【GODEATER】 龍治 -A Ghost of Hero- 作:あとろふ
「有瀬永音を助けてやってほしい」
ーーーいっぱしのストーリーテラーとなり、夜分子供にお伽話を聴かせるかの如き姿を零に想起させていた洲が、それまでの長い語り口に一度として聴くことのなかった程の強い口調でそう言った。
あぁ、彼の見た有瀬龍治とはこういった顔をしていたのかーーー零は自らの意識が幽体となって額から抜け去り、不自然に歪んだ彼の目元に吸い込まれるかのような感覚を殊更そのように解釈した。その不可解な心理こそがまさに目の前で自身にその感覚を与える男が”有瀬龍治”という人間に惹かれていた最もたる所以ともすれば、なるほど合点がいくと感じたのだ。
合点がいけば、その瞬間に理解した。先まで彼の話を眠ったようにじっと壁に凭れたまま呑んでいた零は、先の言葉を今か今かと待ち伏せて居たようなものだった。そうしていざ現れたなら「お前もその話か」と、「知ってましたよ」と言わんばかりに得意な顔をしてやろうと思っていた。だがそんな小利口な算段などは空虚で無意味だと理解したのだ。
洲だってそうだったのではないか。一度くらいはそうやって龍治の腹を読もうと策した事もあっただろう。ところがどっこい、彼はこうしてその腹づもりも読まれたい放題な直線的かつ無根拠な論理で結論付けている。その事実自体が、面識のメの字もありはしない零ですら突き動かす程の力強さ、有瀬龍治という人物が持つ魅力の原拠だ。その魅力の欠片を以て彼らの持つ無根拠な根拠の輪郭を解した零にすれば、数日前には咀嚼もままならなかった「永音を救う」という使命は既に疑問の対象から外れ、遠く背に投げられたも同然だった。具体的にどのようにと考えずとも、その覚悟を持つことで十分だと、零は彼らの根拠をそう受け取って、再び顔を伏せた。だがーーー
洲の結論からしばしの間、二人の間に言葉は交わされなかった。洲は一点に零の伏せた顔を注視して返答に臆することもない。暗く、しかし重苦しくはないその沈黙を破ったのは零だった。
「アンタは、どうなんだ」
「僕ですか、僕がどうかしましたか。」
顔を伏せたまま上目に、睨みつけるように洲と目を合わせる。その視線には龍治のものとは異質の鋭さがある。
「アンタさっき、『自分にその資格はない』って言ったよな。ーーーだったら、俺が何をしたって変わんねえと思うぜ」
その返答に、洲は尖った血相を緩め
「・・・また、痛いところを突きますね」
と返す。
「今更話題を逸らすか。まあ何にせよアンタ自身が隊長に対しての折り合い着けらんねえ事には始まんねえだろ。ーーーアンタがアンタを赦すことで、アンタ自身が赦されねえ事には二進も三進も行かなさそうに、俺にはそう見えるぜ」
零は世辞を蹴って問い詰めた。洲の目にはそれが何かを急いているように見えただろう。
「参りましたね。・・・仰る通りですよ。ですが、そう簡単に赦せるものでもないんですよ。許せないんです。」
洲は肩を落としてため息がちにそう答えた。開き直った、というよりはむしろ頑なに。
「そこだけはどうしたって譲れないって調子だな。なんだってそんなに」
洲のため息に相槌を打つように息を流し込みつつ、困ったように訊く。
「こうやってまた、誰かのために貴方を利用しようって事自体が、僕が彼女に為してきた事とまるっきり同じことだから。ですよ。そうやって僕は彼女に罪を犯したんです。そうやって今まで贖ったつもりになって生きてきたんです。今更・・・今更そんなことが許せると思いますか」
洲の声には明らかに熱が篭っていた。
「なるほどな。結局おんなじ事を繰り返すだけ、堂々巡りってわけかいーーー全くよく出来た皮肉だ。これが映画ってんなら泣いちまう自信があるくらいにな。」
零はやれやれといった口調で冗句を溢した。洲はどうやらその言い草にむくれる気力すらないらしい。
「ーーー生憎様、こいつは映画じゃあないわけだが。仮に映画だとすると、俺は次にはなんて言うだろうね。」
相変わらず洲はその冗談に取り合う気もない。
「だんまりか・・・。ーーー差し当たっちゃ、『女は助ける、同じことを繰り返すつもりもない』ってところだろ。キザを気取ってな。一度失敗したからって次に失敗するとは限らない、なんて言ったりもするか。」
そんな冗談を言って自分でハッ、と笑ってみせた後、零は凭れていた壁を腰で押し、胸元で組んでいた腕を解いて居直って真面目な空気を醸した。
「アンタが有瀬龍治や隊長をどれだけ見てきたかは知らねえけどよ、だからってそいつらと比べっこして俺を見てくれるのはどうかと思うぜ。俺はまだアンタの知らない人間だ、有瀬龍治でも無けりゃあ隊長でも無え。アンタの知らない結果だって出せんじゃねえのか。それで結局またアンタにとっちゃおんなじ事の繰り返しになるかも知れねえ、だがそうならない可能性だってあるはずだろ。アンタが自分に赦されたいなら尚更、その湿気た堂々巡りからサヨナラすんのが一番良いんじゃねえのか?」
零のそんな説教染みた口説きなど、洲は既に聞き飽きている。幾度自らにそんな事を言って聴かせたか、数えることにすら嫌悪感が湧くほどだった。零もそれは解っていただろう。
「そんな事」と洲が言ったか、言おうとしたか。零が上から強い声を重ねた。
「願ってんだろ。俺が助け舟だって事を。ーーー待ってるぜ」
零はそう言い残してモニタリングルームを去った。洲が返事を今寄越せないと見越してか、あるいは返事に耳を塞ぐためか。洲が零の言葉を飲もうとしなかったのは、洲の意地か、零の意地か。零に有瀬龍治のような説得力が無かったのなら、何が違うのか。
「零さんーーー」
残された洲は足早に遠ざかる零の足音に呟く。
「今の貴方ではーーー」
零は遠ざかるどころかますます大きくなる自らの足音に檄する。
「助けるさーーー俺が」