【GODEATER】 龍治 -A Ghost of Hero- 作:あとろふ
永音さんのリハビリが終了した頃、サカキ支部長から龍治さん、永音さん、喜鴉さん、正虎さん、そして僕の5人を再び青龍分隊に配属するという旨の通知がありました。永音さんがアラガミ化した事はシオというアラガミの少女が終末捕喰を引き起こしかけた上その残滓がアラガミの襲撃を頻発させているという状況であったアナグラにとって相当に不都合なことであったようで。ここを”隠れ蓑”にして、分隊の形式をとり居住区の最果てに送り戻したほうが都合が良かったのでしょう。正虎さん、喜鴉さんという戦力が加わったことにより、その後の我々の任務はそれまでの居住区の防衛に、アナグラ東部防壁の外側に出現したアラガミへの対応や、隠れ蓑という性質上からか、極東支部内で内々に片付けたい任務の遂行などが追加されました。今の青龍分支部の直接の前身となったとも言えますね。
ところで、少し話題が変わるのですが、永音さんの治療の過程で体内の偏食因子が変化すると言った事は覚えてますか。神機使いの神機はそれぞれ適合者個人々々の偏食因子に一対一の対応をしているのですが、永音さんの体内の偏食因子が変化したと言うことは即ち、それまで使用していた神機が適合しなくなったことを表します。それどころか、人型のアラガミとなってしまったが故にP53やP73といった通常の神機に適合する規格の枠からあぶれてしまったので、当時のアナグラには永音さんが扱える神機が存在しませんでした。そもそもアラガミである永音さんの場合は神機を使用せずの戦闘が想定されるはずなのでしょうがーーー永音さんの人間としての自我が比較的希薄かつ脆弱である為に体の一部を変化させての戦闘は好ましくないとのことで、サカキ博士が永音さん専用の神機を開発すると申し出ました。なんでも、マーナガルム計画ーーーヨハネス前極東支部長の息子であるソーマさんに胎児の段階で偏食因子を埋め込む計画ーーーが考案されるよりも前、人体に偏食因子を移植する事を想定していない段階で設計された神機の設計図を流用して新型神機に改良する、といった事だったような。
神機の開発には数年ほど費やされ、結果としてついこの間ーーーほんの半年ほど前まで永音さんが戦場に立つことはありませんでした。リハビリが終ってからの永音さんは専ら専業主婦のように、龍治さんの身の回りの世話をしていたようです。相変わらず彼女からはかつての活気は感じられなかった、むしろその生活が始まってから日を追う事に寡黙に、陰を背負い込んでいくようにも。
それでも永音さんの治療が成功して、正虎さんや喜鴉さんも龍治さんと同じ部隊になり、今までと同じように居住区の果て、かつてより少しだけ賑やかになった穏やかな生活が戻ってきたーーー表面的にはそうも見えました、ですがそこには一つだけ、避けて通れない大きな問題があったんです。永音さんの治療とリハビリの過程で龍治さんの適合率は爆発的に上昇しました。その勢いは永音さんのリハビリが無事終了しても完全には留まらない。神機を握らず、偏食因子点滴の頻度を限界まで増やし、極力適合率を上昇させない生活をしたとしても、寿命が半年あるかないか。それまでどおりに過酷な戦闘を幾度と無く繰り返すのであればーーー。
当時の龍治さんは自身でも身体の違和を感じていたそうです。腕や指に時折髄に刺さるような痛みが走るとも言っていました。逐日その頻度は増えていき、痛む範囲も広くなっているとも。
カシラが永音さんの治療に踏み切った時から覚悟はしていたつもりだった。僕はその時に初めて、自分が覚悟は疎か、理解すら出来ていなかったーーー正確には理解から逃げていた事に気付いた。そうなることを理解しようとしないままに覚悟したつもりになって意識の隅に押し込んでいたんです。その事を話すカシラと僕の顔は似ていた気がします。カシラも僕と同じ様に理解を遠ざけて正気を繕っていたのでしょうか。
龍治さんの自白を聞いた僕は、近い日に都合を合わせあい、地下のラウンジで話そうと言いました。何を話すかは、龍治さんに任せて。
ーーー地下のラウンジで龍治さんと会う時はいつだって、ラベルの黄ばんだ強く辛い酒の瓶とブリリアント・カットが暖色光を受けて柘榴石の光彩を纏うグラスとがカウンターを飾ったものだったのですが。そういえば18のあの夜から、龍治さんとは幾度と無く酒を交わしたっけ。龍治さんは女の話が好きだったな。世界がアラガミに覆い尽くされても、20年の月日が僕達をまるっと変えてしまっても、ここであの人と飲む酒は決まって18の夜の味がした。ぐっしょりと雨に濡れた土臭い服の匂いがした。龍治さんの隣りに座るや否や、それまでより広く、埃っぽく感じるカウンターを腕で撫でながらそんな感傷に浸ってしまいます。それもこれもこの人が居なくなってしまうなんて言うからーーーと、僕は龍治さんの方を向いた。龍治さんは腕を組んだまま眠ったように何もないカウンターをぼんやりと見ていました。
「彼女には伝えたんですか」
龍治さんが考えていることくらい分かっていた。図星だと言うように龍治さんが目を閉じる。
「悲しむでしょうね。貴方が何も言わずに消えてしまっては」
「話した所で、それも悲しませるだけだろう」
龍治さんは悲しく目を開いた。
「また、嘘ですか」
龍治さんの視線に引っ張られるように、僕も再びカウンターに目を逃がした。
「今までとは違うーーー悲しませないための嘘だ」
「隠し通す・・・ですか。でも貴方なら分かってるんじゃないですか。」
彼女がその嘘に気が付いていることに。
「気が付かないフリをしてるのさ」
「貴方に気負わせない為に。」
「だが、嘘がヘタな女だ」
貴方にーーーと合わせて視線を送った先でそう言った龍治さんは愛しそうに笑っていた。
「嘘をつかせたままにするんですか」
「最後まで道化で居させてやりたいんだ」
「道化、ですか」
「ああ、それが俺に出来ることだ。かわいい女のままに居させてやりたい。それもあと少しだ。」
龍治さんの愛おしさを嘗めた優しい表情が、苦い葛藤を湛えたような険しさで覆された。
「あと少し?」
「ーーーああ。」