【GODEATER】 龍治 -A Ghost of Hero- 作:あとろふ
「おっと、君はーーー」
形式的なノックで部屋に入ると、かつてと変わらない不思議な形のコートを派手な袴の上に着た博士が、かつてはヨハネス支部長が掛けていた椅子に腰を掛けて、先の襲撃で山と雪崩れ込んだと思われる書類に目を通していた。恐らくその中には、まさに僕の用事である龍治さんと永音さんの状態に関しての書類も。
「お久しぶりです、サカキ博士、いえ、今は支部長ですか。」
博士の細い目は僕の顔を少し困ったように真っ直ぐ見ていた。支部長となって多くの人と関わりを持つようになったのでしょう。幾ばく、科学者として優れた物覚えがあったとはいえ、10年来ともなれば僕のことを一目で思い出せないのも無理はない。
「洲です。東部防衛分隊の、鎌走洲。随分とご無沙汰していましたので、憶えておられないのもご無理はないかと」
そう言うと博士はしげしげと僕の顔を見つめて乗り出していた身を背もたれに再び倒し、
「あぁ、洲くんか、随分と久し振りだね。お互いに歳を取ってしまってすぐには分からなかったよ。どうだい?久しぶりのアナグラは・・・と言っても、さっきまでオペレーターの支援に回ってくれていたんだったね。アラガミの襲撃が予測できないものとはいえ、申し訳ないことをした。」
と、机に伏していた掌でにわかに天を仰ぎながら声を明るくして言った。
「いえ、それは構わないんですが、ちょっと博士にお伺いしたい事がありましてーーー」
僕がそう言うと、博士は久方ぶりの来客を饗した笑顔をきりと正した。
「有瀬龍治・・・いや、藍原永音、だね。」
「はい。」
彼は立ち上がり、机の上に積まれていた書類の中から数枚を取り出して並べ、僕を見ながら小さく促した。
その書面を取って見ると、そこには永音さんの処置の結果が書いてある。小難しそうに専門用語と数値が羅列されている所に目が行くが、書類の真ん中下段、容体の詳細を見れば永音さんの置かれている状況は素人目にも明らかだった。
「最終フェイズの侵喰、Ⅲ度の熱傷ーーー」
「ーーーあぁ。もう病室に行って見てきただろうと思うんだけど、恐らく、私の答えと君の答えは一致する。」
神機使いとして最低限の知識を持っている人間であれば、誰しも同じ答えを出すだろう。それほどに明確な物だった。
「筋肉内部まで達している熱傷を完全に治癒するのはほぼ不可能、壊死を防ぐには切除の他に無い、侵喰については偏食因子投与による留保にも限界がある、つまりーーー」
言葉に詰まった僕に変わって博士が答えた。
「アラガミ化する前に殺処分、しかないだろうね。もとよりこれほどの傷を負って絶命していないことを考慮すると、アラガミ化はかなり近くまで差し迫っていると思っていいだろう。」
「そもそも今生きていること自体がアラガミの生命力によるものだという可能性が高い・・・ですか。」
「恐らくは、ね。ここから先の判断は君に任せたいと思う。」
”判断”。平たく言えば、”藍原永音をどう処分するか”の判断。
「判断ーーー。」
いきなり彼女の生命の退際の権利を任せられ、乱脈する僕に、博士は過度な説明を付け加えた。
「藍原くんの意識が戻る可能性は十分にある。最後に一度、有瀬龍治くんや君とのやり取りが出来ないこともないだろう。但し、それは龍治くんにとってはより残酷なものになるかもしれない。これの結論は私が出すよりも君が出したほうが良いだろう。」
「少し、考えさせて下さい・・・。」
変わり果てた彼女の姿を龍治さんに見せてしまっては龍治さんにとって残酷すぎる、それは確かなことだった。けれど、永音さんの命に自分で見切りをつける、そんな判断が出来る気も起こらなかった。これ以上、僕は龍治さんの為に永音さんに犠牲を強いることが出来ない。例えそれが龍治さんや永音さんにもっと大きい犠牲を招いたとしても、僕は僕の手で彼女を犠牲にするような事はどうしても出来ないと思った。
「そうだね、簡単に結論が出る事じゃないだろう。」
博士は目を伏せてそう言った。が、出口の方に向き直り、
「そういえば、君はツバキくんに会わなかったかい?」
と僕に尋ねた。
「ツバキさんですか・・・博士を訪ねるとは言っていましたが、先に他の用事を済ませると。恐らく、ここを訪ねるにはまだ時間があるかと。ーーーそれが何か?」
すると博士は、ゆっくり歩き出しながら何か自身に喝を入れるように心持ち力強い声色で
「そうかい、なら良いんだ。じゃあ私も、私の用事を済ませてくるとしよう。」
と言った。さっきまで整理していた書類がまだ片付いているわけでも無く、急に思い立ったように出口へ向かう。永音さんの容体を見に行く積りだったのでしょう。
「病室ですか」
と尋ねてみた。博士は立ち止まり、
「ーーー私は科学者にしてはロマンチストすぎる。」
一人、そう答えた。僕は何も答えなかった。博士は僕の方を振り向いた。
「友人に言われた言葉だよ。君たちが多分最も恨んでいる、私の友人にね。私に言わせれば、彼はちょっとペシミスト過ぎた。」
僕達が最も恨んでいる。ヨハネス支部長の事を言っているのだとその時に気付いた。
「ヨハネスさん・・・ですね」
「そうだね。ーーー私はロマンチストだからね。ほんの少しの希望があれば、それを信じてしまうんだよ。それを彼は科学者らしくないと言った。」
博士は再び前を向いた。僅かな静寂の間を置いて、心なしか空を仰ぎながら
「けれども、諦めてしまっては何も残らない。そうだろう?」
と言った。博士は永音さんの命を救う可能性をまだ諦めていなかった。敢えてヨハネスさんの名前を出したのは、彼がヨハネスさんの友人として、龍治さんに何か贖いをしなければ、と思っていたせいかもしれませんね。