【GODEATER】 龍治 -A Ghost of Hero- 作:あとろふ
第一回
軽蔑すべき者を敵として選ぶな。
汝の敵について 誇りを感じなければならない。
Friedrich Wilhelm Nietzsche
零は数時間ぶりの自室に戻ってきた。宛もなく足を急がせた所為か、少しばかり息が上がっている。昇降機の到着を待つのも焦れったいと地下の一階から地上二階まで駆け上がってきたのでそれも仕方ない。風通しが悪いのか、部屋は廊下より少しむんとしている。しかし室内を照らす明かりは、窓から入る外の喧騒と廊下から戸口に差す光しかなく、やけに寂しい。その光が映す膨れた自らの影とそれに伝って窓の外のぼやけた夜景に目を遣っていくと、若干の息切れが生む胸元から喉の疼きが、ふいに心地悪くなってきた。
「ーーーはぁ。」
空気が悪いな、と、這入口を放ったままのそのそと窓の傍まで行って窓を放つ。外のがやついた音を引っ連れた生暑い風を顔に感じると、明けっ広げにしたままの這入口まで吹き抜けて、砂と油の香りに溶け込んだ窓掛けを大きく揺らした。
部屋からはうず高く切り立つ防壁と、それを背にした居住区の家々がざっと見える。防壁の淵の赤暗い灯は地平線を朧に形作り、闇の中でも閉じた世界を演出しているようだ。窓の桟に腕をかけてその光景をしばし眺めていると、徐々に動悸が収まってゆくのを感じる。
ふとその夜景から目を落とすと、宵闇に光沢を目立たせる自らの腕輪が殊に気になった。これを携えてからまだ数週間と経っていないんだと。思えば、喜鴉姉の打ち明け話も今日の事であった。洲の語りを数時間と聴いているうちに零は彼の語る20年ほどを今まで生きてきたような心地になり、それでもってこの部屋にはまるで久方ぶりに帰ってきたような、そんな不思議な気分を味わっている。そんな事はない、自分は神機使いになって日が浅い素人だ、今日だって、そう、まさしく今日の昼だって、勇んで青龍にかけつけた割にアラガミの一体も仕留められず、またしても隊長に救われたのだ。その自分が遠い過去の、それも幼子の追憶のように思えて仕方がない。だがそれに悔しさだの不甲斐なさだのを感じる余裕は既に疲弊しきった零の意識にはありもしなかった。
「あ~・・・、そうだな、寝るか。」
今日1日、夕方からの数時間だけでまるで数年間過ごしたような気分がする。そして飛び込んできた情報が多すぎる。隊長のことに有瀬龍治のこと、その二人に関わる一つの過去と二人の記憶。1から10まで整理していると朝になりそうだ。零は凭れていた窓の桟を突き放して這入口へ向かい、既に闇に慣れた目には眩しい廊下の光を窄めて遮断した。低い音を立てて吹き抜けていた風がピタリと止み、自室はきっちり輪郭を得た無音の空間になる。やっと休める、とベッドに滑りこむように倒れると、困憊した意識はたちまち眠りについた。
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気が付くと視界は明るくなっている。部屋の照明は点いて居ないが、顔に朝日を感じることもない。日が高く昇っているのか。ともすると寝すぎたか。徐々に平時の意識を取り戻す。
「よいっ、せっと」
仰向けに寝ていたベッドから起き上がる。掛蒲団の上に寝ていたようだ。
「んーーーーーーーっ・・・あぁっ」
頭の後ろで腕を組んで肩や首を伸ばし、俄に眠ったままの身体を起こす。時間を確認すると11時を少し回っていた。ざっと10時間、11時間ほど、夢も観ずに眠っていたのか、お陰で疲れはすっきりと取れている。さて、今日は何かあったか、あったら大変だがーーーなどと記憶を辿ってみる、が、別段何か思い当たる節もない。そもそもまだ訓練兵の立場、正式に配属したわけでもないので何か任務が発行されていることもないだろう、正虎さんから実地訓練の説明を受けるんだったか。一対一の用事なので、暇そうなときにでも声を掛けてみるか。
そう考えて零は一通り身なりを整えて部屋を出た。相変わらず狭い支部だ。支部というよりはこれはシェアハウスだとか、やはり突貫工事のベースキャンプだとか、そういった程度の物とも言えるだろう。お陰様で人探しも随分楽だ、部屋とエントランス、ロビー、神機整備室を当たって居なければ出撃中という事で間違いはない筈だーーーだが、それらを当たっても正虎には出逢わず、また任務が発行された履歴も存在しなかった。
「っかしいな、どこ居んだあの人は・・・取り敢えずエントランスが見える所でぼけっとしてりゃ良いか」
正虎を見つけられなかった零はそう独り言を吐いてロビーのソファに腰を掛けた。