【GODEATER】 龍治 -A Ghost of Hero- 作:あとろふ
「家族殺しの女には妻殺しの上官が似合っているさ」
陰口はわざと聞こえるように囁かれたのでしょう。龍治さんがサカキさんの研究室へと向かったのを見計らって。悪意があったのには違いは無いにしても、その悪意に少なくとも「龍治さんの嘘を永音に悟らせてやろう」という動機は無かったはずです。
横目に見た永音さんの硬直しきった表情ーーー鳩尾に釘を打ち込まれた瞬間のような表情は、僕の背から、肩へ、首へうなじへと、手の平ほどの大きさの蜘蛛を這わせた様な感覚を覚えさせた。陰を這う蜘蛛はついには僕の眼前へと這い昇り、光も覚えず、声も出なくなる。
音と時間を失ったアナグラのエントランス、真白の僕の世界に、彼女の足音が一歩、二歩、響いた、それはへらのような物で机を力いっぱい叩いた音のようにも感じ取れた。
再び時間の流れへと潜ってみると、永音さんがその若い男の胸ぐらを掴み上げているのが目に映りました。その顔には少しずつ、怒りの色が浮き出始めていた。
「それ、どういうこと?」
ーーー彼女のそんな声は聞いたことがなかった。低く震え、少し枯れたような声だった。男は完全に威圧されたように、両の手を耳の横で握ったり開いたりしながら
「そ、そんなに怒るなよ、悪かったって!家族殺しは言い過ぎたよ、謝るから!」
と慌てた声で発言を取り消しました。
「そうじゃない・・・」
永音さんの声は未だ低く枯れていた。
「じ、じゃあなんだよ、お、お俺に何しようってんだよッ」
永音さんは答えず、魔物か何かのような鈍くも鋭い目つきで男を睨みつけていた。
「な・・・ッ、糞が!何なんだよお前ッ・・・」
そう言って男は永音さんの手を掴んで振り解こうとするも、軽々と左右に揺すられてそれは敵わなかった。
「妻殺しって・・・どういうことって聞いてんの」
獣が捕えた獲物が暴れるのを押さえつけるのを彷彿とさせた後、手の甲で男を突き放しながら永音さんはそう問うた。勢いで尻餅をつかされた男は狼狽した様子だった。
「妻ーーーお前し、知らなかったのかよ、知らずに青龍にーーー」
「答えて!!」
彼女が足で強く床を叩く。
「ひッ!・・・分かった、分かったよ!お前の上官はなーーー」
龍治さんの嘘が彼女に知られてしまう、こんな形で知られてしまうのは防がなければーーー
でも、動けなかった。僕の足を掴んでそこに縫い付けたのは、捨てきれなかった卑劣で不純な期待だったーーー僕はこの罪を完遂させてしまった。
「お前の上官はな、昔、任務中に行方不明になっていた部隊に遭遇してな、そいつらを皆殺しにしたって言うんだよ。その部隊にゃ野郎の妻も居たって話だ、そんでその刑罰で島流しに遭って青龍が出来たってーーーお前そんなことも知らずに青龍に入ったってのかよ!?」
それはヨハネス前支部長の都合のいいように篩にかけられた事実だった。前支部長が秘密裏に動かしていたアーク計画の事も、姐さん達がアラガミ化していた事も、最初から仕向けられていた悲劇だという事も。勘定には入れられていなかった。男が龍治さんが見えなくなるまでそれを口にしなかった理由だった。
「どうせ、おんなじ人殺しだって理由で随分と可愛がられてんだろ、そんな奴らが今更アナグラに戻ってこようなんて虫が良すぎるんだよ!!とっとと尻尾巻いて豚箱に帰りやがれってんだ!!」
そう悪態をついて男は逃げ出した。その後も周りの冷ややかな目は男を同情し擁護するように永音さんに向けられたままでしたが、永音さんはもう周りの目も男のことも視界の端にも見ては居なかった。数刻前男が尻餅をついていた床から少しとして視線を動かさない。
それをただ見つめていただけの僕は、どんなに歪んだ顔をしていたのでしょう。どんなに醜く穢れた姿だったのでしょう。罪悪感と、決して認めたくない達成感のようなものーーー永音さんと目が合った。
その目は、僕の醜い姿に憤慨し、僕をひどく侮蔑していたように感じられました。