【GODEATER】 龍治 -A Ghost of Hero- 作:あとろふ
龍治さんは族の人間らしくない優しい人でしたが、仲間たちはその限りじゃありません、僕と親父が招かれたテーブルを囲うように、仲間たちが睨みを効かせていました。
「親子の会話に水をさすつもりかい」 と親父が言うと、龍治さんは仲間を散らせようとしながら
「じゃあ邪魔者は消えるとしますかね」 と言いました。僕はとっさに
「・・・居てください」 と言った。
どうしても、親父と二人になりたくなかった。せめて龍治さんが居てくれないと、まだ決意が曖昧で、気を許した瞬間に言いくるめられて連れ戻されそうな、そんな気がしたんです。
「居ろって、俺にか?お前の家出の尻拭いしろって訳か。」
優しさに甘えている僕に対して辛辣な言葉でした。僕は言い返せなかった。
「・・・一つ貸し、だな。 そういう訳だ親父さん、俺達は居させてもらうぜ」
それでも、そんな甘えを見捨てないのがあの人の優しさでした。それに頼ってしまっている自分に、少し情けなさを感じるくらいに。
親父は不満そうにしながらも、単刀直入に本題に入りました。
「成績の事で叱ったのは悪かった、だが家に帰らず学校にも行かずにこんな奴らと時間を潰してていいのか?」
喧嘩を買うことに関してはその手のプロ、ちょっとした言葉遣いの棘でーーー
「テメェこんな奴ってどういう意味だよ!」
すぐに喧嘩腰の仲間たちが突っかかってきます。親父が『こんな奴ら』と言いたくなる気持ちも同感できます。
「何だ貴様、そのままの意味だ、部外者は黙っていろ」
親父も棘のある対応でした。親父は親父で、多分、中、上流階級の尊厳があったのでしょう。こんな奴らに息子を穢されてはたまらない、といったような。
「そうだテツ、黙ってろ」
荒くれ者で喧嘩っ早いここの人たちが統率を取れているのは、まさにそう口にした龍治さんあっての事だったんだと思います。
「けどコイツ龍治さんの事を…」
「俺がいいって言ってるんだ。黙ってろ。」
その統率は、ひとえにこの男、龍治さんの並外れた器量への畏敬の念だけで成り立っていた。
親父はごもった溜息を漏らしながら、立ち上がろうと乗り出した身を戻しました。
「・・・先生には体調不良って言ってある、十分気分転換出来ただろ、さぁ帰ろう」
ついに聞きたくなかった、待ち構えていた、その言葉を聞いてしまった。僕はここ一番、と心のなかで深呼吸をしてーーー
「帰らないよ」
言いました。僕の初めての反抗です。
「何?」
「帰らない、母さんにもそう伝えといてください、僕はここで暮らします」
ーーーもう怖くなかった、喉元を過ぎてしまえば。ボトルネックに詰まった栓が内圧で押し出されたように。中身がどくどくと流れ出る。
「何故だ洲、お前はよく出来た子だ、今のままでいれば絶対に幸せになれるのに」
「だったらなんで僕は今こんなに辛いんですか」
ーーー流れ出たそれは、積年募り続けた不満だった。
「もう少しの辛抱だろう、ここまでやって来たのに水の泡にしてしまうのはもったいないじゃないか、考え直せ洲。お父さんの言うとおりにしていれば幸せになれるんだ。ーーーお父さんだけじゃない、先生たちが必要な事は全部教えてくれるんだからーーー」
ーーー次に口を開いていたら、僕はきっと正気を失い感情のままに喚き散らしていたことでしょう。
「ハッ、その割に乾杯の作法も知らなかったようだけどな」
あと一寸で爆発する、その機敏を感じ取ったのか、黙って聴いていた龍治さんが口を開きました。
「酒を飲ませたのか?洲はまだまだ子供なんだぞ!?」
親父は僕の顔を覗き込むのを止め、龍治さんの方を見た。抑圧され続け、まさに爆発しようとしていた僕の意識も、それに伴ってすこし緩みました。
激しい怒りの籠もった目で睨まれても、龍治さんはへらっと笑っていた。
「ソイツは悪かった、俺にはつい最近オトナの仲間入りをした奴のように見えたもんでなぁ? だってよ洲、お前さんはまだまだガキだそうだ」
「そうだ、まだ18じゃないか」
束の間冷静になったおかげで、僕の気持ちが爆発する兆しはもう無かった。代わりに残ったのは、強烈ながらも落ち着いた、親父への強い反抗心と嫌悪感。
「いつまで僕を子供のままにするつもりですか」
「お前はまだ子供なんだ、お父さんの言うとおりにしていれば、いい大学に行けるし成功できるんだ、な?コイツはお前を甘やかして取り込もうとしてるだけだ、お前の幸せなんて考えちゃいないぞ」
嫌悪感を抱いた相手に龍治さんの事を蔑まれて黙っている、そんな従順で非力な僕はもう其処には居なかった。
「あなたの物差しで測らないで下さい、龍治さんはそんな器の小さい人間じゃない。」
予想すらしていなかった僕の反抗に、親父は飼い犬に手を噛まれたような、もしくは縞馬に襲われた獅子のような、そんな反応を見せた。
「何故だ洲、今まで嫌と言ったことは無かったのに。どうしてしまったんだ?」
「だから言ったじゃねえか。 ーーーガキじゃなくなったから、じゃねぇのか?って」
直前の言葉、『洲はまだまだ子供だ』そう言った親父に対して龍治さんがもう一度その是非を問い糾すように言いました。
「貴様、まだ口を挟むつもりか」
からかうような口調に、親父は立腹した。すると、龍治さんはへらっと笑った顔を正し、急に真剣な顔つきになりました。
「悪いが居てくれっつったのは洲だ。んな事よりアンタ、洲の何を見てきた?」
僕の何を・・・? そんな問が龍治さんの口から出るとは思っていなかった。
「何って、全てだ。俺は洲が産まれてからずっと洲だけを見てやってきた。」
「だったら何で洲がガッコーでダチの一人も作れずに、毎日周りの目に苦しんでる事に気付いてやれなかったんだ?」
僕はドキっとした。何故龍治さんがそれを知っているのか、僕に心当たりはなかった。
「なんでそれを…」 と、おもわず間抜け顔を向けました。
「あぁ……覚えてねぇんだな…」
そう言って龍治さんは少し笑いながら俯いた。何のことだ。
目をそらされた親父は、再び僕の方を見て
「そうなのか?洲」
と問い糾します。それは従順だった僕が、僕を完璧の存在にしようとする家族を落胆させまいとひた隠しにしてきた、僕の汚点でした。僕は何も答えることが出来なかった。
見兼ねた龍治さんが、代わりに口を開きました。
「アンタがそう言うのと同じように、洲はアンタのいう事だけに従って生きてきた。勉強だけに打込んで、アンタがくだらないと言った遊び事には一切触れずに生きてきた、その結果がこの有様じゃないのか?18にもなって乾杯のやり方も知らねぇ、女の抱き方は勿論のこと、触れた事すらねぇと来たもんだ」
それはまるで、僕自身の言葉であるかのように、僕の心の中に忠実で、正確だった。すこし腹が立っていたような声も。
「黙れ、社会からあぶれた貴様に何が分かる!」
そんな声に触発されて、親父も喧嘩を買うように怒鳴り声を上げて強く机を叩き席を立った。
「だったら押し付けるだけのアンタには分かんのか?そこに座ってる息子の事はよ。そこの路地で土砂降りん中へばってた時の顔でも見せてやりゃ少しは分かったか!?」
それは、僕をここまで追い込んだ親父を強く非難した怒号だった。
「……ッ!」
「悪い、言い過ぎたな。すまなかった。 アンタに恨みは無いんだ。やっぱり俺は席を外させてもらうぜ。また邪魔しちまいそうだ。」
すぐに冷静さを取り戻した龍治さんはそういって、親父に少し頭を下げてから仲間を引き連れながら申し訳無さそうに去っていった。
「あっ…龍治さん…」
二度呼び留める事は叶わなかった。何より、あの龍治さんがすこし取り乱したように見えたから。
まるで大波のような沈黙が押し寄せて、僕と親父を飲み込んだ。親父は悲しそうな顔をしていました。
「……よっぽどあの男が気に入ったんだな。…そう言えばお前から友達や先輩の話を聞いた事は無かったか…。これじゃ父親失格、だな。……さて、そろそろ…」
親父は椅子の背にかけていたジャケットを羽織り直し、襟元を整えた。
「帰りませんよ」
僕はそれでも、不貞腐れたように、傷心の親父に追い打ちをするように反抗してみせます。
「ははっ、分かってるさ。」
「えっ」
『分かってる』、その言葉の意味をすぐに理解することが出来なかった。
「あの男は大した人だ。たった1日でお前の事を父さんよりも…。ここに入り浸るのも、お前には必要な勉強だろう。だが、あの人に言われても犯罪だけはするんじゃないぞ。それと、学校には休学届けを出しておく。気が済んだら帰ってきなさい。返事は。」
さっきの不貞腐れた返事が、急に恥ずかしくなった。
「…ごめんなさい、父さん」
「返事はそうじゃないだろ。まぁいいさ、龍治さんってったか?あの人によろしくな。」
「…はい」
親父は龍治さんに挨拶をした後、本当に、一人で帰って行きました。入り口まで親父について行ったのですが、そこで僕の顔を見ずに「ここでいい。」と言ったので、僕はそこで親父を見送ることにしました。
外は夕日に染まっていました。夕日を背にした親父の背中は、それまでより小さく見えた。
背中を見送っていると、龍治さんが隣にきて壁に凭れ掛かりました。
「・・・こいしょっと。 ーーー良かったのか?帰らなくて。」
「帰りたくなったら帰りますよ。それまで居させてください」
人混みに消える背中を眺めながら言いました。僕の中できっと何かが吹っ切れたんでしょう。自分でも驚くほど、澄み渡った気分で。
「ハッハッハ、そりゃまた都合のいいこったな。ーーーまぁいいけどよ。ここに集まってる人間は皆そういってここに居るんだからな。」
「そうなんですか?」
親父の背中が見えなくなり、僕は龍治さんの方を見ました。夕日の方をずっと見ていたせいで、光に目がなれてしまって龍治さんの顔はよく見えません。
「脅しで仲間やらせてるとでも思ってたか?ここの奴はみんな、去りたくなったら去るっつってずっと居座ってる奴らだ。なぁにが面白いかも分かんねぇのに、連夜バイク乗り回して、んでここで酒呑んで。ーーーそういう緩い雰囲気が好きなんだけどな。俺はよ。」
「・・・素敵ですね。ここも、貴方も。」
龍治さんの顔は見えないまま、僕は再び親父の帰っていった方に目を向けました。
「そう思うなら、アンタもココがお似合いなのかもな。……っしゃあ、よーしお前らァ!今日の"流し"終わったらコイツの歓迎会だ!俺らの新しいダチだぜ!」
そういって、龍治さんは仲間を集め始めました。地下の酒場からゾロゾロと、嬉しそうな楽しそうな顔をした人たちが出てきた・・・・皆、僕を見ていた。陽になれた目には分からなかったけど、みんな楽しそうに僕を見ていることが、不思議と感じ取れた。
「まさかホントに家出少年だったとはな!疑って悪かった、よろしく頼むぜ洲!」
「免許も持ってないのにここに入るって貴方面白いわね!気に入ったよ!」
「俺にもついに後輩ができる日が来たってカンジかー!?マジ厳しくしごいてくからヨロシクゥ!」
目が慣れた頃には、すぐそこ、目と鼻の先にたくさんの笑顔があった。僕に話しかける笑顔だった。そんな声が、僕にはとても新鮮で嬉しく感じました。