【GODEATER】 龍治 -A Ghost of Hero- 作:あとろふ
「じゃあ、行ってくる」
───零が青龍に戻ってきてから一週間が経ったか、経っていないか。彼は再びアナグラに身を運ぶことにした。初陣や先の防衛戦でひしと感じた実力の隙を埋めるにも、喜鴉と洲の頼みについて深く考えるにも、それが好いとしたのだろう。
「えぇ、零さんの神機は既にアナグラに到着しているようです。お帰りをお待ちしていますよ。」
洲が吊り上がった例の笑顔で辞儀をする───そうして立っている姿はまるで洋風の執事のようだ。青龍のエントランスへ見送りに来たのは彼の他には居なかった。もとより、数週間ほど離れるだけだろうという事もありその必要も取分け無いのだが、洲の薄ら白い髪を越して伽藍堂のロビーを見ている零はどこか物寂しさを感じたような顔を見せる。洲はそれを見て取り直そうとしたか、ふと思い出したか、
「あっと───そうでした」
と明るい声を出した。零は曖昧に向こうへ当てていた焦点を再び洲の顔へ戻す。
「あちらではブラッドの下で任務に出るのが良いかもしれませんね、第三世代の貴方であれば他よりも馴染みやすいでしょうし、あちらの隊長の”喚起”の力もあります、貴方の”血の力”を発現させるいい機会でしょう。」
「”血の力”・・・?」
零はオウム返しをするように復唱した。
「おや、座学に熱心な貴方ならご存知かと───」
「あっ?あぁ、いや、すまない───知っている。第三世代の神機使いに見られる感応波を利用した相互支援能力・・・のようなものだったか」
零には、喜鴉とラウンジで語った後、自室のターミナルのデータベースを眺めていた時に読んだ記憶があった。洲はそれを聞いて少し笑いを溢し、
「ふふっ、ええ。そんな所です。」
と、右手の淵で口元を少し隠しながら言った。その仕草に零は少しムッとして
「どうした、間違ってたか?だったら笑ってねえでそう言ってくれればいいのに」
と少し突っかかった。どうにも気分が浮かない様子なのは、ここ数日座学や体力訓練に尽力しながらも、どこか自身の中に腑に落ちない所があったからであろうか。
「いいえ、その認識で合っていますよ。」
洲の目元は優しくも悪戯っぽく笑っている。その視線が零にはどうにも痒く、ますます気を悪くしたようで、
「だったら何だ」
と遂には心持ち濁った声で暗い目線を洲におくった。
「”血の力”───。今の貴方が欲している物、ではないですか?」
洲はやはり挑発的に笑っている。
「何が言いたいんだ」
彼がそんな顔を見せる時は、決まって”そういう時”だったのでは無かろうか───
「貴方が青龍に居るために、ですよ。さしずめ、自分がここに居る理由、ここで何が出来るか、それが解らない、といった所なんでしょう?」
「はっ・・・?なんで───」
洲のその言葉を聴いて、零は彼がなにやら気色の悪い存在にふと感じられた。その刹那に、彼自らの心の裏側、月の裏側のように本人にすら見えるか見えないか解らないようなところまでまるで俯瞰するように見透かされていたのではないかと感じられたのだ。
「図星、といった顔ですね。」
洲はニヤついた表情を改めてそう言った。やはり気色の悪い男だ、痛いところが何処にあるかを常に見通しているのではないか、零はそう感じた。
「ったく、敵わねえよ。全くだ。───”血の力”、か。そうだな、分かりやすい目標に好さそうだ、サンキューな」
零は軽く首をひねるような仕草を見せ、僅かに威勢の良くなった笑顔で洲へ返した。
「えぇ。お帰りをお待ちしています。」
零は洲の笑顔に感謝しながらエントランスを後にした。血の力、自らの存在の赦しを獲得できる、彼女に一歩近づける、という期待に胸を引っ張られて。
──────
「流石、だな」
エントランスで零を見送ってロビーの影に差し掛かった洲に、樽のような腕を組んで壁に凭れたままそう声を掛けたのは正虎であった。
「それが僕がここに居る理由ですから」
洲は昇降機の前で立ち止まって答える。正虎は平時のようにふんと低く鼻を鳴らした。
「貴方は、どう思っているんでしょうね───」
昇降機のボタンを指で操作しながら洲が漏らす。
「何を」
正虎は腕を組んだままぴくりとも動かない。昇降機の音がぐいぐいと大きくなる───
「彼の事、ですよ」
彼の声をかき消すように大きな音を立てて昇降機の扉が開き、憂いたようにうすら笑った横顔はその中へと消えていった。
───
音がごうごうと遠ざかる中、正虎は凭れていた壁を蹴ってゆっくり歩き出し、僅かに口角を上げながら答える。
ぐらぐらと下降する箱の中、洲は俯いて自虐的なにやけを添えて呟く。
「───犠牲、か。」「───犠牲、ですか。」