ポニ子ちゃんに説教された後――結局名前を聞きそびれてしまった――、一色は担任からの車の申し出を丁重にお断りして……俺に送迎を頼んできた。
「……や、なんでだよ」
明らかに車のほうがいいでしょ。逆に俺は自転車ですよ? つまり荷台に自分を乗せろってことですよね? 明らかに車より揺れるから捻挫した足に悪いよ?
とか色々言いたいことはあったのだが。
「だって、どうせならせんぱいと一緒に帰りたいじゃないですか」
なんてあっけらかんと言われてしまえば、何も言い返すことができなくなってしまう。口では「お、おう」とオットセイみたいな声を漏らしながら、脳内の八幡が全力で転がりながら地面を均していた。今ならマッハ二十でグラウンドまっ平らにできそう。うん、できない。
まあ、一色が車を断った時点で俺の選択肢なんてないわけで――
「……ったく。しゃーねーなぁ」
一色を校舎の玄関に待たせて、俺はいそいそと駐輪場に自転車を取りに向かうのであった。
あまり待たせるわけにもいかないと駆け足で向かってまだ結構並んでいる自転車群から自分のものを引っ張り出す。玄関口までの短い区間を乗る気にはなれず、手押しの状態で一色の元へ戻った。
「も~、遅いですよぉ」
「いや、これでも結構早かったよね?」
開口一番がこれ。怪我人じゃなかったら置いて帰っているところですね。嘘です、置いて帰ったりしません。
「冗談ですよ、冗談」
もちろん、冗談だということは言われなくてもわかっているから。
ヘラヘラと笑っていた一色から無言で鞄を受け取って、自分のそれと並べて籠に入れる。まるで元からこの鞄を二つ入れること前提で作られたかのようにすっぽりと収まりのいい様子に、ちょっとだけテンションが上がった。ちょっとだけね。
「ほれ、乗れよ」
「それじゃあ、お邪魔しま~す」
先に自分が跨ってバランスを取ってから促すと、本来人が座る場所ではない金属の荷台に一色が腰を下ろす。付き合い始めてからこれまでも何度か荷台に乗せたことはあったが、いつもは小町のように両足で跨いで座っているのに、今回は両足を揃えて、尻を九十度ずらして座ってきた。俺の肩を借りながらなんとか歩いてきたが、やはり結構痛むみたいだ。
そんなに痛むならやっぱり車にしたほうがとも思ったが、一色は案外強情だからな。そんなことを言ってしまえば無限ループに陥りかねない。ここは素直に乗せていくことにしよう。
「しっかり掴まってろよ。あと、痛かったら言えよ?」
「分かってますよ。せんぱいは心配性ですねぇ」
ケラケラとおかしそうに笑いながら俺の腰にギュッと腕を回した一色に小さくため息をついて、ぐっとペダルに力をこめると、いつもより幾分遅いスピードで俺の愛車は二つの車輪を回しだした。
「大丈夫か?」
「はい! 快適です! ……ちょっとお尻が痛いですけど」
それ、快適とは言わないんじゃないだろうか。いや、この状況の原因である足に負担がかからないならいいけどさ。どうせ荷台に荷物括りつけることなんてないし、今後は荷台用のクッションでもはめておこうかな。そんなことしたら、また小町からいじられることになりそうだが……。
自転車という奴は二輪車という性質上、スピードを抑えたほうがバランスが取りづらい。かと言って今は大きな揺れを抑えるためにスピードを抑える必要があるわけで。普通の下校がなぜかバランス訓練の場になっていた。別にどっかの本業農家のアイドルみたいに、足をつかずに海まで行く企画をしているわけではないんだが。あの企画好きだったんだよなぁ、またやってほしいです。
「……ところで一色さんや」
自転車の速度とバランスを絶妙に調整しながら、後ろにいる怪我人に声をかける。
「なんですか?」
「ちょっとその……くっつきすぎじゃありません?」
背中の事情なので詳しくは見えないが、俺の腰を両腕でがっしりホールドした彼女はその柔らかい頬が背中に密着するくらい擦り寄っているようだ。
「しっかり掴まっとけって言ったのはせんぱいじゃないですか~。それとも……恥ずかしいんですか?」
「……ちげえよ」
ここはまだ学校の近く。下校中の生徒なんかで人通りもそこそこあるし、そんなところを二人乗りで帰っていれば当然好奇の目も向けられる。
ただまあ、恥ずかしいかと聞かれるとこいつといる時間が当たり前になったせいか、さほどそうは思わない。一色にベタベタくっつかれたらさすがに慣れるよね。なんかそのせいで雪ノ下と由比ヶ浜に怒られる頻度も増えたから、いい変化なのかは分からんが。
けれど、たとえ恥ずかしさには慣れたとしても……。
「ぁっ。……せんぱい、心臓すっごいドキドキしてますよ?」
緊張することには変わりはないわけで。
「……うっせ」
腰から左胸に移動した一色の小さな手から心の声を盗み聞きされて、思わずペダルを思いっきり漕いだ。風を切る速度は上がったが、俺の後ろに隠れている彼女にはさして気にならないものだろう。
下校中の生徒が雑談なんぞ交えながら帰る大通りを脇道に逸れて、人通りの少ない住宅街に入った。普段ほとんど利用しない道だが、ちゃんと家に着くことは知っている。俺はどこぞのお嬢様のように方向音痴ではないのだ。
「あ、ちょっと心臓の音、早くなりましたね」
その間も一色の手は俺の左胸に当てられたままで。
心拍が早くなったのは自転車を漕ぐ速度を上げたせいか、それともその真上に誰かさんの手が乗せられているせいか。
いずれにしても、気が気ではない。
「わたし、せんぱいの鼓動って結構好きなんですよね。安心する感じで」
「俺はお前の母親かよ」
新生児が一番落ち着くのは母親の心臓の音だという。胎内にいる間常に聞いていた音だから安心するのだとか。まあ、一色にそんなネタが通じるわけもなく、なんですかそれなんて小さく笑ってくる。背中にかすかに彼女の吐息がしみ込んできて、少しこそばゆい。
「背中に耳を当てるのも好きですけど、こうして手で音を感じるのもいいんですよね。……こんなこともできますし」
「え? ……うぉっ!?」
何を言われたのか理解する前に、左胸に伸びていた一色の右手がもぞりと動いた。もぞ、もぞ、と探りを入れて目当ての場所を見つけると、薬指をその場所、胸の頂に添えてくに、くに、と刺激してきた。
いつも与えられているものに比べればあまりにも淡い刺激。しかし明らかに性を孕んだそれに、思わずペダルを漕ぐ力が弱まってしまう。
「お、おい……くっ」
「せんぱぁい、倒れないように気を付けてくださいね~」
えっ。何その鬼みたいな注文。
自分でバランス崩させるようなことしておきながら……そんなこと言っちゃう?
「お前なぁ……っ、……ぁっ……」
「ごめんなさい。けど、せんぱいに触れてたら我慢できなくて……」
またそうやって俺の反論できなくしてくる。最近のこいつはあざといんじゃなくてずるい。ほんといろはすずるい。っていうか、俺の心臓の音全然安心効果になってないよね? むしろ媚薬めいた変な効果出しちゃってるよね?
怪我人が乗っているため下手に止まるわけにもいかず――止まりそうな原因がその怪我人なんだけど――、必死にバランスを保ちながらペダルを踏みこみ続ける。その間も、一色の薬指は淡い刺激を与えてくる。
薬指だけではない。他の指もゆっくりと指圧のように力を込めてきて、俺の胸部を刺激してきた。
「ふっ……ふっ……くんっ、ぅ……」
「あはっ、せんぱい……やっぱり攻められると、かわいい、ですねぇ……はぅ……」
背中にぴたりとくっついた一色は徐々に“出来上がり”つつあるようで、背中にしみ込んでくる吐息がどんどん熱くなってくる。その熱のスパイスが俺の感度も上げてしまうようで、淡かったはずの快感がだんだんと大きくなってくる。
「せんぱい、いくら人がいないからって、こんな道の真ん中でえっちな声出しちゃうなんて……変態さん、ですね~」
「うぁ……そ、そんな声……出してねえよ……」
漏れそうになる声を抑えるのに必死で、反論もろくにできない。途切れ途切れでも彼女の言葉を否定した俺に、後ろの気配が少し変わった。
付き合い始めて半年以上。さすがに気配だけで分かってきた一色の“攻め”の気配だ。
「へぇ、そんなこと言っちゃうんですねぇ。じゃあ、もっと一杯触ってあげないとですね」
「え、おいっ!?」
未だに腰に巻き付いていた左手もズリズリとゆっくり這い上がってくる。その手が目指す先は空いているもう片方の胸で。
さすがにこれ以上の刺激は、危ないんじゃないだろうか。運転の関係上も、誰かに見られる危険性も。
だから止めようとしたのだが。
「せん、ぱい……、嫌だったり、危なかったりしたら、言ってください……ね?」
「…………っ」
まったくこいつは……。
そんな湿った懇願を聞かされては、止めさせられないじゃないか。
きっと彼女自身、今の高まった感情を抑えきることができないのだ。発散したくて仕方がないのだ。そもそも保健室でスイッチが半分入りかかっていたじゃないか。俺のせいでそうなってしまったのなら、それは嫌なことじゃない。ちょっと危ないくらい、俺がバランスを取っていればどうってことはない。
やがて右胸の頂までたどり着いた一色の手は、反対側とは違って二本の指だけを伸ばしてきて――
「ぁぁっ……!」
キュッとその小さな突起を摘み上げた。ピリッと静電気のような痺れが背筋を伝う。
それは彼女にも伝播してしまったようで。
「せんぱぃっ、かわいいっ! せんぱい! せんぱい!」
「うぐっ……ぁ、はふ……はーっ、はーっ……」
感情の昂った声を抑えるためだろう、背中にその唇を押し付けて、両手で本格的に胸部を刺激してきた。左胸は筋肉の薄い胸板を揉むように指に力を加えながら、唯一乳首に焦点を当てた薬指で掻いてみたり押しつぶしてみたりしてきて、右胸は親指と人差し指で摘まんだり扱くように引っ張ったりしてくる。
「せん、ぱい……っ、好きですよぉ、せんぱい……!」
そして背中からは熱い呼気のおまけ付きでダイレクトに一色の感情が乗った言葉が染み込んでくる。怪我人を運ぶ道中だというのに、官能の霧が抗いがたく俺の思考を曖昧にしてしまっていた。
「せんぱい、興奮……しました?」
「…………」
俺は答えない。そもそも言葉などいらなかった。
これだけのことをされて、興奮しないわけがないのだから。
胸から離れた左手が元の場所に……いや、その先でその手を待ちわびている場所に伸びるのを、止めることはできなかった。
こちらのシリーズではお久しぶりです。最後に更新したのいつだったかなと思ったら、二ヶ月以上前でした。ちょうど暗殺教室クロスを書き始めたあたりですね。
最初は微エロな感じにしようかとも思ったんですが、そもそも最近そういうのを書いていなかったので、エロってなんだっけ? みたいな感じになってたりなってなかったり。
実際問題二人乗りで愛撫とか正気の沙汰じゃないですね! まあ、そういう現実的なところは笑ってごまかして!
そういえば、このシリーズではお知らせしていなかったので。
更新の告知などは基本的にTwitterで行っています。複数作品をかけているので、どの作品を更新したかを確認するのは、たぶんそっちを見たほうが楽かと思いますので、よろしければフォローしてみてください。
@elu_akatsuki
それでは今日はこの辺で。
ではでは。