【GODEATER】 龍治 -A Ghost of Hero- 作:あとろふ
永音さんは心中するつもりだ。
ーーー龍治さんとの通信が途絶え、絶念に胸間を塞がれてから久遠にも感じられる時間が過ぎた。息抜きと外の映像を眺めても、どこも彼処も黒雨に飛沫かれて煙霧に巻かれているのみで惧れは募るばかりーーー二人の安否はどうなっているのか、兄貴が到着するまでの十分程度に何が予想されるか、永音さんの思惑は予測できなかったのか。転回する思索の瀑布に呑み込まれ、己が身体が既に骸と化しているのではないかという錯覚に見舞われる。
僕へ再び呼吸を許したのは、言葉少なな正虎さんからの入電だった。兄貴の沈んだ声は猛雨が地を叩く音に掠れて、聞き取るのが精一杯でした。
「こちら正虎、作戦エリアのアラガミとの交戦は完了した。支援を要請されていた負傷者だが・・・、龍治と・・・女ーーー?多分、女だ、どちらも生きてはいるようだが、外傷が酷く一刻を争う状況だ、治療の用意をしておいてくれ。傷の具合は搬送中に伝える・・・。」
そう言って通信は途絶えた。二人の生存が確認できた事にひとまずは安心して、医療班に治療の準備と集中治療室2つの手配を要請しました。ーーーしかし続く正虎さんからの通信に、片時の安心にやっと撫で下ろされた僕の胸には再び鋭利な刃の切っ先を突立てられたような寒気が張り付いた。
「あー、あーー。聞こえるか、洲。ちょっとこりゃマズいかも知れねえぞ!!」
ヘリのプロペラ音に喧嘩する大声には朗然と焦燥の色が顕れていた。龍治さんの容体が急変したのかもしれない、と僕は思わず龍治さんの安否を質した。
「正虎さんですか、龍治さんは大丈夫なんですか!?」
「龍治・・・いや龍治もマズいことにゃ変わらないんだがな、もう片方の姉ちゃん、こいつが駄目だ!身体のあちこちが焼け爛れてやがる!それと右肩あたりに暴走した捕喰形態の神機の肉がへばりついてる上に侵喰もかなり進んでいるっぽい、俺が到着してからは目立った進行こそ無いが、首元あたりまで真っ黒だ! それとなーーー」
息つく暇もなく吼えた言葉が一瞬戸惑いを見せた。
「まだ・・・まだ永音さんの身体に何かあるんですか!?」
僕は無線という事を忘れて管制台に身を乗り出した。
「エイネっていうのか。このエイネって姉ちゃん、コイツのその右腕が龍治の腹にぶっ刺さってる。そんで肩に引っ付いてんのはこりゃ龍治の神機だ。龍治にそれ以外の目立った外傷は無ぇみたいだが。」
永音さんの右腕が龍治さんの腹部に・・・?
「どういうことですか・・・!?」
無理なオラクル消費による大規模な火傷、偏食因子アンプルを他人の神機に使用したことによって噛み付かれた右腕、ここまでは予測が立っていた・・・でも、龍治さんの腹部に永音さんの腕が刺さっている原因は一切想像できなかった。
「さぁな。さっぱりだ。この大雨の中で火傷と言い、龍治の神機が絡みついた右腕と言い、それが龍治の腹に刺さってる事と言い、全くおふざけが過ぎた状況だ。引き抜こうにも、龍治がガッチリ握っててまるで動きやしねえ。とにかく、到着までもう数分だ!火傷、侵喰、咬傷、刺傷の治療の準備を整えててくれ!」
「了解です。正虎さん。」
正虎さんの言うとおり、とにかく治療の用意をさせなければ。僕は術式の準備に取り掛かった医療班に再び無線を繋げました。
「医療班、医療班、こちら管制室です。龍治、永音両名の容体が分かりました。永音さんは全身の強い火傷と龍治さんの神機による侵喰、それと捕喰形態の龍治さんの神機に捕喰されかけているようです。龍治さんの外傷は腹部に永音さんの侵喰された右腕による刺傷のみ。治療の準備をーーー?」
永音さんの右腕による刺傷? ーーーいや、それはおかしい。龍治さんが負傷したのは、永音さんの到着より前のはず・・・でも龍治さんには他に外傷がない・・・。
「どうかしましたか?」
となれば、元々あった刺傷に永音さんが右腕を刺した?そして龍治さんの抵抗を受けて、捕喰形態の神機が肩にーーー
それも違う、龍治さんは偏食因子アンプルを携行していない、それは神機が暴走している事に矛盾するし、永音さんの右腕の内部からの侵喰も説明できない・・・。
「聞こえますか!? 繰り返しますが、火傷、侵喰、咬傷の治療の準備と刺傷の治療の準備でいいんですね!?」
どういう事だ・・・?となれば、永音さんが龍治さんの神機を持ってそれに偏食因子アンプルを使用した後に、永音さんの右腕が龍治さんの刺傷に刺さったことになる・・・。なぜそんな事を?
「チッ・・・駄目か、おい!!さっき言った内容で準備を整えててくれ! ・・・どうしたんですか!?」
正虎さんが右腕を引き抜こうとすると龍治さんの抵抗に遭った・・・ということはーーー。
「ーーー二人の治療室を同室にしてください」
龍治さんは永音さんの右腕を自分の意志で腹部に突き刺した・・・。つまり、治療する前にそれを引き抜いてしまうと、恐らくどちらかの命が危険に晒されるという事。
「同室・・・はぁッ!?」
「出来るだけ、永音さんの右腕が刺さったままの状態を維持して治療して下さい!」
「腕が腹に刺さったまま!?どうしてそんな治療を!?」
医療班長の大声に呼ばれたように、無線の奥からは「なんでだ?早く抜かないと危険だろう?」「ただの腕じゃないんだぞ、侵喰されてるんだ、危険過ぎる!」とざわめく声が聞こえた。
確かにそうだ、永音さんの右腕は侵喰されている、早く引き抜かないと龍治さんの身体も神機に侵喰されるーーー
神機に侵喰される・・・? 偏食因子があるかぎり龍治さんは侵喰されないはず・・・。
「そうか!!」
刹那、全てを理解しました。その瞬間に思考が冴え渡るのを感じた。
「そうか、って、何がですか!?なぜ右腕が刺さったまま治療をするんですか!!」
「永音さんの火傷は彼女の適合率から鑑みて、無理な動きに起因する過剰なオラクルの流動によった筋繊維の発熱が原因、体幹部には及んでいない筈。暴走して右肩に噛み付いた神機については、これは龍治さんの神機によるものなので、暴走状態が解除されれば龍治さんの操作によって引き剥がせる。どちらも緊急度は比較的低いはずです。 一方で腕部の侵喰の進行度合いですが、先ほど”首元まで進んでいる”と報告がありました、これはかなり危険な状況と思われます。」
「だったら余計! 余計いち早く引っこ抜いちまった方がいいんじゃねえのかよ!?」
「いいえ。龍治さんは恐らくーーー自分の判断で、永音さんの右腕を自分の腹部に刺したのでしょう。」
「自分で!?ーーーどういう事だ・・・?」
つまりは、こういうことです。
「永音さんの右腕の侵喰は龍治さんの神機によるものです。神機使いは全員、神機による侵喰を防ぐ偏食因子を腕輪を介して血液中に点滴されています。龍治さんは恐らく、自分の神機によって侵喰されている永音さんの右腕が重い火傷を負っているのを確認した。自分の刺傷に永音さんの右腕を突き刺すことで、露出した血管から永音さんの血液に自分の血液中の偏食因子を投入、永音さんの侵喰を留保させようとしたと思われます・・・。実際に、永音さんの右腕の侵喰の進行は現在一時的に停止しているようです。 彼女の右腕を引き抜くのは、龍治さんの偏食因子が手配されてからにした方が良いでしょう。」
「・・・ッ!! 了解した・・・!!」
そう聞こえて無線が切断された。ふと目を遣ったアナグラ付近のレーダーには、龍治さんと永音さん、そして正虎さんを乗せたヘリが猛スピードで向かっているのが映し出されていた。
間に合ったか。張り詰めていた緊張の糸が少しだけ緩みを見せ、僕は思わず目を瞑って天を仰いだ。眼が熱を持っているのを強く瞼の裏に感じました。
僕に出来る仕事はここまで。僕はオペレーターです、管制室から出るわけにはいきません。僕に出来ることが何か残されていたとしたら、祈ることくらいの物だったでしょうね。