考えが変わったのだ。
「まあその考えもあるんだが、一人だと共働きになった時とかに家にひとりぼっちにさせることになっちまうだろ? だから二人の方がいいかなと。少なくとも片方は娘がいいのは確かだけどな」
実際、小さい子供にとって家に一人でいる時間は孤独だし、危険もつきまとう。小学校の頃に小町が寂しさ故に家出をしてしまったこともあるし、二人なら寂しさも感じないだろうと思ったのだ。
「お、お兄ちゃん……!」
「やめろ小町、そんな目で俺を見るな」
八幡検定免許皆伝というか、むしろ八幡検定師範とすら言える小町が瞳を潤ませてくる。さすがこの捻くれ兄貴の妹である小町には、俺が言った内容の由来が正確に把握できたようだ。やだ、妹の理解力高すぎてお兄ちゃん隠し事できそうにない。
「ああ、あのことかぁ」
「小町さんを基準にしているあたりが比企谷君らしいわね」
雪ノ下と由比ヶ浜も去年のマックでの話を思い出したのか納得顔で頷いていて、すごく恥ずかしい。いっそのことあの時みたいに罵ってくれた方がダメージ少ないまである。
「? なんですか~、何の話ですか~? 彼女なのに私だけ仲間外れなんて酷いです! 彼女なのに!」
言わなくても分かるから、彼女って連呼すんな。単純にあの時一色がいなかっただけで、仲間外れにしているつもりは全くないのよ?
「いろはさん、実は小学生の時にですね……」
「いや小町、言うな。妹に昔のこと暴露されるくらいなら自分で話すから!」
ただでさえあざとシスターズを二人にすると俺の個人情報が漏れて大変なのだ。あの話は黒歴史とは言わないが、今となっては恥ずかしい話に変わりはない。人に言われるくらいなら自分で言う方が何倍もマシである。
「じゃあせんぱい、何の話なんですか?」
「あー、えっと……その……」
まあ、恥ずかしいことに変わりはないんだけどな!
「後で、その……二人っきりの時に、な?」
「むぅ、しょうがないですねぇ。じゃあ、今日せんぱいの家に行きますね!」
苦肉の提案は俺の家に行くという形でなんとか了承されたようだ。なんか俺の部屋だと変な期待をしてしまう。ひょっとして、俺の心は汚れてしまっているのだろうか。
「けど、せんぱいって専業主夫になるんじゃないんですか? それなら子供が一人になることはないと思いますけど」
確かに片方の親が主婦もとい主夫として家にいれば、子供が一人で留守番をして寂しい思いをすることもないだろう。
しかし、それは俺が専業主夫をするならの話である。
「お前の方が年下なんだから、専業主夫になったら一年間収入ないだろ」
「それって私が高卒で就職すればいいんですか?」
「なんでそうなるんだよ。俺が働けばいいことだろ」
「「え?」」
え? なんで小町も一色もそんな素頓狂な声出してんの? UMAでも見たの? 確かに学校と家以外で俺は未確認生命体並みの発見難易度だが、れっきとした人間だからね?
「働く……あの、『ギリギリまで親の脛齧って生きていく』ってお母さんの前で公言していたお兄ちゃんが……!」
「職場見学希望調査で希望職業“専業主夫”、希望する職場“自宅”なんて臆面もなく答えたっていうせんぱいが……働く!?」
君たち喧嘩売ってんの? 売ってるよね? 後、なんで去年の春の職場見学のことを一色が知っているんだ。まあ、大方平塚先生がしゃべったんだろうけれど……だから結婚できないんだろうなぁって。基本いい人なのにな、あの人。
「一人だけの収入じゃなんだかんだ余裕ないだろ。それに、お前ばっかり大変な思いしてほしくない……し、その……なんだ、無理して身体壊されたら……嫌、だし……」
なんか、思ったこと言っただけなんだが、これすっごい恥ずかしいこと言ってない? 俺の顔赤くなってないかな? ビッチ先生、顔色変える技術教えてください。あ、公開ディープキスは一色とだけやりたいんでノーサンキューで。
…………。
アホなこと考えて気を紛らわそうとしたら、一色との、その……キスのこと思い出して自爆した。むしろタイプ一致ジュエル大爆発くらいの破壊力ある。もう顔は確実に真っ赤になってるだろってレベルで熱い。
「せんぱい……」
やめろ、そんな生温かい眼差しを俺に向けてくれるな! 小町も「お兄ちゃんも成長したんだね」みたいな顔してんじゃねえぞ! まじでやめろ! その攻撃は俺に効く!
「ゴホン……まあ、どうせ大学には行くわけだし、将来の職種なんて全然決めてないけどな」
ほとんどの生徒が大学進学を目指す総武高校において、就職というものはまだまだ先という認識が強い。俺も漏れなくその一人で、職に関する知識なんてどれもその職業の極々一部で、何も知らないも同然なのだ。
「就職……かぁ」
「そういえば、お前一学期に職場見学あっただろ。どこ行ったんだ?」
ぽしょりと漏れてきた一色の声になんとなく尋ねてみる。俺は去年どこ行ったっけ? ああ、社会の歯車を延々見ていたな。いや、なんか違う。違わない気もするけど、やっぱりなんか違うわ。
俺の質問に一色は頬をポリポリと掻きながら明後日の方を見る。
「お菓子メーカーに行ったんですよ。私お菓子とか好きですし。けど……なんか思ってたのと違うなぁって」
なんとも言えない微妙な瞳の色を見せる彼女。そこには多少なりとも諦めのものが混じっていた。
好きなことだけをやっていける仕事は少ない。販売業だって事務作業をやらなきゃいけないこともあるし、事務メインでも現場に駆りだされることもあるはずだ。教師だって、平塚先生のように現国の授業を教えるだけではなく、生徒指導や行事の担当を任されることもある。
しかし、それがたとえ現実だとしても、好いた女の子にそんなどこか悲しげな表情はあんまりさせたくないものなわけで。
「ふぇ?」
もはやお兄ちゃんスキルと同様にアクティブスキルに昇華されてしまった対一色スキルで一色の頭にポフッと手を乗せる。そのままポンポンと撫でると、気持ちよさそうに目を細めてくる。
「まあ、まだ俺らは高校生だし、時間もある。少しずつ一緒に考えていけばいいだろ」
就職活動を大学三年から始めるにしても、まだ数年のモラトリアムが俺達にはある。ならばゆっくりと、俺達のペースでいろんなものを見て、考えて行けばいい。
「っ……はい! せんぱいとの幸せ家族計画のためにもがんばります!」
……まあ、その笑顔はいいんだけどさ。
「恥ずかしいから、そういうのやめて?」
なんだよ幸せ家族計画って。高校生にして結婚を前提にお付き合いの相手ができている件。そんなぼっちおるわけがないやろ。
いたわ。つうか俺だったわ。やばい、ぼっちの人たちに怒られそう。特に材木座に殴りかかられそう。返り討ちにするけど。
「せんぱいは……私をお嫁さんにもらってくれないんですか?」
「ぐっ。……もらうつもりに、決まってんだろ……」
というか、そのつもりがなかったらさっきみたいなこと言わねえし。
「へへぇ。じゃあ、問題ないですね!」
「お、おお……」
パアと咲くような笑顔を向けられて、それがあまりにも眩しくて、さっきの一色のように空いている手で頬を掻いて目線を泳がせると――
「あれ? もうこんな時間じゃねえか」
ふと、目に入った時計が下校時刻間際を示していた。いつもならもう少し早い時間に雪ノ下が「そろそろ終わりにしましょうか」なんて言いだすはずなのだが……。
「……こいつらどうしたんだ?」
やけに静かだと思ったら、雪ノ下は机に額を擦りつけて沈黙しているし、由比ヶ浜は椅子の背もたれにだらりと身体を預けて遠い目をしている。一体何があったというのだろうか。
「あー、二人は小町がなんとかするから。あっ、小町今日は雪乃さんのとこに泊まろうかな。いろはさんうちに泊まってもいいですよ~」
「ふぇっ!?」
一色の困惑はもっともだ。小町を二人に任せることも、雪ノ下の家にあいつが泊まることも問題はない。しかし、そこから一色が俺の家に泊まるのは大問題だろう。いや、今まで泊まったことがないわけではないんだけれどね?
「あの、せんぱい……」
「ん?」
「だめ……ですか……?」
あ……いや、うん。こういうときだけ上目づかいで下手に来るのはやめていただきたい。
「ぁ……その、だめじゃ、ない……です……」
ほらね。こういうふうに抗えないんですよ。
「それじゃ、小町は雪乃さん達が起きたら帰るから、二人は先に帰りなよー」
「お、おう……気をつけて帰れよ」
「じゃ、じゃあ……またね、小町ちゃん」
小町に別れを告げて奉仕部を出る。靴に履き替えて外に出ると、さすがにこの時間の空気は少々ひんやりとして、ブルリと身体が震えてしまった。
「ほれ」
「は、はい……」
受け取った鞄を自転車のカゴに入れて歩きだすと、一色も隣についてくる。心なしゆっくりな彼女の歩調に合わせて自転車を押す。
「………………」
…………。
なんというか、気まずい。さっきまであんな話をしていたところで二人きりにさせられたせいで、お互い口を開くに開けなかった。なにか言おうと考えを巡らせても、嫁にもらうだの子供が何人だのという記憶が想起されて、顔が熱くなるばかりだ。昼間の暑さの中だったら熱中症になっていたかもしれない。
「…………?」
袖を引かれる感触に首を傾ける。その先には当然一色の顔があるわけで、同じようにいろいろ考えていたであろう彼女の頬はほんのりと色をつけていた。その唇はムニムニとわずかに動くだけでなかなか開かず、瞳にはどこか迷っているような揺れが見えた。
歩みを止めて、改めて一色を見る。さっきの出来事を考えるとやはり顔は熱くなるが、その熱は決して嫌なものではない。そして、同じように赤い頬を見せている彼女もそう思ってくれているという確信があった。
いきなり立ち止まって向き合った俺に一色は驚いたようだが、じっと俺の顔を見つめると、少し恥ずかしそうににひっとはにかんだ。
「せんぱい」
「ん?」
「一緒に、考えていきましょうね! これからのこと!」
「……そうだな」
当然の俺の返答に笑みを深くすると、袖を摘まんでいた指を離して、ひしっと抱きついてきた。女性らしい細さのその腕を感じて、こいつを支えて、一緒に歩んでいきたいという想いが強くなる。
……俺自身も、もっと色々考えて行かないとな。
少しでもこの年下の彼女に見合った存在になれるように、また一歩踏み出そう。そう思うと、少しだけ歩みが軽くなる気がした。
「あ、でも……」
「どうした?」
「家に帰っても、エッチなことすぐにやるのは……だめですからね?」
………………。
……あの。一色さん、一色さんや。
それは、逆説的に期待してもいいってことですかね? すぐじゃなかったらOKってことですかね?
「じゃ、帰りましょっ!」
「お、おう……」
にっこりと微笑んで腕に体重をかけてくる彼女を支えながら、いつまで持つかも分からない理性を必死に総動員させつつ、帰路につくのであった。
将来についておぼろげながら考え始める八色でした。
やっぱり一色かわいい(恍惚
そういえば、最近になって遅ればせながら暗殺教室にハマりました。
いや、アニメも見てたし、単行本もネカフェで読んではいたんですが、それに加えて創作衝動に駆られてしまって一気に17冊購入しました。お財布が寒いです。
渚と茅野が可愛すぎて、寝る前に渚カエSSを漁ったりしています。132話は気がついたら一日一回以上開いてしまう魔性のお話。
八幡と渚カエで兄妹みたいにイチャイチャする話とか面白そうとか想像したりしなかったり。千葉と速水の職人コンビと黙々作業をする八幡とかも似合いそう。
というわけであまり関係ないあとがきですが、今回はこれくらいで。
ではでは。