【GODEATER】 龍治 -A Ghost of Hero- 作:あとろふ
ロビーに腰掛けて数時間、急ごしらえの軽食を挟んだり携帯端末で襲撃の近況にさらと目を通したりと暇をぽつぽつと潰しながら待っていた零のところに正虎が帰投してきた。時刻は15時頃だろうか、油臭いロビーは湿気を含んでうすら暑い。汗ばむ程ではないが、深く沈むロビーのソファに腰掛けていると時たま背中が熱を持って、しきりに姿勢を変えなければ居られないのが零には気疎く感じられた。流し読んでいた資料を閉じて、立ち上がって服を後ろ手に仰ぎ、汗で濡れた背中へ風を送りながら、零は昇降機に向かう正虎を呼び止めた。丸太のような四肢をいずれも生地の厚い軍服で覆っていても特に暑そうな素振りを見せないのは、うすら気味の悪い威圧感すら感じさせるものだ。正虎は立ち止まり太い胴を軽く捻って零の方を向く。その小さな動きにすら大山を削る地崩れかの様な迫力がある。
「探してたんだ───どこ行ってたんだ?任務は発行されてなかったみたいだが」
記録のない外出を怪訝する零に、正虎は釣り下がった口角をにわかに上げて、当然のようにユーモアを添えて返した。
「周辺の警備なんかを逐一報告書に纏めていたら、フェンリルのサーバーがパンクしちまうさ」
「警備、か・・・アラガミの襲撃は到着よりも早くに感知できるんじゃないのか?」
零はあくまで不審がっている様子で詰問する。
「脅威は襲撃だけじゃない、住民からの信頼が失墜したり、疫病だったり、配給の不足なんかによった飢餓だったりな。数えりゃキリがない───ただアラガミを倒してコアを回収すればいい───そんな退屈でもないのさ、神機使い、いや、フェンリルの稼業は」
正虎はつま先まで零の方を向いて、片手の甲を腰に突いた。その挙動や面持ちには一種の誇らしさが見える。
「そうか、変なことを訊いたな。・・・ところで、今日から正虎さんの下で実地訓練を受けろと命令を受けたんだが」
「ああ、永音から聞いている。───なんでも、実地じゃ相当な突っ走り方だったみたいだな?」
正虎はニヤと笑いながら顎を上げ、見下ろしがちに零を見た。
「勘弁してくれ、もうそんな無茶なことはしねえよ。それより、具体的に俺は何をすればいい?」
零の改まったその問に、正虎は少々呆れたような顔を見せる。
「好きにしろ」
して、そうとだけ鋭く言い放った。
「好きに・・・って」
思いの外に突き放されてしまった零は狼狽した。洲の昔語り以降、自らに何かしらの役が無いかとうずうずしていた所為だろう。
「それくらいの事も分からないんなら、現場に出してもデカめの釣り餌になるのが良い所だ」
追撃するように正虎が突き放し、以上だ、と再び昇降機の方へ向いた。
零は突っ立ったままにしばし拳を強く握っていたが、正虎が数歩歩き出したところへ、待ってくれ、と声をかけた。
「何だ」
正虎は立ち止まったが振り返る素振りを見せない。
数秒の沈黙───。彼がやれやれと低く短いため息を吐いて再び歩き出そうとしてはじめて零が口を開いた。
「むざむざ餌として死にたくはない・・・。教えてくれ、何をすればいいか。どうすれば戦力になれる。───俺は青龍の人間として、戦力にならねえとなんねえんだ」
その声には若干の震えが感じ取れる。正虎は一切の動揺を見せない。
「ふん・・・そうか。」
若干の間を置いて正虎は顔だけ振り返り、そのごつごつとした横顔を零に見せた。
「まずは基礎体力の向上と戦場に立つ者としての最低限の知識の獲得を目指すんだな。余裕があればアラガミや神機を構成するオラクル細胞の性質や構造、それとここら一帯の地質、構造物、気候あたりを学ぶといいだろう。」
その内容に零は少しばかり疑問を感じた。
「地質とかって大事なのか・・・?」
「アラガミとの戦闘は命懸けだ、危ねえって時はそう言った知識が生む機転ってのが生き死にを決めるのさ」
深く窪んだ眼孔の奥で碧い瞳がしかと零を定めている。暗く陰ったそれは鋭く重く、震え上がりそうなほどの強い圧力を感じる。
「ありがとう。・・・戦闘訓練はどうすればいい」
零は臆せずに再び質問する。正虎も一切の態度を変えず応える。
「俺の任務は居住区の防衛だ、向こうから来てくれないことには戦闘しようにも相手が居ない。VRシステムの訓練は修了しているんだったか、そうだな、どうしても実地でアラガミとの戦闘経験を積みたいのなら、アナグラの部隊か喜鴉に頼んで同行させてもらうといい。」
親切だが、必要以上の力は添えない、といった姿勢だ。零はどこか隊長とは違った突き放されかたをされたようにも感じた。
「・・・分かった。」
零はきりとした表情で正虎に向かって姿勢を正した。正虎はそれに答えるように再び零にうなじを見せ、
「もう質問は無いな。俺は休ませてもらう事にする。」
と言ってその場を去った。
「喜鴉姉、か」
離れる正虎の背中から視線を落とし、零は呟いた。
慥か喜鴉姉の任務は、フェンリル本部やアナグラからの特務の遂行だったか。先まで読んでいた資料にそう書いてあった。正虎さんは防衛、喜鴉姉は特務、隊長は困難な任務のカバー。慢性的な人員不足とは言え、その中に食い込んでいく余地があるのか───零はにわかに不安を感じる。
「いや、それでも・・・俺がやらねえと、だよな」