【GODEATER】 龍治 -A Ghost of Hero- 作:あとろふ
龍治さんと接触してヒトの姿を取り戻した彼女は酷く混乱しているように見えました。恐らく、彼女の中ではヒトとしての意識とアラガミとしての意識が混濁していたのでしょう。そうして一拍、彼女は龍治さんの胸に額を押し当てて俯いたまま背中をはねさせていた。
ひとしきり何か言葉をかけた後、龍治さんはもう一回だ、と僕にも聞こえるよう言って手を離し永音さんを突き放す。
すると永音さんは龍治さんの顔を見上げて数秒の間硬直して、再び龍治さんに跳びかかった。龍治さんはまたそれを受け止める。
そうやって数十分の間同じことを繰り返していました。途中、その場にうずくまり、何かを自身に問い詰めるように言葉の体を成していない喚き声を発したり、前髪を振り払おうとして両手で毟ったり、自らの腕や脚に噛み付いたりと奇妙な行動を取ったりもしました。まるで昨日のことのように覚えていますよ。あんな風になってしまった人間を目の前で見てしまっては、忘れろって言ったほうが難しいものです。
ーーー目の前の光景を誰のせいにすれば善いのか。誰が悪いわけでもないのに、誰かのせいにしたくなります。掻き乱したせいで毛羽立ったようになってしまった髪や苦悶を訴える目つき、袖口を引き裂かれてボロボロになった病衣ーーーそれらにほんの一週間ほど前までの彼女の姿を並べてしまう。整えられているわけでなくても綺麗に流れていた髪、龍治さんを慕って引っ張られているように見つめる瞳、ガサツにも不思議と纏まっていた身なりーーー自然と女性的な美しさを感じさせる彼女の姿が思い出されます。それが目の前で獣のような呻き声を上げて暴れまわっている、その事実に、悲惨だという実感すら湧きもしなかった。ただ、これは誰のせいなんだ、何が悪くてこんな事に、と。
かつての彼女を思い出していたのは龍治さんも同じだったのでしょう。彼女と向き合ってしきりに攻防を交わす、その姿にはまだ人間だった永音さんを前にしていた時と同じ面影があった。それだけに龍治さんは自分の身体の犠牲を厭わないように見えました。通常のアラガミとの戦闘とは違い、彼女の状態を見て多少強引にも接触しなければならないという条件もあり、攻撃を被弾する事が避けられない場面は度々見受けられる。そうでなくても彼女と意識を共有して正気に戻す作業は神機とのリンク以上に身体への負担が大きいはず。その上から更に、軽い傷を負っても直ちに治癒して行動を続けなければならないともなればーーー術式直後は腕輪のそばまでしか拡がっていなかった肌の変色は、その過程で気がつけば肘ほどにまで迫っていた。その痛みはかなりのものだったでしょう。尋常であれば正気を失いかねない。あの人はその痛みを感じていたのでしょうか。
支援を任されたはずだった僕は、その光景に放心してしまい龍治さんに対して何か支援をすることは叶いませんでした。本来であれば龍治さんのバイタル情報や神機との適合情報と永音さんの反応を比較照合して、彼女の状態の変化を予測・通知しなければならなかったんでしょうけど。
ふと、後ろでモニタリングルームのドアが開く音を後ろに聞きました。音に反応し振り返って顔を見つめる僕に目を合わせることもなく、観察室の様子を一点に見つめながら窓に近づくーーー
「ーーー喜鴉さんでしたか。」
僕は再び観察室に目を落としながらそう小さく挨拶しましたが、彼女はそれに一切の反応を示さなかった。手を強く握り、龍治さんーーー父親の方を真っ直ぐに、表情一つ険しいまま崩さずにじっと見守っていました。数十秒の後、遂に喜鴉さんは声を発することも僕や龍治さんの存在を認めることも無く、部屋を後にしてしまった。
お嬢の感じた事はおおよそ想像はつきます、僕や龍治さんが永音さんにいくら情を注いだところで、お嬢やーーー正虎の兄貴には龍治さんが永音さんによって苦痛を強いられているように見えることは仕方のないことでしょう。きっとあったんでしょう、御二人ーーーもしかすると僕にも、永音さんに対して思う所っていうのは。それだけに、そんな自分をすっぱりと否定しきれない自分っていうものが、部屋から去っていくお嬢の背中に見えてしまって、結局その日はそんななんともし難い気分をずっと引きずってしまいましたよ。
その日のリハビリテーションはそれから程なくして終了し、龍治さんはモニタリングルームには寄らずに永音さんを病室へ連れて行きました。喜鴉さんと同様に永音さんと言葉を交わす勇気を工面できずにアナグラでの神機整備とオペレーターとしてのデータ管理の仕事に戻ることになる、そんな僕を見抜いてか。
そそくさと神機整備室に向かって安置されている龍治さんの神機と向き合う、すると否が応にも装甲に刻まれた深い爪痕に目が行きます。龍治さんはアラガミと戦闘する時、盾ではなく刀身の腹でアラガミの攻撃を受け流す癖があったので、それまでの龍治さんの神機は盾だけがまるで新品のように綺麗なままだったのですが。その日龍治さんの盾には大きな川の字が穿たれました。その事が、かつて永音さんの激情によって龍治さんの変化を望んだ僕には、どうやら眩しくも見えたようでーーーそんな事を色々と考えてしまう。そうやって、穿たれた傷を見ているとふと、二人はどうなったのだろうという気が起こる。そうして向かった僕の足は病室の前で止まったんですけどもね。全くお笑いです。
リハビリテーションは以後数日ほど続きました。僕の感覚が慣れたせいかもしれませんが、衝撃を受けるほどに悲惨だったのは初日だけで、二日目以降は永音さんが大きく暴れることも無く、龍治さんの適合率の上昇もかなり抑えられたようでした。それでも僕は病室の二人に会いに行く勇気を最後まで持てませんでしたが。その数日より後は、僕の支援も必要ないほど安定し、僕もその場に居る必要性を感じなくなったので、他の雑用をこまごまと熟していました、そうして一週間ほど経った頃、龍治さんから永音さんの処置が終了した、退院祝いにでも来てみたらどうだと連絡を受けたんです。
病室に向かってみると、どうやらその祝いとやらに呼ばれたのは僕一人だったようで、質してみると、永音さんが他の人の目にみても大丈夫になったかの確認の為だったようで。病室では数日前よりも幾分か窶れたようにも見える龍治さんと、その隣に病衣から着替え、よく似合う紫色のセーターに袖を通した永音さんがいました。
「ご迷惑を・・・おかけしました」
彼女は俯きがちに細い声でそうとだけ言った。
「え?あぁ、いえ。私の方こそーーー」
これではない、そんな疑問が言葉を詰まらせます。龍治さんの横に肩をすぼめながら腰辺りで手を重ねていた彼女の振る舞いは、慥かに紛れも無い人間のそれだったのですが、どうも以前の彼女のような活発さのようなものが感じられず、どこか影を感じるーーー今の彼女のような、そんな雰囲気になっていました。今でこそ少し明るく振る舞っては居ますが、それでもその当時のままとも言えるでしょう。アラガミ化の影響か、あるいはリハビリの過程でのなんらかの影響かは分かりませんが、それ以降の永音さんと出会った頃の永音さんは全く別人なのかもしれません。その事は僕以上に龍治さんも感じていたようで。
「やっぱりお前もそう思う、か。」
龍治さんが永音さんの髪を愛おしそうに優しく撫でながら物悲しそうにそう言うと、彼女は一層小さくなって黙りこくってしまった。
「ふぅん。間違いなく永音なんだがーーーまぁ、ちゃんと生きてるんだし良かったと取るべきなのか・・・。」
永音さんはそれに何も返さず、俯いたまま気持ち龍治さんの方へ首を向け、重ねていた手を伸ばして龍治さんの腹のあたりの服を掴み少し引っ張りました。その仕草は、龍治さんからの寵愛を乞うて居るように僕の目に映った。龍治さんはそれに応えるように、ため息を漏らしながら撫でていた手で永音さんの頭を自分に寄せた。
僕はそれを見ているのがなにやら不可ないことのように後ろめたく思えたので、それではとだけ言い残して部屋を去ることにしました。そうせざるを得なかったように。
彼女の変化の原因は恐らく彼女にしか、あるいは彼女にすら分かり得ないものなのでしょうが、あれ以降に続く、彼女の過度に龍治さんへの愛情を乞うような言動、一体何が彼女にそうさせているのか。ーーーいずれにせよ、彼女の性格がそう変わってしまった事で、彼女があの人の死をより受け止め難くなってしまったのは間違いないことなんでしょう。