【GODEATER】 龍治 -A Ghost of Hero- 作:あとろふ
あと少し。その声は龍治さんが自らの内に向かって発したように苦く聞こえた。
「ーーー聴きましょうか。」
怪訝に訊き返します。
「征く・・・。」
「行く・・・?どちらへ」
龍治さんは俯きがちの視線を強く前へ向けた。
「征かないとならねえ」
それは強がりなのか。己が胸中で激情に任せ喝しているようにもとれる。
「こないだだってそうさ、近頃の襲撃の頻度は異常だ。聞きゃここしばらくでノヴァの幼生が2体も出現してるって話じゃねえか。」
龍治さんは前置きもなく終末捕喰の話を引き合いに出した。
「終末捕喰、ですか。確かに直近の襲撃件数の上昇とは関係があるでしょう、ですが、それがどう繋がるんです、征く征かないの話に。」
「終末捕喰が起こるってのは、この星をそっくりそんまま一つのアラガミにしちまうって事だ。だとしたらノヴァ以外のアラガミはどう動く」
「そりゃあ、逃げるんじゃないですか、ノヴァの近くに居たら真っ先に捕喰されてしまうじゃないですか」
「ああ、普通はそう考える。いくら自分より上位の種を好んで捕喰するとは言え、相手が星を喰っちまうような野郎なら逃げ出すんじゃねえかってな。」
いまいち話が見えてこない。
「ーーーだが、それだと極東のこの有様の説明が付かない。何故襲撃が増える」
「慥か、ノヴァに引き寄せられて集まるーーーとかでしたっけ。」
「あぁ、そうだ。他のアラガミは逃げ出すんじゃない。ノヴァに捕喰されるために自らが早贄になる。そんで恐らく、今までの襲撃はそのうちのほんの一握り。前触れって奴だ、終末捕喰が発動していれば加速度的に地表の捕喰が進行する、ここいらが完全に飲み込まれるのは一瞬の出来事だろうが、エイジスからの距離やアラガミ間の捕喰の仕組みを鑑みりゃ、発動からは恐らく遅延がある。それに合わせてここ一帯のアラガミが一点に集まると考えればーーーもしもその”予定”だけが生きていたらーーー重なった時期に二度も終末捕喰が起こりかけたここにはーーー近いうちに見たこともねえような規模のヤツが・・・来る。」
龍治さんはそれに一人で立ち向かおうとでも言うのか。それを語る龍治さんには恐怖の色があった。
「話が見えませんね。最近の襲撃がノヴァの影響であることは良いにしても、貴方の言う見たこともないような規模の襲撃、根拠はあるんですか。杞憂に過ぎてはお笑いですよ」
「ーーー永音だ」
根拠が永音さん・・・?彼女の中のアラガミが何らかを予兆しているとでも言うのだろうか。
「永音さんがそれを感じている、ということですか」
「さあな。ただ、ボーッと外やらを見ながら『呼ばれているような気がする』だの『そろそろ時間だ』だの、ワケの分からねえ事をうわ言のように呟くことがあってな。」
「うわ言ですか」
それを根拠とするのは不十分と評さざるを得ません。
「ああ。ただの妄想癖かとも思ったんだがな、ついこの間、『気をつけて』ってな事を俺に云ったんだ。ーーーアイツは俺の神機と同じだ、アイツが冗談や妄想で言ってないって事くらい目を見りゃ慥かに判るのさ。」
「ーーーで、その大襲撃に一人でぶち当たってやろうって寸法ですか。」
「・・・そうだ。アナグラは前触れで十分ヘタりかけてる、こんな体たらくで士気だけ高めて特攻野郎気取りで挑んだって徒に犠牲を生むだけだ、だったら明日の命も覚束無えような俺くらいが丁度がいいってもんだ。適合率だって右肩上がりで上々、勝てる見込みも無くはない。」
たしかに合理的な理屈でした。ですがーーー
「ですがーーー征く時の貴方はそんな顔をしないんじゃないですか」
龍治さんの声色や表情には強い葛藤が顕れていた。何かに恐怖しているようだった。
「死ぬのが怖いーーーだけではないようですね」
恐怖、いや、恐怖というよりは抑圧されているような。
「やっぱりそうなんだろうな、お前がそう言うってことは。こうなっちまうと、何のために戦ってるのかが分からなくなっちまうんだーーーお前や永音、喜鴉、正虎の野郎、いくらだって俺の戦う理由はあるんだがーーー」
龍治さんはまた力なく微笑んだ。何度か見てきた顔。
「何の為に・・・ですか、珍しいですね。貴方自身はどうしたいんですか、永音さんや喜鴉さんと一日でも永く居たいと思ったりはしないんですか。」
またそんな顔で乾いた笑いを漏らした。
「ははっ、そりゃあ思うさ。一日なんて言わずとも、一秒だって永くあいつらが生きてる所を見てたいさ。ーーー永音は俺が征くつもりだって気付いてるだろう。アイツだってそうなんだろうさ。一秒でも。」
そしてやはり彼女の事を語る龍治さんの顔、横目に見たその顔は、悲観の帳が降ろされた常闇の中でも光を覚えさせる。
「だがな、俺は・・・俺は、有瀬龍治なんだ。最強と謳われた神機使いーーー俺の一戦、また一戦。一太刀、また一太刀が人類が云々の話になってくる、それが怖いのさ、なんとなく、な。それに無理くり動かされてるような気分になっちまうのさ」
龍治さんが恐れていたのはやはり、ただ生物として死を経験することではなかった。自分自身、”有瀬龍治”という人間が、背負ったものの大きさに押しつぶされて窒息死してしまう事。
「・・・らしくないですね。貴方がそんな事を考えているなんて。ーーー”全体主義”って奴ですか。」
「そんなくっせぇ物じゃ無いと思いたいんだがな。だが、永音だって、お前だって、喜鴉だって、その全体の中の一つだ。だから、俺は人類を護る・・・。」
「そうですか。」
龍治さんは悶えていた。自分が息を失って徐々に溺れ死んで行く感覚に。
「・・・随分と素っ気ねえ返事をしてくれるじゃねえか」
そして僕に助けを求めた。思えば龍治さんには助けられてばかりだ。いつもその何もかもを吹き飛ばすような明るさと意思の強さで、僕に曖昧で強固な意志を持たせた。
ーーーそうやって何度も助けられていくうちに、何度も光を浴びるうちに。
「おや、引き留めて欲しかったんですか。おかしいですね、てっきり引き留めても無駄なものだと。貴方のことだから。だって貴方は、龍治さんは、僕であろうが誰であろうが、ちょっと引き留めたくらいで揺らぐような意志で動く人間ではないじゃないですか。」
素っ気のない返事に肩透かしを食らった龍治さん、驚いて僕を見るその瞳を見つめ返す僕にもまた、龍治さんのあの光が宿って居たんでしょう。
「・・・ハハッ」
龍治さんはまた笑った。
「何かおかしいこと、言いましたか?」
僕も笑っていたでしょう。
「いや、なんてことはねぇさ。ーーーそうだな。なんてことはねぇのさ。なんてことねぇ事を、やっと思い出しただけだ。」
龍治さんは気恥ずかしそうに、笑いながら僕から目をそらして再び前を向いた。
「なんですか?」
こんな時はちょっといたずらっぽく、言わせてみたくなる。
「お前は俺なんかよりもよっぽど、俺の事を解っていたのかもな。俺がどうしたいかも、お前には解っていたんだろう、ったく、趣味が悪いぜ」
「なら、改めてどうするのか、聴いてもいいですか。」
「あぁ、腑に落ちたさ、いい具合にすっぽりとな。腹は決まった、俺は人類の為の人柱じゃない、最強の神機使いなんて弱っちいモンでもねえ。一人の人間、ただの有瀬龍治さ。俺はお前らを護る。馬鹿かって程の軍勢だろうがなんだろうが、かかってくりゃあいいさ。俺は出来るかどうかも分かんねえ冗談みてえな事を本気にして、馬鹿正直に突っ走って。そんで、それを実現させる馬鹿みてえな男だ。ーーーそうだったよな、洲?」
嗚呼。何度この笑顔に助けられただろう。そうだ、それでこそ。
「いい顔ですね。やっぱり僕の憧れた貴方はそれでこそ、です。」
言っているこっちが照れてしまいそうな言葉。龍治さんはしかし僕の目から視線を動かさなかった。そしてーーー
「お前さんも、それでこそ俺の憧れた洲だ。」
耳を疑った。
「憧れ・・・?貴方が?僕に?」
僕にとって崇高な存在であった龍治さんがまさかそんな事を言うとは夢にも思っていなかった。
「ああ、そうさ。お前はここぞって時にいつだって俺を支えてくれた。そういう奴さ。俺が知ってる誰よりも、誰かの悩みや苦しみを理解できる奴だ。そんなお前には憧れてしまう。ーーーだから、俺が居なくなったら、永音たちの事を支えてやってほしい。俺にそうしてくれたように。・・・頼めるか。」
龍治さんのいつになく真剣な眼差しーーー僕は初めて、龍治さんも一人の人間であると言った意味を真に自分の中で理解した心地になりました。そうだった。だから僕はあの人にはなれないしーーーあの人だって、僕にはなれない。だからこそ。
「ーーー貴方の家出の尻拭いをしろって訳ですか。・・・これで借りはチャラ、でいいですよね?」
僕と龍治さんが出会った時の言葉。出会った時の場所。
「ハハハッ!!言うようになったじゃねえか!」
龍治さんはまた豪快に、笑いました。
僕も笑った。
「ここを選んで好かった。乾杯、しましょうか。貴方の門出に。」