「っ……!」
股間の膨らみに柔らかな手を這わされ、背筋がゾクリと震えた。当然のことながら、その振動が荷台に乗って背中に頬を密着させている彼女に気づかれないわけがなく、楽しそうな笑みを漏らした一色は中指の腹で山の頂上をくすぐってくる。自転車を漕いでいるはずなのに、スラックスとトランクスの布地がシュルシュルと擦れる音がチェーンの回転する音よりもはっきりと聞こえる気がするのは、俺の気のせいだろうか。
「あんまり刺激しちゃうと……危ないですよね……」
そう配慮するのなら、いっそのこと何もしないでほしい。そう口にすることは俺にはまず無理で、無言のまま小さく頷くことしかできない。密着していてその動きを見ることはできないはずだが、振動で悟ったのかそれとも雰囲気で分かったのか、クスリと笑った彼女は再び中指をテントの輪郭に這わせてくる。
児戯にも等しい、愛撫とすら呼べないその行為は淡い淡い快感を小石が投げ込まれた水面のように身体中に広げていく。
決して悶えるようなものでも、ましてや射精を促されるようなものでもない。局部を触られているという点を除けば泡沫のごとく消えてしまいそうな感覚。
「……っ、く……っ」
けれど、波紋のように全身に広がった快感は決して消えることはなく、泥が水面に沈殿するように溜まっていく。ムズムズとした不快な快感に無意識に身を捩る行為を抑えることができない。
「一色……」
「ん? どうしました?」
「……いや」
焦らすような行為がもどかしい。もっと強い快感を与えてほしい。今にも喉から溢れ出そうになる浅ましい懇願を、すんでのところで堪える。散々肌を重ねていても、本能のままの感情を悟られたくはない。少しでもかっこいいと思われたいと思うのは、たぶん悪いことではないと思う。
「……ふ~ん、そうですか」
「なん……っ!?」
まあ、それが完全に隠しきれている自信はないのだが。
含みのある一色の声に視線を後ろに投げようとして、再び動きだした指の動きにそれを抑えられた。
優しい動き。けれどひたすらもどかしさを溜め込ませてくるそれを無視して、ぐっと唇を噛みしめる。剥がれ落ちそうになる理性を必死に引き留めて、漕ぐことに意識を集中させようと試みる。
「せんぱいの、ズボン越しでも……熱い……」
「……――ッ」
――集中しようとした意識がぶっつりと途切れそうになった。一瞬車体がぐらついて、しがみついてきた一色との密着度が上がる。車体を立て直してからも、上がった密着度は元には戻らない。
「おっとと! 危ない危ない」
「……ったく。変なこと言うんじゃねえよ」
「え~、なんのことですか~?」
こいつ……。
内心で悪態をつきながら再びペダルに力をこめる。やがて見えてきた三叉路を特に何も考えずに、ほぼ無意識のうちに曲がった。
大通りから、より離れるように。
「せんぱい……」
「ん?」
「あの……いいんですか……?」
「は? 何……が……」
より奥まった地区に入ったせいか、本格的に人の気配を感じられない。民家からも、石垣や生垣に目隠しをされた庭からも。当然のように歩いてくる人の姿も見えず、車のエンジン音はやけに遠くに感じた。
この状況で、こんな周囲から隔離された空間に無意識とはいえ入り込むということは……いや、無意識だからこそ、弁明のしようがなかった。
「……勝手にしろ」
「そう、ですか。それじゃあ……勝手に、します……」
震えるような声が聞こえてきたかと思うと、愚息を弄っていた中指がそっと離れた。当然、俺への悪戯が終了したわけではなく、わき腹に触れている腕がかすかに上がってきて……下腹部のあたりからカチャカチャと鈍い金属音が鳴りだす。それが何をしている音なのか、目で見ずとも理解できる。
やがて腰回りが少し開放的になった。視線を下に向けてみると、ベルトのバックルが緩められてズボンの腰部分の留め具が外されている。男としては細めと自負している腰は拘束具――こんな書き方をするとベルトがSMアイテムみたいだ――がなくなった今、拳一つくらいは十分に入りそうな余裕があって……。
つい、一色が何をしようとしているのか想像してしまう。
「ん……せん、ぱい……」
背中に当てられる彼女の吐息はさっきよりも少しだけ荒くなっている。ベルトを緩めるという役目を終えて腹に回された右腕には緊張からか力が籠っていて、事を成そうとしている左腕は理性と欲望がせめぎ合うように前後に小さく行ったり来たりを繰り返している。さすがに公共の場でそういうことをすることに抵抗はあるのだろう。
まあ、元から“出来上がっている”こいつが躊躇いこそすれ、ここでやめるわけもなく。
「――――ッ」
するり、と。
ズボンの中に左手が滑り込んできた。トランクス越しに手のひらの柔らかさが伝わってきて、クッと喉の奥が小さく鳴る。
「固い……。いつもより、熱い……かも……」
一色の言葉は羞恥の炎を燃え上がらせ、耳の中を焼くような錯覚を与えてくる。震えるほど熱いそれは、けれど不思議と心地よくて、呻くようなため息が漏れてしまった。
「ふふ……お外でそんな声漏らしちゃうなんて、せんぱいってやっぱり変態さんですねぇ」
「その声出させてる張本人が、言うセリフじゃねえ……だろ――っ」
奥歯を半ば噛み締めながら吐き出した憎まれ口は布地を亀頭に押し付けられて遮られてしまう。
ぐりぐり、ぐりぐりと肉竿の先端だけを手のひらの窪みに押し込み、不恰好な円を描いて前後左右に揺さぶる。先端だけでなく、揺さぶられることで根元にもじわじわと快感が溜まっていく。
一色に快感を与えられる行為はいつだって気持ちいい。怖くなってしまうほど、気持ちいいというシンプルな感情に脳内が埋め尽くされてしまう。
けれど、今のこれは――
「くぅ――っ、っ……。……ッ」
この快感は確かに快感には違いないんだろうけれども、亀頭とそれに付随してかすかに圧迫される根元は、気持ちよさよりももどかしさの方が大きく感じてしまうものだ。付き合い始めて底なしになっていく性欲の前にこの程度の刺激は苦痛すら感じそうな弱々しさで、重い泥のように不快な快感が下腹部にどんどん沈み込み、溜まっていく。
「どうしたんで~すか~? そんなに苦しそうな声出して~」
……ほんとこいつは。
しかも、それをこいつはわざとやっているのだ。サディスティックに揺れる声色は常ならばイラッとして両頬をつまんだりして黙らせるところなのだが――そのちょっとブサイク顔もかわいい――、今は背筋をゾクゾクと痺れさせてくる。顔が密着している背中から侵入してきたそれは脊髄神経を駆け上り、脳髄がトロトロと溶かされてしまうのだ。
どうやら、俺も相当“出来上がって”いるらしい。
「ふー……ふーっ……」
浅い息を何度も漏らす。いつのまにか片方の足は地面についていて、スケボーのようにゆっくりと蹴り進めることしかできなくなっていた。
射精は一切促されていない。快感よりもどこまで行ってももどかしさが先行してくる。
けれど、いやだからこそ。
「せんぱい……腰、ビクビクって動いてますよ?」
性欲だけが際限なく膨れ上がる。思考がガリガリと削られていき、その空いた空間を埋め尽くすようにもっと気持ちよくなりたい、もっと一色の柔らかな手を感じたいという浅ましく淡い欲望が雁首をもたげるのだ。
公共の道中で彼女に生殖器を触られている。人に見られるかもしれないという緊張感すら性欲に変わっていくのが自分でも理解できた。相変わらず手のひらの窪みで尿道口をふさぎながら指の腹でカリの出っ張りを弾かれるたびに、肉欲が身体の外に飛び出してしまいそうになる。今すぐ後ろに乗せている彼女をめちゃくちゃにしてしまいたい衝動に駆られてしまう。
いや、落ち着け比企谷八幡。ここが道端ってことはこの際気にしないとして――いや、気にしなくちゃいけないんだけど。気にしないと人として終わってるんだけど――、そもそも一色は足を怪我しているのだ。自分の性欲発散のためにこいつに無理をさせるわけには……いやそもそもこんな状況になっているのは一色が俺を弄ってきたからで、いやいやいやいや……。
頭の中で答えの出ない自問自答を繰り返していると――
「……?」
亀頭を包み込んでいた一色の左手がスルッと竿の方まで降りてきた。
「一色……? ――ッ!?」
何をしようとしているのか聞く前に、喉の奥からカフッと情けない音が溢れだしてしまった。一色がいきなりトランクスごと肉棒を握りしめてきたのだ。
――グジュッ、ズチュッ、グズズルッ、ズズッ……!
「ぅあ……ぐ……っ、い、しき――ぃ……っ!」
握りしめられた剛直を一切の加減なく擦りあげられ、喉の奥が意思に反して激しく震える。根元まで手のひらの筒が下るたびに下着の布地が痛いほど亀頭を押し潰してきた。
普段なら痛みに耐えかねて「やめてくれ」と制するところ。
けれど、ふらつきそうなほど焦らされた今はその圧迫感すら気持ちよくて――
「ぁ……ぁあ、ふーっ、ふーっ……く――っ」
身を任せてしまう。やっと与えられた明確な快感に身体中の快楽神経が歓喜に震え、さっきまでTPOだの一色の怪我だのを考えていた脳みそは一気に気持ちいいという信号に塗りつぶされてしまった。
気が付けばかろうじて車体を押していた足は完全に止まり、上体をハンドルにもたれかけさせている。肩から抜ける荒い呼吸は焼けるような熱さで、目の焦点すら曖昧だ。
道の真ん中、いつ誰に見られるかも分からない状況。
けれど、そんなことはもうどうでもよかった。いいように弄ばれて情けないとか社会的に死にかねないとか、そんなことよりもなによりも――ただただ射精がしたい。欲望を吐き出したくて仕方がない。わずかばかりに残った理性は、むしろ性欲のスパイスですらあった。
一度負けてしまった理性はあっという間に本能に従順してしまうわけで。
「も……ぅ、出……ッ」
陰嚢に溜まった精が迫り上がってくる予兆。苦しいような切ないような気持ちいいような、様々な感覚がないまぜになった欲望の塊を止める気はすでにない。ただただなすがままに下半身を快感に震わせる。
そして、いよいよ本能の証を吐き出すぞと一層腰が大きく跳ねて――
「ぇ…………?」
思わずなんとも中途半端な声が喉奥から漏れ出した。あれだけ激しく肉棒を責め立てていた手がピタッとその動きを止めて、あまつさえズボンの外へ離れていったのだ。
なに、いろはす? ここまでやって焦らしプレイですか? 相変わらずいい度胸してるなお前。襲うぞ? いや、さすがにそこまで鬼畜なことはしないけど。
とりあえず抗議の一つでも入れてやろうと――もう一度言っておくが、決して襲う予備動作ではない――後ろに首を向けて、……思わず息を飲んだ。
「ぁの……その……せん、ぱぃ……」
俺の背中に身体を預けてこちらを見上げてくる一色の頬は熱でもあるのかというくらい赤く上気していて、唇からは浅く不規則な呼吸が漏れている。少し余裕が出てきて腰に巻きついている右腕に意識を向けると、何かを耐えるように何度もぐっ、ぐっと抱きしめてきていた。
「どう、した……?」
毒気を抜かれて詰まりながらも問いかける。さっきまでよだれが溢れ出そうなほど濡れていた喉は、一気に干上がってしまったのかと思うほどカラカラで、その問いかけが一色に聞こえたかも分からない。
けれど、聞こえたかどうかはこの際どうでもよくて――
「あ、の……そこに、公園が……あるん、で……。だから……だから……っ」
太腿をもどかしげにすり合わせる彼女を見てしまえば、そんなことは非常に些末な問題で。
「……足、痛くなったらちゃんと言えよ」
ズボンを半開きにして上体をハンドルに預けたまま、目の前の公園に向けて自転車を押し始めるのだった。
***
「……ったく」
「いたっ!」
その後、まあ色々あってお互い冷静さを取り戻した後。――とりあえず一色の頭を小突いた。まあ、そこまで強くはやってませんよ。SEにしたらポコッって感じだから。
「ちゃんと言えって言っただろうが」
ベンチに座らせた一色の足首をさする。一応注意はしていたが、そもそもそんな余裕があるなら理性総動員させて何事もなくこいつを家まで送っていたわけで。だいたい俺のせいだなこれ。
「だって……せんぱいの、気持ちよかった……から……」
その上、こんなかわいいことを言われてしまえば、それ以上何も言えなくなってしまうのは仕方がないわけで――
「……さっさと帰るぞ。ちゃんと冷やさねえとだろうし」
小さく息をついて、自転車を取りに行くことにした。
まあ、本人が嬉しそうだからいいか。
「あ、せんぱい」
「ん?」
「その……家はお母さんがいるので、えっちなことは……その……」
「…………」
「あいたあっ!?」
次は少し強めに小突いた俺は、決して悪くないと思う。
お久しぶりです。夏コミやらなんやらやってたら投稿できていませんでした。
今回は前回の続きなお話。もうちょっとエロい感じにしようかとも思ったのですが、普通に考えてこれ以上激しく責めたら八幡が曲芸師でもない限り自転車が倒れるので控えめエロで。
ということで、夏コミお疲れ様でした。私が参加している合同サークル【やせん】は俺ガイルのSS合同誌を出していました。
私自身イベント参加が四年ぶりでしたし、初めての小説同人誌配布ということで手に取ってもらえるか不安だったんですが、サークルメンバーの予想をはるかに上回る速度で自作の本たちが旅立って行き感動モノでした。やっぱ即売会っていいよね!
というわけで、委託だったり再販だったりの準備でなかなか書けていませんでしたが、また細々と再開しようと思います。
それでは今日はこの辺で。
ではでは。